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27時限目

 


 ムーアさんがすっと立ち上がり、胸に片手を当てて頭を下げた。

 それをガーランド様は軽く右手を上げるだけで受け流す。

「よい。此処にいる私は、りんの居候だ。単なるガーランドとして扱え」

 言葉ではそういうけど、双方、身分の差を感じる対応だ。

 私はお茶を淹れなおそうとしたのだけれど、ガーランド様がそれを止めた。

「今の俺は現身じゃないからお茶とかいいよ。

 それと、しばらくりんと2人にしてくれ。隣の部屋に引っ越してきたんだろ?

 俺がそっちにいくから。それまで待ってろ」

 ムーアさんは、ちらりと私に視線を送った後、頭を下げて了承した。


 部屋に、ガーランド様と2人きり。

 なんだろう。タイガと2人でいるのと同じ筈なのに全然違う。

 隣国アーリエルの皇太子様だったタイガ。

 ずっと一番の友達だと思っていたのに。

 別にタイガが嘘を吐いたとかじゃないんだけどさ。

「それで。さきほどの質問は学園での俺の扱いだったな」

 おぉ、そうだった。一人で悶々としている場合じゃなかったんだっけ。

 私はこくりと首を縦に振り、答えを促した。

「まず、俺には明日、学生証が発行される。

 だから俺の使い魔であるあの猫が、学園の聴講生だというのは公然となる。

 その中身が俺だというのも教えていい。

 この聴講生としての受け入れは、同盟を組むことの先触れだ」

「!」

 同盟! 来年起こるかもしれないという戦争を止めるための、最高の一手。

 それでラノーラ王国の王様は、ガーランド様の留学についていろいろと便宜を図っているのか。

 この国の秘密結社により呪いを受け、一年もの間、猫にされていた隣国の皇太子様。

 その負い目、確執を無くせるのなら学園への受け入れなど大したことではないのだろう。

「ガーランド様、凄いですね。素晴らしいです」

 戦争はいやだ。戦争になんて行ったことなんかないけど。女将さんや料理長さん、仲良くなった常連さん達、神父様、シスター、孤児院の子供たち、仲良くして貰った人たちがその犠牲になるなんて考えるだけで嫌だ。

 なにより、それと気づかないままこの国の魔法師になるという契約をしてしまった自分が戦争に参加したら? もしかして私は、誰かに殺されたり、殺される前には誰かを殺したりするのかもしれない。そんな未来を迎えるのは嫌だ。嫌すぎる。

「ガーランド様は本当に凄いですねぇ。戦争を回避するために努めているんですねぇ!」 

 思わず手を取ってぶんぶん振り回してしまった。

 でもすごいな。ムーアさんは「貴族間は舐められたら負け」だっていってた。

 きっと国同士となったらもっと「舐められたら負け」なんだろう。

 そこを堪えて手を取り合う方を選べるガーランド様が、私はとても誇らしかった。 


「それと、俺の呼び名だけどさ。

 なぁ、りん。お前、俺のことは『タイガ』って呼べよ。

 お前に様呼びされると萎えるんだよ」

 口の悪い王子様だ。この世界では口の悪い王子様しか会ったことがない。どこかに王子様然としたキラキラした王子様はいないのか。

「……駄目。タイガは私の一番の友人の名前だから。無理」

 その友達は、今はもういない。

 ここにいるのは、アーリエル皇国の皇太子、フィリックス・ガーランド・L・アーリエル殿下だ。長いっつーの。

 アーリエル皇国では、ファーストネームは伴侶となった方のみが呼ぶことを許されるんだって。だから普段はミドルネームを名乗っているらしい。面白いね。

 目の前にいる人は、私の一番の友達とは全く違う。

 すらりとした長身も、今は短く切られてしまった髪も。タイガの、しなやかな尻尾や滑らかな被毛とは全く違うのだ。

 抱き上げる事だってできやしない。

 黙ってしまった私の横に座って、ガーランド様の手入れのされた綺麗な手が文句をいいつつ私の髪を弄んでいる。

 そのまましばらく黙って遊んでいたけど、ぽいっと人の髪を放りだして耐えきれないとばかりに喚きだした。

「あー、もう。納得できねぇ。タイガは俺だろ?

 呪い掛けられて猫になってたって、あれは俺自身だ」

 椅子から立ち上がったガーランド様に詰め寄られた。

 そうなんだろうか。そうかもしれない。けれど、私の中では違うのだ。

「駄目。ガーランド様は私のタイガじゃない」

 ドガッ。皇太子様が机を蹴っ飛ばした。

 もう。本当に乱暴なんだから。

「1年もの間、お前は俺の『りん』だったし、俺はお前の『タイガ』だっただろ」

 そうだ。たった1年。でも、とっても長くて辛い1年だった。

 それを支えてくれたのは、タイガだった。タイガがいなかったら、私は今もこうして生きているのか判らない程だ。

 支えていたのは私だといわれる立場だったけど、でも実際にはタイガという存在があったから、私はあの頃を乗り越えられたんだ。

 誰も知っている人のいない世界。知っている土地すらどこにもない。

 そんな場所で生きていこうと頑張れたのは、タイガが一緒にいてくれたからだ。

 そして、その大好きだったタイガは私の傍にもういない。どこにもいなくなったのだ。

「私のタイガは、一度も私の名前を呼びはしなかったよ。

 一度も声すら聴かせてくれないままお別れしちゃったし」

 そうだ。この人とタイガが同じ存在にならないのは、そんな所にもあるのかもしれない。

「…声は、呪いで出なかったんだ」

 そうなのか。そんなことも知らなかったんだね、私。

「ごめんね、ずっと呪われているのに気が付かなくて」

 いたいのとんでけで、本当に飛んで行った呪い。

 きっと喋れなくなるだけじゃなくて、痛みなんかもあったんだろうなって今更思う。

「いいんだ。一生解呪できなくても、りんの傍にいられたらそれでいいって思ってた」

 皇太子様が何をいっているのか。

「お迎えにきてくれたあの大臣、ガーランド様のこと本当に大切にしてたよ。

 あと自慢しまくってた。

 国民も、みんなガーランド様のこと好きだって教えて貰ったよ」

 そう伝えたのに、なぜだかガーランド様は泣きそうな顔をして黙り込んでしまった。

 でもそれを慰めることもできなくて、私は気が付かない振りをする。

「そうだ。使い魔猫さんの名前、付けてないんだよね? ねぇ、『コトラ』にしようよ」

 タイガにそっくりな、でもお喋りな別の猫さん。

 あの子も、タイガじゃないんだよねぇ。

「コトラともいっぱい仲良くなれたら嬉しいな」

 手にしていた紅茶のカップを口に運んで、それが空になっていることに気が付いた。

 阿呆か。

「お替り淹れてくる。ガーランド様も飲むでしょう?」

 そう声を掛けたのに、やっぱり首を振って断られた。

「いや、そろそろ王城へ向かわないと。ケルヴィンと約束しているんだ。

 ムーアに送って貰うよ。今夜はいつ帰ってこれるか判らないから寝ていてくれ」

 その言葉を最後に、また猫に戻って部屋を出て行った。


 テーブルの上を片してお茶を用意しようと思ったけれど、一人分の紅茶を淹れるのは勿体ない気がしてしまって白湯だけカップに注ぎ足した。

 ほうっと息を吐きながら白湯を啜る。

「よし。シャワーを浴びて、いつでも寝れる準備をしたら借りてきた本でも読もう」

 今日という日を悶々とするだけじゃない、意味のある1日にするためにも。


 そう思っていたのだけれど。シャワーを浴び終えて部屋に戻ってきた時にはなんだか全部嫌になっていた。

 疲れたんだ。今夜はもう寝てしまおう。

 朝からコトラにご飯を作りまくって遅刻しかけて、

 伝言魔法は大失敗。皆に迷惑を掛けまくって、

 お昼は学園長たちと食べて、

 ガーランド様が聴講生になることが判って、

 タイガが擬タイガで、ガーランド様の使い魔猫さんだったし、

 午後は授業をサボって寝ちゃって、

 学校帰りにチョビ髭に絡まれて、

 帰ってきたらムーアさんがお隣さんで

 一緒にご飯作って食べて、

 楽しくて、

 ガーランド様が出てきてタイガと呼べって無茶振りされて、

 そしていま、一人きりだ。


「意味わかんない」

 私はやさぐれた気分で布団を被った。



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