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(閑話)ある校医の後悔。もしくは失恋

 


「捻挫だね。ちょっと腫れが酷い気がするけど、湿布をして2週間も大人しくしていれば治ると思うよ」

「2週間! 結構掛かりそうなんですね」

 黒い髪に黒い瞳、年齢よりずっと幼くみえる華奢なその容姿。

 その少女はたしかに見た目だけなら伝承にのぼる光魔法の使い手の一族に見えた。

「多分大丈夫だと思うけれど、夜に熱が出るようなら明日、ちゃんとした病院に掛かるといい」 

 ──自分がした捻挫すら治せないとは。なんと役に立たない光属性だ。

「……あっ!」

「なにか?」

「いえ、何でもないです。先生、ありがとうございました」

「はい。それじゃ入り口にあるノートに、名前とクラスを記帳して帰ってね。お大事に」

 手をひらひらさせてそういうと、もうそちらを振り向く気にもならなかった。



「おや、あれは?」

 金曜日の放課後。平日ですら授業が終わってからも学園内に残る生徒は少ない。

 貴族の令息令嬢しかいないこの魔法学園では、自家の馬車で通学する生徒ばかりで、家との約束の時間に帰ることがほとんどだ。

 だから、週末を迎える金曜日の放課後の、こんな遅い時間に生徒の姿を見かけることなどそうあることではなかった。

 それなのに、今、魔法服を着た黒い髪の生徒が廊下の曲がった先に消えて行く、そんな残像だけが目の端に映った気がした。

 廊下の角を走り去っていったその陰があの女生徒に見えて、つい後を追った。


 彼女はつい先日、捻挫をしたといって保健室にやってきたあの娘ではなかったか。

 自分の見立てでは全治2週間。華奢な足首は無残な色に腫れ上がり、自力で立つことも難しそうだった。

 診察するために触られるだけでも痛みが強いのだろう。ずっと目を伏せて痛みに耐えている。顰められた眉と長い睫毛に溜まった涙が、幼い子供を泣かせているような気持にさせる。庇護欲を誘う容姿。

 傍についている近衛が気づかわし気にその肩に触れると、ずっと伏せたままだった顔を上げて健気な表情で「大丈夫です」とちいさく笑ってみせていた。

 そうだ。彼女はこの王太子付の近衛に抱き上げられて運ばれてきたのだった。

 二人がそうしていることが、とても自然で似合って見えて、妙に落ち着かない気分になった。


 そういえば、いま探している生徒の横にも、近衛の制服姿が共にあったような気もする。

 再び、あの妙に落ち着かない気分になったけれど、まずは生徒を探さなければ。

 すべてはそれからだ。


 慌てて追いかけ探して回ったけれど、結局その生徒は見当たらなかった。

 期待外れだという勝手な思いから適当な対応しかできなかったことを後になって反省する羽目になった、あの女生徒。



『今度、特別に編入してくる生徒って、光魔法の使い手なんですって』

 その言葉に、どれだけ胸が躍っただろう。

 医学を志す者として幾ら努力しても指から零れ落ちていく命たちを、全て救い上げることができる可能性を秘めたその稀有なる属性の持ち主がこの国で見つかったのは、実に150年振りとなる。

 勿論、当家に残る記録以外に光属性の者が現れていたとすれば別だが。

 とはいっても、光魔法と光属性の一族について、ずっと研究を続けてきた私の一族に見つからないことなどありえないだろう。

 この世の世界の理に反する魔法である光魔法を使える者は、すべて黒髪黒目そして実年齢より若く見える不思議な一族だという。

 一度も巡り会えずに死んでいく研究者がほとんどの中で、その一族と直接知り合えるチャンスに恵まれた自分は、なんという幸運に恵まれたのか。

 しかも自分が勤める学園の生徒としてやってくるという。

 そう思うと、心臓の鼓動が激しくなり、自分がのぼせ上がっているのが判る。

 落ち着け。”友木りん”というその名前からは男子生徒なのか女子生徒なのか、まったく判別がつかなかったが。そんなことはどうでもいいのだ。

 150年前に現れた”慈光”という名前の光魔法の使い手の名前など、結局いまだにどう読むのか判っていない。それどころかこれが本当に名前だったのかも判らない。

 ある村の長の家に、大昔この村を救ってくれた光魔法の使い手が残していった手巾だと伝えられている遺物に、ちいさくこの文字が書かれていただけだ。

 恐ろしい獣に襲われ大怪我をした子供の命を救ったその光魔法の使い手は、『破れた服だけは直せぬのだ』と、とても申し訳なさそうにいうと襤褸切れのようになった服の代わりにこの布巾をちいさな身体に巻き付けてくれたという。そうして何度聞いても名も名乗らぬまま旅立ってしまったと伝えられているそうだ。

 勿論、その細長い不思議な形をした大判の手巾はその村の宝だとして譲り受けることは叶わなかった。代わりに、できるだけそっくりに作らせたという模造品が我が家の家宝として秘蔵されている。不思議な規則性を持った紋様が描かれたそれは何かの呪術を秘めているのだろうか。見ていると落ち着くがいまだにその紋様の意味は分かっていない。

 秘密主義。

 歴代光魔法の使い手は、誰もが自分という存在を隠したがり公式に残る記録は非常に少ない。

 名乗らず、多大な報酬も望まず。ただ病に倒れ怪我に苦しむ民を癒して回る。

 まるで神の使いのごとき黒髪黒目の一族。

 それでも、地方に伝承という形で残されているものを一つ一つ拾い集め編纂したのが自分の曾祖父だ。

 そうしてそれは、祖父、父へと引き継がれ、今は私がその資料を受け取り調査を続けている。

 だから、その生徒と会える日をとても楽しみにしていたのに。


 あの日、保健室に運び込まれた生徒に会って、勝手にがっかりしてしまったのだ。

 自分の捻挫すら治せない光魔法の使い手に。

 解呪が使えるという話だったが、どうやら本当に解呪しか使えないらしい。

 ──回復が使えない光魔法に、どんな価値があるのか。

 つい、そう思って腹が立ってしまったのだ。

 だから、さっさと治療を終えて保健室から追い出してしまった。


 しかし。

 全治2週間、もしかしたら夜には熱が出るかもしれないほどの腫れ具合だったあの足で、廊下を駆け抜けていくことができるだろうか?

 あれはまだ2日前の話の筈だ。

 ということは…、これは、まさか。

 心臓がどきどき跳ねる。視界に入る自分の手指が真っ赤になり震えて見えた。

 この反応は、知ってる。これは…、これではまるで。

 ──これじゃまるで恋してるみたいだ。

 自分の現金すぎる反応に苦笑する。

 

 明日から2日間も休みなのがもどかしい。しかし、さすがに週末の休みにいきなり接点の少ない女生徒の自宅を訪問するのは拙いだろう。

 月曜日がこんなにも待ち遠しいとは。

 遠い日の、学生時代の片恋の思い出の中にいる自分にそっくりな今の自分が少し恥ずかしかった。



「ノエル先生、あなたのクラスに編入した友木りんのことなのですが」

 夜が明ける前に目が覚めて、校舎の鍵が開く前に出勤してしまった。

 そうして待つこと3時間。ようやく出勤してきた2-A担任であるノエル先生に話しかけた。

 しかし。この先のセリフを考えていなかった自分に、動きが止まる。

 とにかく話しかけて情報を貰うことまでしか考えてこなかった。馬鹿すぎる。

 焦りまくって挙動不審になってしまった私に気が付くこともなく、ノエル先生は

「あぁ、友木りんですか」

 そうため息交じりで愚痴り出した。

「今日からしばらく休むそうですよ。後見人から金曜日に連絡が入りました。

 なんというか、勉強が遅れているにも関わらず堂々と何日も休むとか。

 全くやる気が見られませんよ。だから平民なんてこの伝統あるこの魔法学園に入れるのには反対だったんですよ」

 ひとしきり愚痴をいうと溜まっていた鬱憤が吐き出せてすっきりしたようだ。

 先ほどよりずっと明るい表情になったノエル先生は、頭が真っ白になってしまった私をその場に残し職員室から出て行った。


「は、ははっ」

 見間違い。なんということだ。

 ふらふらと職員室を出たところまでは記憶があるが、その後はどの道を通って医務室まで戻ったのかすら判らなかった。

 ──友木りんは、金曜日のあの段階で月曜から数日間休まなければならないような状態だった。

 つまりは、金曜日の放課後に見かけた黒髪の女生徒など存在していなかったのだ。

 昼と夜のあわいに存在する大過時。夕暮れが見せた幻だったのだろうか。

 それとも、どこかで自分がそれを見たいと思っていたからなのか。

 どちらにしろ、私のこの想いは破れたのだ。

 いい歳をして、勝手に流れ出ていく涙を止める術を私は持っていなかった。



 ……。

 もしかして、これから自分は、あの少女にこんな期待を勝手に掛けてはそれが破れたと勝手に失望することを、ずっと繰り返していくのだろうか。何度も?

 それは、青少年の育成の場である学園の教員ではなくともその職員としてどうなのだろう。

 あの華奢な少女に多大な期待を掛けること自体が無体な事のようにも感じる。

 自分にはここにいる資格はないのかもしれない。

 自領に戻って、爵位を継ぐ準備をするのもいいかもしれない。

 この、光魔法への執着を捨てる、いい機会だったのかもしれない。


 そうして私は、後任となってくれる後輩を探す決意をした。




という訳で、金髪キャラ脱落(笑


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