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71時限目

いつも読みに来て下さってありがとうございますです


 


「りんさん、今日の帰り道に少し寄り道しませんか?」

 さきほどクロティルド先生に言われた言葉を反芻しながら廊下を歩いている時、ムーアさんからお誘いが掛かった。

「王立図書館へ行ってみませんか? そういえばそういったこの街の施設に行った事なかったでしょう」

 すみません、案内してなかったですよね、と眉を下げて謝られた。

「いえ。私も行きたいって言ったことなかったですし」

 この世界に来てから一年は生きていく為に働くことで精一杯だったし、このひと月余りは展開が早すぎて「本を読みたい」なんていうあちらでは普通の余暇の過ごし方すら思いつかなかった。

 というか、あちらでも家事に必死だったから家で遊ぶという事はあまりしなかった気がする。

 義父からお古のスマフォを譲り受ける前までは、ゲームすらしたことは無かったのだから。無料分でできるゲームは大したことはできなかったけれど、ログボで貰える回復薬をちまちまと集めて冒険に出る、典型的な無課金勢。

 それでも、学校のお昼休みに仲良くなったゲー友と一緒に隠れてするゲームはどきどきして。

 旅の途中でできた仲間達と一緒にゆっくりと進める冒険はいつまでも終わらなくて楽しかった。

 まぁ、ゲーム友達といいつつ同じタイトルで遊ぶことはなかったけれど。それでも彼女の隣にいる時は息苦しさを感じないで済んだし楽に呼吸ができる貴重な時間だったと思う。

「私も、乙女ゲームというジャンルのゲームを、1つくらいやってみれば良かった」

 そうしたら何かわかったかもしれないのに。RPGしかやったことがない私には、展開の予想が全くつかない。

「りんさんは、ご自分が”乙女ゲームのヒロイン”だと信じられていないようでしたけれど、本当はエリゼ様のあの言葉を結構引き摺ってますよね?」

 頭で考えているだけのつもりだったのに。

「…いま私、声に出してました?」

 すれ違う生徒がいなかったことだけが救いだ。

 それでも恥ずかしさに顔が赤くなっていくのが判る。くっ。殺せ。殺してくれぇぇ。

「じ、自分がヒロインだって思っている訳じゃなくてですね、その…、でもここがエリゼ様のいう、ゲームと似た世界なんだってことは否定しきれないかなって思ってて…」

「ふふ。茶化している訳じゃないです」

 ぽんぽん、と頭に軽く手を乗せられてあやされる。ぐぬぬ。

「目指す努力の方向が正しいのかどうか。自信が持てなくて何かに縋りたくなる時ってありますよね」

「ムーアさん…」

「生きていると、その都度、自分で選ばなくてはいけない時というのは無数にあって。選択肢自体を自分で作りださなくてはいけないなんて時には、正解とはいわなくてもヒントが書いてある参考書みたいなものが欲しいと思ってしまいますよね」

 優しく伏せられた瞳には私に向けられているようで、私ではない、他のものが見えているような気がした。

「…自分が歩いている道が正しいのかどうかなんて、遠い未来に振り返ってみないと判らないものなのでしょうが、それでも、今、悩んでいる時にそれが判ったらいいなと。その為のヒントが欲しいと願ってしまう気持ちは判りますよ」

 ムーアさんも、そう願うほど悩んだことがあるのだろうか。

 あるんだろうな。

 ムーアさんの揺らぐ瞳は、その時の過去に見た事、悩んだ事を思い出し映しているのだろうか。

 私よりずっと大人だけど、かつては同じ年齢だったことがある訳で。悩みの内容は違っても、同じように悩み迷ったことはあるのだろう。そう思うと、強くて皆が憧れるこの人が少しだけ身近な存在の様な気がした。

 そのまま校舎を出て、馬車の乗降所へと向かう。

 馬車番へと声掛けをすると、すでに準備ができていたのだろうか。王宮から貸し出されている馬車がすぐに廻ってきた。

 ムーアさんが御者の人に王立図書館へ寄るように声を掛けてくれるのを聞きながら馬車へと乗り込んだ。

 前回、この馬車内でお喋りしようとして舌を噛んでしまい騒いだせいか。今朝からクッションと足元に毛足の長い絨毯が敷かれていて、かなり揺れがマシになっていた。

 ガタゴトと煉瓦で出来た道を馬車が進んでいく。

 窓の外を見つめていると、ムーアさんが話し出した。

「…努力の方向を間違えるということは恐ろしいことなんですよ」

 不意に、物思いから覚めた様子でムーアさんが真面目な口調でそう言った。

 その声があまりにも真剣で思いつめたようなものに聞こえてきたので、私も真剣になって耳を澄ませた。

「まだセントベリー学園に通う前の事です。家庭教師から出された『領地を栄えさせる為に必要なことに関する提言』というテーマのレポートがどうしても評価を得られなくて、何度も再提出を求められたことがあったんです」

 学園に通う前。えーっと16歳から通うんだからそれ以下ってことだよね。

 …随分、壮大というかテーマが重いなぁ。でも高位貴族なら幼い頃から考えていて当然の事なのかも。

「どんな文献を読み解いても、家宰に訊いて纏めても駄目で。思い悩みすぎてしまって、レポートの評価を得られない理由を」

「その理由を?」

 ごくり。勿体ぶってそこで切らないで下さいよっ。

「りんさん、私の書いた文字って見た事ありましたか?」

「あります。たしか編入時に書いた書類には、ムーアさんも一緒にサインしてくれましたよね」

 そうか。あれが後見人ってことだったのかも。今気が付いたわ。

「私の文字を見て、どう思いましたか?」

 どうもなにも

「綺麗な字だなーって」

 装飾文字というのだろうか。ちゃんと読めるんだけど華やかで、サインって感じの字だった。

「サイン用の万年筆で書いてますからね。独特の書体になりますよね」

 なるほど。そういうのがあるんだ。

「でも、そのレポートが没を喰らいまくった頃の私の字は綺麗とは程遠かったです」

 なんと! 

「そうだったんですか?」

「そうだったんです」

 少しはにかむように苦笑したムーアさんは、どこか懐かしそうに教えてくれた。

「だから、レポートが不可になるのは、この文字が汚いせいだと思った私は、綺麗な文字を書く努力をですね」

 そ、それは…。

「ね? まさに”努力の方向が間違っている”でしょう?」

 その時の事を思い出すだけで笑えるんです、と堪え切れない様子で朗らかにムーアさんが笑って言った。

「文字自体を綺麗に書く努力だけではないです。筆記用具にも凝り、書体にも凝り、試行錯誤をして書き上げた会心の作であった筈のレポートの評価は『貴方は馬鹿だったんですね』でしたね」

 ぶふっ。いけね、本気で噴き出しちゃった。

「す、すみません。失礼しました」

 完璧なムーアさんの過去に、そんなお茶目な失敗の記憶があるなんて。

 しかもそれを教えて貰えた特別に、頬が緩む。

「ふふ。ちなみに家庭教師が求めていた正解は、『私自身の言葉で書く』ことでした。本や、誰か他の人の受け売りをそのまま書き記したものではなく私自身が考えること、それなのに」

 ムーアさんも思い出して耐えきれなくなったのだろう。自分の努力の明後日っぷりに声を上げて笑い出した。

「ね、すごい失敗でしょう? でも、その明後日な努力があったからこそ、私の書く文字は今、りんさんに褒めて貰えるまでになりました」

 はっとして顔を上げた。

 見上げた先にあるその顔は、とても優し気だった。

「過去の私の失敗も、それで得るものがあれば、未来いまの私には成功の記憶です」

 それは、失敗を恐れ恥じる現在いまは見えない、歳を経たからこその視点なのだろう。

 今は単なる失敗でも、未来の私には成功に繋がる糧にできるかもしれない。

 そんな未来志向というか、ある意味冗談のような夢みたいなことだってあるんだ。

「それに…」

 くすり、とムーアさんが笑って続ける。

 まだ何か、失敗がプラスになることがあるんだ。

「私の失敗を聞いたりんさんが、笑顔になっている。とても素敵なことですよね」

 ちょん、と「ずっとここに皺が寄ってましたよ」そう言って眉間をつつかれた。

 慌ててそこを両掌で隠す。

「……そんな、でした?」

 そんな顰めっ面をしていただろうか。

 あちらの世界の記憶は、私にとって後悔で埋め尽くされていて笑顔になれることはとても少ない。

 それでも。そこから何かを掬い取れるだろうか。

 今すぐではなくとも。

「ティリー先生は、努力の方向を間違えないで済む方法をと言ってましたけど、間違えていいんですよ。学生のうちは間違えてもいいんです。軌道を修正するのは大人の仕事ですからね」

 むぅ。言って貰ったことは嬉しい気もするけど。

「私は、子供ですか?」

 そこだけちょっと気になる。自分が大人ではないのは判ってるけど。お子様扱いされるのもこう…納得できないというか気に食わないんだよね。

 この反応自体がお子様扱いされる理由なのかもしれないけれど。

「だから学生、といいました。りんさんはこの国に於いては成人前ですからね。大人ではないでしょうけれど子供だと思ったことは私はないですよ」

 ほんと。ムーアさんは大人だなぁ。巧い事言い抜けるよね。はぁ。

 あぁ、そうだ。後悔とは違う、楽しかった思い出を思い出した。しかも今の会話にぴったりなものだ。

「そういえば、あちらの世界の学校で、音楽の試験があった時の事なんですけどね」

 ムーアさんは、笑ってくれるだろうか。

 私のあちらでの楽しかった記憶を、一緒に覚えていてくれるだろうか。

「一人ずつ笛で課題曲を吹いて合否がでる、というものだったんですけどね。

 隣のクラスで先生に褒められた生徒は足でリズムを取っていたという噂が流れてきて、皆して足でリズムを上手に取れるようになる練習ばかりしてたんですよ」

「笛の試験なのに?」

「笛の試験なのに、デス」

 肯定しながらも苦笑いしてしまう。

 えぇ、私もその噂に乗っかった一人です。

「それで、勿論みんなして落ちまして。再試験だらけになったんですけど、その試験に落ちた生徒の中で、何故か『足でリズム取るだけじゃダメなんじゃないか? 踊りながら吹けば合格できるんじゃないかな』って言いだした男子がいたんですよねぇ」

 しかも結構な人数がそれに乗ったのだ。

 そうして何故か課題曲とは全然ちがう音楽掛けてかなり本格的に振り付けしてたっけ。

 いや、こっちは私はやってないです。

「それで試験の結果は?」

「試験はまぁ当然ですけど踊った子は全員不合格でした。でも、ダンスを披露した生徒に教師が笑いだして。いろいろ間違っているといいながらも皆褒められてましたよ」

 今思い出してもあれは恰好良かった。何より楽しそうだったし。

 違う。皆で一緒に手拍子して、楽しかったんだ。

「こういう事ですね?」

 自慢げにどやってみた。けど。

 ムーアさんは、一拍おいて私の顔を見つめてると、ゆっくりとそこに笑みを浮かべた。なんか、予想と違う反応だぞう?

「りんさんが、こんなに嬉しそうにあちらでの話をしたのを見るのは初めての様な気がしますね」

 そうかな。んーっと、そうかも。というか、石鹸の話とか以外だとあちらの話をすること自体しないからね、私。

 でも。そうだね、あちらでの私が、可哀想な存在というだけだったって思われないといい、そんな気持ちがあったのかもしれない。ちゃんと楽しかったことだってある、そう思って欲しいんだと思う。

「ちなみに、そこから踊り手になった人が出たとかは?」

 ふるふると首を横に振る。

 ないんじゃないかな。皆の人気者にはなってたけど、あちらでプロになるのは簡単なことじゃないし。でもこちらの世界でもプロのダンサーになるのは大変なのかも。プロを名乗るのは簡単でも、それを続ける、それで食べていくのは大変な気がする。


「ふふ。いつか、その中からダンサーとして名を馳せる人が出たらいいですね」

 そうですね。そうなったら、面白いですね。

 失敗から生まれる成功。そんな話がもっとたくさんあっていいと思う。




ブクマも評価も誤字報告も!

ありがとうございますですv

感謝してまする~

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