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「今日からこの2-Aに編入することになった新しい仲間だ。

 しばらくは一緒に授業をうけることもないが仲良くするように」

 昨日の話し合いの通り、私には特別授業の講師をしてくれることになった王太子様とエリゼ様と一緒のクラスに席が用意された。

 とはいっても、この学校には魔法学(座学・実技)とマナーとダンスしか受ける授業単位はないので、現在のところ、席はあっても魔法学もマナーもダンスもクラスで受講しない私にとって、ただ便宜上の籍があるというだけだ。

 それでも一応初日ということで朝のHR時にこうして自己紹介をすることになり、まずはこのクラスの担任だというノエル先生がクラスメイト達の前で紹介してくれたのだが、いくらなんでも端的すぎるでしょ。もうちょっと何か説明っぽいものはないんですか。

 見回す先には、赤金緑青黄茶ピンクライトブルーミントグリーンライムグリーン…目がチカチカするほど色とりどりの頭が並んでいて壮観だ。制服の色はあんなに落ち着いているのにすごいカラフルすぎる。アニメもゲームも、画面の中のことで創作物だと思っているから平気なんだねぇ。リアル3D怖い。

 その色とりどりのクラスメイト達から、値踏みするような視線を一身に受けてうんざりというか鬱陶しいというか。

 教室の後ろから励ますような視線を送ってくれるムーアさんはともかく、エリゼ様のきらきらウキウキ視線にまで救いをみた気になるとか。なんというか四面楚歌というか八方ふさがりというか。まぁそこまで絶体絶命ではないにしても、かなりのアウェイ感だ。

 ちなみに、王太子は廊下側一番後ろ、ムーアさんの目の前で腕を組んで目を閉じている。寝てんのかよ。冷たいなぁ、もう。


「友木りんです。よろしくお願いします」

 右手を左手で包むようにして身体の前で合わせ、腰から曲げて45度。

 とりあえず、元の世界で教えられた通りに丁寧にお辞儀して挨拶してみた。

 月の灯り亭で教えて貰ったことといえば、威勢のいい掛け声だけだったからなぁ。

 この世界のお貴族様マナーはこれからここで一から教えてもらうことだし。どう思われても知るかっーの。

「使用人みたいな挨拶ね」

 どこからか悪意ある囁きが囁かれると、教室内をいっせいにくすくすという笑いが騒めいた。まぁ、そうなるよね。

「みたいじゃないです。私は平民ですから。ちなみに今も仕事中です」

 王宮から日当貰ってここにきているんだもん。お仕事中に間違いないのだ。

 お金を稼ぐことはとても大切なことだ。お金を貰ってここにいる。それを恥じるつもりはない。

「あら。本当に使用人だったのね。クラスの雑事を全部引き受けるのかしら」

 教室廊下側真ん中あたりに座っていた麦わら帽子みたいな黄色の髪と瞳をした女生徒が嘲笑を込めた声で聞いてきた。んな訳あるかい。もし雑事する人を学校が雇うとしたら生徒としてじゃなくて職員でしょうが。

「ちがいます」

 どう説明しようかなー、先生がしてくれるならお任せするべきかなぁって思いながら、頭も下げずに否定だけしとく。いいよね、高位貴族の人だったとしても、ここ学校だし名前も教えて貰ってない相手だし。

 とりあえず、隣に立っているノエル先生を見つめておく。茶色い髪をしたその人は分厚い眼鏡を掛けていて表情はまったく読めない。

「…平民の癖に態度悪いわね」

 ぎりっとそんなに音がするほど強く歯ぎしりなんかしてたら、あっという間に歯が悪いおばあちゃんになっちゃうぞー。

 ガタン。注目を集める為なのか、ひと際大きな音を立てて王太子様が立ち上がった。

「友木りんは、現在この王国内で確認されている唯一の光魔法所持者だ。

 この学園にて魔法の取り扱いを覚えた後は、王立魔法院への所属も決まっている。

 つまり、彼女のいう仕事中とは王国所属の魔法師として、ということだ。

 決して校内の雑事を行うためではない。判って貰えたかな、リリアーヌ嬢?」

「光魔法の使い手」「魔法師だって」「魔法院に入るってことは授爵?」ざわざわ。ざわざわ。

 クラス全体に、王太子様の言葉による衝撃が走った。

「…失礼いたしました」

 受けた衝撃からようやく回復したらしいリリアーヌと呼ばれた麦わら頭がゆっくりと頭を下げてから座りなおした。

 ふぅ。王太子様は寝てたわけじゃないのか。冤罪すまぬ。これからは王太子じゃなくて、本人の希望通り名前で呼んであげてもいいかも。…なんて、ちょっと調子づいてるね、私。反省反省。

「友木りんは、この学園、このクラスに在籍はするが、君たちと一緒に授業を受けることは当分ない。家庭教師をつけて基礎的な学習を終えてからここにいる君たちと、とりあえずでも同じ授業を受けられるレベルになってからということになる。無理にとは言わないが、悩んでいる姿を見つけたら施しだと思って手を差し伸べて上げて欲しい。ノブレス・オブリージュの実践ということだな」

 ……なんだろう、この先生の言葉にトゲを感じるぞー。

 まぁいいや。いきなり受け入れて貰える訳ないもんね。知ってた。

 私という個人についての話ではないのだ。「光魔法を使えるけど平民」「しかるべき教育を受けたこともない」そんな存在をいきなり高等教育を受けていた人達に仲間として同列に扱えというのは、やっぱり無理だよねぇ。

 さっきのお辞儀の仕方だってそうだ。常識が違うんだからしょうがないではなくて、そのこの世界での貴族としての常識を早く覚えなくてはなのですよ。

 これからの私の努力をみていろよ、お前等。特にノエル、お前にはきっちり私の本気をみせてやる。むきー。


 などと心の中で息巻いて、教室を後にしてみた訳ですがぁ。

 いきなり校舎内で迷ってみる訳ですよ。ははは。

 クロティルド先生、どこですかぁ。うっ。

「どこいくの? 授業はじまってるよ」

 そっと優し気な声を掛けられて振り向いた。

 柔らかそうな焦げ茶の髪と濃い琥珀色の瞳をした少年が心配そうな顔をして立っていた。

「同じ学年じゃないよね。見学者の子かな。どこにいくつもりだったのか教えてくれたら連れていってあげるよ」

 ……なんとなく、お子様扱いされている気がする。悔しいけど、背に腹は変えられないのだ。

「魔法学教練室にいきたいんです。それとここの学園生です」

 それでも一応、首から吊るしていた学生証を提示してお子様じゃないもんとそれとなく主張してみる。

「そうなんだ。君みたいな子、同じ学年にいたかなぁ。…え?」

 学生証に書いてある学年のところを見て驚いている。ぐぬぬ。エリゼにお願いして、シークレットシューズ作ってもらおうかなぁ。

「すみません、まさか先輩だと思わなくて。…こほん、失礼しました。

 魔法学教練室へ行くなら、登る階段を間違えたのでしょう。こちらです。案内しますね」

 そっと手を取り、反対側の手で腰を支えて誘導してくれる。もしかして、これってエスコートってヤツなの?! すごい、さりげないぞ。

「…すみません。今日から編入してきたもので。まだ全然校内のことがわからないんです」

 気恥ずかしさもあって黙っているのも辛いしごにょごにょと言い訳を口にする。1年以上通ってて迷ったんじゃないんだから。

「あぁ。それで記憶にお顔だったんですね。

 こんなに美しい方を覚えていないなんてありえないと思いましたよ。

 ようこそ、王立セントベリー魔法学園へ。歓迎します」

 にっこりと笑顔でいわれる。う。うつくしいなんてお世辞でも初めて言われた気がする。

 しかもこんなに可愛い子からなんて。お世辞だって判っててもテレる。

「この階段を4階まで登って右奥が魔法学教練室です。では」

 さらりと案内されて、そのままその人は来た道を戻っていく。その後ろ姿を見ていて、気が付いた。いけない、お礼言ってない。

「あ、ありがとうございました」

 慌ててその後ろ姿に声を掛け頭を下げた。

 見上げた先には、振り返って片手をあげてくれるその人の姿があった。スマートな仕草がよく似合う。ふう。可愛いのに格好いいとか反則すぎるよね。

 あっ。名前聞くの忘れちゃった。私を先輩っていってたから1年生かな。

 クラスでの対応に腐っていたところだったから、可愛い後輩との遭遇にちょっと心が癒された気がして、階段を登る足取りが軽くなった。



「遅い」

 ようやくたどり着いた魔法学教練室の扉をノックすると、自分で開けるより先にドアが開いていきなり怒られた。う。ごめんなさい。

「すみません。校内で迷ってました」

 腰を90度は大げさだけどできる限り折ってごめんなさいする。

「校内の案内はまだ誰にもして貰っていないのか?」

 こくんと頷いた。昨日は話し合い即解散だったし、今日もHRが終わってそのまま授業だったから誰にもお願いできなかった。ここへも階段のところにあった簡略版の校内案内図を頼りに探しながら来たくらいだ。

「ふむ。あまり転入自体受け入れることはないからな。学園側の不手際だった。申し訳ない」

 お昼休みにでも案内できるよう手配しておこう、そう室内へ招き入れてくれた。


「さて。あらためて確認させて欲しい。

 りんの元いた世界、異世界には魔法はなかった、それで間違いはないか?」

「はい、ありませんでした」

 そこからかよ。というか、あれ?

 じーっとこちらを見つめていたクロティルド先生が、私の返事を聞いて詰めていたらしい息を大きく吐いた。

「…ほんとうに異世界人なのか。

 報告書にはその一言しか書いてないし、見間違いかと何度も思った」

 そうなんだ。引っかかるのそこなんだ。でも、そういえば昨日も今日も誰も私が異世界から来たっていう説明をしなかったかもと気がついた。

「誰にも口止めをされなかったのか?」

 んーっと思い出してみる。神父さんにも世話役さんにも、女将さんにも言われたことないなぁ。王太子様は…どうだったろう、覚えてないや。てへ。

「されてないと思います。下町にいた頃はみんな知ってましたし」

 むしろ常識ゼロの説明として普通に話してたね。

「そうなのか?!」

 吃驚されて、こっちが吃驚だよ。

「そうですねぇ。お店にくるお客さんとか『そうか、大変だな』って飴くれたりしました」

「飴…」

 クロティルド先生ががくりと項垂れてしまった。あれ? なにかまずかったかなぁ。

 ちなみにこちらの飴は本当にカラフルだ。レインボーどころの騒ぎじゃないくらい色が渦巻いていることが多い。この色にあふれた世界ではそれくらいじゃないと子供心をひきつけられないのかもしれない。

 あ。味はね、ストレートに蜂蜜固めただけみたいな蜂蜜そのもの味のものとか、麦芽糖っぽい味のものが多い。砂糖の甘さとはちょっと違うまろやかさがある。そこに色だけついている感じなの。だから視覚からイメージする味と口の中に広がる味との差がひどくて、しばらくの間、飴を口にする度に頭が混乱してたっけ。

「ふむ。もしかして、下町というか庶民の間では異世界人というのは珍しくないのだろうか?」

「私を保護してくれていた神父さまが『古い記録に残っている』っていってたので、珍しくないと思うほど多いとは思えないですねぇ。

 でもきっとあれですよ。多分あそこではそんなことどうでもいいんです」

 隣の国と戦争もある癖に、この世界は他国との行き来が多い。

 竜で空を飛び、トカゲにのって移動する。

 王都だからこそ交易も盛んで、雑多な種族が行き交う場所だった。

 顔つきも肌の色も違う人も多い。だからかもしれない。

「異世界人といいながら、きっとほとんどの人はちょっと遠いところにある国程度だと思ってるのかも」

「なるほどな。しかし、これは私の意見だが、学園内では異世界人だということは黙っていた方がいいかもしれない。

 王宮から黙っていろと言う申し入れがなかったなら杞憂かもしれないが、過去にこちらにきた異世界人の中には、これまでにはない知識をもって莫大な資産を産み出した者もいるという。そこに目を付ける欲深い者には手段を択ばないものも多い。

 そういった碌でもない欲深いものに目を付けられても困るだろう?」

 それはあるかも。エリゼの作り出しているものとか幾らでもお金を出そうとする人はいる気がする。

 ただし、私にはエリゼみたいに高性能なものはまったく作れないと思うけどね。なにしろ入学式直後にここにきてしまった私にあるのは中学生レベルの知識でしかない。

 世界の常識を変えることのできるような大それた何かなど無縁だよ。


「魔法のない世界、か。興味深い。

 しかし、そろそろ授業を始めることにしよう」



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