34時限目
着替え終えて2人と1匹に戻り、連れだって馬車の乗降所に向かった。
さすがに隣国皇太子様が学園から下宿まで1時間掛けて歩いて帰るのは拙いと王宮から指示がきて、今日から馬車で通うことになっていた。面倒臭い。
馬車番に声を掛けて裏からここまで馬車を廻して貰うようお願いして、待合室の一角で待っていることにした。歩かなくていいのは楽だけど、手続きとかいろいろ面倒臭い。
何度でも言う、面倒臭っ。
「でも、歩いて帰るよりマシじゃないか?」
「ガーランド様は登下校中はコトラになって鞄の中で寝てるだけじゃないですか」
「登下校に時間取られるとか無駄だろ」
なんて情緒のないことをいうのだ。
登下校中、お話しながら歩いて帰る楽しさはお茶を片手に話をするのとはまた違った楽しさがあると知ったばかりの私には、馬車を使うことで短縮できた時間よりずっと価値があると思っている。
だって。いくら皇太子様用に用意された馬車とはいえ、結構揺れるので油断してると舌を噛みそうになるのだ。楽しくお喋りするのは難しい。というか、今朝、ちょこっとだけど噛んだばっかりだ。散々笑われたし。むぅ。
「無駄じゃないもん。お夕飯のメニューを一緒に決めたりしながらお喋りするの楽しいし」
ぷぅ、と口を尖らせて反論する。仕草が子供っぽい自覚はあるけど、ついしてしまった、 その唇を、指先で摘ままれた。うおぅっ。
「ふぁにふふんふぇふふぁ!」
くそう。文句を言おうにも、人間に戻ったガーランド様に口先を摘ままれているので声がちゃんと出ない。むきーっ。
「『そんな顔してると普段からそんな顔になるぞ』と脅すつもりだったが、これは楽しいな」
あはははは、と楽しそうな笑い声をあげるガーランド様の腕にしがみついて外そうとしたけど、やっぱり力の差がありすぎて外せない。むきーっ。
「ガーランド様、女性の顔にそんなことをするのはお巫山戯がすぎますよ?」と、ムーアさんが諫めてくれたりと阿呆すぎる攻防を繰り広げていると、馬車番が準備ができましたと声を掛けにきてくれてようやく私(の唇)は解放された。
ちょっと馬車番の人に見られた気がする。あの意識して無心になっているようなあの瞳は『私ハ何モ見テマセン』と書いてある気がする。恥ずかしいっ。
「まったくもう。本当にあの顔のままになったらどうしてくれるんですか」
抓るほどではなかったものの、それなりの力で摘ままれたままになっていたそこは少し腫れぼったくなっている気がする。なにより腕を外せなかったことが悔しい。
「その時は、俺が嫁に貰ってやるよ」
安心するがいい、と豪快に笑って言われる。むむん。できない事をいうのは止めて欲しいですな。
「ご冗談を」
ほほほとこちらも笑って返しながら、馬車の待つ場所へ移動する。
そこへ、何かが飛んできた。
「ちちちちち、ちちっ」
その子は慣れた様子でムーアさんの左手に留まり、右足に結び付けられた紙がそこから外されたのを確認すると、また「ちちち」と鳴いて飛んで行った。
「ムーアさんは、小鳥使い様だったんですか」
飛び立っていく姿を見送る。うう。私にも触らせて欲しかった。いいないいなー。
綺麗な菫色をした小鳥ちゃんだった。ふわふわしてて、真ん丸で、金色をした小さな瞳が最高にキュートだった。やっぱり戻ってきて触らせてくれないかなっ。
「ふふ。あれはエリゼ様の小鳥ですよ。伝言を持ってきてくれたんです」
そういって先ほどの紙を広げて見せてくれた。
なるほど。エリゼ様の伝言魔法は小鳥ちゃん魔法だったんですね。ほう。
「これは…」
手渡された紙には、『私の愛しいりんたんへ。廃油石鹸について父が話をしたいと言っているの。だから今夜は私の家で、一緒にお夕飯食べましょう あなたのエリゼより♡』と書いてあって、思わず遠い目になる。えーっと。
「あの、エリゼ様のおとうさんって…」
「ゴードン公爵家ご当主、バーナード様ですね」
ムーアさんが笑顔で教えてくれる。ですよねー。
公爵様と会って話したくなんかないんですけど。お夕飯なんて言葉に騙されないぞ。テーブルマナーの必要な晩餐が出てくるに違いない。晩餐用にドレスに着替えろとか言われたら大変だ。第一ドレスも持ってない。無理だ。
ごちゃごちゃ理由をつけてみたけど、心は一つ。
「行きたくないです」
おうちでゆっくりご飯食べて、足の筋トレして、なんならムーアさんから貴族年鑑をお借りして読みながら筋トレでもいい。とにかくお家で過ごしたい。
「お気持ちは判りますが、公爵様はとても快活で良い御方ですよ。ご安心ください」
むー。そりゃね。あのエリゼ様のやりたい放題を受け入れる度量があるんだから善い人なんだとは思う。でもなぁ。
「…この世界の役に立てる人間になりたいんだろ? 覚悟決めろよ、りん」
ガーランド様の大きな手でぼふんと頭を叩かれた。そのままぐりぐりぐりっとされる。
「やめてくださいよ。髪型が崩れるでしょ」
「崩れるほどちゃんと纏めてもいないじゃん」と笑われたけど、まっすぐになるように梳るのも結構面倒くさいんだからね? 男の人って本当に判ってないんだから。でも。
「…判りました。お伺いしますって、どうやって伝えたらいいでしょうか」
ため息をついて了承し、ついでに連絡方法について訊いてみるとムーアさんが眉を上げて楽しそうに提案してくれた。
「ちょっとティリー先生に協力して貰いましょうか」
そうムーアさんはいって、馬車番に「すまないが少し校内で用事ができた」とだけ伝えて一緒に校内へと引き返すよう促された。
「まったく。私用に呼び出さないで貰いたいな」
「でも、実践に勝る練習はないっていうじゃないですか」
カフェテリア横にある東屋で、立ったままで話すクロティルド先生の表情は硬い。
ここは、生徒や職員が伝言魔法を使う時に来る場所なのだそうだ。そういえば、ムーアさんもエリゼ様もどこかと連絡を取る時に、いつも席を外していたもんねと思い出す。
別にきちんとこの東屋で使用することと学園の規則で決まっている訳ではないらしいけどなんとなくみんなここから送るようになったそうだ。
そんな訳で、再び魔法服へ着替えてここにいる私なのですよ。
「…今日一日で何回着替えることになるんだろう」
これが終わったらまた制服に着替えて、公爵家に行く前に着替えて…、なんて考えてしまうと遠い目になっちゃうのは、仕方がないよね?
「おい、友木りん。ちゃんと伝える言葉と相手は決めてあるんだろうな?」
う、クロティルド先生怖い。でも当然だよね。時間外労働なんだろうし。ううう。私用で残業させてすみませんっ。
送る文字については、なんかムーアさんが「エリゼ様に〇って伝えればいいだけです」って言ってたからそれだけでいいんだろう。一文字だけならたぶん大丈夫だろうって事らしい。 だから、ゆっくりと肯いてみせた。
「今回は、1つの記号を、エリゼ様に送ればいいだけみたいです」
それを聞いたクロティルド先生も、ゆっくりと肯いて、「では祈るがいい」そう言った。
ムーアさんから預かった水宝玉のペンダントを握りしめて祈る。
最初に光の珠を思い浮かべ、その子にエリゼ様のところに行って貰って、円を描いて貰うのだ。
その様を想像し終えたところで、クロティルド先生が「よくやった」と声を掛けてくれた。
「え? あの…」
成功できたのだろうか。実感ゼロなんですけど。えーっと?
「ちゃんとエリゼリア・ゴードン公爵令嬢のところへ、光の”〇”は届いてましたよ」
にっこりと笑顔のムーアさんが教えてくれた。
「そうだな。伝達速度も、光の強さも文字の大きさも申し分ないだろう。合格だ」
まるで見てきたように二人がいうので頭の中が疑問でいっぱいになる。どういうことだってばよ。
くすくすと笑うムーアさんが種明かしをしてくれた。
「だって、エリゼ様はそこですから」
指を指された後ろを振り向くと、エリゼ様が立っていた。うぉっ。力いっぱい抱きしめられる。
「さすがね、私のりんたんは最高だわ!」
ぐえぇぇぇ。そして私は、首を絞められるのではなくて頭の部分をぎゅうぎゅうに締め付けられるだけでも十分苦しいのだということを初めて知ったのだった。知りたくなかったけど。
「ごめんなさいね。つい、りんたんの魔法が成功したのが嬉しくて」
真っ赤になって反省する美女。たしかにご褒美な気がするけど、いつか私はこの美女の暴走で死ぬんじゃなかろうか。そんな気がする。
「りんたん、父の招待を受けてくれてありがとう。では一緒に行きましょう?」
ぼーっと阿呆なことを考えていたら、魔法服のまま連れ去られた。
着替えが一回減ったなとは思ったけど、一回くらい減ろうが増えようが関係ないことをこの時の私は気が付いていなかった。
「じゃあ、次はこれ着てみましょう」
着てみましょうといわれているけど、実際には着せられているだけである。
誰がといえば、私、友木りんが。
誰にといえば、エリゼ様の家の選り抜きの腕を持つ侍女達に。
着付けられている間に、さささとヘアメイクまで変わる。勿論、ちゃんとヘアワックスとかスプレーとかないから動いたら崩れるというかイメージを確認するためだけのものだけど。
ちなみに、ここは王都第一廓内に建っているゴードン公爵邸にある、エリゼリア嬢の私室である。広い。とにかく広いこの部屋が、衣装を決めてヘアメイクを施すためだけにある部屋だということに驚愕する。
そして、その部屋にはいま、所狭しとドレスや靴や装飾品が置かれていた。
プリンセスラインの可愛いドレス、Aラインの大人しいドレス、エンパイヤラインの上品なドレス(一番着ていて楽だったのはこれ)、スレンダーラインの少し大人っぽいドレス。
どれもこれも、繊細なレースや品の良いフリルで飾られている美しいドレスばかりだ。
「まだドレスに慣れていないでしょうから、この葡萄石色のエンパイヤドレスを腰のリボンで裾を少し上げ気味にして着付けるのは如何でしょう」
勧められたのは、先ほど試着した時に、一番着心地の良かったドレスで、青とも緑ともつかない淡い色をしたオーガンジーを何枚も重ねてまろやかな色合いを出したもの。生地が軽いせいか、とても軽くて柔らかな裾の動きが、雑な私を綺麗に見せてくれる気がした。
本当なら足元はすっかり隠れていないといけないらしいんだけど、まだ成人前だし足首までで許して貰えることになったらしい。ちょっとホッとする。
「そうしたら、靴はこれがいいかしらね」
そういって貸して貰ったのは、ヒールの低い、柔らかなクリーム色をした布製の靴だった。
「…あの、これはもしかして」
先日、エリゼ様に貸して戴いたダンスシューズはサイズ的にはそれほど大きい訳ではなかったけれど、足の甲とか幅があまりにも違っていてティッシュを詰めて調節したのだ。それなのに、いま履いているこの靴は、あまりにもピッタリ過ぎた。
「もちろん、りんたんのよ。あのお店で作ってもらったの」
ニコニコと言い切られて眩暈がした。もしかして、このドレスもエリゼ様のお古じゃないんじゃ…。
「ドレスは靴と一緒に作った訳ではないわ。制服を作った時に一緒に仕立てたの」
違わないじゃん。全然ちがってないよ! 一緒だよ!!
「そんな顔しないで。りんたんは、私と一緒にこの国を良くしていくお手伝いをしてくれるのでしょう? それならこういった武装も必要なのよ」
ちょっと困ったような笑顔を浮かべてエリゼ様が説明してくれる。
「武装、ですか」
「そうよ、武装なの。新しいことを提案した時に、受け入れて貰うために使える武器は多い方がいいでしょう? こういった手段を取らなくても根気よく交渉すれば受け入れて貰える時は来るかもしれないけれど時間は有限なの。浪費した時間で人の命は容易く消えていくわ」
……。それは、クロティルド先生のおうちの逸話にもあった流行り病の話だろうか。それともムーアさんが少しだけ話していた治水工事のことだろうか。エリゼ様の領地で起こったという大きな被害を起こした災害対策のことだろうか。
エリゼ様達が後ろに背負った大きなものの前には、私の意地なんかちいさなものなのかもしれない。
「そうですね。意地を張るべき所を間違えてはいけないですよね」
まだ少し納得しきれないところはあったけど、ケルヴィン殿下の言っていた『流行り病が蔓延る前に』間に合うように努めるしかない。…あれ?
「そういえば、石鹸て流行り病が蔓延る前までの増産を目指すのでいいんですか?」
その前の、夏の食中毒対策の方が効果ありそうなのに。
着付けを終えて、ヘアメイクを施されながら思いついた疑問を口にすると、「お口を閉じられませ」と侍女さんに睨まれた。うへ。
「…食中毒の時期には、今からじゃもう間に合わないもの」
ちょっと悔しそうに、エリゼ様が呟いた。ふむ。
「そういえば、廃油石鹸で思い出したことがあるんですよ」
私はそう話し出して、また侍女さんに怒られた。
今日は怒られてばっかりだ。




