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「友木りん、少しいいか」

 小休憩中、ノックの後に入ってきたのはクロティルド先生だった。

 私とムーアさんとコトラの姿をしたガーランド様の3人しかそこにいないことに少し眉を顰めたけれど、特にそれについて言うつもりはないようだった。

 まぁね、本当ならここには臨時講師としてケルヴィン殿下とエリゼ様がいないといけないんだよね。いなくても大丈夫って言っちゃったのは私だけど。

「午前中の、あの足跡事件の犯人たちに対する処罰が決まった」

 はっとした。疲れにだらけていた身体へ緊張が奔った。

 クロティルド先生の言葉に集中する。

「彼女達は1か月間の自宅謹慎になった。国からの罰則としての自宅謹慎なので、もし個人的な外出や他家との交流が少しでも確認された場合は最低3か月の”コリ”が科せられることになるそうだ」

 コリ? 肩こりしかわかんない。魔法で3か月間ずっと肩こりにさせるとかキツイとは思うけど、処罰にはならないような気もするよね?

「コリがわからないか。垢離と書く。教会区にある地下150mにある地下水路で行われる、まあいわゆる精神修行の一つだな。

 かなりの苦行らしいぞ。過去に受けさせられた者は皆、性格がまったく変わって戻ったとされる」

 ひえっ。地下に3か月閉じ込められるだけでもご令嬢には厳しすぎるんじゃないですかね。しかも閉じ込められるだけじゃなくて、修行付き。それは怖い。

「…それは、厳しすぎるんじゃ」

 クロティルド先生の片眉がきゅっと持ち上がる。

「だって、誰かが怪我をした訳じゃないですし」

 実害なかったんだし。ねぇ?

「穢してはいるな。穢れを発する者は、魔法を使う者として相応しくない」

 …なるほど。巧いこと言いますね。

「魔力は、正しく使えば多くの人を救うことができる奇跡の力と成り得るが、悪しき心に従ってその心の赴くままに揮えばそれは世界に巣食う闇となる」

 それは、なんとなく判る。

 薬は、人を救うこともできるけど人を害する毒になるっていうのは散々あちらの世界でも聞かされてきた。すべては使い方次第だと。きっとそれと同じだ。

「なにより、その心の動きの基となる起点が悪い。相手が平民だから、自分が貴族だからというのも嘆かわしいことだ。

 私たちがなぜ貴族でいられるのか。貴族としてこの王国で敬われる存在となり得たのか。

 それはこの高い魔力により、魔力の低い民を守ってきたからだ。

 敵を挫き民を守る力として魔力を揮う代償として、私たちは民より生活を支えられているときちんと理解しておくべきなのだ」

 正しき心で人を救うのか、悪しき心で人に巣食うのか。

 民からの支えと代償として揮う守る力。その使い方。

「…魔法を使う者としての、心の動きの基となる起点。心の在り方」

 私も、きちんと心構えを持たないといけないんだ。

 私はここを卒業したら王立魔法院の魔法師になる。それは私が望んだものではないけれど、契約したのは私だ。

 正しいと自分が思えることにしか、魔法は使わない。

 当たり前だと思うことを当たり前にできる自分でいたい。

 その自分にとって当たり前だと思うことが、誰かを笑顔にできるものでありたい。

「私は…私も、エリゼ様みたいに誰かを笑顔にできる力の使い方をしたいです」

 思い付きで動くのではなく、それが本当に正しいことなのかちゃんと考えてから行動できるエリゼ様みたいに。自分が正しいと思うだけでなく、それが沢山の誰かにとっても正しいものとなるように。

 ちゃんと考えられる自分になりたい。

「……りんが、あんなド変態になりたいなんて言い出すとは思わなかったな」

 なっ?!

「ち、違いますー!! そっちじゃないですっ」

 くそ皇太子めっ。違うって判ってるくせにぃぃぃ!

「く、クロティルド先生まで半眼で私を見るのは止めて下さいよっ」

 昨日、初めて見たエリゼ様のド変態片鱗を思い出しているのだろう。クロティルド先生の表情が死んだようなそれになる。

 イヤァァ。ド変態になりたいわけじゃないんだからねっ!?


 何度も否定したけど、本当に通じたかよく判らない反応をしながらクロティルド先生が退出していき、ダンス室に取り残された私達はより疲れを増していた。

「小休憩の筈だったのに。却って疲れた気がする」

 ホントですね、とムーアさんが苦笑しながら同意してくれた。そして、「それにしても…」と思案して続ける。なんだろう。

「1か月間の自宅謹慎ですか。大変ですね。あまり嫌われていないといいのですが」

 自宅謹慎って、大変なんだろうか。家に籠って本とか読んでたらあっという間に終わりそうだけどな。

「ふふ。こちらでの自宅謹慎は、本当に謹慎なんですよ。外出だけではありません。社交生活の一切の禁止です」

 ん? だから家から出なければいいだけじゃないの?

「違いますよ。社交生活の禁止ですから、友人知人が自宅に来訪しての面会も禁止です。もちろん手紙のやり取り、商人の出入り、吟遊詩人や画家など芸術家の出入り、家庭教師が来て授業をしてくれるのさえ禁止なんですよ」

 なんだろう。滔々と禁止事項を上げていくムーアさんが妙に楽しそうに見えるのは気のせいだろうか。

「使用人が外に買い物にいくのは大丈夫ですが、これも怖いんですよ」

「何が、どう怖いんですか?」

 正直、今のムーアさんの顔も怖いです。

 そんな私の内心に気が付かないムーアさんが笑顔のまま教えてくれる。

「使用人が購入したものの中に、勝手に手紙を紛れ込まされるんです」

 それは一体?

「そして、密告するんです。『さっき〇〇家の使用人が手紙を預かっていたようですよ』ってね」

「…それって、もしかしなくても捏造ってことですよね?」

 恐る恐る確認を入れる。

「そうですね。捏造よりも明確に”陥れる”っていう言葉の方が合っているかもしれませんが間違いではありませんね」

 ひえぇぇぇっ。想定よりずっと怖いよ、それ。

「それを1か月間も警戒しないといけないんですね。大変だ」

「そしてここでポイントになるのは、これは令嬢への処罰ですが、家としての罰でもあるということです」

 んー? どういうことだろう。

「令嬢への処罰ですが、令嬢ともあろうものが最低でも3か月もの垢離を受けねばならない程の罪を犯した。そのような教育しかできなかった親も同罪だと見做されるのです」

 うん、それはあるよね。判る。

「つまり、親の政敵が手を下す可能性もあるんですよ」

 ?!

「そんな馬鹿な。だって、ご令嬢を地下に3か月も閉じ込めて修行させることになるんですよ?!」

「りんさん、間違ってますよ」

 にっこりと笑みを浮かべたムーアさんが訂正してくれる。綺麗な笑みだ。きっとうっとりする令嬢も多いだろう。会話している内容を知るまでは。

「最低3か月です。半年でも1年でも、きちんとそれを修めねば幾らでも期間は延長していくんですよ」

「いやあぁっぁぁぁっ」

 怖いっ。処罰の重さもだけど、ムーアさんの綺麗な笑顔が今は怖いっ。

「怖がらせてしまいましたね。ふふ。涙目のりんさんも可愛いですね」

 そう続けられて、ようやく私はまた揶揄われていたことに気が付いた。

 まったくもう!!

「まぁ、それほど恨まれていなければ問題はないでしょう」

 そうだよね。そこまで恨まれるなんてそうあることじゃないよね。ちょっとホッとする。

 あんな事をするような子達だけど、そこまで辛い目に合って欲しい訳じゃないのだから。

「りんさんを苛めた時点で、私にその恨みを買っている訳ですけど」

 ぼそりとムーアさんが何かを呟いた気がしたけど、何を言ってるのか聞き取れなかった。

「何かいいました?」そう聞いたけど、「いえ、何も?」と、首をふるふると横に振られてしまった。


「カーテシーの練習にも疲れたでしょう。もうすぐ授業も終わりますし、最後に少しだけダンスの歩き方を練習しましょうか」

 ぴこん、と背筋が伸びる。嬉しい。あれは楽しかった。

 ふふふ、と笑ってムーアさんが手を差し伸べてくれた。

「では、りんさん。お手をどうぞ」

 そう言って腰を屈めて手を差し伸べてくれたムーアさんの横から、ずいっと影が横入りしてきた。その影が、私の手を強引に引き寄せる。

「ガーランド様。ムーアさんに失礼ですよ」

「生徒らしく、俺も授業に参加させて貰おう。りん、付き合え」

 聴講生って授業に参加できるんだっけ? 授業中、一緒に席について聴いてる事ができるだけだと思ってた。でもここ異世界だしね。国が違うだけでも制度の内容には誤差がでるものだ。そういうものだと思うしかないか。

 ダンス室の中央に、ガーランド様と並んで立つ。

 ムーアさんも背が高かったけど、それより少しだけど更に背の高いガーランド様相手だと二の腕の辺りに手を掛けるのも難しい。

 そして、ガーランド様も私の肩甲骨の辺りに手を回すのも難しそうだ。しっくりくる手の位置を探して彷徨っている。

「やっぱりフォールドしにくいな」

 うー。言い切られるとやっぱり切ない。ううう。なんで私こんなにチビなんだろう。もうちょっとでいいから伸びないかな。

 今夜から毎日牛乳を飲んでから寝ることにしよう。そう決心した所なのに。

「これで丁度いい」

 一瞬後に、私と向かい合っていたのは先ほどより高さが近くて、少し幼く見える顔だった。

「ガーランド様?」

 ふふん、と自慢げに笑うそのドヤ顔は、間違いなくガーランド様のものだ。

「俺は現身じゃないっていったろ? 変えられるのは衣装だけじゃないさ」

 そう言って、しっかりとフォールドしてくれた。

 繋がれた右手の位置も、ガーランド様の二の腕に乗せる左手の位置も無理がなくて、立っていてとても楽だ。

「凄いですね、ガーランド様」

 もっと褒めていいぞと言いながら一つ頷いて、ガーランド様は歩き出した。


「右、左、右。左、右、左。右、左、右…」

 1、2、3。1、2、3。1、2、3。三拍子のリズムでゆっくりと。ムーアさんがこの間と同じリズムで声を掛けてくれる。

 それなのに。ガーランド様の歩の進め方はまったく違うものだった。

 とても力強い、迷いのない足運び。ふわりふわりと蝶が舞うようだったムーアさんのそれとは全く違う、切れのある滑る様な移動は直線的で。でも、とても気持ちがいい。

「りん、楽しいな」

「はい」

「歩いているだけなのにな」

「あはは。ほんとですよね」

 本当に楽しい。このままどこまでも歩いて行けそうな気がする。

 キラキラと輝くガーランド様の黒く見える青い瞳が進む先をどこまでも照らしてくれるようだ。

「楽しいし、気持ちがいいです」

 素直な言葉が口から出ていく。伝える為の言葉ではなくて、ただ気持ちを言葉にしたかった。

 そんな、ただ単なる私の気持ちが聞こえたのか。ガーランド様も嬉しそうに同意してくれた。

「あぁ。最高だ」

 そう言ったガーランド様は私の腰を取ると、ふわりと持ち上げてくるりと廻った。

「がががガーランド様?!」

 くるくる、くるくる。

 ガーランド様が楽しそうに笑いながら回る。私を抱えたまま何度も廻って。


 ムーアさんに、「危険なことはお止めください」と叱られた。




「でもここ異世界だしね」


 魔法の呪文はこれやったんや(震え声



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