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48時限目

 


「あちら側にいる状態では、この光の防御壁にぶつかっても消えないのか」

 厄介だな、そうケルヴィン殿下が眉間に皺を寄せて呟いた。

「ずっとこのまま、りんの魔法で塞いでいる訳にもいくまい。

 消せるのも今のところはりんの光魔法でだけだ。どうするか」

 ガーランド様が腕を組んで考え始めた。

「私とりんさんがここに残ります。殿下方はお戻りになって竜騎士団の派遣を要請して戴くというのは如何でしょうか」

「駄目。ムーアさんは今すぐ戻って病院にいって。かなりの血を失っているんですよ? このままここで魔力切れにでもなったら…」

 そんなことになったら、命に関わる。

「しかし…っ」

 興奮したせいだろう、貧血を起こしたのかムーアさんの顔が真っ青になってよろける。

「せめてちゃんと寝ていてください。まぁこの中、狭いんで足を延ばして貰うこともできないんですけど」

 4人に増えたこともあって、四角推の中は正直ぎりぎりのスペースしかない。

 対角線上にムーアさんが横になって、その両側にケルヴィン殿下と私、そしてガーランド様で分かれて座っている状態だ。

「なんでケルヴィンと手を握っているんだ。おい、ケルヴィン、りんの手を離せ」

 こんな時に何を言っているのか。

「この防御壁を構築する魔力を提供しているだけだ。

 ムーアはこんな状態だし、ガーランド、ここにいるお前は現身じゃないだろ?

 いつ消えるか判らん奴に頼ることはできない」

 ぐっ、とガーランド様が歯を食いしばった。

 阿呆ですか。こんな緊急事態中に何を馬鹿なことに拘ってるのか。

「…魔獣ってなんですか?」

 そうだ。そんな阿呆な話より聞いておきたい事も話しておきたい事もあるんだった。

「魔獣は、おとぎ話の中に出てくる敵役だな。

 疫病を撒き散らし、家畜だけでなく時には人も襲い食い散らかす。

 恐怖と憎悪の象徴として出てくる魔物だ」

 ケルヴィン殿下が教えてくれる。

 そこにガーランド様が補足を入れた。

「皇国の端の方ではたまに、魔獣騒ぎが起こることがある。

 大抵、突然変異した大きな野生の獣が捕まるだけだがな」

 なるほど。実際に対峙したとかいう記述は正式な文書とか文献には残ってないのかなぁ。

「…100年前とも200年前だとも言われる昔、大量に発生したという話はある。

 しかし、どう対処したのかも判っていないし、事実かどうかも判らん。

 残っているのは当時の宰相だったといわれる人物の日記があるのみだからだ」

 …それは、微妙ですね。そういう身分にある人だったら、日記以外にも記録を残しそうなのに。それしか無いって逆に怖いかも。それにしても不思議だ。

「宰相だったって言われる人物の詳しい略歴とか名前とかは残っていないんですか?」

 これだけ大きな国だったら、100年前位だったら宰相をしていた人の名前や当時起こった事件なんかの資料はちゃんと残っているて当然だと思ってたわ。

「それが、表紙もなく、その魔獣が闊歩していた一週間余りについて書かれていたページのみが、大図書館の禁書室から発見されたんだ。

 魔獣についてだけではなく、日常の業務についても書かれていたので宰相ではないかと言われているがそれすら確かではないのだ。

 その頁は他の本にこっそりと挟まれた状態で見つかったとされている。隠すようにして、な」

 それは意味ありげだ。それにしても、禁書室なんて場所があること自体に、ちょっと緊張しちゃう。

 でも誰がどうしてそのページを破り取って隠したのか、気になる。

 そうだ。秘密の本といえば。

「…殿下たちは、”最強の光魔法の使い手”という人の話を知ってますか?」

 そうだ。ずっと何かが引っ掛かると思ってたんだ、あの話。


”その者が呪文を唱えると、その周りを取り囲んでいた敵が一斉に光の中に消えていった” ”光に消える敵” ”不動明王さまの全ての悪しきモノを焼き払う” ”仏敵を力で鎮める”


 祈りで自分の信ずる神を異世界まで呼び寄せることは出来たとしても、その神は、隣国に攻め寄せて来ただけの敵国の兵を消し去るだろうか。

 その敵とは、人である兵士ではなく、仏にとっても敵となる、魔の物ではなかったのか。

 ──魔獣が、その仏の敵だとしたら。

 心臓が痛い。

 あの黒い獣に取り囲まれる?

 3匹でも泣き出すほど怖かったのに?

 バクバクと全力で拍動する心臓の音が五月蠅い。

「最強の光魔法、か。確かにあれなら、あの黒い獣も倒せるかもしれないな」

 どうしよう。同じ光属性の魔法は使えても、私が呼んでも不動明王様なんて来てくれる筈がない。

 アニメと漫画の知識しかないんだもん。無理すぎる。

 それに、ここって乙女ゲームの中の世界なんじゃないの?!

 エリゼ様そういってたのに。なのに。すぐ治ったっていったってさっきのムーアさんの…。

 思い出しただけでゾッとする。乙女ゲームの世界って、もっとこう甘くて温くて寒気がするっていったらクサい台詞に、とか。そういうのじゃないの?

 ……ここが乙女ゲームの世界だなんて信じてなかったけど。

 でも。でもでもでもでも。こんな魔獣が飛び交うような怖い世界だなんて。

 身体が震える。怖い。怖すぎる。

「ばっ。りん、落ち着け。今すぐお前だけに何とかしろとか言わないから。

 いや、今はお前だけが頼りだが。落ち着いてくれ」

 おろおろとケルヴィン殿下に宥められ始めた時にはもう遅かった。

「あ…」

 音すらしないまま、私達を包み込んでいた光が、消えた。


 ぐるるるうるうるるるぅぅぅぅぅ

 ぐるるうるうるるるあぁぁあぁぁぁぁ


 黒い獣の哭く声が響き渡る。

 私たちのすぐ足元に現れたそれは、先ほどまで戦っていた相手より二回りは大きい真っ黒な獣だった。

「あ…あぁ……いや、いや」

「りん。りん、落ち着け。落ち着いて、さっきの光をもう一度出すんだ」

 がくがくと肩を揺さぶられるけど、私の目は、目の前でその身を怒りに震わせ哭いている黒い獣から外れない。

「いや、いやなの。もういや…」

「りん──!」

 ぶぅん、と大きな風切り音が私達に襲い掛かる。

 その時、場違いなほど可憐な一匹の蝶がひらひらと、りん達と獣の丁度真ん中あたりに舞いこんできた。

 真っ白い羽をしたその蝶ごと、黒い獣がその爪でりんを切り裂こうとした。

 ──しただけだった。

『黒い獣の臭いがしたので急いで来てみれば。

 ”ユウキリン”、お前でしたか』

 その声が聞こえたと思うと同時に、

 がきん、と大きな音がして、獣の爪が折れた。

 折れた爪がきらめきながら溶けて消えていく。

 そうして、その黒くて大きい獣も、折れた爪の箇所から、きらきらと中空へと溶けて、ついには消えてしまった。

 その様を、りんは呆けたまま見上げていた。

 あんなに苦労して倒した黒い獣よりずっと大きな獣を一撃で倒した小さな白い蝶。

 それは確かに、”ゆうきりん”と、そう言った。

 そうしてよくよく見れば、白い羽を持った蝶に見えたそれは、小さな小さな翼を持つ白い竜だった。

 なんて現実感のない光景だろう。

 手のひらサイズの白い竜が、私達を助けてくれるなんて。

 しかも、喋った。

 はっとして皆を振り返ると、なぜか皆気を失っていた。

「寝せておいたわ。五月蠅そうだし。興味ないし」

 そういえば、貴族が平均500位なのに、竜の魔力って1万とかあるんだっけ。それだけ魔力が高ければなんでもありですよね。

「…アナタは、誰ですか? 私を知っているのですか?」

 いや違う。私は”友木りん”だ。”ゆうきりん”ではない。

「おや、間違えましたか。お前は”ユウキリン”にそっくりの懐かしい匂いがするけど、”ユウキリン”じゃないのね。

 でも、それでも、ここを呼んでしまったのね」

 そっくりなんだ。でも、そっくりという事は、同じじゃないということだ。

 やっぱり私はヒロインじゃない。偽者なんだ。

「ふふ。偽者という事はないでしょう。お前はお前。”トモキリン”なのでしょう?」

 そう。私は”友木りん”。”ゆうきりん”じゃない。

「そうね、そしてお前も”りん”。ならそれはそれでいいじゃない。

 りん。ここの護摩堂を直して封印しないといけないの。お前、手伝いなさいな」

 ゴマドウ…護摩堂かな。聞いたことない単語でてきた。とりあえず神聖な場所に土足で上がっちゃったことは間違いないらしい。うはっ

「それは、是非お願いします。どうすればいいんですか?」

「りん、お前この護摩堂が壊れる前の姿は見てるかしら?」

 その言葉に頷く。ちょこっとしか見てないけど、でも一応は見てる。

「良かった。なら、私に触れて、『元に戻れ』そう願うだけでいいわ」

 私は躊躇うことなく、その強い光に手を伸ばし、

「元に戻れ」そう願った。

「…うそん」

 たった一言で、それは光ることも何もなく。ただ、一番最初にここを見た時のままに戻っていた。

 古びた床も柱もそのままに。

 ──そうか。最初に感じた違和感。あれは、誰も掃除とかしてなさそうなのに、蔓植物ひとつ巻き付かず、雑草1本生えていなかったからだ。

 放棄された家屋なんて野生動物の住処にうってつけだ。それなのに、その形跡も全くなかった。ケルヴィン殿下が踏み込むまでは足跡一つなかったように思う。

 この建物は、きっと建った時からずっとこの形で存在していたのだろう。

 新しく樹を倒し材木を作るのではなく、どこかで誰かが使っていた小屋などに使われていた古い木材達。付喪神が宿ってもおかしくない程に、時を経てきた物で作られた封印するための、それ。

「ありがとう。アナタが手伝ってくれたから簡単に済んだわ。

 じゃあね、りん。泉までは送ってあげるから気を付けてお帰りなさいな」

 え、あ、嘘でしょう?! 待って待って!

 私は手をばたつかせて、このまま小さな竜が消えてしまわないように、と騒ぎ出した。

「待った。待って下さい。あの、黒い獣とかこの護摩堂の事とか、いろいろ教えて欲しいんです。何よりここって本当に乙女ゲームの世界なんですか?」

 小さな竜はとても困惑した様子で「…乙女ゲーム」と呟いた。

 ですよねー。すみません。でも切実な問題なんです。それだけでも知りたい。

 いや、黒い獣についても封印のことも、”ゆうきりん”さんについても知りたい。

「ごめんなさい。今は答える訳にもいかないの。時間もないし。次に会えたら色々と教えてあげてもいいわ」

 そんな馬鹿な。このまま放置されるなんて冗談じゃない。

 いっそ両手で掴んで捕まえてみようかとも思ったけど、この竜に攻撃を仕掛けて光の粒になっていったあの黒い獣の姿が思い浮かんで止めた。

「そうだった。一つ忠告…いいえ、警告しておくわ。

 次にこことそっくりな建物を見つけても触らないで。本当はここも入れないようにしてあったんだけど。そっくりなお前がいたから入れてしまったのかもしれないわね。

 気を付けて。壊したら、またあの黒い獣たちが出てきてしまうわ」

 それだけ言い終わると満足したらしい。目の前の小さな竜がふわっと光ったと思うと、私の意識は喪失していた。

 次に気が付いた時、私達はみんな泉のほとりで眠っていた。


 そうして、泉の奥に続いていた筈の道は二度と見つからなかった。

 ムーアさんの傷を治したのは自分だけど、ムーアさんの服までは直せなかったのに。それすら綺麗に戻っていた。

 ちなみに救援を求める伝言魔法は誰にも届いていなかったようだ。危なかった。あのまま待ってても誰も来ないとか、泣ける。

 あの黒い獣に消されたのかもしれないし、どうやらあそこは結界に守られていたらしいからそこから出れずに消えてしまったのかもしれない。

 更に私達が困惑したのは、ブラン君はブラン君ではなかったことだ。

 眠っていた私達を見つけたのは、村長さんが私達につけてくれる筈だった案内役のロス君だった。ブランなんて言う男の子は、北サリエルの村にはいなかった。

 村長が言ってた古い廃屋は別にあった。泉のすぐ畔にあって、なんで行きには気付かなかったのか不思議になるくらいの場所だった。日干し煉瓦でつくる家が当たり前のこの地域では木を組んで作った建物というもの自体が珍しいのかも。

 テントみたいな形、切妻屋根だけをした建物だとでも言えばいいのだろうか。三角形の部分だけで屋根と2辺の壁を成している建物だった。

 中は、村人が拾い集めておいた薪でいっぱいだった。冬に向けて時間のある時に拾い集めて貯めて置く場所にしているそうだ。空き家の有効利用だね。


 困った。他の護摩堂は探すな触るなと警告されてしまったし。

 あそこに案内してくれたブラン君は偽者ときた。

 何よりも。あの死闘について、私たちの記憶以外に残っている物はなにもない。

 眠っているところを発見されたし、これでは『夢でも見たの?』といわれてお終いだ。



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