39時限目
「ネシアの街に着いたようね。ここでお昼にしましょう」
馬車に揺られている内に、また寝てしまったようだ。いけね、涎垂れまくってた。
こそこそと膝元に落としていたハンカチで拭こうとしたのに、すっとそれを取り上げられ顎を掴まれて拭かれる。
「ハンカチで乙女の涙を拭くのは絵になるがな。こうして涎を拭かれるのは、りんだけだな」
くくくと笑われて真っ赤になった。
「ガーランド様に拭いてほしいなんて頼んでません」
そもそも自分で拭こうとしたのにハンカチを取り上げたのはガーランド様じゃないか。
「俺が拭きたかっただけだ。許せ」
絶対に許しませんよーだっ。むっきー。
エリゼ様、くねくねしながらこっち観るの止めてくださいよねっ。
お腹空いたし、早く移動しましょう。
「この街の名物でいいかしら」
「おお、名物に旨い物なしといいますね。いいですよ、行きましょう」
なんだその言葉は、と、すかさずケルヴィン殿下から突っ込まれる。
「あちらの言葉です。『どこに行ったのか判り易い、見た目重視な派手なだけの食べ物』こそ名物だという、有り難くも真実を突いた格言ですね」
それは確かに真実かもしれんと皆で笑いながらエリゼ様お勧めのお店に移動する。
「でもこのお店の名物は、その言葉には当てはまらないわ。
どれを食べても本当においしいから期待してね」
それは楽しみだ。期待度上がっちゃうね。
「これがネシア名物ですか」
「えぇ。クレスペッレよ」
まったく甘くないクレープのような、というかクレープみたいにフライパンで一枚一枚丸く薄く焼いて作るパスタなんだっって。あちらの世界のイタリアにも同じものがあるのかな? 知らないけど。
焼き立ての生地に粉チーズを巻いてコンソメスープに浸して食べるのがアブルッツォ風クレスペッレ。
焼き立ての生地に千切ったモッツァレラチーズを包んで、マッシュルームと子牛肉入りのベシャメルソースと一緒にオーブンで焼いたもの。こっちはそのままクレスペッレのオーブン焼きだって言われてだされた。
「あの、このオーブン焼きの名前は…」
「クレスペッレのオーブン焼きだよぉ」
配膳係のお店のおねえさんに笑顔で教えて貰った。うん、それは知ってる。でも手間の掛かっているこちらには恰好いい名前はないのかとツッコミたい。言わないけど。
それとカリフラワーにチーズソースが掛かったホットサラダが今日のランチだ。
「このクレスペッレって、もちもちして美味しいですねぇ」
スープを吸ってふわふわもちもちで食べているのがなんだか楽しい。
「こちらのオーブン焼きも美味しいですね。子牛肉の旨味が溶け込んだベシャメルとモッツァレラチーズと絡まって蕩けるようですね」
自分でニョッキを作ってしまうムーアさんも納得の味のようだ。でも、オーブン焼きの蕩けるソースとの組み合わせは本当に美味しい。
ガーランド様に至っては、無言になる勢いで食べていた。あ、ちなみにコトラのままだ。なんかエリゼ様がちいさなコトラサイズのテーブルを持ち込んで、そこに山盛り盛りつけて貰ったお皿が並べられている。
「お替り。できれば何か肉くれ」
なんだと。私との生活の中では肉の要求などされたことがなかったのに。
帰ったら食生活の早急な見直しが必要か。予算もガーランド様自身からたっぷり受け取ったし(残高未確認)、食べられない食材も調味料もないって言ってたし、ガツンとゴージャスなメニューを作ってみようじゃないか。
なんて。そんなに難しい物は作れないけどねー。はっはー。
「はぁい。子牛肉のカツレツかチーズ入りハンバーグを挟んだパニーノのどちらがいいですかぁ?」
おねえさんがお勧め肉料理を提案してくれる。うん、どっちも美味しそうだ。
「どっちもだ」
ですよねー。
結局、ケルヴィン殿下やデビットさんも追加注文してた。しまくってた。もうすっごい数だった。
子牛肉のカツレツは薄いカツで、エリゼ様が「東京のカミカツみたいね」っていってたけど、なにそれ知らない。なんでも紙の様に薄い肉で作るとんかつなんだって。「出張先で食べたの。あれはあれで美味しかったから覚えているの」だって。東京に出張かぁ。やっぱりエリゼ様はお仕事してたんだね。どことなくエリート臭がする。うん。間違いないな。
そしてなにより吃驚したのは、こっちのハンバーグだ。捏ねてないの! ひき肉纏めて焼いただけなんだって。ひき肉のあのごそごそっとした小さい塊そのままの食感だった。これにスライスしたパルメジャンチーズが乗っていた。大胆な食べ物だったけど、お肉の味がシンプルにガツンと口の中に広がって、これはこれで美味しい。
パニーノはホットサンドイッチのことらしい。ピアディーノというこれでもフライパンで焼くイースト菌なしで作る平たいパンに、いろんな具材を挟んでたべるものなんだって。サラダでもなんでもいいらしい。
ちなみに子牛のカツレツもハンバーグも、私とエリゼ様は一口分だけ取り分けて貰って、残りはガーランド様のお皿行きになった。半分ずつ分けようと話してたけど、無理でした。残してごめんなさい。あ、でも意識はガーランド様だけどコトラの身体なんだから別に気にするほどのことはないのかしら。いつもの食事と変わんないといえば変わらないのか。むむん。いろいろとややこしくて敵わないなぁ。
「お客さん方、すっごい食べますねぇ。デザートはもうちょっと後にしますかぁ?」
その言葉に、ガーランド様だけじゃなくてデビットさんまで反応して吃驚した。
「「お勧めのデザートをありったけくれ」」
味見もしない内に変な注文の仕方しないでくださいよ、ガーランド様、デビットさん。
吃驚しながらも「剛毅な注文毎度ありですぅ」と、おねえさんはニカッと笑ってお薦めだというカボチャとジャムを詰めたトルテローニという甘いパスタを持ってきてくれた。
「これは、私の知っているトルテローニとは違います。私が知っているのは、もっとこう…パスタらしいパスタなんですが、これはもきゅっとしてちょっと伸びるんですね。面白いですね」
…というかこれって。
「「お餅!?」」
エリゼ様と顔を見合わせて歓声を上げた。
「おねえさん、これって、これ、このオレンジ色した皮の部分の、この材料ってどこから仕入れてきてるんですか?」
焦りすぎて言葉に不自由な人みたいになっちゃった。てへ。
「え、あぁ。近所の乾物屋さんで売ってますよぉ」
乾物屋さん。それはまたちょっと意外というか、でももしかしらたお米は乾物カテゴリーといえなくもないのかなぁ。こちらでは主食扱いじゃないもんね。
「そこの角を曲がったところにあるお店ですよ」と言われて、私とエリゼ様はまだ皆が食べている間に席を立った。
「私がお供します」
ムーアさんだけが一緒に付いてきてくれた。
同じ下町なのに、王都の街並みと全然違って見えるのは、建物がみんな2階建てまでなせいなのかもしれない。あと、お城も城壁もないので視界を塞ぐものがない。だから明るく見えるのかもしれない。
「あのお店でしょうか」
ムーアさんが指さした看板には、確かに乾物屋の文字が書かれていた。
エリゼ様と顔を向き合わせてお互いに頷く。気合を込めて、そのお店に足を踏み入れた。
「すみません。少しお話をお聞きしてもいいですか?」
「はぁ、残念」
売っていたのはなんというかタピオカを板にしたような乾物だった。小麦粉とキャッサバ粉を練って乾燥させたものを売っているのだと教えて貰った。
水に浸して柔らかくしてから餡になるものを包み、茹でて食べるらしい。
あ。乾燥タピオカも売ってたよ。だからタピオカ餅と一緒にそれも買ってきた。
お餅は水で1時間戻して20分程茹でるだけだけど、タピオカは2時間も茹でるときいてタピオカの方は止めとこうかと思ったけど、石鹸は8時間煮るんだからって思ったら大したことない気がしちゃって買っちゃった。だけど、冷静になってみると、やっぱり2時間って長いよね? やっぱりやめておくべきだったかなぁ。
「キャッサバ粉が買えたのはちょっと嬉しいわ。うふふ」
キャッサバ粉って何に使うんだろ。タピオカしか判んないや。あ。キャッサバ粉はオレンジじゃなくて赤かった。あのタピオカ餅は、小麦粉の黄色と混ざってオレンジになってたみたい。
「いつか、りんたんにもご馳走してあげるわね。楽しみにしててね」
キャッサバ粉を抱きしめて、うふふと嬉しそうに笑うエリゼ様が自慢げで可愛いから問い詰めないで上げましょう。期待して待っていよう。
お店に戻る道すがら、研究所へのお土産だと焼き菓子を大量購入したりしながら商店街を歩いて戻った。
お店の中では、まだガーランド様とデビットさんがとにかく追加しまくって、食べて食べて食べてたべて食べて。横でケルヴィン殿下がげんなりした顔をして座っていた。だよね、私も毎食時、恐怖映画な気分になるもん。
結局二人は材料が無くなったと一時閉店させてしまうまで食べ続けていた。
「旨かったな。ちゃんと旨い名物だった」
あはは。あっちの商業主義の名物とは根本的に違うみたいですね。うん。
「あのクレスペッレっていう、クレープみたいのなら家でも作れますかねぇ」
生地に入れる砂糖の量を控えれば作れそう。砂糖高いから使わないで済むなら嬉しいかも。
「クレープなら、こちらでも食べますよ。綺麗に畳んで、オレンジのリキュールを掛けて焼いて食べるんです」
なんとお洒落な食べ方をするんだろう。ハッキリ言って別物だね。
「あっちでは、生クリームやジャムや果物を巻いて歩きながら食べるんですよ」
歩きながら食べるんですか? と驚くムーアさんの顔が可愛い。
「今度一緒に作ってみましょうね」と盛り上がる。でも家の中で食べることになるから、ナイフとフォークでだな。うん。あの油が浸みてこない厚手の紙もないしね。
「甘い物より、俺は塩気があるものがいいな」
ガーランド様ったらあんなに食べて、まだ食べ物の話できんだと思いつつ「サラダとか茹で卵やチーズを巻いても美味しいですよ」と提案するとケルヴィン殿下も食いついてきた。みんな凄いな。食べ盛りなんだねぇ。
「友木りん嬢のいう、”あっち”というのはどこなんですか?」
キタ。ただ会話を普通にしてただけで別にデビットさんに対して罠を張ってたとかじゃないけど、引っ掛かったとか思っちゃった。
「デビット、りんはな、遠い異国の出身だ。旅の途中に事故にあってな。その事故が原因で記憶が混乱しているようだ。もう一年以上前になるので、いろいろと思い出しているようだがそれが食べ物関係ばかりなのがな。なんというか食い意地が張っているだろ?」
ケルヴィン殿下、さっき取り決めたばかりの設定をご説明ありがとうございます。やたらスムーズに口にするのは、私と相談する前にとっくに決めていたって事ですね?
なんというか胡散臭さ爆発してる気もするけど、ケルヴィン殿下たちと同列だって前に言っちゃってたのと併せて、デビットさんの頭の中では、なんか明後日な方向に妄想が進んじゃったっぽい。
いきなりデビットさんの顔に敬う色が出て、うへぇってなる。
妄想の肩書き一つで対応って変わるんですね。安っ。
馬車に乗り込んで、ひと息つく。
「デビットは、あの説明だけで10は妄想してそうだな」
くくく、と悪い顔をしてケルヴィン殿下が呟いた。酷いなぁ、もう。
「騙すのはちょっと心苦しいんですけどね」
でも全部説明する気にはならないのがなー。デビットさん自身のせいでもあるし、仕方がないって判ってるけどさ。
「仕方がない。すべての人間を無条件に信じ情報を渡すことはできない。ある程度の区別は必要だ」
ですよねー。判ってるんだけどさ。でもさっ。ケルヴィン殿下が言うみたいには、なかなか思い切れないんだよね。これが凡人の凡人たる所以か。
うじうじと悩んでいると、ガーランド様が私にどすんと寄りかかりながら言った。
「りんが気にする必要はない。そんな妄想に惑わされる方が悪いんだ。
あいつは自分の中にある小さな常識に囚われ過ぎている。
別の国どころか隣あった町同士でも常識だと言われる事柄は違うのだという事がまったく判っていないのだ。それでは大きな政に関わらせることはできない」
精々が今の、命令をこなす手足としての役割がいいところだ、それだけ言ってガーランド様はまた単なるコトラに戻ってしまった。忙しいんだろうなぁ。
「りん、ガーランドのいうことは正しい。そして、デビットの事は、お前も何も知らないだろう? なら、デビットがお前の事を知らなくても当たり前だ」
なるほど。発想の転換というか、視点を変えればそうも言えるんだ。
視野が広いというのはこういうことかと、ちょっとケルヴィン殿下を見直した。
メシ屋のある街、ネシヤ
侍女はジジョン、メイドはメイさん
私のネーミング、雑すぎ




