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68時限目

いつも読みに来て下さってありがとうございますです。

 


 ようやく着替えを終えてカフェテリアへ向かう階段を昇っているところで午前中の授業が終わる音楽が聞こえてきた。オルゴールのような繊細な音が奏でるのはこの国の古い民謡だそうだ。2/4拍子で大変リズムが取り易い。またダンスの真似事をしたくなるけど我慢我慢。

 階段で誰かにぶつかったりしたら大変なことになるからね。

 少しだけ人のざわめきが聞こえてくるようになった廊下を走らないように粗野だ下品だと言われない程度で急いだ。


 ようやく足を踏み入れたカフェテリアは、私の様に少し早めに授業が終わったらしい生徒が集まり始めていてそれなりに席が埋まり出していた。

 う。ムーアさん、どこだろう。

 お天気もいいし、外のテラス席の方にいるのかも。そう思ってそちらに足を向けたところで声を掛けられた。

「よかった。遅いので探しに行こうかと思ったところでした」

 う。すみません。ちょっと立ち話をですね、と説明しようとしたんだけどその前にムーアさんから真剣な声で告げられた言葉に緊張が走った。

「学園長室へ急ぎましょう。学園長からの呼び出しです」

 ぐはっ。もしかしなくても、それはあれですね。朝のアレのあれですね?!

 ノエル先生とのバトルを思い出して、私はがくんと肩を落とした。



「お待たせしてすみませんでしたっ!」

 学園長室の前に着くと、メイド服を着た学園職員さんが即ドアを開けて招き入れてくれた。

 中にいる人を確認する前に、がばっと頭を下げて謝る。先手必勝。先に謝っちゃうとそれ以上怒るのは難しくなる人って多いんだよね。たまに与し易い相手扱いされて余計に絡まれたりもするんだけど。あれ、謝り損なのかな。なんてことを考えながらも、腰を折ったところで3数えてからゆっくりと身体を直す。

 そこにいたのは

「…エリゼ様とケルヴィン殿下じゃないですか」

 しかも、なんですか、そのゴージャスなランチボックスは。またですか。

 前回ここに来た時同様の、美味しそうなランチメニューがテーブルの上に並んでいた。勿論、誰も座っていない席3個分もそこには置いてある。

「りんちゃん、授業おつかれさまでした」

 座って座ってーとニコニコ顔の猫学園長に勧められて肩に入っていた力が抜ける。いや、でもここから一転お小言の可能性もあるかもだし。

「前に美味しいケーキを奢るって言ったのに、王宮でお茶会にお呼ばれしちゃったからさ。ランチにしたよ」

 そうご機嫌な声で言われてがっくりきた。なんだよもー。

「…朝のことがあったので、怒られるのかと思ってきたんです」

 席に着きながら、ため息交じりにそういうと皆の視線が私とムーアさんに集まった。しまった。

「何かあった?」

 きゅるん、とした瞳で首を傾げつつ聞いてくる猫学園長さま(超絶美形にゃんこ)の圧力に、私は朝の攻防について自白することになった。とほほ。


「なるほどね。ノエル先生ですか」

 苦笑しながら猫学園長さまがランチボックスの中身に視線を移すと、ミートパイがふわりと浮き上がり猫学園長様の口へと吸い込まれていく。

 なるほど。猫型の時はそうやってご飯食べるんだ。やっぱりコトラとは違うね。

 しばらく来れないと言った通り、声を掛けてもガーランド様の声すら聞こえてくることはなく、ランチボックスはそのままコトラが食べることになった。

 そっと隣に座る黒と青のブチ模様の後頭部に目をやる。完全に頭突っ込んで食べる姿が最高にキュートだ。猫の後頭部ってなんであんなに可愛いんだろうね。

 あと座っている時の足先の丸いトコ。あれも最高だと思うわ。あれは反則級だと思うんだよね。正に神の作りし至高の可愛さ。たまらん。

 おっといけない。妄想がさく裂してしまった。てへ。

 まぁ本人が参加できてなくても問題はないんじゃないかなと思う。

 伝える必要があることは、なんだかコトラからガーランド様に報告できるみたいだし。黒い獣に襲われた時もコトラがガーランド様呼び出したんだし。きっとできる筈だ。できてなかったら、その時また考えよう。

 でもいいなぁ。コトラから直接報告して貰えたら幸せだろうなぁ。どうやるんだろう。私もして欲しいぃぃ。

 そういえば魔石じゃなくて使い魔をお迎えする案もあったよねぇ。

 私だけの、私の為の使。…良いかもしれない。

「ノエル先生は、真面目ですし教育者としての素養も十分だと思うのですが、少し選民意識が高めなんですよねぇ。ノブレス・オブリージュについての理解も深いので貴族の令嬢令息のみを対象に教えている分にはそれほど問題はないんですけどね」

 なるほどねー。そうだよね。生徒に貴族しかいない学園の教師としては、十分すぎるほど正しい教師なのか。

 この世界には確固たる”階級というルール”があるんだもん。

 そのルールを無視して平等を叫んでもそれこそルール違反になるのか。

 波風を立てたい訳じゃない。迎合するつもりはないけれど、わざわざ真正面からぶち当たるのも野暮だよね。

 ……逆転を狙えるナニカを早く見つけないとね。うん。

「でも、確かに、りんちゃんの担任には向いてなかったですね」

 少し悩んでいる様子の猫学園長様に向かって、私は今考えていた言葉を伝える。

「いえ、ノエル先生が担任で良かったと思ってます」

 ぱくり、と大きな口を開けて、ひと口大というには分厚すぎるチーズグリルチキンサンドを頬張って、もきゅもきゅと噛みしめる。うん。こってりおいしい。

 学園で特別扱いされて甘やかされて学生生活を送っておいて、卒業してからノエル先生の強化版みたいのに立ち塞がれたらそれこそお手上げな気がするもん。

 今なら、本当に困ってどうにもならなくなった時には、エリゼ様にもムーアさんにも、猫学園長さまにだって泣き付ける。

 あ、ケルヴィン殿下もだった。そうだ。もしかしたら国王陛下にだって泣き付けるかもしれない。

 つまり生徒のうちに、魔法院の魔術師として独り立ちする前に練習しておけるならそれが一番な気がするんだよね。

 散々、反抗らしい反抗も一切せず、楽な方へと流されて過ごしてきた私がいうのもなんなんだけどさ。だからこそ、逃げたら前に進めなくなるってことも知ってるんだ、本当は。

 それに、ここには私の味方は沢山いるって知ったから。

「いっぱい味方がいるここで、戦い方を覚えとく方がお得かなって」

 ランチボックスと一緒に用意して貰っていた果実水をぐいっと呷って、周りを見回して微笑む。

「本当にどうにもならなくなったな、って時には助けて貰う気満々です。その時は、よろしくお願いします」

 えへ。図々しい? 上等じゃないですか。一人で戦う気概なんて持ってないもん。

 私のそのかなり図々しい言葉に、ムーアさんがくすくす笑い出した。釣られるように猫学園長やケルヴィン殿下も笑い出した。こちらの二人はかなり大胆に笑ってるけど。

「りんたん…大人になって」

 エリゼ様だけ一人ウルウルしていてちょっと変だ。あ、変なのはいつもだった。

「判りました。では、りんちゃんの言う通りにしましょう。もし無理だと思った時には誰にでもいいですし、いつでもいいので、そう言って下さい」

 猫が柔らかく目を眇めるのってホント不思議なんだけど、そうとしかいえない表情をした猫学園長様がそう言ってくれた。

「はい。後ろに頼もしい方が沢山控えてくれていると思うと頑張れる気がします」

 力強く頷く。不安がないといえば嘘になるけど。逃げ込む先は確保できたし頑張ってみるさ。



「さて。お腹もいっぱいになったし、本題に入ろうか」

 あれ? ケーキの代わりにランチを奢ってくれただけじゃなかったんだ。

「午前中に、ケルヴィン殿下とエリゼ様から申し出があった件について、りんちゃんの意見も聞いてみたかったんだよ」

 午前中の授業が自習になったのはエリゼ様達が学園長と特別な相談をしているからってノエル先生が言ってたような気がするなぁ。それかな。

 猫学園長様の言葉を引き継いで、エリゼ様が説明を始めてくれた。

「廃油石鹸について話し合っていた時、りんたんが、魔石を利用して強アルカリを作れないかって話してたでしょう? そんな風に、もっと自由に魔石を利用できるようになれたらいいなと思うの」

 そういえば魔石の利用法といえば、コンロと冷蔵庫とシャワーと水道くらいしか知らないなぁ。

 それと、魔力タンク。えぇ重宝しております。平民は私よりちょっと多い位だっていうから、これも使えたら便利かもしれないな。

「暖炉と一応ランプもあるわ。でもその程度なのよ」

 昭和の家電レベルですね、判ります。

「洗濯機くらいは作れそうですよねぇ」

 テレビは無理そうだけどね。いや、水鏡で映像を映す位はできるのかな。

「そうなの。だからね、魔石を扱う基礎を教える学科があってもいいと思うのよ」「それは、ありですね!」

 ガッシリと手と手を繋いで「でしょう!」「ですね!」と二人ではしゃぐ。

 何が作れそうかな。

 何を作れるだろう。

 魔石家電。誰のどんな魔力であっても、それを通せば誰でも使えるのっていいよねぇ。

 そう考えた時、私の頭に閃きが──

「電子レンジ的な物は欲しいわよね~!」

「いいですねぇ!」

 独り暮らしに優しい魔石家電。いいコンセプトだわぁ。

 ……って。あれ?

「どうしたの、りんたん」

「いえ、先ほど思いついた画期的な素晴らしい閃きがですね…」

 おぉ、なんだなんだと注目が集まったところで申し訳ないのですが。

「すみません。電子レンジで頭が一杯になって忘れちゃったみたいです」

 てへっ。全然まったくちっとも思い出せない。呆けたかな。

 首を捻る私にケルヴィン殿下がにやにやしながら話し掛けた。

「そうか。まぁ本当に役に立つ世紀の大発見ならそのウチまた思い出すだろ。

 それよりも”でんしれんじ”というのはどのような物だ?」

 ぐぬぬ。私の渾身の閃き(既に忘却の彼方)に対してなんてことを言うんだ。ケルヴィン殿下ってば会心の閃きだって信じてないな? むむん。

「すっごく重要っぽい気がするんだけどなー」

 くそう。焦れば焦るほど思い出せなくて悔しがる私に、ムーアさんが優しく

「いつか思い出せますよ。りんさんにとって、一番必要なタイミングで」

 元気出してください、と微笑んでくれる。うう。心に沁みるわぁ。

「ムーアさん、ありがとうございます」

 勿論、感謝の言葉はにっこりと視線を合わせてムーアさんにだけ贈る。

「おい、りん。俺が言った事だって同じようなものだろう?」

 なんでムーアにしか礼を言わないと絡まれてもですね。

 言ってる内容はほぼ一緒でも、ムーアさんの言葉は素直に受け入れられるんだよなぁ。言葉選びのセンスの差というのかしら。やっぱり大人だわぁ。

「くそっ。もういい。おい、早く”でんしれんじ”について教えろ」

 横暴な男は嫌われますよ? 私に。そしてもしかしなくてもエリゼ様にも。

 なんて。揶揄うのはこの辺までにしておかないと話が進まない。

 私とエリゼ様は、口々に電子レンジの有用性についてアピールしまくった。

 その時、お昼休みの終わりを告げる音楽が聞こえてきた。

「そろそろ解散しましょうか。りんちゃんは午後の授業がんばってね」

 猫学園長様にそう言われた時だった。

「あぁっ! 思い出した!!」

「お。りん、先ほどの画期的な閃きを思い出したのか」

 ケルヴィン殿下がうきうきしながら聞いてきたけれど。私はどんよりと肩を落としてそれに答えた。

「…チーズサンド、また食べ損ねたぁぁぁぁ」

 がっくりと私は机に突っ伏した。


 結局またしても、私のチーズサンドはコトラの胃袋に収まった。


 ナンテコッタイ。



ブクマも評価もとても嬉しいです。

感謝してまするv


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