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46時限目

 


 薄暗い鬱蒼とした森の中を入っていく、…なぁんてこともなく。

 普通に人の手が入っている森の中の道を小さな泉のある場所まで進む。

 手が入っている為なのか森の中は意外と明るくて、姿の見えない鳥達の鳴く声がチピピチピピピピとかピピュピピュピピュとか聞こえてきたりして、正直長閑なピクニック、もしくは散歩のようだ。

「冒険…」

「十分冒険だろう」

 ケルヴィン殿下本人もなんとなく思ってたのと違うと思っている癖に、案内役の少年ブラン君が指さすトカゲや小さな蛇に大袈裟に騒いで気分を盛り上げたりしていた。負けず嫌いめ。

 でも、きちんと道や森の樹が整備されているのは泉までだった。

 泉の裏から先の道は細く畝って先が見えない。

「この先は道が細くなっちゃうから、足元に気を付けて下さいです」

 ブラン君。貴族相手に緊張しているのか少し頓珍漢な敬語を一所懸命使っていて微笑ましい、なんて思ったのに。鉈を片手に蔓系の植物に塞がれた道をバンバン文字通り切り開いていく姿は逞しく頼り甲斐があった。

「子供なのに、すごいな」

 迷いない鉈捌きに、ケルヴィン殿下もムーアさんも感心しまくりだった。勿論私もだ。

 元は細いなりにちゃんとした道だったのだろう。敷石らしきものが点々と残るそこには雑草というには背の高い植物やすでに樹になっているものまで生えていて軽装で入ってきた私達は次に足を置く場所を確保するのにも苦労した。

 草の汁は滑るし、飛んでくる虫や落ちてくる虫にビビる。

 デッカイ蜘蛛がケルヴィン殿下の首筋に落ちてきた時は、後ろで見ていた私とムーアさんは抱き合って悲鳴を上げてしまった。

「毒のない種類だから大丈夫だ、です」

 ぎゃーぎゃー悲鳴を上げる私たちの前で、ブラン君はぽいっと摘まみ上げて遠くに投げ捨てた。

「「「子供なのに、すごい」」」

 だんだん、ブラン君が神に見えてきた。

「これ位できなくちゃ、一人前の男って認めらんねぇ…です」

 私達の尊敬のまなざしを一身に浴びて、ちょっと顔を赤くしたブラン君がそう言った時だった。

「見えてきましたよ、あれです」

 蔓が垂れ下がり視界の悪い道の先に、ぽっかりと開いた空間があった。

 そこに建っているのは間違いなく、木造の日本建築(あばら屋)だった。


 近付いてみるとますます日本建築というか神社とかお地蔵さんが入っているような小さなお社の屋根と柱だけバージョンみたいな建物がそこに在った。

「屋根と柱しかないのか。斬新な家だな」

 床板も貼ってあるし床に続く踏み段もあるから、ちゃんと建物らしさはある。

 すっごく古びているのになんというか廃墟っぽくないんだよね。なんとなくなんだけど。

 私が周辺を見回していると、ケルヴィン殿下が無造作に建物の踏み段を昇り、床に土足で上がろうとしていた。むむっ。なんだろう、急に嫌な感じがしてきた。

「あの、ケルヴィン殿下。その建物に入るのはちょっと待ってください」

 止めるのがちょっと遅かったらしい。

「ん? りん、何か言ったか」

 すでに殿下は建物の中に立っていて、キョロキョロと足元を見まわして

「ふむ。やっぱり何にもないな。ははは」

 そう笑っていた。…大丈夫だったか。えへ。畳がないって判っていても、日本家屋っぽいって思うだけで土足は厳禁って思っちゃうもんなんだなぁ。

 ばきっ。「うわぁぁっ」

 油断して目を離したほんの一瞬の事だった。建物の真ん中辺りで立ち止まっていたケルヴィン殿下の姿が見えなくなった…って。床を踏み抜いて片足が落ち込んだだけだったけど。吃驚させんなや。

「大丈夫ですか、殿下」

 ムーアさんが急いで殿下を引き上げた。

 その時だった。

 床に出来た穴から、ケルヴィン殿下の足だけでなく、黒い靄が発生した。

 その霧が、獣の形を取る。 

 ぐるるるうるるうるるるるぅぅぅぅぅ

 それは聞いたこともない声で哭いた。

 見たこともない形で、見たこともない牙を持った獣が、ケルヴィン殿下とムーアさんに襲い掛かる。

 慌てながらもムーアさんが張った防御魔法が辛うじて間に合い、獣がそれに弾き飛ばされた。

 しかし、そのたった一撃で防御壁も弾け散った。

「な、なんだこいつは」

 ケルヴィン殿下がなにか呟くと大きな炎の玉がその獣に襲い掛かるが簡単に避けられてしまった。

「くそっ。迅い」

 的を外れたその炎が周りの樹に当たって火が付く。

「任せてくださいっ」

 その火は広がる前にムーアさんの水魔法で消火できたものの、これではケルヴィン殿下に攻撃を任せきる訳にはいかない。

 ちょこっと冒険で森を焼失する訳にはいかないのだ。

「ブラン君、村に戻って大人たちに知らせて。できれば全員で避難してっ」

 横で震えていた少年に声を掛けて背中を叩いて強引に村へと引き返すように指示を出す。

 がくがくと首を上下に動かしながら頷いた少年は、力の抜けそうになる足に懸命に力を込めて来た道を一人歩いて行った。

「これ、この獣、なん…、なんですか?!」

「知らん。知るか」

 ケルヴィン殿下がやけっぱちといった状況で怒鳴り返してきた。むぅ。

 ムーアさんとケルヴィン殿下と見知らぬ黒い獣が睨みあっている。

 さっきまで聞こえていた鳥たちの声も今は何も聞こえない。

 どうしよう。どうしたらいいの? 誰か助けて!

 助けを呼んだのに。

 来たのは黒い獣の仲間のようだった。

「増えた…」

 ずるずると穴から黒い獣が這いずり出してくる。

 一匹ではない、二、三…どうしよう。

 それは鋭い牙を持っていた。

 それは大きな角を持っていた。

 それは力強い爪を持っていた。

 そしてそれは、魔法を使った。

 黒い獣の身体が黒い光を纏い、2人に向かって黒い何かを放出した。

「ムーアさん! 殿下っ!」

 祈りながら2人のいる場所に走り込む。

 それは光となって私達を包んだ。

 ぼうっと光る壁が私達を取り囲む。3人がようやく立っていられるサイズの半透明のドーム状のそれは、学園の魔法実習室にあるものにちょっと似ていた。きっと私の中の防御壁のイメージがそれだったんだろう。

 黒い光の魔法は、この光のドームに吸収されるって判った黒い獣たちがその不満をぶつけるように再び哭いた。

 ぐるるるうるるうるるるるぅぅぅぅぅ

 ぐるるるるうるるうるるるるぅぅぅぅぅ

 そうして3体の獣たちが一斉に飛び掛かってきた。

 粘着く唾液を滴らせながら鋭い牙で切り裂こうとした獣が弾かれ、

 ものすごいスピードでぶち当たり角を突き立てようとした獣が弾かれ、

 大きく振りかぶり鋭い爪を立てようとした獣が弾かれていく。

 しかし、吸収されたり溶かされたりしないと判った黒い獣たちは諦めることなく何度も繰り返し襲ってきた。

 そのすべてを、光るドームは受け止め弾き返している。

 その、この世の物とは思えない恐ろしい光景を中から眺めているのは正直どんなことより恐ろしかった。

 どおぉぉおん、どおぉぉおおん、と攻撃を受ける度に響く音に身が竦む。

 なんとか防御できているようだけど、どこまで持つんだろう。

「助かったが、3人で固まっていたら、何もできなくないか」

 なんだと。助けにきてやったのにお礼の次にいう言葉がそれか?!

 ケルヴィン殿下の言葉にかちんときたけど、その顔を見て文句を言うのを止める。

「お前も逃げるべきだったんだ、りん」

 う。ちょっとぐっと来ちゃった。エロ王太子め、格好いい事いうじゃないか。

「先ほど、伝言魔法で助けは呼んであります。間に合うかは判りませんが」

 あの混乱の中で出せたんだ。さすがムーアさん。あとはこの光の防御壁を、どれくらい持たせられるかが鍵だよね。

 でも、助けがきたとしても、この黒い獣ってどうやって倒せばいいんだろう。

 ごくり、緊張で喉がなった。

 ムーアさんが私の手を取って言った。

「私の魔力を全部お使い下さい。どうか、殿下とりんさんだけでも助かりますよう」

 そんなことお願いされたって困るよ。やめてよぅ。

「あの穴からあの黒い獣が出てくるんだ。どんどん増えるとしたら拙過ぎる」

 ううう。やっぱりここ、なにか封印されてたのかな。

「なんとかしてこの獣を倒して、あの穴を塞がないと。私がこの国に厄災を撒き散らすなどごめんだ」

 ぎりっ、とケルヴィン殿下の口から後悔と歯ぎしりが漏れる。

 ほんとだよ、なんて責任転嫁なこと言えない。嫌な予感がしてたのに、ちゃんと止めなかったのは私だもん。

「…私の作る防御壁ではあの獣の一撃しか耐えられませんでした。

 この国でいったい何人が攻撃を防げるだけの防御を作れるのか」

 ムーアさんが辛そうな顔でいった。ムーアさんは近衛の中でも一目置かれる存在っぽいもんね。そのムーアさんでも駄目となるとかなり厳しいだろう。

 あの穴を何とかする方法だけでも考えないと…そうだ。

「殿下、ムーアさん、このままじりじりーっと移動して、あの穴の上まで移動できるなら、私にやってみたいことがあるんですけど」

 私はその作戦を説明した。


「いいな、誰かの足にぶつかって転んだりしないように気を付けろ」

「「はい」」

 なにしろ狭いドームの中である。転んだ拍子に吃驚して魔法が消えても困るのだ。

「りんは移動が終わるまで、防御壁の維持だけ考えてろ。

 そして繋ぐのは俺の手な」

 ムーアさんには次の段階でお願いすることがあるからね。殿下の魔力を使うのは初めてだけど、ムーアさんの手を繋いでいた両手の、右手だけ殿下に持ち替えて、魔法が維持できていることを確認してから左手も替える。

「大丈夫そう、かな?」

「なんでそこで疑問形になるんだ。りん、生き残って私の魔力を使う練習もするぞ。魔石も私からも渡そう」

 どおぉぉおん、どおぉぉおおん、と攻撃を受け続ける中、にやりと笑って約束を交わす。

「ケルヴィン殿下がぶっ倒れるまで魔力使わせてくださいね」

 どうなるか判らないからこそ、調子こいとくことにする。

「いくぞ」

「「はい!」」

 そうして私達は、床に開いた穴に向かってじりじりとにじり寄った。

 


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