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いつも読みに来て下さってありがとうございますです。

 


「あら、平民。ようやく出てきたのね。てっきり身分不相応であることを受け入れて学園に来なくなったのかと思ったわ」

 一週間ぶりに登校した朝。教室の私の席の前には、麦わら頭もといリリアーヌ・ヴェルズ様が仁王立ちになっていた。

 ただし。教室に入る前に、「りんはまだ登校できないのかしら。熱が下がらないのってお金がないから医者に掛かれないのかしら」という声が廊下まで聞こえていたので、今目の前で真っ赤になっていばりんぼな振りをされても『ツンデレかっ!!』っていうツッコミ待ちにしか見えない。

 ぷいっと横を向いた癖に、落ち着きなく視線だけでこちらを窺う様子には気が付かない振りをして普通に挨拶する。

「おはようございます、リリアーヌ様。今日の御髪も美しいですね」

 訂正。普通にじゃなかった。ちょっといぢわる入っちゃった。てへ。

 目の前に仁王立ちしてそっぽを向いているツンデレ麦わら頭は、あの日、私が適当にひと纏めしたらできてしまった、あのくるんくるんのドリルヘアーのままだった。

 艶やかなドリル。振り向こうが走ろうが一切崩れたりしなさそうな完璧さ。

 翌日はともかくまさか一週間経ってもそのままだとは思わなった。なんか凄い。

「うっ。そ、そうでしょう。最先端モード先取りなの」

「気に入られたようでなによりです」

 にっこりと笑って席に向かう。麦わら色の髪に紅いリボンが良く映える。本当に、とてもよくお似合ですよ。ほほほほほ。

「スルーしてるんじゃないわよ! なによ、なにが最先端モードよ。気に入った訳ないじゃないのよ。ヴェルズ家の侍女が総力を掛けて元のストレートに戻そうと頑張っているのに勝手になるのよ、この頭にぃ!」

 きゃんきゃん騒ぐ子犬みたいな声で耳元で騒がれても困るというか、近所迷惑ですよー。

 というか乗りツッコミ待ちだったんですね。なにげに上級者向けですね。

「いや、すっごく気に入って毎朝懸命に再現してるのかと思って。もしくはあれを見た人が皆真似する一大ムーブメントが起きたとか」

 すみません。周りに誰もドリルヘアーのご令嬢がいませんでした。

 つい憐れむような目で目の前のいきり立つ令嬢を見てしまった。失敗失敗。

「私の髪はいいのよ。それよりもっ…」

 ドリルはいいんだ。そうなんだ。でも他にも何かしでかしてたかなと首を捻る。何も思いつかないんだけどな。大体、クラスメイトとは接点ほぼ無いし。

 教室内に一応席は用意して貰ったものの、朝のHR以外はここに座ることもない。個人授業で私だけ別行動のことも多いので放課後に戻ることもしていない。

 教室内の掃除や細かい備品の準備などは学園の職員がやってくれるしね。楽だわぁ。

 日本でも、授業料の高い私立学園だったらこんな感じなのかもしれないけれど、私が通っていた公立の学校では皆生徒がやるのが普通だったから正直なところ楽とか新鮮というより落ち着かない。

 まぁ、どんなお金持ち私立学園だったとしても、魔法で備品が飛んでくるのはこちらならではなんだけど。

「…なた、って聞いたけど、……お金もないの?」

 あ。会話続いてたんだ。いけね、また話聞いてなかったわ。リリアーヌ様、なに言ってたんだろ。

「大丈夫ですよ、リリアーヌ・ヴェルズ嬢。りん様は後見人の家できちんと医者に掛かりご療養されておりました」

 おっと。後に付いてきてくれていたムーアさんが私の椅子を引いて座らせてくれながら代わりに答えてくれた。

 その言葉に…様子にもかな、周囲のクラスメイト達の視線が一気にこちらに集まる。ひえっ。

「りん、()…の、後見人、ですか?」

 ぎゅっと眉を寄せ疑るような視線でリリアーヌ様が探りを入れてくる。ふむ。後見人って誰の事だろ。そういえば下宿先でムーアさんを後見人って呼ばれてたような? あれについてもちゃんと確認してなかったなぁ。いろいろありすぎてすっかり忘れてた。駄目すぎだな、私。ほんと、いろいろ流され過ぎだ。

「はい。今回はゴードン公爵家で療養を」

 言外に後見人は一人じゃないと含ませる。ムーアさん自身もだしね。でもここで名乗りを上げると婚約者扱いになっちゃうもんね。ありえないけど。

 私を様付けにすることからしても何か思惑があってのことなんだろうけど、なんかこうむず痒い。

「ゴードン公爵?」「だからエリゼリア様と一緒のこのクラスへ」「特別授業はそのせい」

 ザワザワ、ザワザワ。後ろから噂する声が騒めく。

「本当は私がりん様の御病気のお世話をすべてしたかったのですが」

 ぎゃーーーーっ!!!!

 み、耳元で囁くの止めてぇえぇぇ。

 変なことを言いながら勝手に私の髪を耳に掛けるの、やめてください!!

 思わず手で耳を隠す。

「な、な…」

 あまりのことに咄嗟に言葉がでない。周囲の反応が、目が怖い。

「ムーア・ロッド子爵様、それは一体どういう?」

 探るような声でリリアーヌ様に訊かれて、どう答えたらいいのか判らない。判らん。まったく判らん。あー、あーっ、聞ーコーエーナーイー。

「そうだ、やめろ。ムーア・ロッド。りんは俺のだ」

 ぐいっと抱き寄せられ制服に身体ごと押し付けられる。その大きくて硬い身体を手で必死になって押し返そうとするけど、全然動かない。むっきー。

「な。ガーランド様。止めて放してください」

 いつの間に私のカバンの中から出てきたのか、ガーランド様が私を抱きしめていた。

 うぎゃー。止めて止めて。二人して朝っぱらからこんなところでこんなことするのやめてぇぇ。

「そうですよ、ガーランド様。りん様がこんなに貴方を迷惑がっています。お手をお放し下さい」

 ムーアさん、そっと私の両肩を掴んで引き寄せようとするのも止めてくださいね?

「りんが俺を迷惑だと思う訳がない。俺はタイガだからな」

「タイガは迷惑じゃないし、むしろウェルカムですけどガーランド様は迷惑です。特に今は!」

 私の言葉にショックを受けたのか、ガーランド様は半透明になった。なにそれ、面白い。

 半透明になったタイミングで力が抜けたのか、ようやくその腕の拘束から抜け出ることができてホッとする。

 半透明のガーランド様は、私の隣に用意されている自分の席までふらふらと近付くと、元の猫の姿になって椅子の上で香箱を組んだ。勿論こちらにはお尻を向けて尻尾をブンブンと振っている。そんな風にいじけてみせたって駄目なものは駄目なんですからね?

 でもって。その横でホラ見なさいと言わんばかりのドヤ顔をしているムーアさんに向かってもはっきり言うことにする。

「ちなみにムーアさんも迷惑です。私はここに授業を受けに来ているんです。邪魔しないで下さい」

 ふん、と顔を背けて席に着く。うん、これが正解だ。何も答えない。

 あっけに取られた様子の周囲やリリアーヌ様がなにか訊こうとしているのは判ったけれど、私は不快だオーラを前面に出してその追及を口に出されることを阻止した。

 その内に、教室の前のドアが開いてノエル先生が入ってきた。


「おや。今日は久しぶりに席が埋まっているようですね?」

 うわっ。盛大な厭味キタ。というか全部は埋まってないですよ? ケルヴィン殿下とエリゼ様と…あとあの意地悪組が来てないもん。

 歯抜けになっている教室の席。私への風当たりが特に強かった令嬢達が一気に4人もいなくなったそこはなんとなく居心地が悪い。夏休みまであと1週間だけど、夏休みが始まっても続く自宅謹慎は令嬢達にはつらいものになるだろう。個人だけではなく、その家で働く人まで全部に対する罰なんだっけ、自宅謹慎って。

 ちろりとムーアさんのいる後ろへと視線を動かすと、ムーアさんがへにょりと微笑み返してきた。ぐぬぬ。今はそういう甘い視線が欲しくて振り向いたんじゃないんだからね。

 教壇に視線を戻すと、朝からつまらなそうな顔をしているノエル先生が、小さく何かつぶやいてクイっと指を動かすと教卓の後から台車が出てきた。台車は勝手に教室内を走っては生徒の横に止まる。生徒がプリントを受け取ると次の生徒のところへと移動していく。おぉ。画期的というより想像以上にアナログで、なんだか微妙な魔法だ。

 まぁ本人が配り歩くよりは楽なのかな。

 魔法は想像力。同じ結果を求めても、それを使う人間がどのようにそれを行うのかによって行程も必要になる魔力量も全然変わってくるというけれど。なるほどねー。

 なんというか、変なところで納得してしまった。

「いま配ったのは夏休みの調査票です。夏休みの間、自領へ帰ったり他国へ研修にいくこともあるでしょう。判る範囲でいいのでどこでどう過ごす予定があるのか書いて来週明けに持ってきて下さい」

 なるほどね。そうだよね。国中から集まってるんだもん。授業がなければ王都にいる必要はないよね。

 今週末は、夏休みの間に月の灯り亭でバイトさせて貰えるか聞きに行かないとね。


「友木りん。ケルヴィン様とエリゼリア様は少し学園長と特別な話し合いに参加しているので今日は授業に参加できるか判らないそうだ」

 おっと。いつの間にか私に向かって話していたらしい。てへ。

 一応、真面目に聞いているふりをすることにする。

「今日のマナーの授業は自習とする。ただずっと休みっぱなしでまだ自分だけでは何もできないだろう。図書室で本でも読んでいるといい」

 ぐぬぬ。ムカつくけど、実際に入学して即長期で休んでしまったのは私だ。

 だから教師から反感を買うのは仕方がないのだ。

「…判りました。レポートは必要ですか? もしくは魔法実践棟の実習室を使わせていただくことは可能ですか?」

 立ち上がり、自習するにしろその内容を確認する。

「実践棟の使用は有資格者による監督が必要になる。一生徒の私的使用は許可できない」

 授業として使うんだけどなー、とは思うものの。予想通りというか、あっさりと切り捨てられる。やっぱり駄目かぁ。大人しく図書室で資料でも読むかな。

 そこに、すっと綺麗な姿勢をした陰が動いた。

「では。私がその監督役を務めさせて戴くのは如何でしょう」

「…ムーア・ロッド子爵」

 ぎゅっと眉根に皺を寄せたノエル先生が忌々しそうにその名前を呼んだ。

「私もここの卒業生として、院生として卒業した身です。監督者としての資格なら有しております」

 おぉ! そうなんだ。そういえばずっと前に勝手に魔法を使わないようにと窘められた時に、「学園内でムーアさんが一緒でなら」って言ってた気がするな。

 あれは、そうだ。初めてムーアさんの伝言魔法、金魚ちゃんを見て興奮していた時だったっけ。綺麗だったなぁ、金魚ちゃん。

「子爵が資格をお持ちなのは知ってます」

 ムーアさんて何気にどこ行っても有名人だよね。皆知ってるんだもん。まぁエリゼ様だって、ケルヴィン殿下のことだって皆知ってるけどさ。

 スカイブルーの髪と瞳をしたその人に視線を移す。うん。美形だ。少しタレ目なところも整いすぎてない分、親しみやすい気がしてプラスにしかならない。

 そういえば攻略対象なんだっけ。美形で当然か。ついでに有能なのも当然、と。

「では問題はクリアですね? 私は王宮から友木りん様の側付きとして任命されています。その勉学面や生活面、全てにおいて優遇するようにとも申し付けられております」

 ふぇ?! そうだったんだ。初めて知ったよ。

「このラノーラ王立セントベリー魔法学園内でもそのように申し入れがあった筈ですが…おかしいですね? 私から王宮に問い合わせてみるべきでしょうか。それともまず学園長に問い合わせるべきでしょうか」

 台詞の最後の方、ムーアさんの瞳に込められた迫力が怖い。

 どっちがマシかという問題ではないんだろうな。どっちも怖いことになりそうだもん。

「ね、猫学園長も王宮の担当官の方もお忙しいだろうし、問い合わせとかしなくていいんじゃないかなぁ」

 ノエル(教師)、これ貸しだからな? って思ったのに。

「猫学園長? そんな不遜な呼び方をするなんて。これだから平民は」

 うぎゃっ。藪蛇!

「いいんですよ。先日ご一緒したお茶会で、りん様はリンク・スー様から直接そう呼ぶことを許可されているのですから」

 これについては国王陛下も保証して下さる筈ですよ、と続けられてノエル先生の瞳から光が消えた気がした。

「…判りました。使用する実習室のルーム番号は実践棟へ行けば判るように手配しておきます」

 ノエル先生のその言葉に、ムーアさんが鷹揚に頷いてみせる。この勝負ムーアさんの圧勝ですね。

「りん様、良かったですね。こころゆくまで魔法の練習ができますよ」

「ありがとうございます。でもムーアさん、最後のひと言はさすがに余計だったんじゃないかと思うのですが」

 思わずジト目で睨んでしまった。だってクラスメイトまでドン引きしてるじゃん。国王陛下と竜騎士団長とお茶会する平民とか。妖しさ100%だよ。

「いいんですよ。こんな場所で派閥争いを仕掛けてくるような雑魚の事を気になさる必要はありません。ここは勉学に努める場所です」

 にっこりと笑顔で言い切ったムーアさんに、周囲からばつの悪そうな咳払いがそこかしこから聞こえる。あはは。雑魚って言い切りましたね?

 ホント、ムーアさんって実は敵に対して容赦ないタイプですよね。

 



 クラスのマナー教室は、教室で行われるそうなので今日は一人で更衣室へと移動する。

 ちょっとホッとした。あんな空気の中で皆と同じ更衣室で練習用のドレスじゃなくて魔法服に着替えるなんて嫌すぎる。

「すみません。あまりに教師の態度が悪かったもので。風通しを良くしようと思ったのですが、りんさんの負担になってしまったようですね」

 ムーアさんにしょぼんとした顔をされると弱い。ううう。できることなら笑ってて欲しいんだよねぇ。笑顔を貼りつかせてろって意味じゃなくて。

 辛いときに辛そうな顔をするなって言われるのが一番きついもんねぇ。だから嘘の笑顔が欲しい訳じゃなくてさ。

 ちゃんと笑顔になりたくなる状況でいて欲しいんだよ、ムーアさんには。

「ムーアさんが私の為になるようにって考えてくれてるのは知ってます。ちゃんと判ってますから。あの、私の為にごめんなさい」

 どうすれば笑顔になってくれるだろうかとちょっと悩みながら、まずは謝る。誰かに嫌われることが判っている言葉を、自分の為ではなく私の為に主張してくれたんだから。

「りんさん、できればそこは謝るのではなく、ありがとうと言って戴けないでしょうか」

 ぽかん、とつい顔を見上げる。足が止まる。

「ムーアさんは、お礼の方が、嬉しいですか?」

「はい。できれば、りんさんが笑顔でお礼を言ってくれたら最高ですね」

 元々下がり気味の目を更にへにょんと下げた笑顔でそう頷きながらムーアさんがいう。

 その顔は心からそう思っているのが判る笑顔で。ついさっきムーアさんにしていて欲しいと思ったそのものの表情だ。

「…ありがとうございます。私が魔法の練習ができるように協力してくれて嬉しいです。ありがとうございます」

 ぺこり、と普通に深く頭を下げてしまってから、ぎぎぎと音を立てるようにぎこちなく上体を戻す。しまった。平民の挨拶をしてしまった。

「…コホン。やり直しをさせて下さい」

 まずは大きく息を吸って姿勢を正す。

 ゆっくりと細く息を吐きながら片手でスカートの裾を摘まんで反対側の手は胸元へ。

 胸元へ寄せた手と同じ方の足、えっと右足を後へ引いてっと。

 ゆっくりと息を吸いながら前に残したままの左足に重心を乗せてゆっくりと曲げていく。

 一拍置いて。

「先ほどはありがとうございました」

 もう1拍置く。

 ゆっくりと息を吐きながら左足を伸ばして元の姿勢に戻した。

 ムーアさんに視線を合わせると、そこにあったのは先ほどよりずっと綺麗な満面の笑みだった。

「お茶会の時より上手にできましたね」

 あはは。本番に弱くてすみません。

「教えて下さった講師の教え方が素晴らしかったんです」

 にこにこ笑顔で答える。うれしい。褒められた。

 謝罪より感謝を、そう言われてとても嬉しかったんです。

 感謝より謝罪を求められることの多かったあの頃の私が、なにかから解放された気がした。



ブクマも評価もとても嬉しいです。

ありがとうございますですv

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