51時限目
「冒険者ギルドかぁ。登録してみたいかも」
なんて。討伐依頼とか受けるつもりゼロだけど。あんな魔獣と戦うとか無理だもん。
でも冒険者登録証とか恰好良い気がするよねぇ。異世界生活満喫してる気分というか。
「りんたん。残念だけど、多分りんたんが考えている冒険者とこちらの冒険者は少し違うわ。ダンジョンもないし。だから主な依頼内容は薬草や鉱石を森や山の中で探してくる採集依頼、商人が行商に行くキャラバンや旅の最中の護衛依頼などがほとんどよ。冒険者というほどの冒険はしないわ」
ありゃ。でも薬草の採集なら私でもできそうな気がするけど、でも時間の余裕があるかといえばない気もする。むむん。
「それと、…うーん、他に言葉が見つからないから使うけれど、基本、ならず者と呼ばれるような定住もせずにいる腕っぷししか自慢できる者がない人達の集まり、とされているの」
あぁ、それは無理かも。登録する為に初めて入ったギルドで絡まれるというお約束を踏襲する未来が見えるようだよ。ギルドの建物に入った途端どころか建物に入る前に喧嘩売られちゃうんだ、間違いない。
「喧嘩を売られるのならマシですね。りんさんの場合は、むしろ誘拐される方が有り得ると思いますよ」
なにさらっと怖いこというんですか、ムーアさんてば。怖がらせようったってそうはいきませんからね。
「いや、ムーアは冗談で言っている訳ではないぞ、りん。人攫いに売られていく可能性だってあるんだ。一人で怪しげな地区をうろつくなよ。気を付けろ」
なんと。王都にそんな後ろ暗い地区があるなんて知らなかった…訳でもないか。そういえば歓楽街やスラム街もあるんでしたね。すっかり忘れてました。
「わが国では奴隷制度を禁じている。しかしそうでない国も多い。そういった国に売られていくようだ。摘発に勤めているが、買う奴等がいる限り組織を潰しきることは難しいのだろうな」
おぅ。秘密結社じゃなくて奴隷を集める闇組織もあるのか。怖いな。
…でも。そうか。私って、自分で思っていた以上に、ここで皆に守られて生きてきたんだなぁ。
ふわっ、と心が温かくなった。判っているつもりでも、実際にこうして改めて自覚すると、本当に得難いものを私はみんなから貰っているんだなって思う。
エリゼ様の勘違いと思い込みから始まった関係だけれど、私は今こうして一緒にいる皆を信じている。
だって、間違いなく。あちらの世界の家族だったら、『どうせならお前が連れていかれればいいのになぁ』と、とても楽しいジョークを口にしている様子で義父から言われていただろう。そしてそれをいう義父の横で異父弟が『あ、それいいね』と追従し、私がそれに怒ると『『冗談も判らないの』か』と義父と母から揃って怒られるのだ。『おねえちゃん、怖ーい』という嘲笑うような異父弟の声まで聞こえるようだ。間違いない。
そこまで想像して、自分にぞっとした。私の中にある実の家族への信頼はこの種の私を下げる発言をするだろうという、それだけだ。
こちらの世界でたったひと月傍にいるようになっただけの今の仲間との間に築き上げたものと、なんて遠いものなのだろう。
今のこのジェットコースターのような毎日を過ごしていく中で積み上げてきたものは、とてもこの短期間に得られたものとは思えないほど濃密で。私の、これまでの決して長くはないけれど、幸せとは言い難く正直人間不信気味ですらあった人生を、こんなにもあっけなく誰かを信じ、温かな関係のあるものへと再構築してしまった。
信じていい、頼っていいということはなんと温かいものなんだろう。
甘えるのとはちょっと違う。頼り切るのとは違う今のこの関係は、なんと心地の良いものなのだろう。
たったひと月ちょっとなのにね。もしかしなくても、私ってチョロいのかな。
いいや違う。チョロいとかじゃない。だって、ムーアさんの命に代えても守るという言葉は本物だった。
光魔法で回復できるとしても、本当に死んでしまってからでは無理だろう。それなのに。あの時、あの黒い獣に襲われた私を、自分が傷ついてまで庇ってくれたのだから。
──ムーアさん。
そっと横目で盗み見る。
やっぱり近衛になるほどの人は覚悟が違うんだろうなぁ。
名目上は私付きだとはいえ本当はガーランド様の護衛なのに。本当に優しい人だ。そして強い。力とか魔法とかじゃなくて、心が。
これまでは一般論として戦争は嫌だと思っていただけだけど、今は私の大切な、信じる人のいる国を守りたいと心から思った。
竜だから、本物の宗教家だからとか、そういうことじゃなくて。
あの黒い獣──魔獣に対して、光魔法だけが有効な防御と攻撃となった。
ということは、現在、この国をあの魔獣から守れるのは私かもしれない、ということになる。
勿論、”ユウキリン”が参戦してくれるかもしれないし、あの白い竜も助けてくれるかもしれない。
でもどちらも現時点では希望的な可能性の話でしかない。
「私が、頑張らないと駄目なんだ」
怖いけど。怖いと泣いていたらきっとすべてを失うことになる。
正直すっごく怖いけど。思い出しただけで涙が出そうなくらい怖いけど。
でも、この人たちを失うことはもっとずっと怖いから。
だから、ちゃんと考えよう。
クロティルド先生が言っていた。『魔法はイメージ』だと。
だったら、仏様を呼び出すのではなく、私なりの方法で、あの黒い獣に対処できるように。その方法を考えよう。
ちゃんと対抗できる方法を、私なりの光魔法を手に入れなくちゃ。
「とりあえず魔獣と封印については今この地で出来ることは無さそうだ。
持ち帰って、竜騎士団や魔法院と協力の下で情報を集めることになる。
その時は、ムーアとりんにも立ち会って貰う。頼むぞ」
ケルヴィン殿下のその言葉で、私たちの内緒のティーパーティーはお開きとなった。
たっぷりとしたハイティーを戴いたので、今日の夕飯はこれ以上取れそうにない。 時間が開いてしまったのでどうしようかなと席を立つ前に少し悩んだ。
部屋に戻ってこのまま寝てしまうのもいいけれど、自分の中のちいさな発見にちょっとだけ興奮している今、それをしてしまうのも勿体ないような気がしてしまったのだ。
そこへ、エリゼ様の声が掛かった。いつの間にかすぐ横に立っていたその人が、
「今、最後の廃油石鹸を試作中なの。終了予定はまた真夜中なんだけど、この実験が最後の試作となるわ。本当はもう少し余裕を持って実験するつもりだったのだけど、1作目から成功して、熟成時間なしで済んだこともあって作業員の士気が上がりまくりで。りんたんのお陰よ、本当にありがとう」
そう言いながら、ふわりと私の両手を取る。そんな風にお礼を言われてどきどきした。
やっぱり見た目は最高なんだよね、この人。違うな。中身も、あのゲームに関係すること以外は最高だと思う。
「廃油石鹸の試作が成功したのは、私の力なんかじゃないです。
なん研のみなさんの頑張りと、ゴードン公爵様のご協力と、エリゼ様のご尽力の賜物だと思いますよ」
エリゼ様は本当に凄いです、そう伝える。
「りんたん…。りんたんが、私を褒めて…、ほめ…」
うっ、とマジ泣きモードに入っちゃったので思わずそれを阻止するべく動くことにする。というか、どうしても言っておかないといけないことを思いだした。
「でも、そんな素晴らしい人が前世にやっただけのゲームの為になんか、戦争起こそうなんてしちゃ駄目ですよ。もう二度と、そんなことするのは止めてくださいね?」
めっと叱っとく。うん。こういう事はちゃんと言っておかないとね。
変な服を着せられるのとは次元が違いすぎる。いつか思い出した時、苦笑いかもしれないけれど笑顔で笑い話にできることならともかく、誰かを不幸にするようなイベントに固執するのは絶対にやめて欲しい。
「うん。ごめんね、りんたん。どちらにしろ、これ以外にそういう重いイベントはないから大丈夫よ」
あったらやるのかいと突っ込みたくなったけど、もう無いんだからいいか。
そうだ。ついでに疑問も解消しておくことにしよう。
「そういえば不思議だったんですけど、あの、戦争イベントって来年の夏に起こる筈だったんですよね? それなのに、なんで去年の春にすでにガーランド様を猫にしちゃったんですか?」
その私の疑問に、ぴくっと反応したコトラが近寄ってきた。もしかしたらガーランド様なのかも。喋ってないとどっちか判んないね。
「…だって、だってね。本当はね、猫にするのは来年の春の筈なのね」
モジモジと言い出されたその告白に気が遠くなった。2年も前倒しにしたのか。というか、2年以上も監禁、行方不明になるところだったんですか、ガーランド様。
恐ろしい。なんと恐ろしい計画だったんだ。
「一応ね、ちゃんと一軒家にね、キャットタワーとか猫じゃらしとかも全部準備して、専属のお世話係もね、ちゃんと用意してたんだけど…、逃がしちゃったって」
そうしてこっちに来た私とあの教会の前で出会ったのか。
タイガとの出会いには感謝する部分もあるんだけど、でも、でもなぁ。それが隣国の皇太子様ってどういうことなんだってばよっとしか言いようがない。
というかですね。
「それで探さなかったんですか?」
「…猫のお世話係が、違う猫をね、捕まえてきちゃったの」
「……」
「だって、そっくりだったのよ? 青地に黒いブチ模様の雄猫で。私の記憶にあるゲームの中の猫そっくりだったの」
そっと、足元に立っているコトラを抱き上げた。
そのまろびを帯びた頭をひと撫でしてから、両手で脇を持ってエリゼ様の目の高さで掲げてみせた。
「コトラはタイガそっくりです。模様の位置も形も私の記憶そのままです。
つまり、タイガは黒と青のブチ模様。白ベースの猫です」
エリゼ様の視線が彷徨う。しかし、私とコトラの視線はエリゼ様をじっと見つめたままだ。
「…コトラもタイガも、青地に黒いブチ模様の猫じゃないですよね?」
「ご、ごめんなさい。私、ゲームの猫の事しか覚えてなくて」
それで違う猫を連れてこられても判らなかったのか。なるほどね。
はぁっと息を吐いた。
「それで?」
問い詰められるということ自体めったに経験がないのだろう。すっかり挙動不審になったエリゼ様が私の言葉の意味を捕らえ損ねてオロオロしていた。
「なんで2年も前倒しして皇太子様を猫にしたんですか?」
いつまでも長引かせても仕方がないので、ちゃんと言葉にして問い質した。
「だって…、だって、りんたんがこちらに来ている時に、ラノーラ王国を離れたくなかったんだもの。隣国まで私もいかないといけないし。りんたんがいるのに、国外に出るなんて考えられないなって。それなら、りんたんがこちらに来る前に終わらせておこうかなーって」
最後の方が聞き取るのが難しいほどの小声だった。しかし。
「そんな理由…」
がっくりと肩を落とした。そんな理由でガーランド様は2年も猫のままにされるところだったのか。
実際には1年ほどだったけれど。でも、幾らなんでも酷い話だ。
エリゼ様は、ちゃんと反省して見えたし、ガーランド様との間で話し合いも済んでいるという話だったから、私が口出しする必要はないのかもしれないけど。
でも絶対に伝えておきたい事がある。だから最後まで確認ことにする。
「その、”人を猫に変える魔法”には、声が出せなくなったり、痛みや苦しみが伴うって知ってました?」
びくっとエリゼ様が目を見張った。なるほど。知らなかったのか。
「う、うそ。だって、そんなこと、あの魔法師は言ってなかったわ。『ただ猫になるだけです』って」
まぁそれだけだって十分酷いんですけどね。
「でも、私の『いたいのいたいのとんでけー』という回復・解呪魔法に反応したんです。
痛みと苦しみの発生原因、呪いを吹き飛ばすまで、ずっと苦しんでいたんですよ、タイガにされたガーランド様は」
そうだ。だから1年一緒に過ごしていた私は、タイガの声を一度も聞けなかったのだ。
私のその告発に、エリゼ様はぽろぽろと大粒の涙を流して、コトラ姿のガーランド様に縋るように泣き続けた。
「ごめんなさい。ごめんなさい、ガーランド様」
そう何度も何度も、ずうっと言い続けながら。




