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「本日より、我が学園の特別聴講生として、この2-Aに隣国皇太子であるガーランド殿下をお迎えすることになった」

 教卓の上では、コトラがお座りしていた。

 その首元には金色の学生証が掛けられている。とても自慢げだ。

 コトラを指さして首を傾げていた生徒たちによる騒めきが引いた教室で、ノエル先生の説明は続いた。

「皇太子殿下はすでにご公務につかれており大変お忙しい身にありながら、アーリエル皇国の皇帝として即位なされる前に諸外国との交流を深め見分を広めたいとご遊学をお考えになられたそうだが、やはりお忙しく時間もなかなか捻出できない上に身辺警護の関係上でも難しく、なかなか実現できずにおられたそうだ。

 その相談を受け、我が王国の国王陛下が特別な御采配を下さり、この度、使い魔による特別聴講生という画期的制度が設けられた」

 へー。そういうことになったんだ。

 さすが王宮。頭いい人揃っているんだろうなぁ。辻褄合わせるの上手すぎる。

「単なる猫に見えるかもしれませんが、こちらは皇太子殿下の使い魔です。空いた時間に授業に参加されることになります。ご無礼がないよう、心して対応するように」

 同盟については、まだ締結された訳じゃないから言わないのかな。

 戦争をしたこともある国同士だもんね。ちゃんと本決まりになる前に変な広がり方がしないように気を付けた方がいいんだろうな。私も気を付けなくちゃ。

「それと、皇太子殿下が時間を取れる時のみ参加されるというかなり特殊な受講形態となるため、現在個人授業を受けている友木りんの特別授業を一緒に受講されることになった」

 ざわっ。

 令息令嬢の視線が一気に私に集まる。

 え、なに? どうしたんだろ。

「正直、平民に皇太子殿下のお世話係が務まるか私としては疑問ではあるのだが、王宮からの指示だ。仕方がないので皆も協力してほしい」

 うはっ。なんたる地雷。

 そうか。皆は私が1年間タイガと暮らしていたことを知らないんだもんね。

 高貴な方との縁を結べるチャンスがきたのに、それを平民が独占するかもって思ったら、こんな怖い目で睨まれもするか。うへぇ。

 隣国アーリエル皇国。それはラノーラ王国の北側にある大国だ。広大で肥沃な土地と豊かな地下資源を基にとても発展しているという。幾つもの属国を抱える正に大国だ。

 あの猫皇太子が、そんな大国の未来の皇帝というのは全然納得できなかったんだけど、昨夜のガーランド様は、たしかにちょっと皇太子然としてみえた。

 先生の説明が終わった途端、コトラが私の方へとことこと歩いてくる。

 そのまま当然のように私の机に飛び乗り、私の顔にすりんと擦り寄った。

 全然別の猫だって判っていても、タイガにそっくりなこの猫に好意を持ってしまうのは当然で。つい甘やかしたくなるのです。はぁ、可愛い。くっ。

 私は、ノエル先生が教室から出ていくまでの間コトラの尻尾の感触を楽しんだ。

 お世話係とか編入3日目の異世界人にどんな無茶振りだよ。断固抗議するぞと思わなくもなかったけれど、やっぱり断るなんてとんでもない。

 だってコトラは可愛い。それは正義なのだ。って、これって誰が言ってたんだっけ?



「それで、今日から皇太子殿下が一緒に魔法学を受けるのか」

「受けるといっても、そこにいるだけになりそうですけどね」

 クロティルド先生と私は、ころんころんと床に転がっている猫を見下ろしていた。

 どう見ても、今の彼は皇太子殿下ではなくコトラでしかない。

 お腹が空いたと暴れられても困る為、ポテトサラダを挟んだサンドウィッチとチーズサンドを供物に捧げるようにして魔法学実践棟実習室の端に座らせておくことにする。

 念のため、授業の間はムーアさんにコトラの見張りをお願いしてある。

「お任せください」そういってはくれたけど、あまり仲が良くなさそうな二人なのが一抹の不安だ。 


「ゆっくり、自分の中に廻る光を意識しろ。

 スタートはどこでもいいが、私は心臓からスタートしてるな。そこから全身を廻る光をイメージするんだ。指の一本一本爪の先まですべてを意識の中で辿るんだ」

 なんとなく、温かいものがそこにあるような気がしてきたような気もするけど。でもよく判んない。

 海宝玉を握りしめた手を見つめてみても、なんの反応もなくて切ない。

 この魔法服も、編み上げのロングブーツも、普通なら着るだけでテンションが上がりそうなほど可愛いけれど、先ほどの更衣室での一件を思い出すとため息しかでなかった。

 今日はエリゼ様が午前中お休みなのも影響していたのだろうが、それにしてもなんというかお粗末で情けない出来事だった。

 魔法服へと着替えている最中、いったい何人の人が何かを投げつけてきていたのだろう。

 死角から飛んでくるので誰がしているのかも判らなかった。落ちている筈の何かも見つけられなかったから、もしかしたら魔法だったのかもしれない。それはコツンコツンと後頭部に当たり、痛くないけれど不快にはなる。

 平民がこの学園にいること自体も不愉快なら、玉の輿に乗れるかもしれない皇太子殿下の世話係に平民が選ばれたことも不愉快なのだろう。

「僻みも嫉みも醜いものだよね」

 つい、不満がちいさく口から零れた。

「真面目にやらないなら、授業を取りやめるぞ」

 その叱責に我に返って反省する。

 授業に集中せず、くだらないことに気を取られるなんて。これではくだらない嫌がらせをしてくる奴らと同レベルみたいではないか。

「すみません、集中します」

 私は、手の中に握りしめた石に集中し直した。


「お前の中で、なにかがぐるぐると廻るイメージに合うものはないか? 頭にそのイメージが容易に浮かぶものがいい」

 グルグル廻る? エリゼ様の目覚まし時計かな。くるくると螺旋を描いて廻っていく金色に光る金属のボール。一番下まで落ちた途端、天辺まで自動で戻ってくる。いつまでだって見ていて飽きない、その美しい動き。

 くるくるくるくる。私の周りを廻っていく、金色に光る金属のボール玉…。

「それでいい」

 クロティルド先生の言葉に目を開けると、私の周りを小さな金色に光るものがゆっくりと螺旋を描いて回っていた。

「おぉ~!」

 自分で出したらしい光に感嘆の声をあげた途端、それは一瞬で消えてしまった。

「まだ不安定だな」

 発動できただけでも褒めて欲しいんですけどぉ?

「もう1度だ、友木りん。

 できるなら、次はもう少し大きい光を」

 私は言われるままに、もう一度イメージを固めるべく目を閉じた。


 どれくらいそれを続けただろう。最初より少しだけ大きな光を、声を出した後も少しだけ光ったまま残せるようになった頃だった。

「友木りん、学園長が呼んでいる。授業はここで一旦中断とする」

 懸命に自分の中に流れる光をイメージしていたので、何を言われたのか一瞬判らなかった。

「ゆっくりでいい、流れを止めるんだ。意識を光から外せ」

 暴発させることなく終了することができた私は、急いでクロティルド先生の後を追いかけた。


 着いた先は魔法学実践棟3階。模擬対戦ができる大きな実習室だった。

「りんちゃん、よく来てくれたね。少し話を聞かせて欲しいことができてね」

 ふさふさした尻尾をS字にくねらせながら猫学園長が待っていた。

 あの楽し気に揺れる尻尾の動き。まるで猫が甚振る相手を見つけたような…いや、ないない。公正なる学園長様がそんなまさか。…ねぇ?

「お待たせしました。どういったご用件でしょう」

 警戒しつつ返事をする。

 周りをそっと見回すと、猫学園長の後ろには2-Aのクラスメイト達がぞろりと立っていた。

 なにやらみんな蒼い顔をしているのが気になる。さては先ほどの嫌がらせが猫学園長にバレて怒られていたとか? …ないな。更衣室盗撮とかありえないし。

「うん。実はね…」

 猫学園長の口から聞かされたのは、想像したものとはまったく違ったものだった。


 模擬対戦を始めようとしたところ、自分の魔法服の袖の部分が破けていることに気が付いた女子生徒がいて、授業開始早々に学園から貸与された服に着替えて模擬対戦室へと戻ってきた。

 しかし、洗濯したての筈のその魔法服には、サイズも形も色もばらばらな足跡が一面についていて、それを見た生徒たちから悲鳴が上がる。

 たしかに、教師が手渡した時もその子が服を着替えていた時も、綺麗だったことが確認されている。また入り口に立っていた王太子殿下付き近衛も、途中入室していった生徒の服に異常がなかった事を確認している。

 これが対戦が始まってからならともかく、模擬対戦室へ足を踏み入れてすぐだったために「おばけだ」「呪いだ」と大騒ぎになってしまった。

 足跡が誰のものなのか。そこにいた生徒たちとで照合することになったが、「貴族令嬢の足を検めようとするなんて」と、拒否する者もいて更なる大騒ぎになってしまい、ついにはパニック状態になって泣き出す女子生徒も多数出たため、学園長が収めに来たそうだ。


 そこで大々的に聞き取り調査が始まったそうなのだが、何故私が?

「えーっと? それが私とどういう関係があるのでしょう」

 頭の中がはてなマークでいっぱいになった。なんで完全に別行動していた私まで授業を中断する必要があったのか、その理由を早く教えてほしい。

「うん。それでね、一応、洗濯係に確認したんだよ。

 『足跡だらけになった魔法服に覚えはないか』ってね」

 あー。そこに繋がるのね。なるほど。

「洗濯係はその魔法服について覚えていたよ。そりゃ、つい昨日の事だったんだから当然だよね。『足跡だらけの魔法服はありましたが、きちんと綺麗に落としてあるはずです』ってね、証言をしてくれた」

 猫学園長のその言葉に、元々泣き出していた女子生徒が「「「「「ぎゃーーーっ!!」」」」」っと大きな悲鳴を上げた。

 やめろ。その声にビビるわ。心臓に悪い。


「それでね、その昨日クリーニングボックスに入れられていた足跡だらけの魔法服って、昨日りんちゃんが着てた物だよね?」

「そうですね」

 こくこくと頷く。あの魔法服をお借りする羽目になった原因がここに居たら、セクハラド変態についても猫学園長の前で追及してやれるのに。残念だ。

 今日に限って公爵家の関係で遅刻していていないとは。さすがにツキを持っている人は違うね。

「お昼を一緒に食べた時は綺麗だったよね。なんでそんなに足跡だらけになったんだい?

 それについて何か思い当たることはない?」

 照合を受けた生徒と受けなかった生徒は少し離れた場所にそれぞれ固まっていたのだが、その、足跡との照合を拒否した令嬢一団が一斉にカタカタと震えだし顔色は青を通り越して真っ白になっていた。

「そうですねぇ。更衣室で制服に着替えたんですけど、クリーニングボックスに入れるまでのほんの一瞬目を離した途端、どこかに行ってしまいまして」

「そうなの? それは不思議だねぇ」

「不思議ですよね」

 うんうん。まったく。猫学園長、全部判ってやってるな、これ。

 なんでこんな茶番に付き合わされることになったんだか。

「で、探したら部屋の隅に落ちてたんで持ち上げたら、今のような足跡だらけになってました。でもその時は、そんな風な色はついていませんでしたよ」

「へー。それは不思議だねぇ。誰がやったんだろうね?」

 猫学園長の縦長の瞳がゆっくりと眇められ、後ろに並んでいた生徒たちを振り返って眺めた。威圧感凄っ。美形猫のそういう顔って怖いんだね。

「わかりません。判らないけど、洗濯する人と次に着ることになる人に、沢山汚れちゃったことを私から代わりにごめんなさいって服にしておきましたよ」

「それはどういうことかな?」

「”私のせいかもしれないけど、やったのは私じゃないです ”って」

 ぱんぱん、合掌~って実演付きでやってみせた。

 その時だった。

 ぶわっと、魔法服についていた足跡と何人かのご令嬢が光で繋がる。

 ご丁寧にご本人の魔法を表す色で、だ。1人に何本も光る糸が繋がっていてちょっとしたホラー状態だった。

 足跡と運命の光の糸で繋がった令嬢たちの喉からヒッと引き攣る様な悲鳴が漏れ出して倒れ込んでいく。

 更には傍にいただけの筈の令嬢令息も何人かが道連れのようにばたばたと倒れていく音が続いた。

 なんという大惨事(棒)

「ふむ。これが原因のようだね。ご苦労様でした、りんちゃん。ありがとね。

 今度美味しいケーキでも奢るよ。一緒にお茶しようね」

 その言葉で私は模擬対戦室から追い出された。


「では、授業に戻ろうか、友木りん」

「はーい」

 模擬対戦室に残されていた他のクラスメイト達がどうなったのか、どうなるのか、目の前を歩いていく教師には興味も湧かないのかもしれない。

 正直、自分はちょっと興味がある。嫌がらせをされたのは自分なのだから。

 でもいいや。学園長様には全部判っていたみたいだし。

 たとえ、この場で起こったこと以上の沙汰が下されなくても、あそこで泣きわめいていた令嬢方はもう何もしてこないに違いない。多分。

「ふん。なかなか強いな、友木りん。だが悪くはない」

「何か言いましたか?」

 クロティルド先生がなにか呟いたようだったけど聞き取れなかった。聞き返したけれど、「いや、なにも」としか言われなかった。独り言だったか。


 


ざまぁざます ←これが書きたかった


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