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44時限目

 


「起きて! りんたん、起きて起きてっ!!」

 この客室にもあの目覚ましがあるんかいと思ったら、なんと吃驚。本人にいきなり叩き起こされた。

 寝ぼけまなこであいさつする。

「エリゼ様? おはようございます?」

「おはよう、りんたん! あのね、すごいのよ。早く起きて、来て!」

 大興奮の美女に、ぐいぐいと引っ張り上げられたけど、私、まだ寝間着だから。無理だってば。

 着替えるまで待ってて欲しいと言ったけれど、ガウンだけ着せ掛けられて引き摺られるようにして、そのまま私は調理室へと連れて行かれた。


 調理室には、ニコニコ顔のメイデンさんやソージンだけでなく、ショッチョさんやケルヴィン殿下やコトラ達も勢ぞろいしていて何やら皆すごい笑顔をして迎えてくれた。

 その視線が集まる中、更にぐいぐいと腕を取られて奥まで連れて行かれる。

 そうして、流し台の前まできたところでエリゼ様が何かを指し示しながら自慢げに言った。

「見て見て! 凄いでしょ!!」

 そこには、なにやら薄茶色いクリーム状のものが入った壺があった。

 顔を寄せるとちょっと油っぽい臭いがする。これは…

「昨日作った廃油石鹸ですか?」

「そうよ!」

 興奮したままのエリゼ様がいきなりそのクリーム状の廃油石鹸に手を突っ込む。

 ぎゃーっ。まだそれ強アルカリ残ってるんじゃないんですか?!

 しかし、得意げなエリゼ様はまったく痛みも何も感じていないらしい。

 その手に少しだけ水をつけると手を擦りだした。

「…泡立ってる」

 そのまま油の付いた皿を撫でていく。おい、公爵令嬢が素手で油まみれの皿を洗うな。

 そんな私の心の突っ込みに気が付かないまま、エリゼ様がお皿を水で流した。

「…油汚れが、落ちてる」

「そうなの!」

 ガシッと、まだ泡の残る手で両手を掴まれた。

「石鹸。出来てる、石鹸ですね、エリゼ様!」

「そうなのよ、りんたん!!」

 やりましたねと二人で喝采をあげる。手についた泡が周りに飛び散ったけど、今は気にしないことにしちゃおう。

 だって、こんなに嬉しい。

 私たちの周りにいる人達も皆嬉しそうにしてくれているのが目に入る。うんうん。良かった。本当に良かったよぅ。

 代用に代用を重ねたら別物が出来ちゃうんじゃないかってどこかで思っていたんだけど。

 でも、ちゃんと石鹸が出来てるなんて。いや、できてないと困るんですけど。でも…あれ?

「え、でも…あれ? 熟成は?」

「要らなかったの。使った灰汁のアルカリが弱かったせいなのか、冷めた段階でのアルカリの強さが、すでに商品として出荷している固形石鹸の値とほぼ一緒だったの!」

 エリゼ様は大興奮していた。でも判る。当然だ。だって。

「じゃあ、これって、そのまま出荷できるんですね?」

「そうなの、でもそれだけじゃないのよ」

 じゃじゃーんとエリゼ様が声を出す。

 それは色の白いクリーム状の石鹸だった。

「これは?」

 先ほどの茶色い廃油石鹸より更に柔らかくトロトロして見えるそれは、白くて綺麗なクリーム状で饐えたような油の臭いも消えていた。

「そして、じゃじゃーーん! もう1つ」

 そっちはわかる。粉状になった石鹸だ。へー。こんな風になるんだ。さらさらしている。

 二つの石鹸に共通することは、白くて油臭くないということだ。つまり。

「この白いクリーム状の石鹸と粉せっけんは、塩析の効果ですか?」

 私の推測に、エリゼ様が笑顔で頷いた。

「人に使っても大丈夫なものに仕上がっている、そう断言できるわ。それほど低刺激で高品質に、廃油石鹸を処理できるのよ!」

 それはすごい。塩析すごい。

 私はエリゼ様の手の中にある白いクリーム状の石鹸を指に取り、そっと臭いを嗅ぐ為に鼻に近づけた。

「ほんとだ。こんなに顔へ近づけても、油っぽい饐えた臭いがまったく無くなってますね。まぁ、いい匂いがする訳でもないですけど」

 なんだろう。ケミカルな匂いって言うのかな。別に使用するのに問題はないんだろうけど。

「そうなのよ。いい匂いというには程遠い匂いなのよね、これ。

 でも花の香りを付けるとなると価格が問題になるし、用途としては別段問題にはならないからこのままになるかもしれないわ」

 うーん。でもなんとかしたいなぁ。

 あ。

「そういえば、こっちのミントは爆弾にならないんですか?」

 私の言葉に、エリゼ様も他のそこにいた皆も怪訝な顔になる。あれ?

「…ミントはあっちでも爆発しなかったと思うんだけど。りんたんの時代には爆弾の材料にする方法が見つかったの?」

 おぅ。言葉選びを間違えてエリゼ様を困惑させてしまった。失敗した。

 そういえば、こういう言い方って言葉遊びとして増えたんだもんね。新しめの言葉の使い方には気を付けないといけないんだね。気を付けなくちゃ。

「あー。えっと、一旦植えると爆発的に繁殖して駆逐しにくい植物を”爆弾”って言ってたんですよ。”ミント爆弾”とか”ドクダミ爆弾”って感じで」

 こちらのデザートにもミントの葉が乗っていることはあったから、ミント自体がこちらにも存在するってことは知ってる。でもその植生までは知らない。

「…どうだったかしら。注目したことが無かったから。でも、そうね。ミントなら葉を摘んで乾燥パウダーにするだけで香りが付けられるわね」

 二人で盛り上がっているところに、ガーランド様が補足してくれる。

「ミントか。我が国では、地方によっては消臭や虫よけにも使われているな。

 栽培も容易でいくら葉を摘んでもすぐに伸びると聞いている。

 りんが言う”爆弾的”育成状況と同じだと思う」

 虫よけにも効果あるんだ。虫よけスプレーにミントっぽい匂いがするものがあるのは、その匂いが男女問わない万人向けなことと夏っぽいからなだけだと思ってたよ。

「ミントの葉を乾燥させて混ぜ込んでみましょう。香りもよくなって、虫よけや消臭の効果が付加できるなら最高だわ」

 私達は、廃油石鹸の更なる進化の予感に胸を弾ませ、顔を合わせて頷いた。

「さぁ。この地域で一番育成し易くて、安価で使用できて、効果が出るミントは何なのか。もしくはミントよりその効果を期待できるものはないのか、とことん調べましょう」

 かなり格好よくエリゼ様の掛け声が決まったところなのに。

「その前に。りん様はお着換えをして、ご朝食をお取りになってくださいね。

 まったく。逸る気持ちは判りますが、レディをそのような恰好で連れまわすのは如何かと思いますよ?」

 エリゼ様付きの侍女ジジョンさんがそう言う後ろではメイドのメイさんも一緒になって頷いていた。

 おう。そういえば寝間着にガウン引っ掛けただけで連行されてきたんだったっけ。てへ。


 気が付けば、すでに陽はすっかり昇りきっていた。

 どうやら昨日の疲れが残っていた私は、皆が朝食をとる時間に声を掛けられたようだがまったく起きなかったらしい。全然記憶にない。

 なので、どうせ鹼化自体は昨日と同じ作業の繰り返しだからと自分で起き出すまで寝かせておこうということになったらしい。とほほ。寝汚くて恥ずかしい。

 そういえばと思い返してみると、調理室でのお披露目の時にファーマさんがいなかったのは、鹼化作業をしていたからなのか。まったく思いつかなかった。

 真面目ですごいな。見習わなければ、とは思うけど、頑張らないといけないことが多すぎてもう無理かも。とほほ。

 軽くシャワーを浴びて、昨日の夜と同じような軽装に着替える。

 クリーム色のゆったりしたブラウスに水色のサッシュ。そして細身の黒い膝丈パンツを合わせる。

 髪は昨日の夜とは違って後ろで一つに纏めて軽く編んで貰った。

「調べ物ならあの防護マスクは要りませんものね」

 そうですね。確かにそれはとても嬉しい。あれは苦手だ。


 まずは遅すぎる朝食兼昼食をと思って大食堂に移動する。

 そこで果物入りの紅茶と大皿に山の様に盛りつけられた山盛りパスタ3種に出迎えられて動きが止まる。

 しかし、よく見ればビュッフェというのだろうか、食べ放題のお店によくある様なシステムになっているようだ。

 お皿に好みのパスタを好きなだけ自分で取って食べるという形式なだけだった。

 よく見ると、昨日の夕飯で食べたタラッリが紫色に染まったサラダのようなものや、ニョッキが浮いたスープや、デザートのタルトなんかも横に並べてあった。

「りん様は、そのタラッリのサラダは食べないでやってくださいね」

 あぁ。やっぱりそうなんだ。苦笑いしてメイデンさんに向かって頷いた。又あんな風に酔ってしまうような失態を犯す訳には行かないのだ。うん。

 ネジネジした細くて短いパスタはストロッツァ・プレーティといって、辛いトマトソースが掛けてあった。窪みの付いた小さな耳たぶみたいな可愛い形をしたパスタはオレキエッテ、大蒜入りブロッコリーソースが絡めてある。わかさぎのフリットがぶっささった前衛的なパスタはタリアテッレという唯一あちらの世界でも見たことがある幅広のパスタでできていた。あ、ソースはサワークリームと生クリームで出来てるんだって。不思議なコクのあるパスタソースだった。

 どれもこれも気になって、ひと口ずつ取ったつもりだったのに、少量ずつを盛りつけるのが結構難しくてかなりの量になってしまった。

「美味しいけど…苦しい」

 とてもではないけれど、デザートに用意されていたジャムタルトまで到達できる気がしない。無念だ。

「あれ、りんはお昼、ここで食べてしまったのか」

 後ろから掛けられたケルヴィン殿下の声に目が座る。なにやら聞き捨てならない言葉を聞いた気がするぞう。

「……どういうことでしょう?」

 ケルヴィン殿下の口元がにやりと片方の口角だけ上がる。

「来る途中に少しだけ見えた港町サリエルで市が立っているらしいから、香料探しに一緒にいかないかと誘いに来たんだ。だからそこで昼飯も食べようかと話していたところだったんだが、りんは見てるだけだな」

 なんと!

「酷い。酷すぎるっ」

 わははと仁王立ちして笑うケルヴィン殿下に腹パンする。

 全く効いてないのもムカつく。

「わははは。なんだ、蚊でもいるのか」

 と挑発されて意地になってパンチしまくったけど、笑ったままだったのが更にムカついた。

 よし。美しいカーテシーやダンスの為に筋トレするつもりだったけど、どうせなら全身鍛えて殿下に会心の一撃を喰らわせてやることを目標にしよう。

 多分、そっちの方が訓練に身が入りそうな気がする。まだ全然トレーニングできてないけど。寝落ちしまくってる自分に気合を入れ直そう。



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