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「おはようございます。あはは。すごい顔ですね」

 昨夜はあのまま泣き疲れて眠ってしまったエリゼ様だったけど、コトラと私にしがみついたまま手を離そうとしなかったので、なんと3人…もとい2人と1匹でエリゼ様のベッドで眠ることになったのだった。

 私は上に羽織っていたシャツワンピース(下には5分袖のシャツとレギンスを着てた)だけ脱ぎ捨てれば自室に戻ることもできたと思うんだけど、コトラと2人きり(って言っていいのかどうか。謎)にしておく訳にもいかず。結局みんなと一緒に寝る方がいいだろうということになったのだった。

 それにしても、寝返り打てなかったから身体中が固まって痛い。

 窓から差し込む陽の光は、すっかり朝ではなく昼間の光になっていた。

「……おはよう、りんたん。昨日はその…迷惑掛けちゃってごめんなさい」

 おぉ、しおらしいエリゼ様とかレアだね。

 泣きすぎて目元は腫れぼったくなってるし髪もぐちゃぐちゃだったけど、今日のエリゼ様が一番好きかもしれない。

「ふふっ。そうしているとエリゼ様も可愛いですね」

 だから、余裕を持ってそんな言葉を口にできた。真っ赤になったエリゼ様が可愛くて困る。そっちの趣味はないんだけどな。

 普段なら、私がこんなことをいったら大騒ぎしそうなところだけど、今朝のエリゼ様はモジモジするばかりでベッドから出てこようともしなかった。

 わははは。恥ずかしいよね、判る。大泣きだったもん。

 それに。かなりショックだったんだろう。自分の命じてしまったことの本当の結果を知った事が。

『単に猫になるだけで快適な生活』を用意したと思ったのに(十分酷いけどさぁ)

『呪いで声は出ない、痛くて苦しい猫生活。しかも食事はミルクなしオートミールの日もある貧乏暮らし』を送らせていたとか。

 エリゼ様、国民の暮らしをちゃんと考えられるいい子だもんね。

 そんな人の痛みの判る人が想定外に人を傷つけていたって知ってショックだったんだろうなぁ。

 でも、教えないでいるという選択肢はないけどな。ごめんなさいと伝えても、その中身が伴っていなければ、それは単なる単語でしかないのだから。

 ベッドの上でまだモジモジしていたエリゼ様に、苦笑する。ホント、昨日までと別人みたいだ。

「廃油石鹸の試作、全部終わっていると思うので着替えたらごはん食べて見に行きましょう」

 昨日の服のまま寝ちゃったから、お風呂とか入らないと駄目か。

 とりあえずベッドから抜け出して思いっきり背を伸ばした。ばきっていった、バキィッッて。

 一緒に下りてきたコトラが私の足元にするりと纏わりつく。滑らかな被毛が一部ガビガビになっているのはあれだな、エリゼ様の涙だな。決して私の涎じゃない筈だ。うん。

「コトラもおはよう。ブラシ掛けてあげようか?」

 あはは。寝ぐせになってる部分が気になるのか、懸命に舐めて直そうとしてるけど完全に跡がついちゃってる。これは苦戦するね。

「おいでよ。シャワーで洗って直してあげる」

 どうやら引き続き反省中らしいエリゼ様を後ろに残して、コトラと一緒に部屋を出ると、廊下にはジジョンさんとメイさんが揃って並んで立っていた。

「おはようございます。どうされたんですか?」

 ジジョンさんは紅茶と軽食を乗せたワゴンを持っていた。どうやら私とコトラの分も持ってきてくれていたらしい。ううん。でも自分の部屋に戻るつもりだったしなぁ。

 メイさんは掃除用のワゴンに手を添えていた。どうやらメイさんの方はずっとここにいた訳ではなくて、部屋に入り損ねて立っていたジジョンさんに声を掛けたところに丁度私が出てきただけのようだ。

「あの、エリゼお嬢様は起きられましたか?」

 心配そうな声でジジョンさんに訊ねられた。うふふ。エリゼ様ってホント皆に愛されてるよねー。

「はい、大丈夫ですよ。昨日のことを真っ赤になって恥ずかしがっていたので、もうちょっとだけ待ってて上げてください。あぁ、でも気にしないで入っちゃうのもありかな」

 なんて。私よりずっとエリゼ様のことは知ってるだろうし、ジジョンさんにお任せしよう。

 私はふたりの忠臣に頭を下げると、自分の部屋に向かった。


 軽く顔を洗ってから、コトラを洗面所で洗う。さすがに隣国の皇太子様でもあるコトラを浴室に引き込む勇気はでない。

「うにゃにゃうにゃっにゃにゃうなーうなーうにゃうにゃーー」

 軽い気持ちでコトラにお湯を掛けたら、もんのすごい反撃を喰らってしまった。

 ブラシを掛けてる間はかなり気持ちよさそうだったのに。

「コトラ、静かにして? なんか変にガビガビに固まってるから、ブラシだけじゃ落ちないし、寝ぐせも取れないよ?」

 諦めてお湯に浸かってくれないだろうか。洗面ボウルにお湯を溜めただけの小さな湯舟なので浸かるという感じでもないけどね。わはは。

 なんかこう、猫飼ってるなーって感じがして楽しい。

「あはは。コトラ、お湯掛けたらホントにちっちゃくなっちゃったねぇ」

 ふんわりとした被毛が水分を含んでぴっちょりして、本当に貧弱に見える。これは可愛い。

「これは写真に残したいわぁ。エリゼ様の気持ちが判るね」

 ぐりぐりと濡れそぼった頭を撫で繰り回す。怒ってる顔も超かわえぇ。濡れてなかったら頬ずりしてたな。いや、ちゅーするか、ちゅー。

「それはいいな。今すぐ乾かすから是非お願いしよう」

 なぬっ。顔を上げたそこにいた人に、真っ赤になった。

「がががっが…」

 青く見える黒い髪と、黒く見える青い瞳の持ち主が、上機嫌で洗面台の端に腰かけていた。

「ほら、乾いたぞ?」

 にやにやと笑って顔を近づけてくるから、思わず全力でその頬を叩くために振りかぶった。しかし、思い切って振り下ろした手は残念なことにガーランド様に掴まれてしまった。

「残念ながら、こういうのをご褒美だと喜ぶ趣味はない」

 本当に、すぐ暴力に訴えるのは変わらないなぁ、と楽しそうに言われてムカつく。むっきー。

「暴力女上等だもん。大人しく従うなんて思わないで下さいねーっだ」

 力任せに手を振りほどいて、舌を出してイーッてした。

 我ながらなんでガーランド様といると子供っぽい反応しちゃうんだろう。解せぬ。

「おい、りん。俺以外の前で、そんな可愛いことすんなよ?」

 ぽんぽんと頭を撫でられてムカついた。なによっ。暴力が可愛いとか意味不明なんですけど?! ガーランド様まで私のこと揶揄ってるんですね。むっきーーっ。

「あと…エリゼリアのことだが」

 もしかして、昨日の話はガーランド様的には余計なことだったのだろうか。内緒のままの方が良かったのかなぁ。…なんて。駄目だな。エリゼ様がまた暴走した時に困るもん。

「ガーランド様に相談しないでぶっちゃけちゃったのは悪かったかもしれないけど、私はエリゼ様も知っておくべき事だったと思ってるから」

 怒られるなら怒られてやってもいい。でも後悔はしない。してないもん。

 ぐっと下唇を噛んで怒声に備える。罵詈雑言なんでも来いってんだ。

 むぎゅっ。

「ぅおっ?!」

 いきなり視界が真っ暗になって吃驚した。なにこれ、頭あったかい。じゃなくて。

 え? え??

「馬鹿だな。りんが、俺の為に怒ってくれたのに、なんで俺がりんを怒るなんて考えるんだ」

 なんでそんな考えに行き着くんだ? そう笑って言う声が、ですね。

 耳元に温かな呼気を感じるんですが? というか頭の天辺にある温かくて柔らかい物って、あの、その…もしかしなくてもガーランド様のほ、頬では?

 そう思いついた途端、ぷしゅ~っと自分が全身茹で上がった様に熱くなった。そのまま力が抜けていくのが判る。ぐぬぅ。

 私の視界は真っ暗になった。いわゆるブラックアウト。失神してしまったらしい。無念。


「…えーっと、私ったらどうしたんだっけ?」

 朝、エリゼ様の部屋から起き出してきて、それで…なんで自分の部屋のベッドにまた寝てるんですかね?

 ぼへっと起き上がる。うー。なんだか頭がはっきりしないぞう?

「大丈夫か? まさかちょっと抱きしめただけでこんなになるとは思わなかった」

「うわっ。なんでガーランド様が?」

 なんでって、とベッド脇の椅子に座っていたガーランド様が、妙にショックを受けた様子で項垂れた。

 なんだっけ? えーっと。そうだ、昨夜の、エリゼ様に勝手に呪いの事を話してしまった事についてガーランド様と話してたんだった。

 それで……あっ。

 つい恨めし気に下から睨みつけてしまった。

「おい、そんな顔するな。俺だってあの程度で倒れられて吃驚したんだ」

 むぅ。なんという。「この女ったらしめぇっ」そうだ、これだ。この単語がぴったりですね、ガーランド様は。

「誰がだ」そういってガーランド様までふくれっ面になった。あ、声出てた。

「女ったらしというのは女なら誰にでもする奴の事だろう? 俺は、りんにしかしない」

 ぐっ。なんという…女ったらしじゃなかったら、なんていうんだろう。えーっと?

「おい、なにか俺に対する悪口の種類に悩んでますって顔をするな」

「正解です。なんで判ったんですか?」

 吃驚してついまた声に出してしまった。わははは。まぁ今回はわざとですけどね。

「りん、エリゼリアの件だが、俺は本当に気にしてない。もう済んだことだし、エリゼリアは反省している。許してやってくれ」

 うん。反省してるのは判った。それとガーランド様が和解したっていうならそれはそれでいいんだ。

「…それでも。私はこの国の未来の王妃様に、変な前世のゲームの為に瑕疵を負って欲しくないです」

 ムーアさんだって、デビットさんだって、ゴードン家の人達だって、なん研の人達だって。皆みんな、エリゼ様が王妃様としてこの国の最も高貴な女性になる日を待っている。私だってそうだ。本当に楽しみにしてる。

「だから。もうこれ以上取り替えしが付かなくなるような馬鹿な事をしない内に、釘を刺しておかないとなんですっ」

 その為なら、耳障りなことだって暴露する。悪役だってやっちゃうんだから。

 ふんすっ、とお腹に力を入れて気合も入れる。

「そういえば、エリゼリアがあんなに頑張って国を善くする努力をしている理由、りんは気が付いているか?」

 ちろり、と横目でガーランド様を見遣る。むむん。言いたくないけど、私が言わなくてもガーランド様は自分でいいそうだね。

「…いつか、私が王妃に、ケルヴィン殿下と結ばれた時に、少しでも住み良い善い国にしておく為、とかいうんでしょ」

 ねーよ、としか言いようがない。あんなに頭いいのに。馬っ鹿じゃないの、エリゼ様ったら。

 いくら前世の推しキャラの為だとは言え。ほんと馬鹿かっつーの。

「くくくっ。それを実現するのは無理があるよな。だって、ケルヴィンはエリゼリアのことしか見てないもんなぁ」

 これ以上、面白い話はないとばかりにガーランド様が笑い倒す。

「どんなに冷たくしてみせたって、この国を善くする為の努力を惜しまない姿なんて横で見てて、国を背負って立つ重責を常に感じている王太子が惹かれない理由になんかならないのにな」

 あの程度であの一途な馬鹿犬王太子を追い払えると思う方があれだよなぁ、とガーランド様は大ウケだった。

 ホントだよ。なんで私がケルヴィン殿下とそうなるなんて思ったかな。あり得なさすぎて私だって笑いしか出てこないよ。


 何度でも言うよ。馬鹿じゃないの、エリゼ様!!



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