61時限目
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「よく来てくれた。今日は日頃の息子の様子が知りたくて、友人達に集まって貰った。ゆっくりと用意したケーキを愉しみながらお喋りして欲しい」
なるほど建前。でもそんなこと言われてもですね、国王陛下に言われてゆっくりできる人なんかいないと思うんだよね。無理だっつーの。
ガッチガチに緊張しながらも頭の中では罵詈雑言…とまではいかないけど盛大に文句をつけまくりつつ、喋っている国王陛下の顔を上目で窺う。
なんかこう…想像していたのと違う。
ケルヴィン殿下の柔らかそうなハニーピンクの髪とは違う、豪奢って言葉がよく似合うゴージャス感溢れる赤金の髪と瞳。それだけでも『強そう』って思うのに、まだ20代後半かいってても30代そこそこの、めっちゃゴッツい筋肉だる…げふんげふん、もといボディービルダーみたいな人が、繊細な造りの金彩が施されたティーカップを優雅に口元に運ぶ姿に脳みそが混乱する。
このラノーラ王国で最も尊い御方は想定外の筋肉派国王陛下だった。学園長兼竜騎士団長であるリンク・スー様の方がずっと細いとか。なにこれ、どうなってるんだってばよ。
想定外すぎてケルヴィン殿下が紹介してくれるのを上の空で聞き流してしまった。呆けている所をムーアさんからそっと促されて正気に返り、慌てて子供カーテシーではなくて、ちゃんと淑女のカーテシーを取る。
えぇっと、右手は胸元へ、左手でスカートをちょこんと摘まんで右足を半歩後ろに下げてっと。で、左膝をゆっくりと曲げ上体はまっすぐ…は無理だった。ちょっと前後に揺れちゃった。けれど、まだ練習初めて1週間だし大目に見て欲しい。
「りんが、…子供カーテシーではない、正式な淑女の礼を取る、だとっ?!」
ケルヴィン殿下が愕然とした表情で叫ぶ。おい、ヤメロ。失礼なヤツだな、ホント。
「フフフ。私だって毎晩…は嘘ですけど、ちゃんと寝る前に特訓してるんですよ!」
ババンと頭の中で効果音を合わせながら自慢げにいう私に、悔しそうに絡んでくるケルヴィン殿下を軽くいなす。
「りんの癖に生意気な!」
「ほほほ。ワタクシ、努力のできる大人の女ですので」
いなすというか、つい普段通りに掛け合い漫才を繰り広げていると、ブフッと誰かが盛大に噴き出す音が重なった。
「りん嬢とケルヴィンは仲が良いのだな?」
くっくっくと面白そうに陛下が笑っていた。しまったぁぁぁ。
王様の前でしでかした失態に思わず蒼くなる。や、やらかした。
「そうなのです。殿下とりんたんは本当に仲良しで。周囲も、勿論私も、いつも微笑ましく思っておりますわ」
エリゼ様が心の底から微笑ましそうに言葉を添える。それを意外そうに国王がほう、と声に出して問うた。
「エリゼリア嬢は、自分の婚約者であるケルヴィンが他の女人と仲良くしている様を見て、不快になったりしないのかい?」
その声には面白がる色も確かにあったけれど、それ以上にその言葉の真意を量ろうとしているようだった。
「私は、りんたんが幸せならそれだけでいいのです」
うっとりと両手で頬を抑え身体をくねらさせて答えるエリゼ様の真意を国王陛下はどう受け止めたのだろう。勿論私は額を片手で押さえた。頭痛い。
「くくく。わはははは。ケルヴィン、お前は公務以外の部分において、もっと頑張らねばいかんようだな。このままでは名ばかりの婚約者以上の存在になれそうにないぞ?」
豪快に笑いだした国王陛下は、ようやく私達に同席するように許可を出してくれたけど、ケルヴィン殿下はすっかりしょげこんで肩を落としてため息を吐いていてなかなか席に着こうとしなかった。
それにしても。わははは。やっぱり皆おなじこと思ってるんだね。
そうして。涼しい顔をしたエリゼ様と、がっくりと肩を落としたケルヴィン殿下に挟まれ、対面には国王陛下と竜騎士団長様という、なにこれどんな罰ゲームだよ、な、お茶会は始まった。
「りん嬢はどんな菓子が好きだ?」
筋肉だ…筋肉派国王陛下が、繊細な細工が施された銀のトングをカチカチ言わせながら私に早く選ぶように催促してくる。むむん。なにこれ。もんのすごく漫画チックな絵面だ。
「あの…えっと、柑橘系のお菓子ってあります、か?」
その私の言葉に、国王陛下がひょいひょいとデザートプレートにケーキを山積みにしていく。うわっ。
「うん、レモンやオレンジが使ってあるのはこの辺りか」
そう言いながら、勝手に横に山盛りの生クリームを盛りつけたと思うと、置いてあったチョコレートソースをどぷどぷと振りかける。その躊躇いのない行動に思わず呆けて見ていた私は、正気に戻った瞬間、大きな声で叫んだ。
「いやあぁぁぁめぇぇぇっ」
あ。
正気じゃなかった。全然正気なんかじゃなかった。叫んで止めた相手はこのラノーラ王国の国王陛下だった。やっちまった感に真っ蒼になってガクガク震える。
その場にいた全ての視線が私に集まる。う、だって…。
「スミマセン。チョコはその…好き、なんですけど、あの、ケーキ自体の数も多すぎるし……そこに山盛りの生クリにチョコまでプラスするとか、食べ切らないなっていうか…」
顔面蒼白になりながら、がくがくあわあわ説明をする。
でもさ、だってさあっ。オレンジピールのバターケーキはともかく、キーライムパイや檸檬タルトにチョコレートソースどぷどぷ掛けるのはある意味戦犯でしょう? だよねぇ?!!! 元の味がまったく判らなくなっちゃうもん。
しどろもどろになりながらもなんとか説明を終えた私に、
「…エリゼリア嬢から、そちらの世界の女性にはこうしてケーキにチョコレートソースと生クリーム、もしくはメイプルシロップや粉砂糖をたっぷりと振りかけて出すのが正式だとお聞きしていたのだが、もしやあちらの世界における地方などによって違うのだろうか?」
と、国王陛下が眉を下げて確認してきて、その内容に目が点になる。
ぐはっ。なに適当なことを吹かしてるんですか。エリゼ様ってば。もうっ!!
すぐ横で涼しい顔をして自分のお皿を正にメイプルシロップ塗れにしている美しい女性に向かって頭の中で悪態を吐く。
それにしても、あれだね。ほんと、私が異世界人だっていうの隠そうとかするの、今更すぎるんじゃなかろうか。みんなして普通に口に出し過ぎるもん。もうとっくのとうに無理なんじゃないかな。
それはともかく。問答無用でチョコレートソース掛けるのだけは勘弁してほしい。せっかくの繊細な味わいがすべて台無しじゃないか。
「…それは、多分というか間違いなく、エリゼ様ご自身の好みをそう言い張っただけだと思います。どんな繊細な味わいのケーキも焼き菓子もみんな同じ味とか。作ってくれた人に対して失礼だし、ケーキに対する冒涜じゃないですかね」
そんな私の演説に、エリゼ様はひと言、
「メイプルシロップの深い甘さやチョコレートソースのコクのある甘さの向こう側に、繊細な味わいの違いを見つける。それこそ正道。甘味道のわびさびよ」
とか恍けた事を言い出した。あかん。油甘物強者のいう事は理解不能だ。
「あと量も…すみません。その量は絶対に食べ切れないので、私が手を付ける前にどなたかのお皿に移して戴けないでしょうか」
ビュッフェで食べ切れない量を自分の皿に盛るのはマナー違反、というより、手を付けておきながら残すのは論外だと思う。
とりあえず私が食べだす前なら、テーブルに並べられているのと変わらないだろう。3秒ルールよりずっと清潔安心だ。
「まずは1個でいいんです。食べ終わったら次を戴くので」
そう王様に伝えると、きらりと面白そうに瞳を瞬かせて山盛りのデザートを自分の前に置くと、私には新しいお皿を用意してくれた。
「では、りん嬢が最初に味わいたいと思うケーキがどれか、教えてくれないか?」
ぐっ。国王陛下が取り分けてくれた皿を拒否して新しくサーブさせるとか。拙くないかな、私。
不敬罪で牢屋入りになったりしないだろうか…。
いや、不敬罪が実際にどんな事に対して適応されるのか知らんけども。
「マドレーヌを、お願いします」
「まどれーぬ?」
どれがそうだと悩む国王陛下に、その丸い焼き菓子がそうですと伝えると、国王陛下の眉が八の字に下がる。
「柑橘系を、と言ってなかったか?」
あー。えっと
「王宮のマドレーヌは、レモンゼスト、えっとレモンの皮の部分を摩り下ろしたものが入っていて美味しかった記憶が、ある、ので」
食べたいお菓子と言われて、これしか思いつかなかったんだもん。
つい、先日、ムーアさんがあの日の話をしたばかりだったから。
う。思い出したら顔が赤くなってきた。そうだ。話が出たのは、ムーアさんが私の…わたしを気にし出した時の話でだったんだ。ぐっ。なんで今こんなこと思い出したりしたんだ、私っ。
いきなり顔を赤くして横を向いた私に、ムーアさんがにっこりと笑い掛ける。ぐっ。これ、私が何を思い出したか判ってる顔だ。最近見掛けるようになった、ちょっと意地悪い顔。ぐぬぬ。
「ほう。りん嬢はここで菓子を食べたことがあったか」
私にマドレーヌを乗せたお皿を差し出しながら国王陛下が訊ねてくる。
あー。そこから説明が必要なのか。話が長くなりそうだなーって思ったけど、そこはケルヴィン殿下が引き受けてくれた。
「エリゼが光魔法の使い手の来訪を予言し、彼女の身を探し当てた時のことですね。王宮にお迎えして少々お話を聞いたのです」
その際のことですね、って。おいこら。お話も何も、監禁した挙句放置した癖にぃぃ!! お菓子持ってきてくれたのはムーアさんで、ケルヴィン殿下じゃないもんっ。
くっ。ケルヴィン殿下、あなた天性の嘘吐きですね? いや、嘘じゃないのか。情報を整理して耳触りのいい部分だけ残せばそういう事になるのかも。
でもなんかこう…ムカつくわぁ。
あとで泣かしてやる、とそう決める。まぁ今は仕方がないか。国王陛下の時間は貴重なんだろうし、伝える情報は整理しないとだもんね。文句をいうのは後にしてあげよう。
「そういえば、マドレーヌがどんな味なのか記憶がないな。こちらの四角い焼き菓子とは違うのだろう?」
「四角い焼き菓子はフィナンシェですわ。生地に小麦粉だけでなくアーモンドプードルも使い、卵白だけを使ってあります。マドレーヌは小麦粉だけで全卵を使うという違いがありますわ」
さすが、エリゼ様。油甘物強者だ。お菓子の材料にも詳しいんだねぇ。
「ほう。マドレーヌは確かにレモンの爽やかな香りがするな。そしてフィナンシェはリッチな味わいがある」と両手にマドレーヌとフィナンシェを食べ比べている国王陛下にほのぼのする。
「それにしても、あちらの世界のお菓子は面白いな。こうして両手に持っていても形の違いは判るが、見た目からでは俺には判別できん。材料が違うから匂いも味も違うのは食べれば判るがな」
感心した様子で2つの焼き菓子を見つめながら味比べをしている国王陛下の言葉に、ちょこっとだけ引っ掛かりを覚える。んー?
「マドレーヌとフィナンシェは、もしかしてエリゼ様がこちらに持ち込まれたのですか?」
こっちにもいろんなお菓子があったけど。わざわざ似たようなお菓子を2種類も作るなんて、どんだけ好きなんだ、この2つの焼き菓子が。とか思ったけど。でもマドレーヌもフィナンシェも、これまでエリゼ様が食べていた記憶がないんだよね。むむっ。
「うふ。だって、りんたんはマドレーヌもフィナンシェも大好きでしょう? お茶会イベントで抱え込んで食べてたもの♪」
えー。なにそのツッコミどころ満載な言葉。
「えーっと。エリゼ様、先ほどの国王陛下と私の会話を聞いていましたか?
私は基本的にはお菓子は1個ずつ派ですよ。たまに欲張ってみたくなる時はありますけど、それだってお皿に2、3個乗せる程度だし」
というかですね。
「ねぇ、エリゼ様。ゲームに出てきたお菓子がここに存在して無かったということは、この世界がゲームの中とは別物だって証明になるんじゃないですかね?」
私のその言葉は、思いのほかエリゼ様の心に突き刺さったらしい。
「………え?」
まるでそれは世界の終りの様な、というのが最も近いのかもしれない。
エリゼ様の動きが止まる。
目が虚ろになって愕然としているのが判る。
「そういえば、そのゲームとやらに出てくるエリゼの弟は、年齢もだいぶ違うのだろう?」
もくもくとお菓子を口に運びながら、ケルヴィン殿下が前から思っていたらしい疑問点を上げる。
「というか、エリゼ様が弟が欲しいと欲しいと騒わがれて…。お名前も『ウィリアムっていう名前なの』ってエリゼ様自ら命名されたんでしたよね?」
なので私もそこに乗っておく。というかこれもね、ずっと不思議だったんだよね。だってさ、タイガのこともだけど、ゲームに出てくるのにエリゼ様が関与しなければ無いものだらけって可笑しいよね?
「…でも…、でも私が持ち込んででも今はここにあるのだから! いいのよ!」
弟だっているし!! と立ち上がったエリゼ様が力説する。
「あ。開き直った」
「開き直ったな」
ケルヴィン殿下とこそこそと話す。くくく。効いてる効いてる。
あはは。動揺するエリゼ様可愛い。
「なんてね。ここがゲームの世界だろうと、ゲームに似てるだけの世界だとうと、関係ないんですけどね」
本当は、エリゼ様が頑張って何かを起こそうとしなければゲームに類似したイベントなんか起きないんじゃないかなっていうのは気になってる。まぁ口には出さないけど。とりあえず今はね。国王陛下の前でなんか隣国皇太子にゃんこ化事件の真相とか暴露する訳にはいかないもん。国際問題になること間違いなしだ。
「だから、ゲームにはない事件が起こる。起こっているんです」
うん。脱線しまくりだったけどなんとか話を引き戻せそうだ。
まぁ、脱線させてたのは私なんだけどさ。わはは。
ブクマも評価もありがとうございますです。
感謝感謝v




