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「遅ようございます、えへへ」

 すっかりお日様が天辺になってしまった食堂に、私はコトラと一緒に入っていった。

 ケルヴィン殿下とエリゼ様とムーアさんはすでにそこにいてお昼ご飯を一緒に食べているところだった。ケルヴィン殿下とムーアさんの目の前にはキャベツとベーコンのキッシュや揚げピッツァが山盛りに、エリゼ様の前には某妖怪の名前を冠する超有名スナック菓子そっくりのパスタが入ったスープだけが置いてあった。

「あれ? エリゼ様、スープだけなんですね」

 某スナック菓子そっくりのパスタは、パン粉と粉チーズを卵で捏ねた生地をマッシャーで押し出して作るんだってエリゼ様が教えてくれた。消化がいいので風邪ひいた時とかに食べるらしい。

「エリゼ様、風邪引いちゃったんですか?」

 昨日、皆で一緒に同じ布団で寝たけどちゃんとエリゼ様がお布団掛けてたか気にしてなかったよ。もしかして私とコトラでお布団奪っちゃったかな。

 オロオロしていたらエリゼ様が少し困ったような顔をして弱弱しく首を横に振った。

「あの…泣きすぎた、せいか、その…あんまり食欲がないだけなの」

 恥ずかしそうに小声で教えてくれた理由にほっとした。

「あはは。いっぱい泣いてましたもんね」

 揶揄えるのも今だけかもしれないからね。今のうちに楽しんでおくことにしよう。

「もう。りんたんてば」

 ぷんすか怒るエリゼ様を横に、自分たちの昼食を取りに行く。

 大皿の中身はかなり減っていたけれど、エリゼ様が食べていたスープとケルヴィン殿下が食べていた揚げピッツァはまだ作れるよ、と厨房から声を掛けて貰ったので「是非」とコトラの分をお願いした。間違いなく山盛り必要だからね。

「えへへ。まぁたまにはね、自分を甘やかしたくなる時もあるんだよね」

 自分のお皿にデザートを乗せまくる。

 木苺のジャムのクロスタータ、松の実のバターケーキ、揚げパスタのカスタードソース掛け。勿論、ミルクたっぷりの濃い紅茶もポットで貰って席に戻る。

「うわっ。なんだそれ。お前、いつもこんなの食べないじゃないか」

 ケルヴィン殿下が私が築き上げた油甘物タワーを見て心底嫌そうに言った。

 いいじゃないか。昨日の夕飯食べ損ねちゃったんだし、そもそも昨日は魔獣と戦ったり大変だったんだぞ。だから今日くらい自分を甘やかしてあげてもいいと思うの。

「いいんですー。今日の私には必要なんですよーだっ」

 ぷんだ。ケルヴィン殿下の意地悪になんか負けたりしないのだ。

 粉砂糖がたっぷり掛かった揚げパスタに更に甘いカスタードを絡めて口に運ぶ。

 くぅ~っ。甘さが脳天に突き刺さる。これは凄い。かつて口にした油甘物の中で一位二位を争うレベルだ。

 強烈な甘さのウエーブに悶絶していると、目の前にスープが置かれた。

「少し位は身体を温めるものも取られた方がいいですよ」

「ムーアさん、ありがとうございます」

 温かいスープを口に運ぶと、優しい味にホッとする。

「美味しいです」

 エリゼ様が食べていた物と同じパン粉のパスタが入ったスープはチーズの風味がほんのりとする塩味のスープで、キャベツと人参、玉ねぎが入っていて口に入れると身体から力が抜けるようなホッとする味がした。

 確かに、今の私に必要な味ってこういう味だなという気がしたのでそう伝えると、ムーアさんは苦く笑いながらそのまま私の前の席に座った。

「りんさん、昨日はいろいろとお疲れさまでした」

「ムーアさんもお疲れさまでした。あと、えっと…昨日は、ありがとうございました」

 今更ながら、言葉通りに命を懸けて守って貰っちゃったことに照れる。

 昨日は感謝ばっかりだった。というか感謝しかなかった。いや、感謝なら今もしてる。山盛りでたっぷりもの凄くしてる。

「助けてくれて、ありがとうございました」

 深く、深く頭を下げた。不甲斐ない私を励ましてくれて、守ってくれてありがとう。

「いえ。結局、それしか私にはできませんでしたから」

 本気で張った防御だったんですが一撃も耐えられなかったですしね、そう笑う姿は認めることが辛そうだった。

 綺麗な水魔法のバリア。一瞬で砕けて飛び散ってしまった。

 ──避けられない。絶対に、死ぬ。そう思った時に、私を突き飛ばしてくれた。

 私が噛まれる筈だったその場所で、その黒い牙に、引き裂かれた──

 その時の事を思い出して、背筋が震えた。

 あの黒い牙を持つ黒い獣の前に自分が再び立つ、そんなこと絶対に嫌で考えただけで震えがくるけど。

「私は会えてませんが、今回の様に白い竜が次も助けに来てくれるとは限りませんし、次こそ私が守れるように。強くなりたい。いや、強くなろうと思います」

 ──次は、私があなたを守れるように。

 私こそ。頑張ろう。温かいこの場所を、失いたくないから。

「私も。強くなろうと思います。一緒に頑張りましょうね」

 えへへと笑って頭を掻いて俯く。ちょっと自分でも恥ずかしい。恰好つけ過ぎちゃった。てへへ。

「私だって。この国の次代の王として、この国を脅威から守れるよう強くなりたいと思っている」

 横からケルヴィン殿下が決意を語る。その声に視線を横に向けると、口元にキッシュのパイ生地と揚げピッツァのトマトソースが付いててこう…生暖かい気持ちになった。ふう。

「…ケルヴィン殿下、ついてますよ?」

 とんとん、と私が自分の口元を指さして教えると、「むっ、そうか」そういってお約束の様に反対側をごしごしとふき取っていた。ふう。お子様あるあるか。

「反対ですよ」とか何度か指示を追加して、ようやく一カ所だけ拭き取ることができたけどまだ残っていて、ムーアさんと一緒に苦笑いしてたんだけど。

「仕方がないですわね」

 そういって、エリゼ様がご自分のナプキンを使って拭いてあげた。

 ケルヴィン殿下が真っ赤になる。うわっ。耳まで真っ赤だ。

「あ、あぁあぁぁ、ありがとう、えりぜ」

 ぷぷぷー。ムーアさんを視線を交わす。ケルヴィン殿下の動揺する姿、面白可愛い。

「いえ。お皿の上にある食べ物は逃げたりしませんし、王太子であるケルヴィン殿下から奪って食べようとする者などおりません。

 ゆっくりとお食べになられて下さいね」

 そういって席を立ってしまった。ケルビン殿下がちょっと寂しそうにその背中を視線で追ってた。

 けど。気が付いてなかったのか。つい、といった風情でケルヴィン殿下の口元に手を伸ばしたエリゼ様が、拭き終わったケルヴィン殿下の顔を見た瞬間、ケルヴィン殿下と同じくらい顔を赤く染めたことに。

 うぷぷ。あんなエリゼ様、初めて見たよ。今朝のエリゼ様は今までと違う。

 何か心の中に変化があったんだといいな。それがいい方向へ進むものだといい。うん。そう願っちゃう。



 自分でお皿に盛った油甘物の、想像以上の甘さと重さに苦戦して、私は結局コトラに半分近く手伝って貰うことになった。うえっぷ。

「阿呆が。こういう場では、自分が食べ切れる量しか皿に取ってはいけないのだぞ」

 俺を見ろ、ちゃんと食べ切れる量を自分で判っているからな、と自慢げに空の皿を指さされてもですね。

 口の周りにまたソース付いてるし。ナイフとフォークで食べるのは得意でも、庶民のように齧り付いて食べるのは苦手のようですね。ほほほ。

 それにしても。ケルヴィン殿下に言われるまでもないっす。あっちの世界でだって「ビュッフェは食べ切れる量を取る」のは同じルールでした。すみません。正直、この世界の油甘物を甘く見てました。直球で甘いんだもん。うっぷ。

 胃袋といわず食道の、喉元近くまで甘い物で埋め尽くされている気がする状態になってケルヴィン殿下と低俗な争いをしているところにエリゼ様がショッチョさんとファーマさんを連れて戻ってきた。

 後ろの二人はなにやら大きなトレイのような箱を掲げ持っていた。

「廃油石鹸の試作品が出揃ったの。一緒にチェックして戴けるかしら」

 嬉しそうな顔をしたエリゼ様の掛け声に、食堂に残っていた人達が集まってきた。


「これは…油だな」

「それは真っ白な灰から灰汁を作ったものね。そうなの、油のままなのよ」

「この粉せっけんはいいな。これなら輸送も楽だし、消費期限も劇的に伸びそうだ」

「うんうん。時間のある時に作り置きできるのもいいよね」

「少し油が多い気がするものでも、塩析をして炭酸塩を混ぜると粉せっけんとしてなら使えるようね」

「クリーム状の石鹸でもちゃんと落ちるんだねぇ」

 6種類作った廃油石鹸を、そのままのもの、塩析したもの、炭酸塩を混ぜて粉せっけんにしたものの18種類を皆で代わる代わるチェックして使い心地など感想をシートに書き込んでいく。

 それを基に、実際に誰にでも間違いなく作れるレシピを作る実験に移る予定なのだそうだ。なるほどね。満足度をある程度は確保しつつ、できるだけ手に入りやすい材料と少ない工程で作れるようにできたらそれって最高だ。

 わいわいと自分の指に油を付けては石鹸を試して回る皆の姿はとても楽しそうで、とてもまじめな検証風景には見えなかった。

 でも、そうだよね。皆で希望を形にしてるんだもんね。

 皆の明るい顔を見ていると私まで楽しくなる。うん。いいな、こういうの。嬉しい。

 正直、私にはチートという程の知識はないけれど、他にも何か思い出せたら、またエリゼ様に実現可能か相談してみよう。

 いつの間にか傍にきていたエリゼ様とケルヴィン殿下が晴れやかな顔で廃油石鹸の成功を祝った。

「まだまだ詰めることはあるけれど、どうやら想定以上の成果が出せたようよ」

「ありがとう。りん」

 がしっと二人から両手を掴まれてそう言われても。照れるし全然大したことないのにと慌てて否定した。

「何度でもいいますけど、実際に廃油石鹸の鹼化作業をしたのも材料を集めたのも私じゃないですし。大した事してないのでそんなに褒めないでください」

 あわあわして否定していると、ファーマさんが飛びついてきた。

「りん様、ありがとうございます。ありがとうございますぅ」

 うわんうわん泣き出していて吃驚した。

「こんな、捨てるしかないと思っていたもので石鹸が作れる、しかも作ってすぐ使える、そんな夢みたいなことが本当にできるなんてぇぇぇ。凄くすごくすっごく嬉しいですぅぅぅぅ」

 なにこれ、どうなってるのって思ったら、なんか、臭いぞ?

「あっ。こんな強いお酒を瓶から直接飲んで?!」

 気が付けば全ての種類をチェックし終わった面々がそのまま酒盛りに移行していたようだ。おいおい。まだお昼ですよ?

「いいじゃない。2日間丸々付きっきりで鹼化作業に追われていたのよ。しかもそれが成功を収めたんだもの。お祝いをしたくなる気持ちも判るわ」

 それは判る。判るんだけど。でもですね。

「りんさまぁ! ありがどうござびばずうぅぅぅぅ」

 うわぁ。酒癖わるっ。

 真面目で逆三角形体形の完璧美人さんのファーマさんにこんな酒癖悪いなんていう弱点があるとは。

 なんて。少しくらい弱点もあった方がいいかな。あはは。

 皆、あっという間にべろべろだ。疲れている時って酔いが廻りやすいのかも。あと異様に興奮してる時とか。今、どっちもだもんね。

 明日、二日酔いにならないといいね。



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