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「コトラじゃなくて、俺が教えてやろう」

 うっ。一瞬で俺様皇太子殿下が現れて、カフェテラスに騒めきが広がった。

 そりゃ、いくら魔法が当たり前の世界でも、なかなか猫が人に変わる瞬間なんてそう見れないだろう。なんて、見つめていても変化するとこなんてどうなっているのか判んないんだけど。

「ガーランド様ごきげんよう。私、少し失礼して父が今どこにいるか確認して参りますわね。王宮にいると思うのですが、もしかしたら家にいるのかもしれませんし」

 そうひと声かけてエリゼ様が席を離れた。遠ざかっていく後ろ姿も綺麗だなぁ。

 そういえばエリゼ様の伝言魔法ってどんなだろう。というか、エリゼ様の魔法って何属性なんだろう。それすら知らないや。今度教えてくれるかな。

 目の前に現れた王子様に目をやる。

 綺麗に刈り込まれた青く見える黒い髪。煌びやかな金の刺繍が施された黒い軍服。

 このカラフルなラノーラ王国において異質さを感じさせずにはいられない色彩の隣国の皇太子ガーランド様。

 でも日本人の黒髪黒瞳とも違うんだよね。

「俺が教えてやるよ。アーリエル皇国のしきたりをな」

 くくく、と笑いながらそういってガーランド様は空いていた私の隣に座った。

「それは困るな。この学園はあくまでラノーラ王国の王立学園だ。

 そこで学ぶのは、ラノーラ王国のしきたりに則ったマナーでなくては」

 ケルヴィン殿下ってば。真面目腐って反論しなくてもいいんですよ。どうせガーランド様は言ってるだけなんですし。私にアーリエル皇国のマナーなんて必要ないんですから。

 さりげなく上げた片手に答えて音もなく近付いてきたメイドにランチメニューの追加を申し付けた。流れるようにスマートなその仕草に、遠巻きにしていたご令嬢方の視線が吸い寄せられる。華があるってきっとこういう人をいうんだ。

「なんだ?」

 じっと見ていたら、声を掛けられた。

「…今は、『現身じゃないからいらない』って言わないんだなって」

 昨夜お茶を勧めた時は断った癖に。ぶーぶー。少しくらい付き合ってくれても良かったじゃないか。

「あぁ。茶では魔力を補う力はでないからな。飯なら、俺が食べてもコトラに栄養がいく。それを素にあいつは自分の魔力を回復できるんだよ。主の俺と離れてる事もあって、今のあいつ滅茶苦茶喰うだろ」

 ごめんな、と片手で私の頭を掴んで上からぐりぐりと掻きまわされた。

 なにすんのよっ。

「りんの作った飯の方が旨いけどな。でも喰わないとあいつ寝たままになっちまうからさ」

 メイドさんが運んできたステーキパイのランチコースを一心に口へ運ぶ。

 ナイフとフォークだけでシチューを食べるとか。器用だなぁ。

 それは早食いかと言いたくなるほどのスピードだったけれど、頭の位置はまったく動かず食べこぼすこともない。とてもスムーズで無駄のない動作だ。洗練されたそれは綺麗だといってもいい。

 マナーができているというのは、こういうことを言うんだなぁ。

 エリゼ様もケルヴィン殿下もムーアさんも、そしてガーランド様もみんな手と口しか動かない。食べ物を口で迎えに行ったりしないのだ。頭の位置がほとんど動かないでものを食べられるという驚異。そして、その所作はとても美しい。

『まずはナイフとフォークの生活に慣れることから始めましょう』と、エリゼ様に言われてそんなものかと思っていたけれど家でも練習した方がいいのかもしれない。

 うちのカトラリー、スプーンとフォークしかないし。ナイフも買ってくるかな。

 本当は、魚用ナイフとか肉用ナイフとかデザートスプーンとかスープスプーンとかもうごちゃごちゃと沢山の種類があるのは知ってるけど、とりあえず最低限だけでも揃えて練習してみようと心に決めた。

 ガーランド様の前に並べられていた料理があっという間に消えていく。

 追加で運ばれてきたのは前菜4皿と、ステーキパイも魚のポワレも2皿ずつ、パンとマッシュポテトも2皿ずつ。それが綺麗に消えていた。実質コトラの筈なんだけど一体どこに入るんだろ。それよりなにより、

「あぁっ。た、たまねぎとかお酢とか。猫なのに食べて大丈夫なの?」

 塩分だってそうだ。猫には危険な食べ物だらけなんじゃなかろうか。

「ん? なんのことだ。もしかして、あっちでは人間の食べ物は猫には食べられないのか?」

「全部じゃないけど、塩分とか玉ねぎとかチョコレートとか干しブドウとか。幾つかの物は、食べると死期を早めるって言われているよ」

 だから目の前に並べられているメニューを見てガクブルだ。コトラが死んだらどうしてくれる。

「大丈夫だ。こっちの猫は普通に食べてるものばっかりだな。母の使い魔猫はもう30年以上生きてるけど元気だから安心していい」

 ほぅっと長く息を吐いた。そうなんだ。それならこれから家で作るご飯も、普通に作って大丈夫なんだね。よかったー。

「良かった。塩分とかお酢とか使わないようにしてたからご飯のメニュー考えるの大変だったんだよ」

「…それでオートミールだらけだったのか。塩分どころかミルクなしのこともあったな」

「それは言わないで」

 両手で顔を隠す。恥ずかしい。貧乏な飼い主で申し訳ない。

「旨かったよ。りんが作ってくれたメシはなんでも旨かった」

 くしゃりと頭を掴んで撫でられた。むぅ。子ども扱いしないでよね。

「嘘っぽい。今食べてるご飯の方がおいしいに決まってるし」

 ぶぅと唇を尖らせて抗議する。それを見てくくくと笑いながら、ガーランド様は食事に戻った。あっという間に、皿の上に残っていた物が綺麗に消えていく。早い。

 一心不乱に食事をする姿を見ていたら、あらかた食べ終えたガーランド様がこっちを向いた。

「そうだ。国からりん宛に俺というかコトラの食費分を送金しておいたから。

 手間を掛けさせるけど、よろしく頼むよ」

 さらっと言われたので、何も考えずに流しちゃうところだった。

「コトラの食費は、ラノーラ王国から貰えることになってるから大丈夫だよ」

「自分の食費ぐらい自分で払う」

 むっとした様子でガーランド様が言い切った。

 まぁ、考えてみればガーランド様の方が正当性あるか。

「では、ケルヴィン殿下、ガーランド様がそう言ってるので食費は別途支給して戴かなくても大丈夫になりました。ご配慮ありがとうございました」

 申し出て貰って心の重荷が軽くなったのは間違いないもん。私はちゃんとお礼を言えるよいこなのです。

「なぁ、りん。なんでガーランド様なんだ?」

 ? また何を言い出すんだ、この王太子殿下は。何かケチを付けようというのか。

 食べた人、しかもちゃんと支払い能力がある人が払うのは当然じゃないか。

「…なにがでしょう?」

 どうしてもこれまでの前科があるのでこの王太子殿下がこんな風に言い出す時は警戒してしまう。

「俺のこともケルでいいんじゃないか?」

「意味がわかりません」

 やっぱりか。意味不明すぎて思わず顔の前で手を振ってしまった。しかも真顔で。

「隣国の皇太子殿下をガーランド様と呼んでいるのに、なんで俺がケルヴィン殿下なのかと訊いている」

 前に座っているムーアさんも真顔になってる。そりゃそうだ。

「無茶言わないでくださいよ、ケルヴィン殿下。私は平民ですよ?」

「でもガーランドの事は殿下って言わないじゃないか」

 まったくもう。自分だけ仲間ハズレっぽいのが嫌なのかな。子供か。

「…王太子殿下に戻しますよ?」

「ぐっ。…なら俺も、りんたんって呼ぶぞ?」

 なんと!

「卑怯ですよ、ケルヴィン殿下」

「ふふ。勝てばいいのだよ、勝てれば。どうした、り・ん・た・ん。俺をケルと呼ぶのか? どうする?」

 ぐぬぬぬぬん。ばきんっ。

 その瞬間、私達の前にあったテーブルが真っ二つに割れた。

 私じゃない、私はそんな馬鹿力じゃないからね!

「ケルヴィン様。りんたんをりんたんと呼んでいいのは私だけでしてよ?」

 いつの間にか戻ってきていたエリゼ様が冷徹に言い切った。あ、激怒ポイントはそこなんだ。

 てっきり婚約者が自分以外に愛称を呼べと迫っているからかと思った…嘘です、そんなこと1ミリも思いませんでした。

 それにしても、なんでエリゼ様ってばケルヴィン殿下に冷たいんだろ。

 んー。冷たいわけじゃないか。一緒に国をよくするために協力している姿とか見ているとお似合いとしか思えないのに。十分仲良しさんだと思うんだけど、ラブラブには全く見えない。どこか一線引いてるって感じがする。謎だ。

 確かに、いまも青い顔して首を上下に動かしているケルヴィン殿下の姿はちょっとというかかなり間抜けではあるんだけれど。でもさ。

「なにするんだよ、まだ喰ってる途中だったのに」

 そういったガーランド様の前には、お皿たちが浮いていた。おぉ、魔法だ!

 現身じゃないその身体でも魔法って使えるんだ。凄い。

「ガーランド様はなんでそんなに平静なんですか」

 テーブルが割れたことよりその冷静な態度に吃驚するわ。

 メイドさん達がわらわら集まってきて掃除してくれる。といっても魔法なので一瞬だ。

 わらわら集まってきた理由は私達を違うテーブルへと案内してくれる係とか荷物運び係としてだ。

 魔法使ってるところってあんまり見ないからやっぱり不思議だなぁ。

 でもこの間から見てて思ったんだけど、基本こちらの魔法は”直す”ことはできないっぽい。ゴミになってしまったテーブルの残骸を集める、移動させる、新しいものをどこからか運び入れるって感じ。持ってくるのも”ぱっ”って出てくるんじゃなくて、ふわふわ飛んできてそれもまた不思議だった。

 なんというか、魔法だけど、夢物語みたいななんでもありの魔法じゃなくて、普通に物理現象としてあるんであって、そこに可逆性はないらしい。

 なるほどねー。だから回復ができる光魔法は特別なんだね。

 そういえば、闇魔法ってどんなのだろう。

 次のクロティルド先生の授業で聞いてみよう。

「だってあれだろ、ケルヴィンは、りんに『ケル様』って呼ばせることで、エリゼにも『ケル』って愛称で呼ばせたいだけだろ?」

「ぶふーーーっ」

 うわ。汚いなぁ。ケルヴィン殿下が盛大に水を噴き出していた。真っ赤になってて判り易いね。

 メイドさんが又すすす、と寄ってきて魔法で飛び散った水分を集めて下がる。阿呆王太子がお手数をお掛けしてすみません。

「ち、違うからな。そんな子供みたいな事…くそっ、覚えてろ。

 ゴードン公爵と連絡は取れたんだろう? 行くぞ、エリゼ。

 りん、午後は居眠り禁止だからな。ちゃんとやれよ」

 照れ隠しなんだろうけど、失礼な言い草だなぁ、もう。

「りんたん、練習頑張ってね」

 それにしても、目の前で自分の婚約者が真っ赤になって自分のことを好きだとアピールしてても完全スルーできるエリゼ様が強すぎる。

「なんか2人共いろいろと拗らせてるよね」

 呆れた気分で見送る。本当に、2人連れ添う姿はお似合いとしか言えないのにね。勿体ないの。


「まだ時間はあるし、少し校内でも案内してくれ」

 面倒だと大皿に4人前を盛りつけて貰ったチーズアイスを綺麗に平らげて、満足そうな顔をしたガーランド様が言い出した。

 お腹をさすっている。やっぱり猫の身体には多すぎたんじゃないのかな。

「では、私がご案内致します」

 ムーアさんがそう言って立ち上がり、案内を買ってでてくれた。

 ガーランド様とムーアさんが並んで立つと、すごく目立つ。いや、どっちかだけでも目立つんだけどお互いに引き立て合うというか華やかさが段違いになるというか。

 青く見える黒い髪をして、金の刺繍が施された軍服を着こなしているガーランド様と、明るいスカイブルーの髪をして、金の刺繍が施された淡いグリーンがかったグレーの近衛の制服姿のムーアさん。

 どちらもすらりと背が高く、その姿勢の良さが、鍛え上げられた筋肉の動きを感じさせる。ただし、無意識に支配者階級といわんばかりの権高い横柄さと、そこから生まれる無造作な行動が不思議な親しみやすさも醸し出しているガーランド様と、柔和に見えてどこか貴族らしい傲慢さも感じさせるムーアさん。二人の醸し出す雰囲気と表情は全く違う。

 そしてその違いが、お互いがお互いを惹き立てる。

 その間に立っている、私の惨めさよ。ううう。誰か私を今すぐエリゼ様レベルの美女に変身させて下さい。しくしく。


 生徒たちの視線を一身に集めながら歩いていく。

 まるでモーゼにでもなった気分だ。ちなみにモーゼは私ではない。ガーランド様とムーアさんのコンビだ。

 先を歩く二人がまったく頓着しないので黙って付いていったけど、正直一人で待っていれば良かったと思わなくもない。先日デビットさんに案内して貰っているので校内のこともある程度は知っていたし。

 けれど、いまのムーアさんのようにその階まで歩いて回って案内された訳ではない。

 そしてなにより、角を曲がる度、部屋を移動する度に、遅れがちになる私に向かって手を差し出してくれるガーランド様とムーアさんに励まされているようなくすぐったい気持ちになる。結局途中からは私も一緒に楽しく見て回ることができた。

 そうして一通り行内を見て回ってカフェテラスの前まで戻ってきて、最後にとムーアさんが案内してくれたのは、王族と公爵家の令息令嬢のみが使用できるという特別休憩室だった。

「勿論、ガーランド様もご使用になれますよ」

 そういって閉まったままの重厚なドアの前で立ち止まる。その入り口には従僕さんが立っていて学生証の提示を求められた。ガーランド様が金色のタグを見せるとにこやかにそのドアが開かれる。

「お待ちください。その部屋に、そのような平民をお連れするのは宜しくないのではありませんか?」

 声に振り向くと、そこには見たことのない人が立っていた。

 ハニーピンクの髪をツインテールにして、大きな瞳はまるで飴玉のようなチェリーピンクだ。制服がなぜかふわふわフリフリしているのは襟元や裾にフリルとリボンとレースがふんだんに付け足されているからだった。すごい、同じ制服がベースだとは思えない。白ゴスだ。まぁ私の制服も魔改造されてはいるんだけど。レベルが違う。

「せめてワタクシの様に侯爵家の者でないと相応しいとは申せないかと…」

「りん、早く来い」

 なにかその人がごちゃごちゃ言っているのを完全にスルーしてガーランド様が休憩室に入っていった。私はぺこりと頭を下げて、急いでガーランド様とムーアさんの後を追いかけた。

 その後ろで、ドアはぎいっと音を立てて閉まってしまった。

「気持ち悪いな、あれ。ずっとついて回ってきてたぞ」

 ガーランド様がぶるりと身体を震わせていた。

「でも、可愛い子でしたね」

 小さなハート形の顔に形のいい濃いピンク色の唇。艶やかなハニーピンクの髪とレースを重ねて魔改造された制服は彼女の甘い風貌にとても似合っていた。

 あれくらいの容姿をしていたら、この二人と挟まれて立っていても引け目なんて感じないで済むんだろうな。

「アマリリス・パットン嬢、侯爵家一女です。3ーBに所属。皇太子殿下より一つ年上になりますね。夢は『玉の輿』らしいですよ」

 そんな情報何で知ってるんだろう。って、そういえばムーアさんは王太子殿下付きの近衛だったんだっけ。なら王太子を狙う悪い虫になりそうな存在についてはデータを持っていて当然なのかも。

「ふん。どうせその玉の輿の相手は誰でもいいんだろう?

 ケルヴィンでも、俺でも、他国の別の王子でも誰でも」

 吐き捨てるようにガーランド様がいう。おぉう。身分の高い方には高い方なりの辛さがあるんですねぇ。ムーアさんが苦笑しながら頷いているところを見ると程度の差はあれど貴族あるあるなのかも。

「ここで午後の授業が始まるまで時間を潰してから移動すれば、さっきの自意識過剰女も更衣室で地味な嫌がらせしてくる馬鹿な奴等とも鉢合わせしなくて済むだろう。しばらくゆっくりしていこう」

 そう言って、ガーランド様はごろりとソファーに寝転んだ、と思ったらコトラに戻った。

 あの姿になっているのは魔力を消費しまくるっぽかったしね。校内を見て回っただけでさっき食べた分も消えてしまったに違いない。

 でもそっか。せっかく魔法服から制服に着替えたのに、また練習用のドレスに着替えるのか。面倒臭っ。

「そうでした。先日お渡しした練習着、サイズは丁度良さそうでしたので、3着ほどまた譲って貰いましたよ。あとで家までお持ちしますね」

 おぉ、それは助かる。洗い替えも必要だもんね。

「ありがとうございます。あの、私からも元婚約者さんに御礼をしたいのですが」

 伝言だけっていうのもあれだよね。でも平民と合うのは嫌だったりするかな。

「いえ、大丈夫です。というか彼女も自分の婚約者との結婚準備に忙しいようなのでなかなか時間は取れないようですね。私とも伝言をやり取りするだけです」

 そうなんだ。じゃああれか、お礼状だけでも出しておこう。

「ではお礼状だけでも届けて戴けますか? いきなり私の名前で手紙を出しても誰だってことになりそうですし」

 お手数をお掛けしますがよろしくお願いします、と頭を下げた。

 ムーアさんは、「お任せください」と笑顔で了承してくれた。



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