47時限目
戦闘シーンで流血があります。
ご注意ください。
どおぉぉおん
どおぉぉおおん
どおおぉぉおおんっ
何度弾かれてもその攻撃は止む事はなく。
時には魔法の光を纏った状態でぶつかってくる。
唯一、救いなのは、その魔法の光がぶつかる度に光のドームが固くなっているような気がすることだ。
「なんとうか、光属性というものに感謝だな」
どうやら本当に魔力は魔力でしかないらしい。相手の魔力を使って発動するから攻撃されたものだろうと関係ないみたいだ。
「ま、魔法での攻撃だけにしてほしいぃぃ」
真っ黒な顔、真っ黒な身体、真っ黒な目(無いのかも。よく判んない)、真っ黒な口をした獣が、真っ黒な牙と真っ黒な角と真っ黒な爪で襲い掛かってくる様が恐ろしすぎる。
表情が一切判らないことが、こんなにも不安になるなんて。
どこを見ているのかわからない。
次のどこを襲おうとしているのかも判らない(いや、自分たちの事を襲おうとしてるのは判ってるけど)
ぐるるるうるるうるるるるぅぅぅぅぅ
時折、やるせ無い声で哭くその獣が、また襲ってくる。
揺れないけど内側から見える光景が非現実的すぎて思考が停止しそうになる。
足が竦む。滲んでくる涙で目が霞む。掴んだ手が汗ばんで震える。
怖い。
何度目か判らない攻撃を目の前に受けて足が止まってしまった。
視界いっぱいに広がった、粘着く唾液絡んだ牙が勢いよく飛び掛かってきたその光景が脳裏から離れない。
「りんさん、大丈夫ですか?」
ムーアさんが私を励まそうと顔を覗き込む。ううう。もう無理ぃ。
「むむっむむむむーあさん、ごっ、ごわいですぅうぅぅぅ」
涙と鼻水でべしょべしょになったみっともない顔をしているのは判っているけど、それどころじゃ無さ過ぎる。
「あと少しです。それと、りんさんの事は、私が絶対に守ってみせます」
そっとハンカチで汚れた顔を拭いてもらう。
こんな時でもムーアさんのハンカチは綺麗で、その事に笑ってしまった。
「笑った。ふふ。りんさんの笑顔が、大好きですよ」
眉を下げてへにょって笑ってくれるから、もうちょっとだけ頑張れる。
「ありがどうございまずぅ。がんばりまず。
殿下も、お待たせして、す、すみませんっ」
「気にするな。女性を待つのは男の義務らしいぞ」
そんな風に笑わせにくるから、肩に入っていた力が少し抜けた。
「集中を切らすな、りん。済まないとは思うが、私達全員だけではない。もしかしたらこの国の命運がお前の光魔法に掛かっている」
重すぎる期待に、ぐっとお腹の辺りに力を込めた。
「学園に通わせてくれて有難うございますぅ」
なんだそれ、と笑われたけど実感してるんですよぅ。
ホント学園に通い出していてよかった。まだ数回しか魔法学の授業は受けてないけど。それでも、魔法から少しくらい意識が反れても持続できるようになっていて本当に良かった。そうじゃなかったらすでに何度も死んでた。
「生きて帰って、クロティルド先生と学園長に御礼を伝えに行かないとな」
ガクガクと首を上下して頷く。恰好悪いとは思うけど、正直なところやっぱり怖いです。
衝撃はなくても音と視覚的な効果がですね、これがもう半端ない。
視界いっぱいに広がるスクリーンから飛び出そうと足掻く魔物ってね。
そういえばTVから這い出てくる幽霊の映画、あれ怖かったなぁ。ううう。でもあれよりですね、今の方が怖いんですよっ。うぎゃっ。
どおぉぉおん、と再びぶつかってきた獣に身が竦む。猛攻すぎる。少しは弾き飛ばされた衝撃とか、転がっていく痛みとか感じてくれないもんかなぁ。
「よし。この辺りで大丈夫だろう」
そうしている間に、私達は目標としていた場所まで到達していたらしい。
「では。ムーア、水魔法での防御壁の用意を頼む」
私が作った光魔法のドームの内側に、きらきらと水で出来た煌めく壁ができる。それは微妙に波立っていて、ムーアさんも緊張しているのだと判る。
「…大丈夫です。完了しました」
そうして。3人、顔を合わせて頷いた。
「いくぞ」
「ちょ、ちょっと待ってくださいっ」
ケルヴィン殿下の声に、ストップを掛けた。
緊張しすぎて頭が混乱する。
「あれ、あのそのピラミッド型って、底が正四角形の四角錘でしたっけ?
それとも正三角形の三角錐? 円錐じゃないのは間違いないですよね?」
計画として、今の半球状のドーム型防御壁は実は焦っていて床の部分は包まれていない。
だから穴の近くまで動いて、私が床までちゃんと囲った光の防御壁を張りなおす。
それで一時的かもしれないけれど穴も一緒に塞いじゃおうっていう。
その張りなおすまでの間は、ムーアさんの水防壁にお願いする、という作戦だ。
できるだけ安定して守れそうで、そして有名なピラミッドパワーもお借りできそうかなってピラミッドの形にしようと思ったんだけど。
「ぴらみっど? なんだそれは。その中のどれでもいいが、円錐でないなら中が広そうだから四角推で頼むことにしよう」
ケルヴィン殿下が即決してくれたので、それにすることにする。
なんとなくピラミッド型って四角推で間違いない気もしてきたし。
「いけます」
ぐっとムーアさんが頷いてくれたのを確認して、私は光の防御壁を解いた。
新しい、四角推の防御壁を作るために集中する。
それが発動する前に、
視界一杯に
目の前に掛かっていた筈の
水の防御壁が飛び散る煌めきが広がった。
「きれいだ」場違いにも程がある感想が浮かぶ。
そうして。
私の前に
黒い牙が
飛び掛かってきた。
──避けられない。
光のドームも、間に合わない。
「ぐあっ」
そんな…ムーアさん!!
「むーあさん、ムーアさん、ムーアさん!!」
私を庇って、血塗れになったムーアさんを掻き寄せる。
ゴウッという音を立てて、ケルヴィン殿下の炎がムーアさんに咬みつき首を振っていた獣を攻撃する。
獣はその熱さに身を捩り、ムーアさんを離して距離を取った。
「ちぃっ。こんなに至近距離からでも、私の炎では致命傷にならないのか」
ムーアさんの着ていた服の背中がばっさりと切り裂かれ、そこは真っ赤に染まっていた。
「なにが起こった?! これはどういうことだ!」
遠くでガーランド様の声が聞こえる気がする。でも。
手が、震える。声も出ない。止まっていた筈の涙がぼろぼろと零れ落ちた。
どんなに手で押さえても、ムーアさんの背中から溢れてくるそれは流れを止めようとはしなかった。
「な…?! これは、魔獣? そんな馬鹿な」
「魔獣だと?! そんなもの、おとぎ話の中の存在ではなかったのか」
ガーランド様とケルヴィン殿下の声がうるさい。
今、ムーアさんの命が、私の手から零れ落ちていきそうなのにっ。
「いや…いやだ……いや…」
ムーアさんの血の匂いに目の前の獣が興奮しているのか、ひと際大きくそれが哭いた。
ぐるるうるうるるるあぁぁあぁぁぁぁ
「りん、しっかりしろ。お前しかできないことをやるんだ」
ゴウッと、襲ってくる獣をケルヴィン殿下が炎で牽制し、ガーランド様の作った防御壁が何度も壊されては新しく作られていく。
それは激しい消耗戦だった。
「りん、先に防御壁を作れ。お前なら、その後でもムーアを癒せる筈だ」
ガーランド様の声が、耳に届く。
そう、だ。今は泣いてる場合じゃ、ない。
やらなくちゃ。私が、やるんだ。
私はぐいっと涙を手で払って、今できる全ての限りで祈った。
「…光よ。お願い、ムーアさんを、この国を守る力を私に下さい」
私の中から光る何かが溢れていく。それは次第に大きく強い光となり、ムーアさん、私達、そしてこの建物までを覆っていく。
そうして。
私達を襲おうと3匹同時に飛び掛かってきた黒い獣たちは、
できたばかりの、その光る四角錐にぶち当たった途端、
きらきらと煌めきながら溶けるように消えていった。
何が起こったのか判らなかった私達3人は、その場でただ茫然と、空中に微かに残る残滓ともいえる煌めきが消えていく様を見ていた。
「…わたしは? っ、りんさん、大丈夫ですか?」
飛び起きたムーアさんが私の心配をしてくれたその声で、呆けていた3人共が、その非現実感から戻った。
「ムーアさんこそ、大丈夫ですか?」
慌ててお互いに無事を確認し合う。服は破れたままなものの、ムーアさんの傷はちゃんと塞がっているようだった。
ただし、血液はだいぶ失っているようで顔色は真っ白だ。無理はしないでほしい。
「よかった。私は貴女を守れたんですね」
それでも、優しいこの人は、約束を守れたと笑顔になってくれる。
「よくないです。吃驚、しました。無茶しないでください」
ぽろぽろ、ぽろぽろ。涙がとめどなく溢れていくのは、優しいこの人を失わないですんだせいなのか、黒い獣という驚異がなくなったせいなのか。
──そう、ホッとできたのも、つかの間だった。
私が作った光の防御壁の底の部分から、どおおぉぉぉん、どおおぉぉぉん、という激しい激突音が響いた。
「まだそこにいるのか。まだ出てこようとしているのか」
絶望に、そこにいる全員の瞳が昏くなった。




