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57時限目

お腹痛いの、少し収まってきました。

熱は完全に下がりましたです。

 


「判りました。…ちゃんと考えます」

 ぷいっ、と横を向いて小さな声で答える。

 その顔に、二人の視線がジト目で注がれているのは判ったけど、今の私にこれ以上の回答は無理だ。

 しばらく我慢比べの様に誰も動こうとはしなかったけれど、最初に動いてくれたのはやっぱりムーアさんだった。

「わかりました」ふぅ、とわざとらしく息を吐かれる。むぅ。こっちだってちゃんと考えるって譲歩したんだからね。

 意地になって横を向き続けてたら、そっと頭を撫でられた。「私はいつだって、りんさんのことを心配しています。それだけは覚えていて下さいね」なんて。優しく笑って言わないでよぅ。拗ねてた自分が恥ずかしくなっちゃうじゃないか。

「俺だって、いつだってりんを心配してる!」

 ガッと、私の頭を撫でるムーアさんの手をガーランド様が掴んだ。

 しかし、その前に反対側の腕で私はムーアさんに抱き寄せられて。

「むむむむむーあさん?!」

 なにこれ、なんか今日は二人共距離近すぎないかな。

「…何をしている」目を眇めたガーランド様がムーアさんを睨む。

「突然襲われたので、りんさんをお守りしないと、と思いました」

 片手しか使えないので自分を盾にするしかなくてと、笑顔のムーアさんがしれっと答える。

 そのまま私の頭の上で睨みあいが始まる。やーめーてーーっ。

 あわあわしたまま、私はムーアさんの腕の中から逃げ出した。それほど強く抱き着かれていた訳じゃなかったからか簡単にするりとそこから抜け出せたけど、なんというか、こう…どきどきした。こっちの男性陣ってパーソナルスペース狭いというか近過ぎると思う。ほんと止めて欲しい。

 恨みがましい視線でムーアさんを見上げると、ガーランド様と睨みあっていた筈なのに、視線を合わせられてふんわりと微笑まれた。くっ。本当に心臓に悪い。

 私は、伝家の宝刀「もう寝るから出て行ってください!」を唱えて二人を部屋から追い出すことにした。

 でも、またガーランド様が「今の俺はタイガだから」と居座ろうとしたので「では番人が必要ですね」とムーアさんまで言い出しちゃって。再び睨み合いしだして追い出すまでかなりの時間を要した。というか、「ナイトキャップをお持ちしました」とホットミルクをメイさんが持ってきてくれた時に、ついでに二人を追い出してくれたのだった。なんというか私の部屋なのに私が最弱とか。納得いかない。

 すっごく疲れた。



「はぁ。なんでこっちの男性ってあんなに押せ押せなんでしょう」

 つい愚痴が出る。それを聞いて、メイさんが苦笑している。

「ガーランド様のことはあまり存じませんが、ムーア様がああいう行動をされるのはとても珍しいことだと思います。あのご容姿ですし、憧れを持つご令嬢や未亡人の方々はとても多いのですが、婚約されていたこともあるのでしょうがどなたとも浮名を流されたことはございません」

 そうなんだ。まぁ私に対しては浮名とかそういうのじゃなくて揶揄っているだけだけど。いい加減に私で遊ぶの止めて欲しいんだけどなぁ。

「それにしても、”こっち”ということは、りん様のお国元では殿方のアプローチはもっとこう控え目に行われるのでしょうか」

 メイさんが興味津々という顔で聞いてきた。しまった。つい口が滑っちゃった。

 えーっと、えーっとっ。

 私は船で異国から来たんだっけ? で、その船が難破して、そのショックで記憶が混乱してる、で良かったんだったかな。

 前にケルヴィン殿下が作ってくれた嘘の設定を思い返す。だから、ここは適当に流しておくべきなのだろうか。それとも記憶が混乱してて、でいいのかな。

「それにしても凄いですよね、異世界から来られるなんて。うふふ」

 ぶふーーっ。

 メイさんの爆弾発言に、思わず飲んでたホットミルク噴き出しちゃった。慌てて口元を拭く。それより。どどどどどうしよう。

 焦りすぎて着ていた部屋着の裾で零しまくった牛乳を拭いてしまった。わぁ。被害拡大させちゃった。

「あらあら」うふふ、と笑いながらメイさんが持っていた布巾で周りを清めてくれた。助かった。

 いや、全然助かってねぇ。

「吃驚させてしまいましたか? そういえばゴードン公爵邸でその話自体はしていなかった気がしますね。でも、公爵邸ではエリゼリア様が異世界での前世の記憶を持たれていたのは有名でしたし、その異世界で”りんたん”様をお慕いしていたことは皆何度も聞かされておりましたから」

 あー。そうだよね、あの部屋にいたもんね、メイさん。思い出しただけで鬱になるファンアートだらけのエリゼ様の私室。あれは凄かった。

「『りんたんはすっごく可愛いの!』『いつか”りんたん”がこちらの世界にくるのよ。だから私はたくさん準備しないといけないの』エリゼ様はいつもそうおっしゃっていましたわ」

 そういえば、夕食会の時に、エリゼ様のご両親もそんなこと言ってたなぁ。というかあそこで居並ぶ使用人さん達の前で、私自身が前の世界の話をしたような気がする。うん、したな。結構な演説だった。いろいろありすぎて忘れてた。これって今更隠すも何もないんじゃないかな。思わず遠い目をしてしまった。

 そんな胡乱な目をした私を見て、くすくすと笑ったメイさんは

「大丈夫です。ゴードン家の使用人は皆ゴードン家の方々に忠実ですから。勿論、エリゼリア様の大切な、りんたん様に対してもです。外に情報を洩らしたりいたしませんよ」

 私を安心させるように笑顔のままそう言い切ってくれた。

「いろいろと、あちらとは違っていて大変でしょうが私達ゴードン家使用人一同、りんたん様の為にゴードン家の方々と同じように尽くすつもりでおります。なんなりとお申し付けくださいませ」

 そう言うと深々と頭を下げてくれる。なんと! というか、なんでそこまで?

「…エリゼリア様が国を善くしようと努力する起点はいつだって『りんたんの為に』だったからです。ゴードン家に勤める者でエリゼリア様に心酔しない者などおりません。そのエリゼリア様が心酔されている”りんたん”様をお慕いしない者もいないのです」

 ふう。またエリゼ様か。でもその”りんたん”は、私じゃない可能性も高いんだけどなぁ。

 まぁいいか。ここでそれを指摘してもしょうがないし。というか、あの黒い獣、魔獣を封印したのが”ユウキリン”で、エリゼ様のいう”ゆうきりん”と同じ人だというのも無理があるもんね。だって、100年以上前なんだよね、魔獣がいっぱいこの地に溢れ出たのって。

 魔獣のあの姿を思い出しただけで背筋に震えが走った。

「お顔の色が優れませんね。お疲れのところに長話をしてしまって。失礼しました。もうおやすみください」

 牛乳を拭いてしまって汚れた部屋着の代わりに新しい寝間着を出して貰って着替える。脱いだ部屋着はそのままメイさんが回収していった。

 顔を洗って戻ると、ベッドに促されて入る。そこにふわりと羽根布団を掛けて貰った。甘やかされ放題だね。

「おやすみなさいませ」そう言って、メイさんは部屋のドアを閉めていった。

 私は何故か、ベッドの中で泣き出していた。

 なんで泣くのか。せっかく着替えたばかりなのにとは思うけど、涙を止めることはできず、そのまま私は泣き疲れて眠ってしまうまで、ずっと涙を流し続けた。



「いやーっ! りんたん、死なないでぇぇぇぇ!!」

 耳元で騒ぐ声で目が覚めた。でもなんか視界がぼんやりして見える。なんだこれ?

 起き上がろうとして、身体が上手く動かせないことに気が付いた。あれぇ?

「りん、目が覚めたか。心配したぞ」

「りんさん、大丈夫ですか」

「りんたんりんたんりんたんりんたん!!」

 あぁもう、五月蠅いなぁ。ただでさえ痛む頭に、耳元で騒がれてガンガン響く。

 むう。目がうまく開かないぞう? なんか目を開けようとすると瞼が重くてしかも痛い。というか頭と咽喉がめちゃくちゃ痛い。

「38.6℃。喉の奥も真っ白になって腫れているし、完全に扁桃腺炎だな」

 子供がよく罹患するんだ、とガーランド様がくくくと哂った。むぅ。人がこんなに苦しんでいるのになんと非道な対応をするのか。謝罪と賠償を要求する!

 目が覚めると激しく咳込んだけど、一緒に鼻水も出てきた。慌てているとムーアさんがティッシュを宛がってくれる。セーフ。でも、乙女が鼻をかむ姿とか近くで見ようとするものじゃないと思うの。というか手伝うのやめてぇぇぇ。

「大丈夫ですか? 何か飲めますか?」

 コクコクと頷くと、そっと背中に腕が差し込まれて身体を起こされた。

 ふわふわのクッションを背中の後ろに入れて貰って、そこに寄りかかる。うん。視界が廻るわぁ。

「りんたんりんたんりんたんりんたぁん! 目が覚めてよかったですわ!」って、うるさいです、エリゼ様。そう言おうと思ったのに。

「あ゛ー… ゴホゴホッ」

 うわっ。声も出しにくいや。出した途端、咳込んでからの、鼻水だらーのコンボに泣きたくなる。 

 うわーん。ガーランド様もムーアさんも、どこかにいってよぅ。

 再び宛がわれたティッシュで盛大に鼻をかんだところで、そっと蜂蜜を溶かし込んだハーブティーが差し出された。

 なんで吸い飲み器にはいってるのかと問い詰めたかったけど、せめて自分で持とうとして取り落としそうになって納得した。うはっ。腕まで全部真っ赤だった。力が入らない。

 そのままムーアさんが持ってくれている吸い飲み器から紅茶を飲むのを皆に見守られるという羞恥プレイに熱が上がった気がする。うー。

 私は居た堪れない気持ちになりつつ、周りに立っている人達の顔を視線で見回した。視界がぼやけているのでイマイチ自信はないけど、ここにいるのはいつものメンバーだけじゃない。メイさんとジジョンさん、そしてメイデンさんもいた。

 メイさんと多分ジジョンさんも大丈夫だとしても、メイデンさんはどうなんだろう。

 自分で治すことはできると思うんだけど、今ここでいきなり光魔法を使っていいものだろうか。

 昨日は結局『ちゃんと考えます』とお茶を濁したままだった。これからの自分の行動について何も決められていないし、考えてもいない状態で、いきなり他の人の目があるところで使うのも、私の為を思って言ってくれたガーランド様とムーアさんに失礼すぎる。むぅ。せめて出発して馬車に乗ってからにしよう。

 というか。隠せと言われてもなぁ。学園でも光魔法使えるって言って入っているんだし、…そうか、申請時には解呪だけしか届けてないんだっけ。

 うー。頭が痛くて上手く考えられない。

 私は言われるままに薬を飲み再びベッドに横にさせられると、あっという間に再び意識を手放した。

 ちなみに、エリゼ様による名前連呼はその間もずっと聞こえてた。ふう。



************


「どうする?」

 ケルヴィンは誰ともなく声を掛けた。

 りんが眠ったことを確認してから、メイド達には退室を申し付ける。

 今ここにいるのはケルヴィンの他にはガーランドとムーアとエリゼリア、そしてベッドで眠るりんの5人だけだった。ドアの外にはデビットが立っている筈だ。

 苦し気な顔つきで眠るりんがいつまた目を覚ますのか、まったく判らない。

 りん自身が目を覚まして病気であることを自覚したなら誰にも知られることなく回復して、今頃は既になん研を旅位立っていたかもしれない。しかし残念ながら寝起きの紅茶を届けにいったメイドが熱を出して寝込んでいるりんを発見した、これがそもそもの失敗の始まりだった。

 そのまま自分で治して貰えばいいとケルヴィンが言おうとしたところを強引にガーランドに遮られて訝しむ。すると、そっとムーアから回復魔法については公言しないようにと、りんに提案していたところだったと報告された。そんな重要なことについて事後報告だったことに眉を顰めたものの、確かに、りんの為を思えば考慮すべきことだったと考え直し「後で詳しく話せ」としただけで、今は受け入れることにした。

 そうして。今、二人から昨夜の報告を受けた俺も納得して、表向きには、りんの光魔法は解呪だけだということにしようと決めた。ドアの外にいる筈のデビットと、なにより陛下に対しても後で固く申し入れなくてはと心に決めたのだった。


 なんにせよ、これからの行動を決め直さなければならない。そう思って声を掛けたケルヴィンだったが誰も返事しない事に少し苛立つ。

 しばらくするとガーランドが「扁桃腺なら寝ていればすぐに治る」疲れが出てただけだろうとケルヴィンの顔を見ることもないまま事も無げに返し、「そうですね。寝ているのが一番だと思います」とムーアがやはり顔を向けないままそれに賛同した。ちなみにエリゼリアはずっと泣いたままだ。一度だけ「熱を出してぼうっとした顔も尊い」という戯言が紛れたが基本名前を連呼しているだけで使い物にはならない。そして誰も、りんから離れようとはしなかった。


「ふむ。では私は先に戻って手配だけしておこう。伝言魔法だけではうまく伝える事が出来そうにないからな」

 そうケルヴィンが伝えてもやはり誰も顔を合わせようともしない。ただベッドの中で苦し気な顔で寝ている少女だけを見つめる3人の姿、特に泣き続けている自分の婚約者に、ケルヴィンとしてはため息しか出なかった。

「まぁ仕方がないか」

 それがエリゼリア・ゴードンなのだから。

 丸ごと受け入れるしかないのだ。それができなければ、この類稀なる存在の隣に立つことは許されない。そうケルヴィンは知っていた。

 だから、「りんが治ったらすぐに一緒に戻ってこいよ」と声を掛けても、それに対して口々に生返事が返されるのを生温かく受け止める。

 最後にもう一度、振り返りもしない最愛の婚約者の背中に目を向けてから、ドアの外に立つデビットになんといって言い聞かせようか考えつつ、ケルヴィンは部屋から出ることにした。



いつも読みに来て下さってありがとうございますです。

ブクマも評価も誤字報告もとても嬉しいです。

これからもよろしくお願いしますですーv

感謝感謝v

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