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63時限目

いつも読みに来て下さってありがとうございますです。

 


 ふ、と手にしたカップが重くなった気がした。

 そうして周囲に動きが戻ったことに気が付く。

 あぁ、帰っちゃったんだ。もうラグさんは私と話をしてくれない。

 疑問に答えるつもりはないんだ。

 どんよりとした頭で考える。

 白い竜──タマちゃんから言われた『護摩堂に触るな』が、それについて話をするな、ということを含んでいるなんて思わなかった。考えつかなかった。

 ましてや、タマちゃん自身についてもだったなんて。

 私の視野は狭い。そして自分で消化できないとすぐ誰かにそれを渡してしまう。白い竜について、タマちゃんがふたりを眠らせた意味を考えもしないで、そのままケルヴィン殿下やムーアさんに話してしまうほどに。

 でも、黒い獣や護摩堂についてそれほど国に関わって欲しくないなら、ケルヴィン殿下やムーアさんから記憶を消してくれればよかったのに。

 あの時、私に何ができたのか。

 いきなり現れて助けてくれて断片的な情報だけを与えられて。

 そのまま眠りにつかされた。あの時の私には、ケルヴィン殿下とムーアさん達と一緒になって疑問を口にすることしかできなかった。

 そうだよ、思考阻害とやらを発動すれば簡単に……あぁ、駄目だ。また誰かがそれをしてくれなかったと責める自分がいる。

 自分にはできないと放り投げ、自分以外がそれをして当然だと思う心。

 弱くて、自己中心的。

 自分の力で立てる、誇れる自分になるってちゃんと心に決めた筈なのに。

 まったくそれが出来ていない自分が悔しくて恥ずかしい。

 あの時…目を覚ましたそのまま考えを纏めるまで目が覚めていない振りをすれば良かったのだろうか。そうしてタマちゃんの言葉をよく考えて、ムーアさんの服もすべてが元通りになっていることを根拠に「なんのことですか? 夢でもみたんですか?」と言い張れば良かったのだろうか。

 そうすれば…多分、ここ王都に戻ってきた時にでもラグさんが思考阻害を掛けて本当の意味で”無かった事”にしてくれたのだろう。

 色々と振り返ってみれば最適解らしきものは考えつかなくもないけれど。

 でも。私みたいな凡庸な人間に、そんなことはできないと思う。うん、無理。

 ラグさんやタマちゃんが要求するレベルには到底近づけそうにもない。

 はぁ、とついため息を吐いてしまい、エリゼ様から心配そうに声を掛けられる。

「大丈夫? 昨日、あちらから戻ったばかりなのよね。病み上がりだし、まだ早かったかしら」

 その言葉に、ふるふると首を振る。

 そうだ。光魔法を使えるのがエリゼ様だったら良かったのに。

 この人なら、思慮深く発言も行動も、竜達が求めるそれを取れる筈なのに。

 ちゃんとこの国をより善くしていこうと願い行動に移してきたこの人なら。

 ……なんで私は、「人間には白い竜との約束は守れない」と言われて素直に納得してしまったんだろう。自分だって人間なのに。

 エリゼ様なら絶対にあそこで反論したんだろうなと思えて胸にチクリと痛みが走る。言われるままに人の弱さを認めるんじゃなくて、それを補い上回る勢いで人の強さとか尊さとか、何かを提示できただろう。

 そうして。対等な立場なのだと認めさせる。

 …うん、私には無理だ。だって私の中には「教えて欲しい」と「助けて欲しい」しかない。

 与えて欲しいと願う心ばかりだ。

 私の中には竜達に対して提示できるだけの強さも知識も何もない。

 欲しいしか言えない子供が大人扱いされる訳がないのだから。

 そんな役立たずだから。──タスケテも貰えない。

 頭の中で、最後に嗤ったラグさんの顔が歪んで浮かぶ。だめ。思い出したくない。

『僕にあれが倒せるわけがない』

 ぞくり、と背中に冷たいものが奔る。

 竜騎士団長の相棒であるラグさんに倒せないとなると、人間を相棒に持つ他の竜にも期待できないってことだろう。

 ──赤い竜が火属性。なら、白い竜は何属性?

 謎々にすらならない。

 もしかしなくても、倒せるのは白い竜と私が使う光属性の魔法だけなのだろう。


「りんさん、大丈夫ですか?」

 ぐるんぐるんとする頭のまま、もうほとんど紅茶の入っていない底が透けてみせるカップを覗き込んだまま動かなくなった私を、隣で静かに控えていたムーアさんが気遣ってくれる。

 その声の優しさに、ふと目頭が熱くなる。

 ──この人の為にも、強くなるって誓ったのに。

 結局自分はまだ何もできてない。

 今も、火竜のラグさんに縋ろうとした。そうして手を払い除けられた。

 当然だ。

 心も、身体も、頭の中身も、覚悟とか志とかなんかこう、全てが弱くて役立たずだ。

 努力しているつもりだった。けど足りない。

 何もかもが全然足りないってことが判った。

「大丈夫です。でも、やっぱり王宮って慣れない場所だから疲れちゃったかも」

 何もできない私だけれど、ラグさんに言われたこと位はちゃんとやらないとね。

 ──黒い獣も護摩堂の事も、今は人が触れていい話題ではない。

 人というか、私自身が、かも。

 建前だからとかいう話ではなく、竜達の意向で、この顔合わせが報告会から単なるお茶会へと変貌したのだと今更理解した。

 現在、ラノーラ王国において、唯一光魔法が使える存在として。ちゃんとその役割を果たせる自信と術を手に入れてからじゃないといけないんだと思う。

 小さな白い竜・タマちゃんや火竜のラグさんに、全てを語る相手として認めて貰わなければ。

 タマちゃんが来るまでまだ時間があるようだし、その間にどこまで自分を鍛えられるだろう。

 ついでに。人間に対する信頼も私には足りない。その自覚はある。

 月の灯り亭の女将さんや、エリゼ様、ムーアさん、タイガ…ガーランド様、ケルヴィン殿下、クロティルド先生。個人相手なら信頼している人はいる。でも、それだけだ。

 私は私を含めた人間という存在を、信用していない。

 だから、ラグさんの言葉にそのまま頷いてしまったんだと思う。

 守りたいと思うものも手が届く範囲のみで、全ての人をなんて思えない。

 どうしても。黒い獣には、ただ目の前から消えて欲しいと願ってしまう。

 ここで自分が倒すにならない。誰か助けてと耳と目を塞いでその存在それが引き起こす被害から目を背けている間に、目の前から通り過ぎて欲しいと考えてしまう。

 自分以外の人に頑張って欲しいと願ってしまう、自分の身勝手さに泣きたくなる。

 …私だけなのに。

 この国で、もしかしたら現状この世界では私だけが、人としてあの黒い獣に対抗できる手段なのかもしれないのに。

 どんなに怖くても、その為にできること、した方がいい事を見つけて身に着けていかなくちゃいけないんだ。

 そんなことを考えながら、私は取り分けて貰ったマドレーヌに齧りついた。

「うん、おいしい」

 バターとレモンゼストの香りが口いっぱいに広がる。

 美味しいは正義。美味しいと思えるなら私はまだ大丈夫。

「こちらの、キーライムのパイも美味しいですよ」

 お取りしましょうか? と聞かれたけれど、まだ一口目しか食べてないよ、ムーアさん。食べ終わったらね。

 私は軽く手を振りそう伝えると、紅茶のお替りをお願いした。

「柑橘系がお好きなら、こういう紅茶もお口に合うと思いますよ」

 オレンジ、グレープフルーツ、レモンの薄切りが浮かべられたその紅茶は、湯気まで爽やかな香りがした。

「お好みで、ミントも浮かべてください」

 そっとカップの横にミントの葉も添えられていた。

 まずはそのまま、そうしてミントの葉を入れてもうひと口啜る。

「さっぱりする」

「ミントを入れても美味しいのね。果実入りの紅茶は飲んだことあったけれど、ミントを足すのは初めてよ」

 一緒に注いで貰ったエリゼ様と顔を合わせて頷き合う。

「このお茶と一緒だと、マドレーヌがよりおいしいです」

 柑橘系の爽やかさはあっても果物の甘さも上乗せされているせいだろうか、どうしても口の中に残っていたバターの重さが、足されたミントの清涼感で綺麗に洗い流されていく。 

「それは良かった。紅茶に果物無しでミントだけ入れても美味しいですよ。紅茶の茶葉もなしで、ミントの葉だけで淹れても美味しいんです」

 ミントの香りが強く出るので苦手な人も多いですけどね、とムーアさんがへにゃりと笑う。あぁ、この笑顔やっぱり好きだなぁ。

「おお。ムーア、私にそのミントだけのお茶とやらを淹れてくれ」

 私達の話を聞いていたらしい国王陛下がリクエストする。

 それを受けて笑顔のムーアさんが新しい茶器を伝言魔法で取り寄せた。

 あぁそうだった。ここ魔法使うとこだよね。生活に馴染んでないからすぐ忘れちゃう。

 ふわふわと浮かんで近付いてくる茶器セットを見つめる。

 魔法があって、ドラゴンがいて、月が2つあって、異世界で。

 なんで私がこの異世界へとやってくることになったのか。しかもこの世界に迫る脅威に対抗できる術を持つ唯一の存在としてだとか。意味わからんとしか言いようがない。

 でも。

 この世界で初めて知った、手にいれた幸せ。

 美味しい物を食べる幸せ。誰かとそれを一緒に食べる幸せ。今日はこれから何を食べようかと話す幸せ。誰かと一緒にいる幸せ。思われる幸せ。思いやる幸せ。

 なんだか食べる事ばかり思いつくけれど。

 そんな小さな幸せを守る為にも。

 私は私が誇れる自分にならないといけないのだ。ちゃんと自分の力でこの幸せを守れるように。

 ぼんやりとした漠然とした目標としてなんかじゃなくて。

 あの、小さな白い竜・タマちゃんが来る日までに。


 最後のひと口を口に詰め込んで温かいフルーツ紅茶で流し込む。

 それはある意味ヤケクソというか景気づけというかそんな行動でしかなかったのだけれど。

「りん、次はどの菓子にする?」

「キーライムパイにしますか?」

「こっちのオランジェットも美味しかったわ」

「今日の檸檬タルトは絶品だと思うぞ」

「ローストビーフのサンドイッチやミートパイもありますよ」

 次々に掛けられる声に、すぐ傍にいる人から見ていて貰えている、心を寄せて貰っているというその事に心がほっと温かくなる。

「紅茶も淹れなおしましょう。次はどうしますか? ミント紅茶にしますか? それとも普通の紅茶に?」

 優しく掛けられた声に頷いてミント紅茶をお願いする。

 甘やかされる幸せ。まさに甘い。なんてことだ。甘やかされるという事が、こんなに甘く感じるということすら私はこの世界に来るまで知らなかった。

 心が弱くなるなんてとんでもない。それとは全然別のものだった。

 ぎゅっと心が掴まれる気がした。どうしよう。泣きそうだ。

 3人から異口同音次々に告げられた告白よりも、今、皆からケーキや紅茶を勧められているこの状況の方が甘いなんて。

 ううん。あの夜があったからこそ、今のこの行動が伴った甘やかしが心に沁みた、届いたんだ。どちらかだけでは私の心の上を滑っていくだけだった。

「もうちょっと落ち着いたら貰うかもです。今はお茶だけで」

 胸がいっぱいで食べられそうにない。突然感じた甘さで胸焼けがしそうだ。

 私は、皆から受ける好意をどれだけ気が付かないまま流してきたのだろう。なんて勿体ない。


 竜と、…竜達と対等の存在として対峙できるようにならなくちゃ。

 突然、これまで頭で考えてきたものとは同じだけれどまったく違う感覚でそれが胸に迫った。どうしよう。お茶飲んでる場合じゃないんじゃないかな。

「問題は、どうすればそうなれるかって事なんだけど…」

 小さく呟いたその言葉は、誰の耳にも届くことはないまま空中に消えたと思ったんだけれど。

『焦らなくていいよ。まだ時間はあるさ』

 いつの間にか足元に擦り寄っていた猫学園長もといラグさん長毛猫Ver.さんから直接頭の中へと返事がきた。


 なんだよ、もう話し掛けないって話じゃなかったのかよっ。



ブクマも評価もとても嬉しいです。

感謝感謝なのですよv


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