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いつも読みに来て下さってありがとうございますなのです。

 


「うー↑な~↓(”かな”っていうのは確定じゃないさ)」

 猫の鳴き声が頭の中で翻訳されていく。むう。頭の中で違和感がないのが凄いよね。

 しかもこれって私以外には単なる猫の泣き声なんだよね? リンク・スー様にも。

 その疑問には答えてくれるつもりはないようだ。本猫は私の足元に陣取って、てしてしと毛繕いをしている。

「あれ、ラグも来たんだね。りん嬢への挨拶はもう済んだのかな?」

 噂をすれば影がさす…いや、噂も何も心の中で考えただけだったし、なにより元々目の前にいたんだけどさ。とにかく私とラグさんがこそこそと交流していることをリンク・スー様に気付かれてしまった。

 これは、このまま内緒話を続けるのは無理ということかしら。

『僕は平気さ。念話は相手を特定できるからね』

 なんだよ。鳴き声出さなくても、念話はできるんじゃないか。

『当然だよ。さっきだってしてみせたじゃないか』

 それはそうだけど。なんか皆が寝てる時とはちょっと条件が違うからさ。

『ふふ。りんってば変なの。誤差の範囲じゃない。りんだってできるでしょ?』

 ラグさんにはできても私は無理です。皆と雑談しながら内緒話するとかそういう器用さもないし、大体念話自体が私には無理ですからね?

『今してるじゃない』

 ぐぬぬ。ああいえばこういう。竜の癖に細かいを気にしすぎですよっ。

 というか私は頭で考えているだけで、ラグさんが勝手に読み取ってるんじゃないですか。

「どうしました?」

 うわっと。そうだった。今は、リンク・スー様と絶賛会話中だった。

 周りの皆は寝てないんだからいろいろ話し掛けられて当然なのだ。油断しすぎだぞ、私。

「っいえ。なんでもないですっ。らぐ、さん…と…いうのは、猫学園長さまのことでしょうか」

 危ない。ラグさんの名前を知ってるといきなりバラらすところだった。

「あはは。猫学園長というのはラグに姿を借りている時の私の事だね? いいね、今度からそれで通るようにしよう」

 上機嫌で笑うリンク・スー様に曖昧な笑みを返す。ううう。なんか二人と一遍に会話するのって難しいだけじゃなくてなんだか居た堪れないというかなんというか。

 そこ、笑わない!

 ニヤ二ヤ笑う猫を横目で睨みつける。ぐぬう。なんだよ、もう。どうしてくれようか。

『あはは。ごめんね。あのね、りん』

 すとん、と私の膝の上に再び跳び乗ってきた美しい猫を睨みつける。くそう。美人さんだなぁもう。ちょっと撫でさせろよ。

 耳元と首元を両手で囲い込むようにしてガシガシと掻いてやる。すると、気持ちよさそうに、「ん~~」と首を伸ばしてもっと撫でろ掻けと要求するその様はまさに猫そのもののようだ。

 そんな私達のスキンシップを周囲が温かい目で見守る。…生温かい目じゃないと思う、うん。

『あのね、この世界で生きていく自分を好きになってね』

 頭の中に、ラグさんの声が響く。

 もう十分好きになってるよ。

 本当の家族より大切な人達と、ここにいるんだから。

『それだけじゃなくて。もっといろんな意味でさ』

 視線を合わせる猫の瞳が、なぜだか優しく笑っているように見える。

 目がチカチカする気がする。

『ここでいっぱい泣いて、笑って、喧嘩もして。君自身であることを愉しんで』

 でも、私は今すぐにでも強くならなくちゃいけないんだよ。

 愉しむより、みんなを守れるようになりたいんだ。

『今の君には無理だから。ちゃんと生活して。ここはいつか去る、通り過ぎる通過点ではないって、判って? どこか遠くに逃げる場所なんかない。ここで生きていくんだって』

 ……それは、もう元の世界には戻れないってこと?

 戻れなくても構わないんだけど。戻らないのと戻れないのは同じことだけどやっぱり違う。

 でもそうかも。私は自分をこの世界とは別の世界の存在でしかないって思ってる。

 異邦人。ここで一生を終えるとか考えたこともなかったし。

 自立して、自分が誇れる自分になりたい。

 でもその場所はここでなくともどこでも良かったんだと思う。

「うなん(この世界を、ここで生きる自分のことを好きになってね)」

 鳴き声ひと声にどんだけ長文乗せるんですか、ラグさん。

 といいますか、そんなことを言われてもですね。私は、私が誰かに…好き、だと思って貰える人間であるということを、ちゃんと知って理解しろと言われたばかりでして。…それすらクリアするのが難しいというかそんな感じなんですけど。

 くっ。まだ誰かに自分が好かれていると頭の中で言葉にするだけで、テレる。顔が赤くなっていくのが判る。恥ずかしい。

 でもそれは、なんというか嫌な感情ではなくて。どこか甘くて嬉しい。

 ぽふぽふと柔らかな肉球で優しく叩かれて居た堪れない。くっ。

「にゃ(まぁ、頑張って学生やってよ)」

 なんとも呑気な言葉を最後にラグさんはすとんと膝から降りて、今度こそ本当にガゼボからも出て行ってしまった。

 視線の先で小さくなっていく、ゆらゆらと揺れる尻尾を見つめる。

「ラグに気に入られたようですね」

 リンク・スー様から面白そうな様子で声を掛けられた。

「どうでしょう。役に立ちそうもない奴だとでも思われていそうです」

 リンク・スー様を振り返ることすらせず、私は花壇の中へ猫のしっぽが揺れながら消えていくのを見守った。とてもじゃないけど、気に入られたとはまったく思えなかった。

「ラグは、気に入らない人の膝の上に乗ったり、ましてや鳴いてみせたりしませんよ」

 きっと良い事がありますよ、と笑顔でリンク・スー様が言うのを私はぼんやりと聞いていた。

 風に揺れる薔薇の葉とその足元を飾るように咲いている小さなレースフラワー達。

 この薔薇達が咲き誇っている最盛期とは違って地味だと言われてしまいそうなこの季節のこの庭が、なぜだかとても輝いて私には見えた。


「…『この世界で生きていく自分を好きになって』か」

 時間はあると言われた。なら私が今すべきことはなんだろう。

「それは…、今の猫ちゃんに言われたんですか?」

 ムーアさんから掛けられた言葉に思わず噎せる。

 げへんげへん。しまった。どう言い繕うべきだろうか。

「あぁ、すみません。なんとなく、りんさんと猫ちゃんが視線だけで会話しているように見えたもので」

 げへげへごほごほ。なんだ、あてずっぽうか。あぁ、焦ったわぁ。

「…猫は好きですけどね。さすがに会話は無理ですよ。会話できたら嬉しいですけどねー」

 いや、だってあれ竜ですし? タイガも中身人間だったしなぁ。

 猫と会話できたら楽しそうだよね。でもあれか、要求ばっかりされてウザーかも。

 ……。

「可愛い猫になら、要求ばっかりされても嬉しいのかもしれないですねー」

 可愛くない、自己保身ばかりの人間は、やっぱり駄目だよねぇ。

「私は、りんさんからの要求ならどんな事にも応えたいと思いますよ」

 甘えて貰えたら嬉しいです、と笑顔でさらりと言われて赤面する。ぐぬぬ。

「…よく、そんな恥ずかしい言葉を平気で口にできますね」

 ぷいっと視線を外して、目の前にあったケーキを自分で皿に乗せる。

 ベリィが沢山乗ったタルトは艶々で、まるで宝石のようだ。華奢な銀のフォークでひと口大に切り分けると、中は赤いムースと、カスタードと、そうして赤いシロップが含ませてある薄いスポンジの三層になっていた。これにココア生地のタルトと色とりどりのベリィとそれをコーティングするアガーも数に入れるとなんと6層にもなる。

 こんなに小さなケーキにどれだけの手間と時間が掛かっているのだろう。

 震える手でそっとそれを口に運ぶ。

「んんんっ。おいひいれす」

 思わずフォークを持っていない手で頬を抑える。

「それは良かったです」

 ふふ、と笑ったムーアさんが続ける。

「私達貴族は、その感情を表に出さないように教育されます。でも、そんな生き方はツマラナイなと思うようになったんです」

 あぁ。小説とかで読んだことありますよ。王妃教育されるご令嬢の恨み言とかね。確かに毎日つまらなそうだと思いました。…創作物からの情報ですけど。でもやっぱりツマラナイと思うものなんですねぇ。

「りんさん、あなたのお陰です。思ったことを言葉にするようになってから私の毎日は楽しくなりました。ありがとうございます」

 おう。そう繋がるんだ。笑顔のムーアさんが眩しい。ムーアさんの笑顔が眩しい、かな。どっちだろ。どっちでもいいか。どっちもな気がするし。

 光源がそこにある訳でもないのに私の目がまたチカチカした気がする。困った。この間からチカチカしっぱなしだ。──あの夜から。

 私が見逃してきた沢山の嬉しいとか幸せとか。

 そういうのを感じる度に、私は目がチカチカするのだろう。

 一生こうだったら困るけど…困らないかな。どうだろ。

 でも、こういう幸せな困り方なら、いいかなと思える…かなぁ。どうだろう。

「ふふ。まだ困らせてしまうようですね。でもいいです。あなたを困らせることができる、それすら、今の私には嬉しいと思えるので」

 ぼん、と音を立てる勢いで顔が熱くなる。

 まったくもう。これ、揶揄われているだけだよね? なんかこう…ぐぬぬ。

 頭の中で言葉にすることすら恥ずかしいんですけどっ。止めて欲しい。

 目の前に残る食べかけのベリィタルトを頬張る。美味しい。嬉しい。

 淹れて貰ったミント紅茶で喉を潤す。美味しい。嬉しい。

「美味しいって、幸せですよね」

 それを誰かに話して、頷き合える。すっごく楽しくて嬉しい。

「なんだ、りん嬢は柑橘系以外でもイケるのか。ならこのチョコレートムースは絶品だった。次は是非これを食べるといい」

 ぐいっと端正という言葉がぴったりの艶々とした紅い正方形のチョコレートムースを差し出される。大皿に綺麗に並べられたそれは真ん中に薄水色をしたムースが挟み込まれていて目にも美味しそうに映る。顔を近づけると仄かにバニラの香りがする。紅いチョコレートムースと薄水色のカスタードのムース。芸術品のようにさえ思えるそれをそっと自分のお皿へと移した。

「わはは。りん嬢、ついに3つ目だな。どうだ、美味いか?」

 まだこれは食べてません。フォークすら刺してないのに味までは判らないです。

「でも、マドレーヌもベリィタルトも戴いた紅茶たちも全部とても美味しいです」

 にっこりとして答える。本当に、どれもこれも丁寧な仕事で、すばらしく美しくて最高に美味しい。

「そうか。厨房にもそう伝えよう。小食の客も3つ目に手を伸ばしたほどだったとな」

 国王陛下がそう満面の笑みを浮かべて言ってくれた。きっとその言葉を伝えられた厨房でも、国王陛下に褒められたと皆笑顔になるのだろう。

 幸せ──

 この世界には、ゴロゴロとそこいら中に転がさればら撒かれているような小さな幸せ。

『この世界で生きる自分を好きになって』

 ラグさん。そんなの言われなくてももうなってるよ。

 まだ最初の一歩を踏み出したばかりかもしれないけれど。

 でも、私は間違いなくこの世界を愛し始めている。ここで笑っている私が好きになってる。


 笑顔溢れるこのお茶会の席で、一人だけくねくねと妄想の世界を愉しんでいる美人さんがいても、だ。まったくもう。



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