73時間目
いつも読みに来て下さってありがとうございますですv
「私の知っている異世界はエリゼ様とりんさんがいた世界ですからね。こんなにも素敵な女性達が生まれ育った世界に対して敬意と好意を感じるのは当然です」
あまりにも軽やかに告げられた言葉は、私の頑なな心の中へするりと入ってきた。
でも。あまりにも長いこと私の中で息づいていた劣等感というか卑屈虫はそう易々とはいなくならない訳で。
「…サンプル数少なすぎです。それと、エリゼ様が素晴らしいのは同意しますけど、私は…」
「ストップ」そう言ってムーアさんが私の唇を指で押さえた。
「前にもお伝えしています。例えりんさんであっても、私の好きな人の悪口は許すことはできません」
ぐはぁっ。甘すぎ攻撃の直撃を喰らって思わずぎゅっと目を閉じる。
もうあれかな、これって私の心臓を止めにきてるのかな。殺しに掛かってきてるよね、絶対そうだよ。
「ふふ。そんな風に、男が唇に指を掛けている時に目を閉じたらどうなるか、教えて欲しいですか?」
ぎゃーーーーっ!?!!??
「むむむむーあさん、性格変わってませんか?!」
あぁ、でも最初から押しの強い性格だった気がする。
でもあくまで爽やかキャラであって、色気ムンムンタイプではなかった筈だ。
あ。でも最近その腹黒さがちらついている気がするし。
「ふふ。冗談です。でも、私以外の男の前でそんな風にしていたら、言葉だけでなく行動に出られてしまう事だってあるんです。気を付けてくださいね?」
なるほど納得。教訓、って奴ですね。了解であります。
「判りました。気を付けます」
素直にそういうと、ムーアさんはようやく私の唇から指を離してくれた。
──と。
ちゅ。
軽いリップ音がしたと思ったら、ムーアさんが自分の指に唇を寄せていて。
「?!!!?!??!」
ちいさく笑って「こういうのも、間接キスというのでしょうか」そう言った。
「そんなに警戒しないでくださいよ。ほんのちょっとした冗句じゃないですか」
私は馬車の中で出来るだけムーアさんから遠ざかるように、元々ちいさな身体をより小さく縮こめてドアにへばりつくようにして座っていた。
声を掛けられても思わずジト目で睨んでしまう。
その視線まで捉えてにっこりと笑顔になられて結局俯くことしかできなくなっていた。
そんな私の頑なな態度に、ムーアさんは「降参です」と手を挙げた。
「すみませんでした。揶揄いが過ぎてしまったようです」
真摯な謝罪に、詰めていた息をようやく吐いた。
「…こういう恋愛ゲームみたいなのは、苦手です」
ぷい、と横を向きながら呟いた。むぅ。我ながら子供っぽい。でも無理なの。甘い雰囲気とか耐えられない。
「申し訳ありませんでした。でも、りんさん」
真剣な声で名前を呼ばれて、顔を上げた。
がたごとと揺れる馬車の中で見つめ合う。そんな状態に、ギブアップ寸前になった頃になって、ようやくムーアさんが続きを口にした。
「例え、りんさんであっても、私の好きな人の悪口は許すことはできない、その言葉だけは覚えておいて下さいね。お願いします」
そんな風に念を押されて、私は頷くことしかできなかった。
「はぁ。もう、なんか…もうって言葉しか出てこないよっ。もう、もうっ!!」
ばうんばうんとベッドに向かって手を振り回す。
あぁもう。どうなってんの、ここ。
「甘すぎるんだよ! もう飽和状態なんだよぅ」
情けない泣き言が口を吐いて出る。私、本当に乙女ゲームとの相性悪いんだと思うわ。皆よくこんなセリフを聞くために時間掛けたりお金払ったりするよね。
「無理だ。心臓がモタナイ」
止めて下さい、死んでしまいますとしか思えない。
考えなくちゃいけないことはもっといろいろある筈なのに。
「…そうだよ。ご飯作らなくちゃ」
胸と頭の中がいっぱいすぎてご飯食べる気にはならないけど、私だけでなくコトラがいるからね。
そうだよ。ガーランド様はしばらく来ないって言ってたけど、コトラはこのままこちらにいるんだし。
…そういえば、鞄から出てきてないな。
私はふらふらと居間に置きっぱなしにしていた鞄の中身を確かめに行った。
「……コトラ?」
いない。どうしよう。コトラが鞄に入っていない。
最後に確かめたのは、図書館に入る前だ。
出てきた時は…記憶にない。いつだって勝手に鞄の中に入っててそこで眠っていたから。
でもそうだよ。休憩室でお茶を飲むという話になったならコトラが出てきてケーキのひとつでも強請って当然だったんだ。
なんで気が付かなかったんだろう。私は慌てて靴を履くと玄関から飛び出した。
「うわっ! コトラ~!! ごめんね、どこ行ってたの?!」
玄関を開いた目の前に、なんとコトラがいた。
そう。私の目線の高さだ。ケルヴィン殿下が抱きかかえていた。
「良かった。やっぱりコトラで間違いないよな。首から下げている学園の特別聴講生用の学生証を見た人に、『王宮の前で丸くなって寝ていました』と連れてこられたんだ」
なんでそんなところにいたんだろう。
「今日、学園の帰りに王立図書館に連れて行って貰ったんです。入館する前までは鞄の中で寝ていたんですけど、いつの間にかいなくなってて。それで探しに行こうと思って」
そう俯いて気が付いた。私、慌て過ぎて靴が片方スリッパのままだった。いかん。ケルヴィン殿下にだけは気付かれない内に家に入らなくては。
ほほほ、と愛想笑いをしてコトラを受け取ったお礼を告げて部屋へと戻る。
すると何故かケルヴィン殿下が後ろからついてきた。
「いやいやいやいや。これから夕飯を作って食べようという時間に、女性の1人暮らしの部屋へ男性が一人で来るってないですから!」
焦って拒否しようとしたら「大丈夫だ。一人じゃない。デビットも一緒だ」と言われて脱力する。却って悪いわ。しかもデビット・グエンとは家に招くほど仲良くもないし。
どう断ろうかと苦い顔をしていると、耳元でそっと囁かれた。
「素直に部屋に入れてくれたら、明日、他の皆へその片方スリッパ姿で飛び出してきた話をされないで済むぞ?」
私はおとなしく、その脅迫を受け入れた。ぐぬぬ。憶えてろ。
「さぁ茶を出せ、馳走しろ」
どっかりと居間の椅子に陣取ったケルヴィン殿下にそう言われて、かちんとする。
ムカついたので、コップに注いだ魔石水道水をそのまま出してやった。
「粗水ですが」
粗茶じゃなくて水道水だしね。粗末な水ってことで。
しばらく胡散臭げにコップを眺めていたケルヴィン殿下が、手に取って匂いを嗅いでいた。おい。
コップを奪い取って一気飲みしてやった。
「毒味を忘れておりました。失礼いたしました、王太子殿下」
にっこりと笑って空になったコップをテーブルの上に置いた。げふっ。
むぅ、と一つ唸って、ケルヴィン殿下が頭を下げた。
「強引に入り込んだ上に失礼なことを言ったし、してしまった。すまなかった」
大人げない対応したのは私もだったので素直にこちらも頭を下げた。
「こちらこそ、大人げない対応を致しました。失礼致しました」
ふふふ、とお互いに顔を見合わせて笑い合う。良かった、仲直りできた。
「仲直り出来たところで…すまない、やはり茶か、水でいいからなにか出して貰えないだろうか」
素直に頭を下げられたので、私は台所へとおとなしくお湯を沸かしに行った。
ついにでコトラ用にチーズとパンを用意する。とりあえずこれでお腹をごまかしておくれよ。
お茶を淹れて戻る。
ケルヴィン殿下と私と、仕方がないからデビット・グエンの分も用意した。
そのお茶をひと口飲んだケルヴィン殿下が、真面目な顔をして話し出した。
「デビット。内緒話をするから、少しだけ離れてくれ。あ、こちらを向いていても構わない。むしろ、りんの名誉のためにも監視はしていてくれ」
そう声を掛けると、「はい、心得ております」そうデビット・グエンは頭を下げカップを持ったまま部屋の隅へと移動した。
──?
ケルヴィン殿下が懐のポケットから小さな正方形の箱の様なものを取り出してそこに付いている小さなボタンに軽く触れる。
ぶわっ。
透明な何かがそこから広がって、私と殿下をすっぽりと包み込んだ。
「な、なんですか、これ」
「”内緒話の魔道具”だ。外からは中を見えるが、中の音は外に聞こえなくなる魔道具だ」
ほえー。図書館といい、この内緒話の魔道具といい、結構いろいろと魔石は活躍してるんですねぇ。
確かにそこにある膜の様な不思議な音の結界ができている場所に手をひらひらさせても、残念ながら何かがあるようには思えない。それでも、視覚的には確かにそこに境界線(面?)がある。実に不思議だ。
興味津々で結界を触ろうとしている私の後ろ姿に、ケルヴィン殿下の声が掛かった。
「それで。なにを悩んでいる? いや、私達は何を忘れたんだ?」
ドキッとした。
なんて剛速球だ。しかもド直球。
「エリゼの研究室から戻る際、わざわざ私が先に帰った理由がある筈なんだ。体調を崩したお前と、その傍付きとしたムーアまでは判らなくもない。しかし、エリゼを置いてまで私が先に王都へ帰らねばならなかった理由が判らない」
どうしよう。汗がだらだらと流れ出ていくのが判る。
「エリゼとガーランドが遅れて帰ってきて、更にお前がムーアと帰ってきた。そうして、私はお前を父上に合わせなくてはいけない、できれば竜騎士団長のリンク・スーも一緒にと強く思った。それだけが頭に残っていた。何故だ? お二人共お忙しい方だ。単に異世界人と顔合わせをするなら別々でも構わない筈。というか、リンク・スー騎士団長とは幻影とはいえ学園で何度も顔を合わせ話をしているにも拘らず、だ」
何故だ、と再び強い視線を浴びせられながら問い詰められて、私は目を閉じた。
ナンテコッタイ。ケルヴィン殿下がこれほど優秀だなんて思わなかった。
黒い獣と護摩堂についての記憶は操作されているようなのに、この結論。
しかも唯一、記憶が残っている私のところに直接問い質しに来るなんて。さすが王太子様だとしか言いようがない。
「……」
「りん、お前が悩んでいることを聞かせてくれるだけでもいい。私に教えてくれないか」
どう伝えればいいのだろう。というか、何についてならケルヴィン殿下に影響が出ない範囲のことなのだろうか。
「……ケルヴィン殿下。お願いがあるんです」
「うん。なんでも言え」
私の顔を真剣な目で見つめたまま、ケルヴィン殿下が頷いた。
「私、この国を、この世界を好きになりたいんです。好きにならないといけない。ううん、やっぱりただ好きになりたい。もっとこの国のことを教えてください」
質問の答えに聞こえないことは十分わかっている。それでも、今の私がケルヴィン殿下に伝えられる言葉としてはこれが精一杯だ。
「…それが、必要なことなんだな?」
こくり、視線をそらさずにはっきりと頷いた。
ラグさんに言われたからじゃない。
クロティルド先生に言われたからじゃない。
私が、この国を守るための強い理由が欲しい。
戦う為の理由。逃げ出さない為の理由が。
この世界を知って、世界の理を知って。
魔法の、本当の扱い方を知りたい。
この世界を守る術を手に入れたい。
「私が私の魔法を使う為に。他の誰にも使えない、私の魔法の為に必要なんです」
これ位なら、きっと大丈夫。だってこれは私の宣言。
「…判った。今はそれで納得してやろう。だが、いいな? ちゃんと言えるようになった時には私に教えて欲しい。私はこの国の王太子だ。この国の未来を負う者だ」
きらきらきらきら。
まっすぐに見返してくるケルヴィン殿下がきらめいて見えた。
吃驚した。
ブクマも評価も誤字報告も!
とても嬉しいです。
ありがとうございますですv




