62時限目
いつも読みに来て下さってありがとうございますです
「それであの…国王陛下は、ちいさな白い…竜について、何かご存じないですか?」
そうして。いざ、どこから話そうかと悩んだ私の口から出てきたのは、黒い獣についてでも、封印の護摩堂のことでも、そこを壊させようとしていた秘密結社のことですらなく、あの白い蝶みたいな竜のことだった。
なかなか返ってこない反応に焦れて、手にしたカップの中の紅茶に生まれる波紋を見つめる。
揺らめく波紋の中に、小さなあの白い蝶…ううん。白い竜が見えた気がした。
私が知りたいことの答えは、全部あの竜が持っている気がする。
黒い獣がどこから来るのか。どうすれば倒せるのか。そもそもあれはなんなのか。秘密結社の事も。そうして”ユウキリン”の事も。
あの竜に会えたら、それだけでこの世界の謎は全て…半分は解けるんじゃないかな。教えて貰えはしなくても謎を解く鍵は貰える、ような気がする。
果たして。幾ら待っても私の疑問に対する国王陛下からの回答は戻ってこなかった。まったく反応がない。
ううう。不躾過ぎたかな。やっぱり国家機密とかなんだろうか。
さすがに情報ゼロってことはないだろうし。というか、黒い獣についての報告はケルヴィン殿下が前もってしてる筈だもんねぇ。わざわざ私が重ねてしなくてもいいよね…してるよね、ケルヴィン殿下?
そっと隣に座っているケルヴィン殿下の反応を窺うべく視線を移す。
…あれ?
「なんでみんな…これって寝てる、の?」
これは…あの時と同じ、じゃないな。寝てるというか意識がないっぽい。目は閉じてるけど息してるのかも謎なくらい動きを感じない。
でも小鳥の鳴き声も聞こえるし、雲の影もゆっくりだけど動いてる。なにこれ?
慌てて周囲を見回す。このガゼボの中だけがおかしいんだ。
今ここで動けるのは私だけのようだ。鞄の中で寝ているコトラも…うん、寝たままっぽいね。ははは。冗談でも考えておかないと死ぬ。死ぬる。
心臓が激しく鼓動する。ドキドキして苦しい。
悪いヤツの攻撃? それにしては静かだ。
それともまさか白い竜が来てるの?!
「どれもちがうよ」
え、あれ? これ、誰の声だろ。ちいさな男の子みたいな声。こんな声の子は知らない。でも…知ってる気がする?
「だれ? どこにいるの?」
すりり、と座った足元へ柔らかな毛皮が滑る。
タイガじゃない。コトラじゃない。もっとふわふわで滑らかな被毛。
「…猫学園長」
「ぷっ。なにそれ。でも違うよ。あの中身はリンク・スーだもん。僕はこの姿を貸しているだけさ」
猫学園長の声よりずっと高くて、まるで鈴を転がすような声だと思う。可愛い。
ふわりと私の膝に飛び乗る。その、赤い星のとぶ黄金色の瞳をした白猫は、私と目線を合わせると目を眇めて首を傾げた。
うわっ。ゴージャス! ラグジュアリー! 尻尾や耳の先に浮かぶ金の縞模様の美しさよ。なんと豪奢な被毛だろうか。長毛お猫様コンニチハですよ。
私の膝の上に立つ、その丸いアンヨのモコモコフワフワに思わずハートを撃ち抜かれる。うはっ。見た目も手触り…触られているのは私だけど、その感触にくらくらする。これは凄い。これってもしかしてチートって言っていいんじゃないかな。チート被毛。効果は魅了。安眠はできそうでできない。むしろ不眠効果か。いつまでも触っていたい。きっと眠れなくなる。そうだよね?
短毛猫さんとは違うすべすべ…はタイガ達も一緒だな。ええっと滑らか…これも同じだって。ツヤツヤ、すべすべ…。フカフカはちょっと違う、そうフワフワ! そうだ、ふわふわするんするんした天界の至宝と呼ぶべき素晴らしき被毛。
「はじめまして。僕はラグ。リンク・スーの相棒なの。火竜だよ。だから、本当はこんな感じ」
そう言われた瞬間、私はラグさんを見失う。いま膝の上に乗ってきたばかりなのに。あぁ。長毛お猫様のラグジュアリーな幸せカムバック!!
私はわたわたと立ち上がって椅子やテーブルの下を覗き込んだ。けれどどこにもいない。あれ?
「目の前にいるよ」
その声に顔を上げると、そこには、あの、ちいさな白い竜と同じサイズの、赤い竜が飛んでいた。
「…ラグさん火竜まで、ちいさい」
竜って普通でっかいよね? 空飛んでるのは人乗ってるもんね?
でもこれじゃ、赤い蝶々じゃないですか。
ひらひらと羽搏くたびに鱗粉のような光を撒き散らす、ちいさなちいさな赤い竜。
んで、その視界の端っこで、国王陛下とか、リンク・スー竜騎士団長とかみんな寝てる? 拘束? どっちでもいいけど動けなくされてんの。非現実的過ぎる。
「あはは。だってこの僕は幻影だからね。本物が来たら王宮壊しちゃうよ。ちなみにあの猫の姿も幻影なの。リンクが『魔法学園の学園長になったけど常駐する時間がないから猫の姿にでもなって投影してくれ』って言われて作ってるの」
なんですと?! あの素晴らしい手触りが幻影だなんて。もっとやれ。いえ、抱っこさせてください。お願いします。
冗談はさておき。猫学園長の実体は、猫の使い魔じゃなくて竜が猫の姿の幻影を作ってそれを学園長が…ええい、ややこしいわっ!!
「僕、猫なんてタマちゃんが作ってる幻影しか思いつかなかったからさぁ。実は内緒で真似っ子してるんだ」
誰、タマちゃんって。
突然出てきた新キャラ名に激しく混乱する。もうね、ラグさん自体が『実は竜でした☆』な新設定・新キャラなのに更に増えるとか。しかも猫ラグさんの見た目はタマちゃんの真似っ子だっていうことは、タマちゃんと猫ラグさんの見た目は同じってことなんだよね? 白と金色の猫になる竜かぁ。なんというか何が何だか。誰かタスケロ。
「それでね。なんかタマちゃんの説明が不十分だったようだけど、あの子の事はあの子自身がきて説明するまで口外しないで欲しいんだ」
……タマちゃんの説明? あの子?
つまりは私はタマちゃんに会っただけじゃなくてお話をしたこともあるってことだよね?
うーん。それはつまり
「タマちゃんって、黒い獣から私達を助けてくれた、あの白いちいさな竜の事?」
ちいさな赤い竜が目を眇めて頷いた。うん。ちゃんと表情もあるんだなぁ。
「そうだよ。あぁ。もしかしてちゃんと名乗らなかった?」
うん。私はちゃんと名乗ったけどね!
白い竜は何も教えてくれなかったよ。ホント、けち臭い。嘘。命助けて貰っただけで十分です。すみませんすみません。
でもですね…。
「すみません。既に、ケルヴィン殿下とかエリゼ様とかムーアさん、ガーランド様にも話しちゃってるんです。そこから先もどこまで伝わっているか」
というか、この集まり自体が白い竜の話をするために用意された場所なんだけど。
国王陛下も、リンク・スー竜騎士団長も、ケルヴィン殿下から報告を受けて知ってる筈。
白い竜と対峙したのは私だけだからと説得されて私も来たけど、熱出してて帰ってくるのが遅れたし、大体のことはすでに話し合い済みなんだよね、多分。
「大丈夫。思考阻害してあるから」
阻害?! なにそれ詳しく。そんな私の願いは完全スルーして赤い竜ことラグさんが話し続ける。
「りんはタマちゃんから『護摩堂に触るな』って言われたみたいだけどさ、でもあそこを放置するのって怖いと思わない?」
思う。すっごく怖い。とりあえずどこにあるのか全部調べて、管理したい。あとなんで作られたのか。封じ込められているあの黒い獣についても知りたい。弱点とか。そもそもなんで生まれてきたのか、とか。
「人間ってそう思うみたいだね。でもさ、調査ってどうやるの? 見つけ出して、遠巻きにして観察? 触らないの? でもさ、前回は近くに足を踏み入れただけで壊れたんだよね?」
そうだ。あんな封印が床下にされていたなんて全然気が付かなかった。
踏み抜いて、封印を壊した。ケルヴィン殿下に、封印を壊すつもりなんかなかった。ただ何かあるかなって思って近づいただけだ。
「人間の考え方を否定するつもりはない。でもさ。あそこの安全を守る為には人間には近付いて貰いたくないんだよ。まぁ人間が作ってくれた封印なんだけど。でもあの穴を作ったのも人間だから感謝はしないよ」
えっと。なんだろう。ラグさんから漏れ出しているオーラ? 威圧? なんかそういうのが重くて怖い。毒があるって言われても信じるね、この赤黒い霧に。
「だからね。近づかないで欲しいんだ。実行に移すかどうかだけじゃなくて。思考だけだったとしても」
ごくり。喉が鳴る。
確かに。謎があったら解きたくなる。
判らない物は不安を生む。不安は取り除きたくなる。
不安を取り除くためには、その正体を知り、発生の原因を知り、対処方法を知り、実際にその対処方法が間違っていないか確認し、その不安を滅するしかない。
…私達人間に、あの白い竜との約束を守るのは不可能に近い。
だって。実際にあの夜の話し合いで『調査しよう』って結論付けた。
「この集まりだって、あの白い竜だけじゃなくて黒い獣や護摩堂について情報を共有するためのものだったんでしょう?」
そう。その為の集まりの筈だった。『王宮で報告会なんてしたくない』って抵抗したのに白い竜に会ったのは私だけだと押し切られたのだ。
でも、そういえば始まる前に、誰も今日の議題について言い出さなかったなぁ。
議題は複数あったんだし、話し合う順番とかの確認くらいはすると思ってたのに。
ちょこっとだけど私が黒い獣について口に出したのにも反応なかったし。
「本当は、りんにも阻害を掛けようとしたんだけど、キミにはできなかったから。話し合いに出てきたの」
なるほど。
「ラグさん、その思考阻害って心とか身体的には悪影響はないんですか?」
後遺症が出たりしたら困る。それなら解除して貰う方法を見つけなければならない。
「それは大丈夫。安心して。僕もリンクに何かあったら困るし悲しい」
よかった。そこはちゃんと相棒なんだ。
ふう、と詰めていた息を大きく吐いた。
すっかり冷えていた紅茶を啜る。喉が詰まって一気に飲めない。
「あと、僕と会話したことも誰にも話さないでね。基本的に竜は自分の相棒と念話するだけで第三者と直接会話できるなんて知られるのは困るの」
まぁ僕が上位の存在だからできるんだけど、と自慢げに言われる。うむ。そんな感じがしてました。ラグさんの他には小さい白い竜タマちゃんとしか直接会ったことないけど。
なんか別格という気がした。
「それじゃ。次に会話するのはタマちゃんが来たら、かな」
「待って待って! 一つだけ聞かせて」
これだけでも教えて貰わねば困る。私の心がモタナイ。
ざぁっと、風が吹き抜けていく。
明るい日差しの中、黒い雲の影が動いていく。時おり、動く雲の合間から強い日の光が降り注ぐように降りてくる。幻想的な風景。
「ラグさんは、あの黒い獣を倒せる?」
真剣に。目の前のちいさな赤い竜へと問いかけた。
顔面蒼白になる私に、それはふっと小さく嗤って
「僕にあれが倒せるわけがない」
そう言って、消えた。
ナンテコッタイ。
ブクマも評価もとても嬉しいです。
感謝感謝v




