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「さて。次に、友木りん、お前の光魔法について教えてもらおうか」

 座学用の広い教室は、クロティルド少年先生と私だけしかいない。

 この先生、ほんと何歳なんだろう。こんなに近くで見ても、まったく判らない。

 後ろで一つにまとめて大きく三つ編みにしている長い翠の髪はツヤツヤだし。透き通っているのに深い色をした碧の瞳は大きくて濃くて綺麗にカールした睫毛に縁どられている。

 文句なしの美少年だ。もうちょっと線が細かったら美少女でも通用するに違いない。なんだけど、なんというか物腰とかに威厳っぽいものを感じるので、話をしているとどうしても年上のような気がして仕方がない。謎だ。

 こんな人と2人切りで授業とか、居残り授業っぽくて嫌すぎる。先生の視線独り占めとか、どんな拷問だ。

 話の内容のこともあって、その居心地の悪さにお尻の辺りがムズムズする。うう。始まったばっかりだけど今すぐ帰りたい。

「えーっと、あの、自分でも本当なのかイマイチ自信ないんですけど、解呪と怪我のちりょ…あっ、いやその…」

 しまった。緊張しすぎて余計なことまで口にしそうになってしまった。ここからどうにか誤魔化せないだろうか。そう思ったけど、焦ってなにも浮かばない。ど、どうしようっ。

「報告があったのは解呪のみだったが。そうか。怪我の治療もすでにできるのか」

 あぁぁぁ。私の馬鹿バカ。せっかく王太子達には誤魔化せたのにぃ。

 クロティルド先生に凄まれて、結局誤魔化しきれなかった私は諦めて白状することになった。


 タイガの呪いを解いたあの日。タイガの足についていた血は、喧嘩相手の物ではなくてタイガ自身の怪我によるものだった。

 縛られた上に殴られて意識をなくしたままの私が、あいつらに連れていかれそうになっているのに気が付いたタイガは、私を取り返そうと頑張ってみたものの殴る蹴るの返り討ちにあって死にかけていたそうなのだ。

 そりゃ武器を持った兵士たちを連れたお貴族様相手に、小さな猫一匹では歯が立たなくて当然だろう。ホント、死ななくて良かった。

 来年夏に起こるというイベントが、ちょっとした戦闘じゃ済まなくなるところだった。皇太子様撲殺とか。戦争勃発まちがいなしだよ。

 というか、あれでタイガが死んでたら私は即暴発してたね。その自信ならある。


「で。その呪文が『いたいのいたいのとんでいけー』か」

 こくん、とちいさく肯く。でも幾らそれで光魔法が発動しただの、回復魔法の呪文だと言われてもこう、違和感が半端ない。嘘くさくて困る。勘違いでしょとしか思えない。

「呪文とか言われても、これは私がいた国で親が怪我をした子供をなだめる時に使う、えーっと、単なる言葉遊びというか気休めの言葉でしかないんですよね」

 元々魔法のない世界でのことだし。回復する訳がないのに。

「りん、お前は魔法についてどれくらい知っている?」 

「魔石コンロとかシャワーを使ったことがあるのと、図書館で借りた魔法の入門書を読んだことがある程度です」

 昨日先生に教えてもらったから光魔法は起動だけって事も知ったけど、本にはそれすら書いてなくて「光魔法は回復魔法が使える」「非常に稀少性が高い」としかなかったくらいだ。

「ふん。まさに入門書だな」

 さようでございますね。ははは。

「光属性による魔法は、回復だけじゃない。攻撃も防御もできる。というか他の属性でもできることは人其々だ。

 たとえば、そうだな。この国において光魔法最高の使い手とされるものの記録によると、その者が呪文を唱えると、その周りを取り囲んでいた敵が一斉に光の中に消えていった、とある」

 …それって、某国民的RPGのあれですよね。経験値が貰えないし、自分よりLvの低い雑魚敵にしか効かないから私的には使えない魔法扱いしてきたんですけど。そのアレですよね?!

 でもそうか。相手の魔力を使っていくらでも発動できるんだから、ひとりで軍勢に突っ込んでいって歩兵でも騎兵でもなんでもかんでも消し去れるなら…たしかに無敵なのかも。

 ここでは経験値なんか関係ないっぽいしね。

「その使い手だが、たぶん、お前と同じ世界の、同じ国の出身だと思う。異世界人で、同じように黒髪黒目で言葉もほぼ通じたと記録に残っているからな。

 ただし文字がな、彼の者はこの王国の文字を読めたようだが、その者の書く文字は独特で「同じだ」と言われても読めない」

 ん? もしかして、ずっと古い年代の人なのかしら。じゃあ某国民的RPGなんて知らないのかな。

「その人は宗教家だったそうだ。”ミッキョー”という宗派だったそうだが、りんには判るか?」

 ミッキョー? 某ねずみ教団…な訳ないか。えぇっと、みっきょう…密教って、そっちか。光に消える敵ってあれか、不動明王さまの全ての悪しきモノを焼き払うアレのことか。仏敵を力で鎮めるっていう。ひぇっ。それは本気すぎるでしょ。

 でもそれは私も読めないや。というか同じ文字じゃないじゃん。あれでしょ、梵字とか真言とかいうやつでしょ。ノウマクサンマンダバザラダンカンとかアビラウンケンソワカなんとか。あの模様にしか見えない文字。漫画とアニメでしかしらないけど。無理無理。

 密教の教えを基に魔法で光を産み出したなら、呼び出したのは本物の神様じゃないですか。フツーの女子高生だった私には無理ですー。無ー理ー。

「原本はここにはないが、これがその写しの一部だ」

 手渡された手帳というより本を開く。おぉう、これは達筆だ。毛筆なのが更に読解を厳しくしている。片仮名っぽい文字は判るけどさすがにそこだけじゃ何が書いてあるのかさっぱりだ。でもなんとなくだけど近代~現代日本の人っぽい気がするかな。

「えっと、梵字とか、うーんと、その宗教独特の文字じゃなかったです。あの、絵筆じゃなくて、文字を書く用の筆というのがあって、それで草書体という文字を崩した書体で書いてあるので…すみません、何が書いてあるのか私にはまったく判りません」

「ちっ。…残念だ」

 舌打ちした。酷い、それでも教育者なのか。

 でもまぁ気持ちは判る。

 使ってみたいよね、見てみたいよね! 最強だといわれた、その魔法。うんうん。無理だけどね!

「最強魔法は別格だからな。使えなくても仕方がないさ。

 まずは基礎を理解して、出来ることを増やしていこう」

 はーい。最強魔法とか、あまりにも遠くを目指そうとしてるのかと思ってどきどきしちゃったよ。ちょっと安心した。


「脱線しすぎてしまったようだ。少し話を戻そう」

 最強魔法の使い手とか脱線させたのは私じゃないですけどね!

「りん、君は回復魔法の呪文をなんとしても否定したいようだけれど、魔法はどうやって発動しているか知っているかい?」

「…祈って、で、発動」

 うっ。自分で言ってても、理解してないのねーっていう解答すぎる。

「まず欲しい結果を考える、そしてそれに繋がる道を考えて、力を使う、というより力を使わせて貰うんだ」

 …使わせてもらう?

「その人が使える魔法は、その人が持っている属性のみだ。

 そしてその属性の持つ力を、私たちは使っている。

 火と風と水と土そして光と闇。この世界を形作る基となる力だ」

 世界を形作る、基。その力。むむ。

「そして、違う国ではこの力のことを、妖精と呼んで敬愛しているとも聞く。

 私達が呼ぶその名前は違えども、指し示すそれは同じ物だと思う」

「妖精?! 羽が生えてて、小さくて我が儘三昧のイメージしかない」

 見事に某アニメのイメージに惑わされている気がする。

「…それがお前の国の妖精のイメージか。

 こちらとはだいぶ違うようだな」

「先生のいう妖精は、私にとっては神様のイメージですね。

 それも日本の神道。八百万の神々っていって、この世のすべての物、森羅万象に神が宿っているんです」

「力を貸してくれる?」

 んー。祟ったり、悪戯したり、見守ってくれたり、導いてくれる…あれ、あんまり力を貸すというイメージはないなぁ。

「直接は貸してくれないかも。正しいコト、正しい場所を指し示すことで、導いてくれる感じ、かな」

 うっ。神道についてだってよくわかってないや、私。

「おもしろい。魔法がない世界の神らしいな」

 神の御業といわれているものもあるけど、正直、信じている人は少ないと思うわ。

 キリスト教の人には「世界は神によって7日間で作られた」っていうのを信じている人達がいると聞いた時は、それ自体がなにかのジョークかなにかと思った程の不信心さだもん。

 神社にごみをポイ捨てするとか罰当たりだと思う。

 だから神はいると信じてはいるんだけど、神が人の世界に干渉することはないって同じ強さで感じているんだと思う。

 うん。何を言っているのか自分でも判らなくなりそう。この神への気持ちを説明するのは難しいなぁ。

 魔法を使えるこの世界で、この気持ちが判ってもらえる気がしない。

「…こんな私に、なんでこの世界の魔法が使えるんでしょうか」

 そこが一番わからない。

「それだけ真剣な思いがそこにあったんじゃないか」

 ……なるほど。それは、そうかも。呪文には意味がないとは思っても、口にするほどに。

「また、話を戻そう。

 力を借り受け、それを使わせてもらう。

 その力の使い方を、欲しい結果に至る道を説明するために、呪文はあるのだ。

 古来から伝えられている文言──その力たちの言葉遣いを人間が再現できる範囲で出来得る限り真似たものが一番通り易い。

 しかし、長い。詠唱している間にタイミングを逃すほどだ。

 だから頭でそれを明確にイメージし、それを自分の言葉で説明する、それが今は一般的なのだ。

 お前の「いたいのいたいのとんでいけー」は、まさにこれだろう」

 …なるほど。痛いの飛んでけーで、怪我も呪いによるものも、痛かったり状態異常にする不快な原因を全部を吹き飛ばしてった、という事か。

「なんか、納得できました」

 うん。すとんときた。

「よかった。では…」

 カランコロンと鐘が鳴った。この音は、授業時間終わりの鐘かな。

「話し込んでしまったな。まぁいい。また明日だ、友木りん」

「ありがとうございました、クロ…クロティ…リルド先生?」

 う、発音しにくい。

「そうか。異世界人には発音しにくいのか。

 では、以後、私のことはカートと呼ぶがいい」

「カート先生ですか? くろてい…りるどの、どこからカートが?」

「ふふ。全然言えてないですね。そんなりんさんも可愛いくて素敵です」

 がらりとドアが開いて、ムーアさんが入ってきた。

「…ムーア・ロッド」

 カート先生が、苦虫を噛みつぶしたような顔をして、ムーアさんを見ていた。おや?

「ティリーでいいじゃないですか。

 りんさん、クロティルドの愛称はティリーですよ。ティリー先生って呼んであげてくださいね」

「ムーアさんは、くろ…くろてぃるど先生とお知り合いなんですか?」

 ムーアさんがこちらを向いてにこっと笑う。やっぱりさっきみた意地悪そうな顔は気のせいだったのか。

「そうですよ。もう随分と長い付き合いになりますね」

 そうなんだ。同窓生とかかな。だとしたら、少年先生じゃなくて普通に大人先生だね。

「…ムーア、何度も言うが私の名前はカーティス・クロティルド。愛称はカートだ」

 カート先生が不愉快そうだ。

「生徒にファーストネーム、それもその愛称を許すなんて。不謹慎ですよ、ティリー先生」

 なぜかムーアさんが一歩も引かないで睨みあっている。

 いや、目は笑ったままだ。揶揄ってるだけっぽいな。なんだ、仲良しさんか。

 先生もムーアさんも、友達とじゃれ合うイメージがなかったからちょっと驚いちゃったじゃないか。吃驚させないでよ、もう。

「ムーア、大体なんで近衛のお前がこんな所にいる? 王太子はどうした」

「その王太子殿下から、りんさんを迎えにいくように言われてここに参りました。

 校内の案内がまだですよね? 教室に戻るのも大変かと思いまして」

  それは確かに心配だったのよね。魔法学教練室みたいに特別なところでも迷ったのに、単なる教室を探すとか無理ゲーだって思ってたから。

「ありがとうございます。一人で戻れるかちょっと心配だったんです」

 やりそうな失敗を前もってフォローして貰えるなんて、ちょっと照れ臭い。だから照れ隠しに笑っておく。するとムーアさんも視線を合わせて笑顔になってくれた。

「さぁ、りんさん。カフェテラスに行って殿下たちと一緒にランチにしましょう。

 それと、食事が終わったら校内の案内をしますよ。

 あなたに学園内を案内する栄誉を、僕に与えてくださいませんか?」

 ムーアさんはそう言って、するりと私とクロティルド先生の間に立ったと思うと、私の腰を支えて出口を指し示した。

 私はあっけなく出口に向けて身体の位置を変えられてしまって驚いた。否も応もない。すごい技だ。まぁ、否なんてことはないんだけど。

「ではティリー先生。また明日、りんさんをよろしくお願いしますね」

 笑っているのにやけにきっぱりとムーアさんはそう言った。なんだろ、この迫力。

「あの…てぃ…カート先生、また明日よろしくお願いします」

 私は、憤慨したままのクロティルド少年先生改めカート先生を魔法学教練室に残して、カフェテリアに連れていかれることになった。




趣味丸出し魔法やで。

山伏姿ではなく、

黒い袈裟希望。是非!

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