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いつも読みに来て下さってありがとうございますv


 


 じぃっ。

 ケルヴィン殿下の言葉に、三人分の視線が一カ所に集まる。

 ずっと無視するように視線を伏せていたその人だったけれど、とうとう根を上げたのか口を開いた。

「……なにか?」

 デビット・グエン。伯爵家の嫡男。王太子付き近衛。蛍光グリーンの派手派手しい髪はツンツンしていて筋肉質の身体はがっしりとしている脳筋男。属性は風。口は悪い。見事な男尊女卑(ただしエリゼ様は除く)の性格をしている。きっと脳みそまで筋肉で出来ているからだ。何度でも言おう、脳筋だ。

 伯爵家嫡男で脳筋。つまり、食べる専門である。

 まぁね、普通は貴族の子息が台所になんて立たないよね。

 でも、ムーアさんは、本人曰く”軍隊メシ”を作り慣れている。ならば、同じ近衛所属のデビット・グエンだって、軍隊メシを作り慣れていて当然なのではないだろうか。

「デビット。お前はなんでいつも食べるだけなのだ? 使用人がいない中でもただ座って食べるばかりだ。準備もしなければ、片付けようともしないな?」

 ケルヴィン殿下がジト目でそう問い詰めた。

 そんなこといって、自分だって今日初めてチーズ蕩けさせただけの癖して。

 なんて思っても言わない。藪蛇でこっちまで波及したら嫌だからだ。

 とりあえず私は蚊帳の外の状態を、ムーアさんと一緒にお茶を飲みながら楽しむことにした。


「お茶のお替り用意しましょうか?」

「いいですね、今度は私が淹れてきますよ」

「そうですか、ありがとうございます」

 なごやかな私達とは裏腹に、目の前ではデビット・グエンが嫌な汗を掻いているのが見えた。

 ざまぁ。

 つい、そんな言葉が頭に浮かぶ。いかんいかん。私としたことが、つい本音を。

 ほほほ、と誰もいない空間に向かって照れ隠し笑いをしていると

「どうしました?」と戻ってきたムーアさんが聞いてきた。

 それに首を振って、お茶を注いで貰った礼を告げる。

「ケルヴィン殿下、虫の居所が悪いんですかねぇ?」

 茶番劇を見ながらつい呟く。

「エリゼ様いませんからね。それに恋敵は叩いておきたいんじゃないですか?」

 うわっ。小学生かよ。

「甘酸っぱい感じですね?」

「甘酸っぱいというには発酵時間が長すぎかもしれませんが、そうですね」

 なるほど拗らせ王子。

 その拗らせ王子は、いまデビット・グエンを台所へと追いやろうとしていた。もうすぐ成功しそうである。いや、なんとなく出来上がったものは成功という言葉からは程遠いものになりそうな気がしなくもない。

「そうは言われましても、私は単なる近衛ですから。台所仕事などやったことが」

「ムーアは上手いだろ。お前もやってみたら適性があるかもしれないじゃないか」

 うわー。絡まれたくないわぁ。

 それにしても。

「単なる近衛は、軍隊メシを作ったりしないんですか?」

 ムーアさんだって、ずっと近衛にいるんじゃないのかな。あれ?

「そうですね、りんさんにはまだお話ししていなかったですね。私は、竜騎士見習いだったことがあるのです」

 二年だけでしたけどね、と寂しそうにムーアさんは笑った。

「軍に入り、魔法適性が高く、上官から推薦を受ける事ができて初めて竜騎士見習いになれます。竜の世話をして仲良くなる練習と竜に乗る為の訓練をして、更に試験に合格できた時、ようやくチームを組んで自分の竜を探しに行ける」

 そういえば、聞かせて貰ったことがある。

『たとえ適正があったとしても契約をしていない竜に出会えること自体が稀です』「けれど。私は伯爵家の一人娘と婚約していたこともあって、三男でしたが嫡男扱いでした。だから期限を切られたんです。『チームで一年間探して見つからなかったら諦める』と、ね」

『適性のある若者が軍に入隊してきた時は一個中隊を組んで無契約の竜を探しに行きます。それでも何年も竜に出会えず、諦める者も多いのです』

 あれは、ムーアさん自身の事だったんだ。

 

「竜を探しに行くのに料理人を連れて行くことはありませんからね。自分たちで賄うことになります。そこで料理を覚えたんです」

 ここにはない何かを探し見つめる様な、心にくすぶる何かを持ったままでいるような。

 痛ましいものをその目に浮かべながらも、ムーアさんは表面上はなんでもないことの様な顔をして私に話を続けてくれる。

「そしたら。一緒にいった誰より料理が上手だと言われまして。結局ずっと押し付けられました。更に以後の演習時も上役から直々に指名が来るようになりましたよ」

 笑ってそう教えてくれるムーアさん。だけど本当はまだ竜騎士への夢を捨てきれていないんだ。

 いつか、一緒に探しに行けるだろうか。ムーアさんの竜を。

 タマちゃんなら紹介してくれないかな。でもそう言うのじゃダメなんだろうな。

 自分で探して自分で見つける。そうして自分の実力で、その竜に認められる。

 きっとそれでこそムーアさんが憧れる竜騎士なんだろう。

 そんな気がした。

「ムーアさん、いつか、一緒に竜を探しに行きましょう」

 多分、私はもう元の世界には帰れないし。

 というか帰りたいなんて全く思ってない。

 時間は幾らでもあるんだもん。

「ムーアさんの縁談、壊しちゃったんですよね? だったら嫡男扱いじゃなくなったんでしょう?」

 そんな簡単なものじゃないと怒られるかもしれない。けれど、私だって本気なのだ。

「ムーアさんが竜騎士になったら、一緒に乗せてください!」

 私の能天気な言葉に、ムーアさんは少し惚けたような顔をした後、

「いいですね。一緒に王都の空を飛びましょう」

 そう笑って言ってくれた。


「なんだお前等。私が見ていないと思ってイチャイチャイチャイチャしおって。しゃんとしろ!」

 いつの間にデビット・グエンに絡むのを止めたのだろうか。ケルヴィン殿下がジト目で私達を睨みつけていた。

「イチャイチャなんてしてないですー」

「イチャイチャですか。私は大歓迎です」

 同時に否定? する。ムーアさんのこの発言も、否定、だよね?

「けっ。さあお前たちも来い。デビットの初料理を喰わせてやろう」

 うわっ。ご遠慮したい。

「結構です」「要りません」

 二人同時に顔の前で手を振って拒否したけれど、強権を発動した王太子によってそれは速やかに執行された。

「…これは食材に対する冒涜か?」

 目の前に並べられた真っ黒い物体をケルヴィン殿下がフォークで突く。

「ちょ。食べ物で遊んじゃダメですよ、殿下」

 例え異世界で暮らそうが、私は日本人なのだ。モッタイナイも、食べ物で遊ぶのも駄目です!!

 とはいうものの。テーブルの上に乗せられたフライパンにこびりついたそれ自体が、”食べ物でふざけた結果の産物”であるように見えなくもない。

「大体、これは、なんだ?」

 口さがなく酷評をしまくるケルヴィン殿下に向かって、胡乱な目をしたデビット・グエンがひと言。

「わかりません。そこに有った食材を全部鍋に入れて火を入れました」

 うはっ。言葉の綾とかじゃなくて本気で食材でおふざけやっちゃったっぽい。

 いや、本気なんだろうけど。本気で困ったんだろうけど、食材に謝れ、デビット・グエン!!

 ムーアさんの家にある食材はみんな高級品なんだからな?!

 我が家にある食材とは単価でゼロがひとつふたつ違うんだぞ?

 そこんとこ、ちゃんと判っているのかといいたい。肩を揺さぶってその罪を理解させたい。思い知らせてやりたいんじゃー!!

 そうしてやろうと思ったのに

「案外行けますよ、これ」

 えー?

 ムーアさんのその声に、ケルヴィン殿下だけでなく、作った本人まで嘘だろうという反応をしてみせた。おいぃっ!

 そんな馬鹿な、とは思うものの、笑顔でフライパンにこびりついたそれをこそげるようにして口へ運ぶムーアさんに混乱する。

 ──もしかして、本当に美味しいのだろうか?

 釣られるように、私達もフォークを手に取って、同じようにフライパンの中身をこそげとった。

 フォークの先に怪しげな形でぶら下がったそれを目の高さまで持ち上げる。

 そのにおいは…匂いじゃなくて臭いだ。うん。

 酸っぱそうな、甘ったるそうな、焦げったそうな。おぅふ。

「それでは、いっせーのせ、で口に入れるぞ!」

 ケルヴィン殿下の声に「あの、やっぱり食べたくないんですけど」と声を上げてみたけれどぎろりと睨まれて却下された。とほほ。

「いっせーのせ…うげぇぇぇ」

 もうね、臭いのイメージそのものだったよ。うん。


「他人の台所で食材を勝手に使い放題したからには最後まで責任を取って戴きます」とはムーアさんの談だ。ごもっともである。

 結局。ケルヴィン殿下もデビット・グエンも、フライパンの中身を完食することは叶わなかった。当たり前だ。

 何をどうしたらこうなるって言うくらい不味かったもん。


「水を入れたフライパンに、乾麺のパスタと魔法で刻んだベーコンを投入して火に掛けたら、なにやらごちゃっと固まってしまったので、卵を割り入れて滑らかにしようとした(殻入り)。小さな黒っぽい色の小瓶の中身(バルサミコ酢)を掛けて鍋を振っていたら酸っぱ苦そうな香りがしたので、甘い何かを探して次々味見をしていった結果(その間火はつけっぱなし)、アガペシロップと書いてあった透明の瓶の中身(サボテンの樹液、甘いんだって!)を加えた。そうしたらフライパンにくっついて離れなくなったので、『そういう時は油が必要だ』と思い出したのでエキストラバージンオイルと書いてある瓶から油を注いだ。いくら注いでも剥がれそうになかったので諦めて持ってきた」

 デビット・グエンの説明を聞けば聞くほど、食材への冒涜だと叱りつけたい気持ちになる。頭痛い。

 材料からすると、作ろうとしていたのはカルボナーラかな。日本的な作り方とは全然違うそれ。

「ムーアさん、ちょっと台所と食材をお借りします」

 勝手に食糧庫を探すのではなくてムーアさんに声掛けして探して貰う。

 平たい麺なら何でもいいから乾麺。リングイネだってフェットゥチーネでもタリアテッレでもなんでもいい。今回、ムーアさんが出してくれたのもリングイネだった。

 ベーコンと卵、白ワイン、パルミジャーノ・レッジャーノ、黒コショウ。

 パスタ鍋で湯をたっぷり沸かしている間に、大きめのボウルに卵を割り入れ、パルミジャーノ・レッジャーノをたっぷり入れて混ぜて。ベーコンを拍子切りにしたらフライパンでこんがり焼き目が付くまで炒めて脂を出していく。パスタを茹で初めたら、フライパンのベーコンにたっぷりの白ワインを振り掛け…というかじゃぶじゃぶ注いで煮詰めていく。白ワインがほとんど蒸発したところで黒コショウをたっぷり掛けて、フライパンを2、3回呷ってから、チーズ入り生卵のボウルにIN。手早くかき混ぜて、茹で上がったパスタも即投入、即かき混ぜて、出来上がりだ。

 塩加減は…日本人には物足りないかもしれないけれど、どうやらこういうものらしい。好みで食べる時に塩コショウを使えばいいそうな。


 私の腕の力では2人前を作るのがやっとだ。

 けれど、すでにもう夕食は食べているのだから大丈夫、の筈だ。

「どうぞ」

 どん、とテーブルに大皿を置いた。

 皆で同じお皿から小皿に取り分ける。だって、腕が疲れちゃったんだもん。てへ。

「どうですか?」

 卵の滑らかさとチーズのコクと、ベーコンの脂の味わいと、そして白ワインの酸味。

 手順も分量も結構雑でいいのに、どれが欠けても駄目なんだよね。

 これはそう言う料理だ。

 出来立てホカホカのパスタに皆揃って手を伸ばした。

 もちろん、私も食べるよ。

「旨いな!」

「美味しいです」

「……うまい」

 まぁ皆が褒めてくれたという事で、良しとしよう。

「味付けこそ違いますけど、材料としてはデビットさんと同じものを使いました」

 私の言葉に、筋肉質の身体がぴくりと跳ねた。

 いいんだもんね。睨まれたってちょぴっとしか怖くないもん。

「別に腕自慢をしてる訳じゃないです。ただ、ちゃんと作ればこんな料理になった筈ですよ、と伝えてみたくなったんです」

 私のこのパスタに、デビット・グエンがなにを思うか判らない。

「判らないなら聞いてみる。できないなら手伝いを頼む。手伝いですよ? やらせてみているだけなのは違いますからね?」

 そうしてできる事を増やしていくのっていい事だと思うんだよね。

「ムーアさんは軍隊メシを作ることに慣れているそうですよ。貴方はどうですか?」

 きっと演習に参加したことはあっても、炊事当番なんかやったことないんだろう。

 自分はできない、と決めつけて、誰かに押し付ける。

 押し付けられた方は嫌な気分になるし、自分も成長できない。皆が損する。

 さぁ選べ。私に聞くんじゃなくてもいいから。

 



ブクマも評価も誤字報告もとても嬉しいです。

ありがとうございますですv


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