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いつも読みに来て下さってありがとうございますです

 


 カフェテリアによって朝預けておいたチーズサンドを受け取りコトラに上げる。

 ううう。ひと口くらい食べてやりたい気がするけど、ランチボックス自体がかなり豪華だったのでとてもこれ以上は入る気がしない。

 カリフラワーのブランマンジェ、ホタテと焼き野菜のマリネ、鴨肉のミートパイ、

チーズグリルチキンサンド、オムレツサンド、アンチョビポテトサンド、林檎のシブスト。どれもこれもひと口サイズに揃えられているもののとにかく品数が多かった。胃袋にはご馳走がぱんぱんに詰められていて、もう何も入る隙間はない。

「ううう。私のチーズサンド」

 あっという間に消えていくチーズサンドに思わず涙する。

「…今夜の夕飯は、チーズサンドにしましょうか」

 ムーアさんが私の頭を撫でながら慰めるようにそう言ってくれたけど、違うんだもん。

「節約ライフの第一歩になる筈だったんです。チーズサンドのお弁当は」

 ちゃんと節約して、自分の力で生きていくで。その決意の第一歩が自作のお弁当を持参する、ということだったのに。

「…でも、奢って貰っているんだから、節約なのかな…いや、これは違うか」

 ぶつぶつと呟いていると、ムーアさんが訝し気に確認してきた。

「あの…りんさん? 学園のカフェテリアの利用にはその…お金が掛からないということはご存じですよね? 学園内の飲食費やクリーニング代等はすべて授業料にその利用料が含まれているんですよ」

 私がその言葉に驚愕しているのを認めて、ムーアさんの言葉が少しずつ小さくなる。

 ナンダッテぇぇぇぇ!? 全然知りませんでしたよっ!!

 あ。だから魔法服が借りられたり、そのクリーニングも学園にお願いできたりするのか。なるほど。

「あの…、すみません。よほどチーズサンドがお好きなのだとばかり思っていたもので。お教えするのが遅れてしまいました」

 いえ、ムーアさんが謝る場面ではないと思う。ノエル先生か教頭先生のお仕事だったんじゃないかなぁ。

 でもあれか、貴族の子弟にはそんな説明必要なかっただろうから、必要な説明だってことは完全に頭から抜けてたんだろうな。はは。

「節約どころか…わたしは、ワタシは無駄遣いシテタのデスネ」

 最後の言葉を口にするのは、途轍もない屈辱だった。くっ。

 明日からは絶対にお弁当なんか作らない。絶対の絶対だ。



 呆然自失とはこのことか。

 私はフラフラした足取りで魔法教練室へと向かう階段を昇って行った。

 ふと、踊り場のところで大きな影が通りすぎて窓の外を見上げる。

 そういえば、前にもここで空を行き交う竜の影を見上げたっけ。

 その時も、ムーアさんが一緒にいてくれた。

 あれはもうずっと前にあった事の様な気がするのだけれど、まだ10日ほどしか経っていないのか。

 目まぐるしく変わる自分の状況を思い返すと、変な笑みが顔に浮かんだ。

 高校の入学式が終わったあの日、教室へ戻る途中で角を曲がったらこの世界にいた。それからの1年は、異世界にきてしまったという混乱だらけではあったものの生活自体は穏やかなものだったと今は思う。

 エリゼ様が私を探しだそうなんて考えなかったら、私は今もタイガと一緒に暮らしながら月の灯り亭で下働きをしていたのだろうか。

 そうしてある日突然、黒い獣が街を襲う──

 ぶるる。そこまで考えたところで背筋に寒気が奔った。

 そうだ。それにエリゼ様が探しに来てくれなかったらタイガはチョビ髭に怪我をさせられることもなくて、結果として呪いに掛かったままだったかもしれない。

 これに関しては、エリゼ様が呪いを掛けたりしなければ良かっただけなんだけどさ。

「どうしました?」

 歩くスピードが遅くなっていた私の顔を、ムーアさんが心配そうに覗き込んだ。

 それに、ふるふると顔を振って否定する。

「大丈夫です。ちょっと、いろんなことがありすぎて頭が混乱し掛けてただけですから」

 そういった私に、「あぁ、そうですね」と笑ってムーアさんが同意してくれた。

「貴女に会った時からまだふた月と経っていないのに、私の人生もまったくの別物に変わりました」

 そう言って、感慨深そうに呟いた。

三月みつき前の私に『お前は異世界から来た少女に恋をして、一族の為にした婚約を白紙に戻して縁組し直したり、少女の側付きになる為に王太子付の職務から離れる』と言っても絶対に信じないでしょうね」

 ごふっ。なんかさりげなくトンデモナイ告白をされた気がする。

 しかもツッコミどころが多すぎて、どこに対して問い詰めたらいいのかまったく判らん。

「……ムーアさん」

 混乱して小さな声で名前を呼ぶことしかできない私に、その人はそっと安心させるように笑いかけてくれた。

「いいんです。言葉にしたいだけですから。答えは、りんさんの中できちんと形になった時で構いません」

 ただお伝えしたいだけですのでお気になさらず、とさらりと言われ、「急がないとまたティリー先生に怒られますよ?」と手を差し伸べられた。

 私は自分でもずるいと思うけれど俯いたままその手に気が付かなかった振りをして「”ティリー”って愛称で呼ぶ方が怒られますよ」と足を速めた。



「遅い。しかも久しぶりだな、友木りん」

 う。私はクロティルド先生の授業には遅刻する呪いでも掛かっているのだろうか。

「申し訳ありません。少し、ランチでゆっくりしすぎたようです」

 なんか謝罪する為にカーテシーを覚えた気がしてきた。とほほ。

 じろりと睨みつけているクロティルド先生の顔を上目遣いにして覗き窺う。

 翠色の長い髪と透き通った湖のような碧い瞳を持った美少年にしか見えないこの先生が一体幾つなのか。いくら見つめてみても全く判らない。そういえばこれもムーアさんに問い詰めなくちゃいけない謎の一つのままだったなぁ。

 私、ほんとに謎を謎のまま放置しすぎじゃなかろうか。

 流されっぱなしだよね、ほんとに。

「まぁいい。学園長から呼び出されていたことは聞いている。それより、体調の方はもういいのか?」

「ご心配をお掛けしましたが、もうこの通り元気です」

 ぐっと両こぶしを握り締めポーズを取る。あ。淑女っぽくなかったかも。

 クロティルド先生が少し呆れたような顔をしているのに気が付いて、てへへと笑っておく。だって所詮私は庶民ですしー。

 まぁ、いつまでもそんなこと言ってられないんだけど。卒業したら魔法院とかいうところに所属して、お貴族様達と一緒に働かないといけないんだもんね。ふう。面倒い。

「どうした? 元気といった途端にため息など吐くな」

 あぁ、しまった。失礼しました。

「…ちょっと。将来の事を考えたら憂鬱になりました」

 私は魔法院に所属することになるという不安について、そのまま口に出した。


「なるほどな。そうか、学園に入る間の日当を要求したら魔法院に入ることになった、と」

 これは傑作だと目の前の美少年先生が笑いだした。

 むぅ。他人事ひとごとだと思って。生徒の将来を笑うなんて酷いですよ。

「りん、お前は魔法院というのがどういう役目を担っているか知っているか?」

「勿論、知りません」

 きりりと言い切る。そういえば何も聞いたことなかったなぁ。そうだ。休日とかお給料のこととかどうなっているんだろう。

 就業形態もそのお勤めの内容も何も判らないままだった事に、言われて初めて気が付いた。あれ? 私ってば本気で駄目すぎなんじゃないかな。

「くくくっ。興味もなかったか。本当に面白いな、りんは」

 意地の悪い笑みが浮かぶその顔に思わず顔を顰める。むぅ。年下にしか見えない相手からこんな顔をされると悔しさが倍増する気がする。なんとなくだけど。

 そんな私の心情を余所に、目の前の美少年にしか見えない教師が言葉を続ける。

「誰もが魔力を持ち、誰でも魔法を使うことができるこの国で、魔法師と呼ばれる者は特別だ」

 そういえばそうですね。魔法使いしかいないんですもんね。

「魔法の可能性について究める者の集まりであり、有事の際は民を守る術となる。

 軍とついてないが、軍隊でもある」

 どきり、とした。戦争未体験、戦争のない異なる世界から来た人間としては『軍隊』の言葉に心臓の動悸が苦しいほどに激しくなる。

「この国の貴族がなぜ偉そうにできるか、教えたな?」

 こくりと首を縦に動かし首肯した。

 その高い魔力を以って、魔力の少ない民を外敵から守ることができたから。

 守って貰う感謝を捧げるのが平民。守ってやるとその感謝を受けるのが貴族。

「お前は、その守る立場になるということだよ。守られる側、平民ではなくなるのだ」

 なんと! 後に控えているムーアさんを振り返ると、確かに大きく頷いているのが見えた。

「…知りませんでした」

 呆然としてしまった。チーズサンドが無駄遣いだったと知った時なんかよりずっとその衝撃は大きかった。

 全然気が付かなかったけど、言われてみれば当然というか納得するしかない。

「……そんな場所で、私はなにをすればいいのでしょう」

 思わず口をついて出た言葉に、指導者せんせいは両肩を竦めた。

「さて。どうだろうね? むしろ、友木りん。お前には何ができる? 何がしたい?」

 ちゃんと考えなさい、と諭される。むう。

 …私。私は、皆を守りたい。守れる力が欲しい。切実に。

「誰かを攻撃したりするのは、多分というか間違いなく、私にはできないと思います」

 うん。無理。暴力女と呼ばれはするけど、怪我をさせたいと思ったことはない。

 殴っても、私の手が痛くなっただけだし。

「でも、守れるように、なりたいです」

 自分の両手を見つめる。小さくて貧弱な手。殴ったら、私の手が腫れあがるほど、攻撃力はゼロに近い。今から鍛えてもきっとゼロが1とか2になる程度だろう。

 それでも。

 あの黒い獣から。それをこの世界に放とうとする何者かの魔の手から。

 私には、守りたい人がいる。

「障壁の作り方を、覚えたいです」

 私からの攻撃ではなかったけれど、唯一、あの黒い獣が消せたのは、私の障壁に触られた時だけだった。

 本当はあの光で殴ったりすればもっと効率がいいのかもしれないけれど。

 怖いし。立ち向かうとか無理な気がする。

「なるほどな。いいだろう、友木りんだけの、誰にも真似できない特別な障壁を作れるようになり、平民を守る壁となるがいいだろう」

 平民…は、どうだろう。そこまでは考えられないかも。

 私一人で張れる障壁なんてたかが知れてる気がするし。

 でも、とりあえずはやってみないとね。

 数とか広さは、障壁を作れるようになってからまたかんがえればいい事だ。

「お前は貴族になる。だから、マナーもダンスも必要なんだ。判ったか?」

 ぐはっ。平民じゃなくて、平民を守る立場になるって…そういうことか!

 平民じゃない=貴族だなんて。言われなくちゃ判らなかったよ。

 全然頭の中で一緒の事にならなかった。私ったらまだ判ってなかった。理解が浅すぎた。

 突き付けられた新たな事実に、私は頭を抱えるしかなかった。


『異世界に転移したら、魔力も碌にないのに魔法使いになって、貴族にされることが決定して、ダンスとマナーを覚えることを強要された』


 ちょっと何を言っているのか自分でもよく判らないが、自分の今の境遇が、中二病まっさかりの夢展開にしか思えなくて怖かった。

 ちょっと鬱が入った。



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