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36時限目

 


「ラノーラ王国とアーリエル皇国は、これまで何度も戦争を繰り返してきた。

 その原因は、天候不良による飢饉だったり、流行り病による国としての衰えだったり色々だった。

 そして今、それを乗り越えて皇国から同盟という手が差し伸べられている。私はその手を掴みたい。お互いの国民の暮らしをよくする為にできることを一緒に探していこう」

 ケルヴィン殿下とガーランド様、そのどちらが先に手を繋いだのか。

 それはがっしりと強く固く結ばれていた。

 ゴードン公爵様も、一緒に頷いていた。すぐ傍にいたアマリリス様も嬉しそうだ。勿論、私も。

「王太子殿下と皇太子殿下との間で合意はなされたようですね。あとは、りんたん。君の心次第だ」

 どうすると言われましても、何が?

 いきなり公爵様にそう話題を振られたけど、なにについて心を決めればいいのかさっぱりだ。

「廃油石鹸と、クリーム状の石鹸の提案、塩析といったか出荷までの工期短縮および粉せっけんへの可能性。これらはりんたんがいなければ、私達には試作すら辿り着けなかかっただろう。つまりは君の功績だ」

 えぇ?! エリゼ様の功績ですよ。私にできたのは雑談レベルの提案だけですもん。

 言葉にならずに片手を顔の前で必死に横に振る。ついでに顔も横に振りまくって否定する。

「感謝を伝え損ねていたが、りんたんのお陰で猫にされたアーリエルの皇太子殿下をお守りできたとも聞いている。戦争回避のために助力してくれたことにも感謝を」

 深く公爵様とアマリリス様、さらにはその部屋の隅にいた使用人の人達にまで頭を下げられてオロオロすることしかできない。どうすればいいのこれ。

「タイガを助けたのは、戦争回避の為じゃなかったんですけど…」

 困ったな、そう思ってガーランド様の方に視線を向けると、ガーランド様はあの頃を思い出しているのだろうか、妙に懐かしそうな笑顔をして頷いていた。

 まあね、いろいろあったよね。うん。

「私が元いた国には、戦争なんかなくて。えっと世界的にはしているところもあったんですけど、私達は戦争を知らない平和ボケ世代って言われるほどもうずっと戦争してなくて。それくらい戦争というものを知らないんです」

 うまく伝えられるか判らないまま、私の気持ちを言葉にしていく。何が伝えられるのか、伝えたいのか判らないままだったけど。

「そんな幸せな世界があるのか。うらやましい」

 言葉を探している最中だったからだろうか。誰の口から洩れたのかもわからないその呟きに、どう反応していいのかわからなくて固まってしまった。

 自分が幸せじゃなかったなんて、どう言葉にすればいいのか判らない。口に出せるほど消化できていない。

 戦争がないという幸せを知らなかった訳じゃない。世界に戦争がなかった訳じゃない。だからTVの中ではたくさんの戦争の悲劇を報じるニュースが流れていたし、戦争をテーマにした映画やアニメが沢山あった。大好きなキャラ達が死んでいく世界は虚構でも嫌で仕方がなかった。それでも、戦争がない世界に生まれただけで幸せだなんて思えない。

 私が、初めて幸せだと思えたのは、この世界に来てからだ。

 タイガの柔らかさと温かさに、女将さんの強さに、ムーアさんやエリゼ様の優しさに。

 自分の悲しみや苦しさ以外に目を向けられるようになったのも、ここに来てからだ。

「私は、この世界にきてしまった時とても怖くてずっと泣いてました。そんな私にこの世界の人達は優しくしてくれました。幸せを教えてくれました。自分が、そんな人達のお役に立てたなら嬉しいです」

 自分に何ができるのか判らないけど。自分にできることはやりたい。できることがないなら、できることを増やしていきたい。

「自分にできることがあるなら、頑張りたい。今はできなくても、いつかできるようになりたいと思います」

 ぺこりと頭を下げる。うん、喋っている間に、ほんとに何が言いたかったのかよく判んなくなっちゃった。てへ。でも、この感謝の気持ちは本物なのだ。

「ガーランド様。アーリエル皇国の人達にも、流行り病や食中毒を防ぐ手段を提供できたら、私も嬉しいです」 

 支えてくれた全ての人に。その、私を支えてくれた人を支えてくれている全ての人に。

 感謝の気持ちが届けられたらとても嬉しい。

「りん。ありがとう」

 タイガの力になれたら、嬉しいよ。

「判った。では私はここで集めた意見と現在の状況を陛下に報告してくる。

 実際にはエリゼによる廃油石鹸の試作結果によるとは思うが、試作するにしてもこの1回では完全なものにはなるまい。材料となる廃油と竈の灰、そして国内にある炭酸塩を掻き集める算段を付けてくる。

 セバス、エリゼにそう伝えておいてくれ」

 公爵様のその言葉に、そっと家令さんが頭を下げた。家令さんの名前、セバスさんっていうんだね。いつかまたお世話になるかもしれないから覚えておこっと。

 ずいぶん遅くなってしまったしそろそろ家に帰らなくちゃと公爵様と一緒に出ようとしたら、アマリリス様と、なぜか公爵様にまで泣きつかれた。

「「エリゼがいない間に、りんたんを帰してしまう訳にはいかないの」だ」そうだ。 結局、今夜は公爵邸に泊まることになってしまった。意味が判らない。嘘です。判りたくないだけです。はぁ。



「本当に、入浴のお手伝いは必要ございませんか?」

「だ、大丈夫です」

 というか、無理だからっ。日本人に、入浴補助を受け入れるとか無理すぎるでしょ。

「では準備のみさせていただきますね。バスに使うオイルは如何いたしますか? ローズ、イランイラン、ベルガモット、ティーツリーブレンドが人気がございます」

 疲れたし、華やかな香りは無理だな。

「落ち着いた感じの、リラックスできる香りってありますか?」

「それならカモミールは如何でしょう。優しい香りでリラックスできると思いますよ」

 小瓶の蓋を開けて軽く手で扇いで香りを嗅がせてくれる。ほっとするような柔らかな香りだ。

「これでお願いします」

 にっこりと了承してくれたメイドのメイさんは、浴室の使い方や洗顔料、石鹸で頭を洗う前に塗り込む蜂蜜の使い方や、石鹸で洗った後にすすぐ時に入れるレモンの香りが付いたお酢(レモン汁じゃないんだって。レモングラスっていう葉っぱが漬け込んであるお酢)の使い方、石鹸で顔を洗った後に塗り込む顔用オイルの使い方…と次々教えてくれた所で、ギブアップ宣言をした。

「すみません。覚えきれません」

「ハイ。では、こちらの湯浴み着のみを着用して私をお呼びください。全身まででなくとも湯浴み着を着たままで出来る範囲でのお手伝いだけさせて下さいませ」

 この世界には、こんなものがあるんだ! なんかセパレート水着っぽい感じの上下セット。これを着てならだいぶ抵抗感が低くなるね。

「ありがとうございます」

 着替えを入れるランドリーボックスの場所を指示して、メイさんが浴室から出て行った。

「ふぅ。とりあえず、下着だけでも洗っちゃおう」

 このまま自分の下着までいつの間にか洗われてたらいたたまれないよっ。私は誰も見ていない浴室でこそこそと湯浴み着に着替えて下着だけこそっと洗って隅に隠した。後でこっそり干しておかなくちゃ。

「あの、着替え終わりました」

 ドアのすぐ前で待っていたメイさんを招き入れたことを後悔するまで、そんなに時間は掛からなかった。


「では、御用がございましたらこちらの紐をお引きください」

「ひゃい。ありりゃとうごひゃいまひら」

「おやすみなさいませ、友木りん様」

 そう頭を下げて出て行ったメイさんを見送る。

 ふにゃふにゃになるまで、全身マッサージされた。というか磨き立てられたというか溜まってた汚れを落としまくられた気がする。とほほ。もうお嫁にいけない。

 フィル草だけじゃ洗浄力が低すぎたみたいだ。臭くはなかったと思うんだけど、なんか肌が白くなった気がする。むむむ。気が付かなかっただけで臭かったんならどうしよう。でもムーアさんならともかくケルヴィン殿下は臭かったらそのまま言い放ちそうだからきっと大丈夫だったと思う。思いたい。

 ベッド脇に置かれたテーブルに用意されていた水差しから、レモンの入った水を飲んだ。喉がカラカラだったからすごくおいしい。

 そのままベットに倒れ込んだ。

「なんというか、本当にここって客室なのかなぁ」

 泊まるように言われて案内されたこの部屋は、可愛い小花模様がそこかしこにあしらわれた可愛い部屋だった。まるでお花畑にいる気分だ。客室といわれたけど、なぜだか違和感が凄い。

 客間って、こんな風に続き部屋になっているのが普通なんだろうか。

 しかも応接セットのある部屋と、勉強用の机や書棚が揃っている部屋と、天蓋付きの四柱式ベッドのあるこの寝室(大型クローゼット付き)の、3部屋続き。ちなみに、さっきまで私が絶叫を繰り返していた浴室は、この寝室の続きにあって完全にこの客室専用だ。別にトイレもあって、この部屋だけで住めそうな気がする。

 いくら公爵邸の客室とはいえ単なる客室がこんなに豪華なものなのだろうか。

 これを確かめたら負けだと判っていても、怖いもの見たさというのだろうか、どうしても開けずにいられない。そう思いつつ眠気と戦いながらも立ち上がってクローゼットを開ければ、そこは想像通りのもので埋め尽くされていた。

「学園の制服と魔法服もあるんだ…」

 やったね、いつでもここから学園に通えるね! じゃねーわっ。

 先ほどの選ばなかったドレスもここに戻されていた。はぁ。

「ん?」

 クローゼットの奥に、さすがに私が着るには小さすぎるドレスがそっと吊るされていた。

「…エリゼ様。一体いつから準備してたんですか」

 いくら私が小さいとはいえ無理でしょといいたくなるようなアプリコット色のオーガンジーでできたワンピースドレス。胸元についている花のコサージュが可愛い。これが入るのは小学生、それも低学年までだろう。…でもゲーム画面の中だとキャラ達よりずっと背が低いことしか判らないだろうし、とりあえずで作ったのかもしれない。

「まったく。筋金入りのド変態なんだから」

 それにしても、まさか3歳で喋れるようになってすぐに私のことを両親に相談していたとは思わなかった。

「『りんたんを守りたいの』…か」

 いくら前世の推しだったとしても、やりすぎですよ、エリゼ様。


「りんたん、一緒にお泊り嬉しいわ!」

 ノックもせずに飛び込んできた美女はまさしくそのエリゼ様だった。

 私は今日何度目か判らないため息を長く吐きながら、手にしていた小さなドレスを仕舞い、寝室で二人きりなどという恐怖体験を阻止するべく迎撃態勢に入ることにした。

「エリゼ様、親しき中にも礼儀ありですよ」

 慌てて向かった応接室で、私が言おうと思っていたことを先にいって諫めていたのはメイドのメイさんだった。

 ありがとうございます。ここで食い止めておいていただけて嬉しいです。

「どうしたんですか。何か問題でもありましたか?」

 もしかして、灰汁作りが上手くいかなかったんだろうか。

「ううん。りんたんの顔をみて『おやすみなさい、りんたん』って言いたかったの」

 …さいですか。はぁ。

 満面の笑みを浮かべたその人の心から嬉しそうな顔を見ていると、怒る気力もなくなってきた。毒されてきたか。

「おやすみなさい、エリゼ様。今日はお疲れさまでした」

 朝からチョビ髭退治して、ちょこっとだけど登校して、午後からは廃油石鹸について打ち合わせしたり資料作ってたんだろうな。毎日すごいアクティブだ。

「…りんたん。りんたんに、労って貰えるなんて。生きててよかった。頑張ってよかったぁぁ」

 そんなですか。もう。なんで泣いてるんですか。やめてくださいよ。

 菫色した綺麗な瞳に見る見るうちに涙が溜まっていくのを見ていると、意味不明すぎて混乱するわっ。

 まったく。美人で完璧にしか見えないのに、中身ポンコツですね。

「今の会話のどこに泣く必要がどこにあるのかまったく判りません」

 すでに寝間着に着替えていたのでハンカチも持っていなかったので、指でぽろぽろと溢れてくる雫をふき取ると、更に泣かれて困り果てた。

 メイさんが貸してくれたハンカチを渡してエリゼ様を部屋まで送っていくことにする。

 もちろん、すぐ隣の部屋だった。



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