54時限目
まだ陽があるうちに始まった酒盛りがすっかり夜が更けた時間になっても賑わっていた。
他の研究班も合流したので初めましてな方も沢山いて、その誰もが嬉しそうに話し掛けてきてくれるのが嬉しい。
厨房からは次々と料理が運ばれてきていた。
炒め物とか煮込みとか焼いた魚、煮た魚、揚げた肉、蒸した肉。勿論パスタ。びらんと平べったく伸ばしたパスタ生地に等間隔に具を並べ、もう1枚パスタ生地を被せてローラーで具の間を押し付けながら切り分けていく。切り離されたそれを軽く捻っては湯がぐらぐらと煮立っている大釜へとぽいぽい投げ入れていた。
「水餃子みたいですねぇ」
かなり効率いいけどね! 面白いな。ひき肉の入ったパスタをトマトソースやアンチョビソースで食べるんだって。もしくはスープに入れたりしてもいいそうな。応用が利くのっていいよね。
家で作れるかなぁ。そんなことを考えていたら、横からエリゼ様がうっとりした声で呟いた。
「カスタードソースとチョコレートを入れて揚げて欲しいわぁ」
うえっぷ。お昼に食べた油甘物がこみ上げてくるぅ。
そういえばエリゼ様は油甘物強者様だったっけ。揚げたそれに蜂蜜とか生クリーム、いやきっと追いチョコレートソースとかするんだ。むしろ全部乗せて食べそう。うへぇ。自分で想像しておいて気持ち悪くなってきた。
「…りんたんが、私を見つめている♡」
思わず見詰めてしまった私に気が付いたエリゼ様が、うふうふと怪しい笑い声を洩らしながらくねくねし出した。
あぁぁぁ。戻っちゃったんだ。がっかりだ。治ったのかと思ったのに。
「はぁ」とため息を吐いて額に手を当てる。その横でケルヴィン殿下が嬉しそうに笑っていた。
「やっぱりエリゼは、ああやって嬉しそうに笑っているところが一番だな」
うわぁぁ。べた惚れすぎませんかね? どう見てもポンコツでしょ、この状態のエリゼ様って。
でも、うふうふ五月蠅いエリゼ様の方が好きだと言い出したケルヴィン殿下に安心するのも本当で。日常に戻ってこれたのだと実感する。
生きて戻れて本当に良かった。
「それにしても、学園には3日ほど休むと連絡してしまいましたけれど廃油石鹸の試作は全部終わってしまったわね。明後日までどうしようかしらね」
やること終わったなら学校にいくのは当然だと思っていたんだけど、こちらの世界の学校ってちょっと感じ違うもんね。エリゼ様もケルヴィン殿下も、しょっちゅういない気がする。
せっかく遠出したのだから少しくらい遊んで帰りたい気も確かにするけど、でも早く帰ってクロティルド先生や猫学園長様に相談するべきだとも思う。まぁオマケでここまで連れてきて貰ったようなものだし、日本人らしく皆の決定にしたがうよ。
「今日やった検証について纏めたものを持って明日帰ろう」
ケルヴィン殿下の決定に頷く。まぁそうだよね。学校にはいかないとね。
「で。明後日は王宮で報告会だ。廃油石鹸事業について陛下にも説明を聞いていただかないとな」
おぉ。大人に囲まれてプレゼンするのとか大変そうだなぁ。公爵様に対して廃油石鹸や塩析の説明しただけでへとへとになった記憶を思い出す。大人1人を納得させるのだってあんなに大変だったのに、何人もいる中で納得して貰えるまで説明するとか想像するだけでげんなりする。うへぇって感じだ。
まぁ、私は学園に行って自習するかクロティルド先生と相談するかしてればいいかな。マナーの授業ばっかり遅れてしまうのは仕方がないだろう。でもムーアさんが講師代理してくれるから大丈夫かな。
なぁんて。余裕ぶっこいてたのにですよ。
「ガーランドとりんも、そのつもりで準備しておいてくれ」
「んが?! なんで私まで行く必要があるんですか」
いやいやいやいや。私は必要ないよね? 説明だけならエリゼ様がいれば全部大丈夫なんだし。
全力で顔を横に振る。ないって。王宮にいくとか陛下に会うとか、平民には無理だから。
「発案者がいなくてどうする」
ふん、とふんぞり返ったケルヴィン殿下に言い切られた。ぐぬぅ。
「いえ、私はしがない学生なので、学園で学ぶことを優先したく思っていてですね」
だって。魔法学の授業受けといて本当に良かったと思ったし。
廃油石鹸のことは確かに重要だって思うけど、そっちは私がいなくても済む話なんだし、それなら私は、光魔法についてというか、光魔法の使い手についてというか、いろんなことをクロティルド先生と猫学園長様に話したいのだ。
そっちだってこの国を守る為に重要なことだって思う。なのでそう主張したんだけど。
「いや。その話し合いには私も参加したい。というか、明後日、王宮でその話もするつもりだった」
んぎゃっ。それは猫学園長としてのリンク・スー様ではなくて、竜騎士団長としてのリンク・スー様と会って話すということか。うへぇ。なんか敷居が高くて近寄りたくないんですけど。
「んー。それなら私はあとで報告を受けるだけでいいんじゃないですかねぇ」
というか、積極的に事後報告案を提唱したいんですが。いやだよ、そういう小難しい集まりに参加するのなんて。ご遠慮申し上げる。そうにこやかに言い切ってみたんだけど、「二度手間だ」とばっさり言い捨てられてしまった。なんということだ。ひと言で却下とか横暴すぎやしないだろうか。
「大体、白い竜に関しては、りん、お前しか会ってないんだぞ? 私達だけで何を報告できるというのだ」
ぐぬぅ。まさにぐうの音もでないとはこのことか。私は諦めて登城することを受け入れるしかできなかった。
もう飲み物も入らない。
まだ皆ばんばん飲んで歌って大騒ぎしてたけど、疲れもあって眠くなってきた私はまだ早い気はしたけれど自室に戻ることにした。
「明日は昼前にここを出るつもりなので、10時までにはここに集まるように」とケルヴィン殿下からは言われたので、朝はゆっくり寝坊するつもりだ。
なんというか、ここに付いてきたのは、ちょっとした社会科見学気分だったのに色々ありすぎて疲れた。
まぁね、こっちに来てからというか、エリゼ様に見つかってからというもの色々あり過ぎだよ。まったくもう。
ここが乙女ゲームの世界だなんて最初から信じてなかったけど、なんというかゲームとか小説の世界みたいだってことには同意する。うん。
私の様に転移したりエリゼ様の様に転生したりと、あちらの世界からここに来てしまったりしてる実例があるんだから、きっとこちらからあちらに行っちゃった人もいるんだろうなぁ。そういう人がこちらでの記憶を基に小説やゲームにしたりというのはあるんだろうなって思う。
エリゼ様のいうあの『ゆうきりんりん魔法学園♡らぶぱ~てぃ』というゲームも、そういう記憶を持った人がシナリオを書いたのかもしれないなぁ。
あっちもこっちも日本語だしね。ははは。創作活動に支障ないもんね。
まぁ確かめる方法なんてないんだけど。でも、もし本当にそうなら、あちらに行ってしまった人と話してみたいなって思った。私とは違う苦労話があるんだろうな。きっと判り合える気がする。
そんな阿呆なことを考えながら割り当てられた部屋まで歩いていくと、部屋の前に見覚えのある人影が立っていた。
「どうしたんですか? ケルヴィン殿下もエリゼ様もまだ食堂にいましたよ」
私が声を掛けると巨体がビクッとした。
護衛どうした。こんなところで黄昏てちゃ駄目なんじゃないのか。
「………」
じっと見つめられても。なんだろ。怖いな、おい。
蛍光グリーンの瞳はいまは半ば伏せられていて表情がよく判らない。
後ろを見せて部屋にそのまま入る気にもならなくて、そのまましばらく向かい合って立っていた。
?
しばらく黙ったままそうして私の顔を見つめていたデビットさんは、そのままふらふらと立ち去っていった。
その後ろ姿が角を曲がって見えなくなるのを確認して、私はずっと詰めていた息を吐き出した。
「…なんなのよ、もう」
意味が判らない。でも、すっかり眠気が覚めてしまった。むしろ無意味に怖いわ。
私はぶるりと背筋を震わせて、自分の部屋に入って内鍵を締めた。
ベッドサイドに置いてあった水差しからコップに水を注ぎ一気に飲み干す。
「あれだな、デビットさんにはもうちょっと女性に対する距離感とかいろいろ教え込まないと駄目だな、うん」
エリゼ様にはやらないと思うんだけど、他の女性にやったら大変だ。
…いや、二度と私にもしないで欲しいし。なんとかせねばなるまい。
「まったく。今は魔獣とか光魔法とか廃油石鹸とか。いろいろ重要な問題が山盛りなんだってのに」
ぼすん、とベッドに突っ伏す。
ぼふんぼふんと、膝を使って足をマットレスの上で弾ませる。自宅のベッドの感触とは別格のその弾力にしばし思考を放棄する。
はぁぁぁ。すごい、これってちゃんと中にスプリングとか入ってるのかな。
実家のベッドとだって段違いだよ。
ぼふんぼふんぼふんぼふんぼふんぼふんぼふんぼふんぼふぅぅぅん
うつ伏せで大の字になる。はぁ。
どうしよっかなー。どうすればいいんだろう。今の私は何をするべきなのか。
やらなくちゃいけないことが山盛りすぎる。山盛りなんだけど、今の私にはできることが少なすぎる。少なかろうとも、できることをやっていかないと、いつまでだって減っていかないのだ。というか放置しているとやらなくちゃいけないことがどんどん増えていくって判ったし。
「よし! トレーニングしよう。筋トレ」
できることしかできないんだし。とにかく今の私にできることからやっていこう。
なんだっけ。裸足になって、爪先だけでハンカチを摘まみ上げるんだっけ? あれ、タオルを手繰り寄せるのは…足裏の運動なんだっけ? まぁいいか、どっちもやろう。
洗面所にあったタオルを1枚持ってきてベッド横に敷いてあったラグマットの上に置く。ベッド横に腰かけてまずは右足から手前に摘まみよせていく。
「うん、もう1枚持ってきて両足一遍にやろう。バランス取れなくて、辛い」
1、2、1、2、1、2、1、2、1、2…ぐっ。
「片足ずつよりリズム取れるから楽な気はするけど…足が、攣る」
ぃあたたたった。くっ。運動不足か。
左足の爪先を抑えて伸ばす。くぅ、痛いのぅ。
でも、これが楽にできるようにならないとハイヒールで上手に歩けるようにならないんだもんね。頑張らないと。
ふと。あの日に見た、ムーアさんとエリゼ様のダンスを思い出す。
ふわりふわりと蝶が羽ばたいて飛ぶような二人の姿。
綺麗だったなぁ。あんな風に動けたら、どんなに楽しいだろう。
ふわりふわり。ふわりふわりふわり。
ちょっとだけ。一人で真似して寝室を歩き回る。
なんちゃってだけど。裸足だけど。ふわっとしたイメージで。
「ここでくるりとターンをね、っあわわ」
どた。ラグの段差に足を取られて転んだ。
「とほほ。転んだ」
裸足じゃなくてハイヒールを履いて、あの動きができるように。いつかなれるように。がんばろう。
「なんて。今は裸足ですらできてないんだけどねー」
てへへ。土足で歩き回る部屋の中を裸足でうろついちゃったし、お風呂は面倒でもシャワーだけでももう1回浴びてから寝よう。うん。そうしよう。




