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いつも読みに来て下さってありがとうございますなのです

 


「ここが王立図書館」

 3階建ての大きな建物の中へと一歩足を踏み入れると、そこは巨大な本棚が所狭しと並んだ薄暗い空間だった。

 床と天井を繋ぐ壁のような本棚が通路すらないほどみっちりと重なるようにいくつも並んでいる。人が近づくとギギギギギと本の重さに負けそうなのか低い音を立てながら本棚が移動して通路を作る、そうして本棚の高いところを見上げていた人が足元をとん、と叩くような仕草をしたと思うとその床のタイルがふわりと浮かび上がった。

 そのまま上がったり横に移動して行ったりして本を探している様に、目が釘付けになる。

 つい、阿呆のように大口を開けて入口から見えるその巨大な本棚が動く様を見つめていると、後ろから私の入館手続きを終えたらしいムーアさんが追いついてきた。「本棚と床のタイルに魔石が組み込まれています。少し魔力を通すだけで動くようになっているんですよ」

 なんだ。すでに魔石は大活躍してるじゃないか。今更魔石科なんて必要なくない?

 今日のお昼に聞いた時はあれほどワクワクしたのに、あっさりとその輝きが薄れた。ちょっと肩透かしを喰らった気になる。

「この図書館は、りんさんと同じ異世界からきた方が遺して下さった偉大なる建造物です」

 学生証の裏にまた何かIDらしき表記が増えたそれを返して貰うと鞄に革紐で括りつける。うん、やっぱりいつか鞄を持ち替えた時にどこかに忘れそう。首から掛けるのが一番かなぁ。カードフォルダーって何かないのかな。

 それにしても、ここが異世界人作だっていうのには納得だ。道理でなんか見たことあるなって思ったんだ。近所の図書館の地下にある可動式資料室に似てるんだ。まぁあっちは手動だったけどさ。

「魔法の世界にきたんだって気になりますね、これ!」

 興奮していう私に、ムーアさんが苦笑する。

「そうですね。魔法のない世界から来られた方の作ですけどね」

 あ。そうか、そうだった。でも魔法が使えないからこそ、映画とか小説とかね、フィクションとしての魔法世界については一家言持ってるんじゃないかな。

「科学を基に想像を広げてますからねぇ。無駄にリアルだったり、科学で実現できない部分を補う形で、魔法というものを想像し易いのかもしれませんね」

 あぁ、そうか。魔法の呪文というか、お願いごとの説明は物理とか化学とかそういうのをベースにして伝えようとするといいのかもしれないなぁ。

 次はそうしてみよう。憶えているか判らないけど。私、忘れっぽいからね。てへ。

「私達が魔法で済ませていることを、事象についての研究を重ねて実現しているんですよね。凄いですよね」

 ムーアさんが憧れのようなものをその顔に浮かべて瞳をキラキラさせながら話す。

 おぉ。そう言われると、あちらの世界がなんだか凄い場所のような気がする。

「魔法が使える世界の方が、ずっと凄い気がします」

「人間の努力で世界を動かす方が、ずっと凄いでしょう」

 なんと。ムーアさんはどうやら本気であちらの世界を褒めているようだった。

 ついまじまじと顔を見つめてしまう。うん。嘘とかお世辞じゃないっぽい。

「どうしました?」

 ぼけっと見上げたままだった私の顔に、ムーアさんが悪戯そうな表情で顔を寄せる。

 ちょっ。不用意に無駄に綺麗な顔を近づけるの本当に止めてくださいっ。

 私は「ナンデモナイデス」と慌てて首を横に振ると、「いきましょう」と館内へと促した。



「何か読んでみたい本や、この国や世界について知りたい事はありますか?」

 入り口から覗き込んだ時もその蔵書量に圧倒されたけれど、近くから見上げるとその迫力は圧巻としか言いようがない。

 体育館よりずっと高い天井までびっしりと並んだ本は、その全てが美しい装丁が施されているようだ。革でできたその背表紙には装飾文字のタイトルが金や銀を使って箔押しされていた。

 ここに置いてある本は、輪転式謄写版印刷機製のものではなくて、一冊一冊丁寧に手書きで写されたものな気がする。なんとなくだけど。

「背拍子にあるキラキラのタイトル文字と無限にあるような本の冊数だけで、お腹がいっぱいになった気がします」

 目を回しそうになりながら正直に答えると、ムーアさんがくすりと笑うのが判った。

「まぁ、そういわずに。料理の本とか如何でしょう。廃油石鹸の旅の途中で買い求めた食材の使い方などは知りたくはないですか?」

「あー。そういえば乾燥タピオカとか買っちゃったんですよねぇ」

 思わず口元がへの字に折れ下がった。

 旅の恥は掻き捨てっていうけれど、ホントそんな感じだった。勢いって怖い。

 2時間茹でるとか。絶対に使わないでそのまま死蔵してしまいそうだ。

 お餅も水に1時間漬けてから茹でるとか。水に漬けたまま放置して腐らせそうだ。

「そうですね。タピオカの簡単な食べ方とかあったら知りたいですねぇ」

 もしくは、2時間だろうが3時間だろうが掛けても構わないと思えるだけの美味しそうなメニューでもいいな。あ、時間が掛かるのはいいけど、手間が掛かるのは無しでお願いします。無理だから。

 私の答えに軽く頷いたムーアさんは、私の手を取り床を軽く蹴るような動作をした。すると、

「うわわわっ」

 足元のタイルがふわりと浮かび上がった。

 しっかり捕まってくださいね、と腰を支えながらにこやかに言われる。

「これ、2人で乗っても大丈夫なんですか?」

 半ば目を閉じた状態のまま確認する。ひえぇ。そういえば手摺りも何にもないんだ、これ。怖すぎる。

「大丈夫ですよ。私達がもう1人ずつ乗っても大丈夫なくらいですから、読んでみたい本を幾ら足元へと積み重ねても平気です」

 なんとびっくり。風属性の魔法の応用で、タイルの端から1メートル程度の高さまでは落下防止機能があるらしいと聞いて、出来心でつんつんと爪先と手で確かめるように突っついた。

「ホントだ。ここに何かありますね」

 実際にそこに手摺りというほどではないけれど確かに何か薄い壁の様な手掛かりがあって足を踏み外すこともないようだと知ってホッとした。

 薄っぺらいタイル1枚だけの上に乗って空中を移動しているのかと思ったよ。

 どちらかというと床部分以外は可視化してないゴンドラみたいなものっぽい。

「80センチ角しかないのでちょっと狭い気もしますけど、これ以上広いタイルだと人の移動で重心がずれすぎて転覆し易いようです」

 ほー。そこは普通に物理法則に沿うんだね。魔法でなんとかできそうなのにね。

 でもそうだよね。狭かったら自由に上を歩き回ったりしないもんね。

「タイルに埋め込まれた魔石の数や性能の関係で、これ以上の命令を書き込むのは難しいのだと思います」

「…上に昇る。横に移動できる。端から空気の層を構築して落下防止。本を取ったら重さが変わるだろうからその加重の変動への対処」

 指折り数えてみるとたしかに多い。

 コンロは火を燃やす、火力調整で1種類ずつの発動制御。シャワーは水を出す、水温を変化させるでやっぱり2種類。大体2種類程度が普通なのかも。

「きちんとしたお願いをそこに書き込まなければ、いくら魔力を捧げても人にとって得られる効果にばらつきが出てしまい、大きな事故になりかねません。

 魔力の質と量、魔石に書き込まれたお願いと本人の属性との相性などもありますからね。誰もが扱える魔石を作り上げるのはなかなか難しいんですよ」

 なるほど。『空を飛んで本を集める手伝いを~』みたいにはいかないのか。

 ん? そういえば複数の魔石を使って制御するにしても、ただ魔力を通しただけだと一部の魔石だけ発動しちゃう、なんてこともあり得るのだろうか。

 ただそこへ魔力を流し込んだら、そこにある魔石すべてが発動しちゃいそうなんだけど、そこに属性の相性なんてものまで関係してくるとなると発動しない魔石なんていうのも出そうな気がする。

 思ったよりずっと面倒臭いのかな、魔石作り。

「この図書館を見た時、『魔石学科なんていらないんじゃないか』って思ったんですけど、そうでもなさそうですね」

 発動と維持と制御。やっぱりいるな、魔石学科。

 もっと単純なお願いに書き換えられたら普及するのかも。でもそれって科学への道を進むことになるんじゃないだろうか。

 ”どこまであちらの世界のものを持ち込むかの境界線”

 魔石について学ぶなら、自分の中での線引きをちゃんと考えなくちゃいけないようだ。

 


「結局、いっぱい借りちゃいました」

 最初に言っていたお菓子作りの本、料理レシピ本、あと絵が綺麗だった絵本数冊。

 歴史書とか地図とか、辞典みたいのとかも考えたんだけど、きっと私は開きもしないで返すに違いないと思って今は止めておいた。いつかもう少し落ち着いたら借りる、かもしれない。

 それにしても、貸出カウンターに積み上げた本の山を見上げながら自分の自重しない欲求を優先した行動に苦笑する。

 最初はあまり気が進まなかった筈なのにこんなに借りちゃって。返しに来るのも大変だし、普段本なんて読まない私が貸出期間中に読み切れるのかも不安だ。

 まぁ絵本なんかは、寝る前にベッドの中で捲ってみるのもありだろう。

「気に入ったら、実際に購入することもできますよ。返却時に申し込めば家に届けて貰えます」

 それはすごくいいシステムだと思う。借りて一度読めば気が済む時もあるけど手元において何度も読み返したくなる本もあるし、本屋でぱらぱら捲った時は面白そうでも数ページ読んだだけで続きを読む気になれない物もあるもんね。

 ちゃんと家で試し読みができて、自分が本当に欲しいと思えた本を購入できるなんて素敵システムだ。

「それと、貴族年鑑は購入しますか? 2年に1度改定するのですが、今年がその改定の年だったので来年は今年度と同じものになりますよ」

「…なら、早めに購入して暇がある時にちょこっとずつでも眺めるようにした方がよさそうですね」

 うへぇ。また出費か。しかも高そうなのが困る。

 …まぁいいか。明日からチーズサンド作らなくていいんだし。くっ。

「でも、改定が2年に1度だけだとすると、その間の期間に新しく授爵したり爵位が上がった人ってどうなるんですか?」

 2年後の改訂版がでるまで貴族年鑑はそのままなのかしら。

「その頁だけ送られてくるんです。そうして上に貼ります」

 うはっ。省エネ資源化かよ。

「3年や5年に1度の改定にしようという動きもあったのですが、引退による爵位の移譲も多いので貼り直しにも限度があるということになって。2年に1度に落ち着きました」

 ああ、新しい貴族爆誕よりずっとそういう自然な内容変更の方が多いですよね。

 そんな話をしている間に、貸し出し手続きを終えた。

 本は馬車まで運んでもらえるらしい。楽々だ。

「その馬車を前に廻して貰うまでの間、少しだけあそこで休憩しましょうか」

 ムーアさんが指さした先には、簡素な休憩所があった。

 ガラス張りのそこからは馬車の乗降所が良く見えるので、少し離れた馬車置き場からこちらまで呼んで来る間の待合室のようだ。

 確かに図書館の前でいつ来るか判らない馬車を待つのも立ち話をするのもなんだしね。

 小さなテーブル席が3つあるだけのその休憩所では、キッシュなどの軽食と紅茶を頼めるようだ。

 でも今はお腹が空いているというほどではなかったし時間もそれほどあるとは思えなかったので紅茶だけお願いする。

 私はこちらに来てから紅茶はストレート派になった。ミルクもレモンも砂糖も入れない。その方がちょこっとだけ安いから、では決してない。

 ティーバックではなく、きちんとした茶器で正式な作法をもって淹れられたリーフの紅茶は砂糖など淹れなくてもどこか甘い。ミルクやレモンを入れてしまうと、その甘さを感じることができなくなってしまうのが嫌なのだ。ストレート万歳。

 さっと出てきた紅茶を口へと運び、ふうふうと息を吹きかける。

 アイスティーにするべきだったかと少し後悔するも、やっぱり温かい紅茶の方がお茶の甘さを感じ取ることができて美味しいと思う。

 カップの中で揺れる紅茶の波紋を見つめていると、なんとなく、図書館へ足を踏み入れる前の会話の続きが知りたくなった。

「…それにしても。ムーアさんがあちらの世界を本気で褒めているようなのが不思議でした」

 魔法のある世界と魔法のない世界。

 どちらが夢とか希望に満ち溢れているかなんて比べてみるまでもないと思うのに。

 なのに、ムーアさんには魔法のない世界が眩しく思えるのだろうか。

 一瞬、私が何を話しだしたのか判らなかった様子のムーアさんは、顎に片手を当てて少し悩んでから「あぁ」と破顔した。



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