59時限目
「それでも、私は…私達はりんさんが好きですよ」
ムーアさんの言葉に、ガーランド様もエリゼ様も頷く。
口がへの字に曲がり、わなわなと唇が顫動する。泣きたいような喚きたいような。
「なんでっ?! 私は…、だって、私はっ」
ぼろぼろと涙が溢れていく。でもどんなに涙は溢れても、それでも、言葉にすることができなかった。
義父や異父弟だけでなく、実の母にだって好かれなかった。
引き取らなかった実父も私が嫌いだったのだと思う。だって一度も会った事がない。電話も手紙もない。顔も名前も判らない知らない。
「好きです。これは私の感情なので、りんさんから否定されても意味はないです」
そう、ふんわりと笑ったムーアさんに言い切られる。
「タイガでもある俺が、飼い主であるりんを好きなのは当然だろう?」
飼い猫たるもの飼い主への愛は全力が正しいのだと、ガーランド様がなぜかドヤ顔で言い切る。
「りんたんは、自分が私の”りんたん”とは別人なんじゃないかって思っているみたいだけど…そうね、名前も微妙に違うし、別人なのかもしれないわね」
そう言いながらも、何故がエリゼ様は全然残念そうじゃないし、むしろとても幸せそうな顔をしたままだ。
別人に萌え萌えしてたとか、推しを間違えるとか痛恨の一撃、大ミスもいいところなんじゃないかと思うんだけど。
「でもね、私の胸のときめきは、りんたんが”ゆうきりんたん”本人かどうかなんて、もう関係ないのよ。今の私にとってイチ推しは”友木りんたん”本人なの♡」
もし今”ゆうきりんたん”が来ても推しが増えるだけね、とすっごくいい笑顔で言い切られた。
「知っているかしら。愛ってね、増えるものなのよ。
対象が増えたとしても半分ずつになる訳じゃないの。
それぞれに対して100%で存在するものなのよ!
萌えは萌えを遮らない。それこそが萌えなのよ!!」
えぇ~。なんだろう。この、イイ事言ってるつもりのエリゼ様の残念令嬢っぷりに頭が痛くなる。つか、なにを言われているのかまったく判らん。
「…私は、真面目に話をしているのですが」
「私だって真面目に萌えの話をしているのよ!」
ガッと肩を掴まれた。鼻息が荒くて怖い。顔が近すぎて鼻息が当たるから。お願い、止めてぇぇ。
「だいすきよ、友木りんさん」
ぎゅうっと抱きしめられて言われても。
「…私は女なので、女性から告白されても困るのですが」
「いいのよ、これは恋愛としてのだいすきじゃないからセーフなの」
きらきら笑顔で言われて、肩の力が抜けていく。もう、悩んでいるのが馬鹿らしくなってきちゃったじゃないですか。
「私は男性として恋愛対象としての大好きですよ。友木りんさん」
「タイガとしてもだが、ガーランドとしてだって俺の一番はりんだ。好きだ」
横から二人が口々に主張してくる。
というか、私は私なんか誰かに好きになって貰える価値がないと言ってるんだけどな。なんだろう、この通じてない感じ。
「私なんかのどこがいいのか全然わかんないんだもん」
ぷいっ、と顔を背けながら俯く。いくら考えても判らないものは判らない。
誰かが欲しがっているから、自分も欲しいとかだったり?
うーん。そういう子供っぽい欲は、この二人には似合わないか。
「どこ、ですか。いいですよ。りんさんを好きになった理由をあげていけばいいですか?」
ぐっ。なにその羞恥プレイ。
「りんさんの、ご飯の食べっぷりが好きです。用意した食事を最後まで美味しそうにしっかり食べた後、働いている自分は食べる事に対して恥じる事はひとつもないのだと言い切る姿に惹かれたのが最初です」
それはあれですね、ケルヴィン殿下に監禁されてた時の話ですね。憶えてます。
レモンゼストが入ったマドレーヌがまた食べたいです。
「俺は、どんなに貧しくてもご飯くれるのが嬉しかったな。声も出ないから魔法も使えなかったし助けも呼べないのに、りんはいつだってタイガに優しくしてくれた」
それはだってタイガだし。あの毛皮の温かさに助けられたのは私の方だ。
そして。何気にガーランド様のこの言葉にダメージを受けていたのはエリゼ様だった。青くなって謝り倒している。わはは。反省するがいいよ。
「私は、そうね。始まりこそ”りんたん”として見ていたけれど、一緒にダンスやマナーの練習をしたり、廃油石鹸を作ったりしている内に、どんどん友木りんたん本人を愛でる自分に気が付いたわ」
愛でる、なんだ。萌えの原点だね。はは。
「でも、なにより。りんたんに叱られて。目が覚めた気がしたの。
私、この世界を単なるゲームの世界だなんて思っていなかった筈なのに。
ちゃんと命のある世界だって、そう思って頑張ってきていた筈なのに、それでも、どこかに乙女ゲームの世界なんだってイベントに固執してたんだって教えて貰ったの。そんな友木りんたんに、感謝してるの」
なるほど。そこに繋がるんだ。真面な事言い出してくれて少しホッとしました。
そんなエリゼ様に続いて、ムーアさん達が話を続ける。あれ、まだあるんだ?
「そうして、りんさんが働かれているお姿を実際に目の前にして、それに誇りを持たれている姿に感動しました」
「自分で立とうとする姿も好きだ。なんかこう、恰好いいと思う」
「どんな服でも似合うし、すぐに騙されてくれる愛らしさも最高だと思うわ」
「勿論、愛らしさに掛けては誰よりも優ると思いますね」
「そうだな。暴力女だけど、可愛いな」
しかし…これって、想像以上の羞恥プレイっぷりなんですが。
聞いているのが、ツラい。しかも段々変なの混ざってきてるし。
「えーっとですね、私には価値がないという事を否定して下さるのは嬉しいのですが、なんというかこれ以上聞いていると心臓がモタナイと申しますか、何かが壊れそうな気がするので、この辺でですね、終わりにして頂きたいのですが…」
段々と声が小さくなっていくのが自分でも判る。だって、滅茶苦茶恥ずかしいんだもん。タスケテ。
それでも必死の思いで止めてくれるように懇願する私に、ガーランド様が無情に断じる。
「駄目だ」
なんと! そんな殺生な。愕然としていると
「私達は、りんさんの中にある”自分を無価値だという思い込み”を壊したくてやっているのですから」
早く壊れてください、とムーアさんから、にこやかに告げられる。なんと!!
にこにこと笑う3人に囲まれていると悩んでいたのが馬鹿みたいに思えてくる。
くそぅ。一対三とは卑怯だぞっ。
「だいすきよ、りんたん」
「だいすきだ、りん」
「だいすきですよ、りんさん」
ぐぬぬぬぬ。
「ばかーっ! もうっ、3人とも、みんな馬鹿バカーー!!」
私は真っ赤になって布団に潜った。
亀のように丸くなって耳を塞ぐ。それでも聞こえてくる、3人が未だに口々に伝えてくるその言葉が頭の中でぐるぐるする。冷え切っていた胸がぽかぽかしてくる。
「ううう。皆が私を甚振る」
くすんくすんと泣き真似をすると、くすくす笑いながら更に言い募られる。これはもう最終手段に出るしか、無い。くっ。
「…お願いします。もう許してください~」
降参するしかない。
「ふふ。だいすきですよ、りんさん」
「大好き、りんたん」
「好きだぞ、りん」
うわーーん!! 降参だって言ってるのにぃ!!!!!
布団の中で亀になる私を、ムーアさんもエリゼ様もガーランド様も、誰も許してくれなかった。
「りんさんが、ちゃんと顔を見せて、私達が大好きなりんさんを認めてくれたら許してあげます」
ぐぬぬ。更なる羞恥プレイをお望みか。最近ちょっと黒い笑いしてるのをよく見るとは思っていたけど、ムーアさんのサディストっぷりが酷い。
「ううう。…私は人を見る目がないのかも」
多分、きっと。同じ位、自分の事を客観視することもできてないっぽい、のかも?
布団を被りプルプルと震えながら、この羞恥プレイを終わらせる方法を考える。
「すぐ怒って手を上げるけど、怒る方向がな、可愛いんだよ」
「あぁ、判ります。自分にできないと言い切られるの嫌いですよね」
「そうそう! 判ってるじゃないか、ムーア・ロッド」「判るわぁ。いいのよね、あの顔」
「子供扱いされるのは嫌いな癖に大人扱いされると戸惑う姿も、私は好きよ」
「お可愛らしいですよね」「確かに!」
「大好きなのよ」「好きですね」「大好きだ」
ぐぬぬぬぬぬぬ。本当にいつまででも話し続けるつもりだな、コイツ等。
がばりと羽根布団を払い除けて、勢いよく叫ぶ。
「もうっ! 判りました、判りましたから!! もう十分ですぅ」
もうお手上げだ。泣きを入れるしかない。よく判んないままなんだけど、否定するだけ無駄というか。…徒労っていうんだ、これ。
私は3人に揉みくちゃにされながら頭を撫でられて、ため息を吐いた。
でもそれはちっとも蒼くなんかなくて。
薔薇色っていうのが一番ぴったりな世界一幸せなため息だった。と思う。
57時限目でいきなり、りんが泣き出すから
何が起こったのかと思ったけど(オイ
確かにそろそろ爆発する頃合いだったのね。
そしてエリゼ様ったら、すっかり復活しとるw




