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25時限目



「あ、しまった。先輩なんですよね。すみません、つい」

 失敗しちゃったと笑って言われて、釣られるように思わず私も笑顔になった。

「いえ、先日はありがとうございました。お陰様で、ちゃんと魔法学教練室に辿り着けました」

 ぺこりとお辞儀する。あ、しまった。カーテシーじゃなくて普通にお辞儀しちゃった。

 焦った私を見て、少年がまた笑みを深くした。

 二人で一緒にくすくす笑う。

「貴女が、特待生として編入してきた方だったんですね。

 少しは学園生活にも慣れましたか?」

「まだ全然慣れないです。

 それと。えっと、私は特待生じゃないんじゃないかなぁと。

 もうすぐ特別聴講生として来る人の事だと思いますよ」

 そういうと、濃い琥珀色の瞳が一瞬きらりと光った気がした。

 綺麗な瞳だなぁ。

 特待生って、きっとガーランド様のことだよね。でも使い魔の猫のまま聴講生やるんだから擬タイガって呼ぶべきなのかしら。どっちがいいんだろう。

 あ。使い魔の主がアーリエル皇国の皇太子様だっていうのは秘密なのかな。

 あとでちゃんと確かめておかないとだよね。忘れないようにしておこう。

「へぇ。そんな情報があるんですね。僕、全然知りませんでした。

 教えて下さってありがとうございます」

 やだ。礼儀正しい好少年すぎる。嬉しそうに頭を下げる目の前の人物への評価がうなぎ登りに上昇する。

 カランコロンと午後の授業が始まる前の予鈴が聞こえてきた。

「それでは先輩、失礼しますね。またお話させてください」

 そう言い残して、少年は図書室から出て行ってしまった。

 あ。また名前聞きそびれちゃった。

 というか自分の名前も名乗ってないや。

 その時、すりりとしなやかな身体が足元に纏わりついた。

「タイガモドキ君。どこ行ってたの? 怒られちゃっても知らないぞ」

 あまり自由にさせて追い出されたり捕まえられても困るので、私はタイガモドキを鞄の中にそっと入れた。彼はその中で大人しく落ち着いたようだった。

 私は、ちょっとだけ凹んでいた気分が浮上するのを感じながら、手にしていた『ラノーラ建国記』を持って、カウンターに戻った。


「友木りんさん、丁度よかったです。第一自習室に準備ができました。

 こちらが入り口の鍵になります。15時半の授業終了時まで使用できます。

 終わりましたら、こちらに鍵の返却をお願い致します」

 カウンターに行くとさっきの司書さんが笑顔で案内をしてくれた。

 その前に、持ってきた本を差し出した。

「すみません、これもお借りしたいのですが手続きして貰えますか」

「はい、こちらですね。学生証の提示をお願いします」

 首から掛けていた学生証を外して渡す。司書さんがそこに書いてある学籍番号から私の貸し出しデータを棚から探し出した。

 あ。そこは魔法で管理されたりしてないんだね。はは。

 魔法や魔石であれもこれもやって終わりにしている訳ではないらしい。

 なんだか不思議なバランスだ。

 でもそれがなんだかとても安心できた。

 司書さんが本のシリアルナンバーを記入して、私に学生証と本を差し出してくれた。

「はい。返却期間は1週間です。来週の金曜日の放課後までにこちらに返却して下さい」

 返却用カウンターの方に手を翳してそう教えてくれた。

「ありがとうございました。では自習室お借りしますね」

「ご利用ありがとうございました」

 司書さんが腰を深く下げて挨拶してくれたけど、あまりに物腰の低い対応に、なんというか不思議な気分になってしまった。事務職員の制服を着てるけど、基本的に中の人は立場的にメイドさん達と一緒なのかも。


「ここか」

 自習室っていうから、長机と折りたたみ椅子が何脚か並んでいるだけだと思ったのに、そこにあったのは座り心地の良さそうな布張りの椅子が8脚と、それが並べられるだけの大きさがある木目の美しい木のテーブル、そしてお茶のセットが整えられたサイドボードが並ぶ広くて美しい部屋だった。

 私が月の灯り亭で借りていた部屋より、ずっと広い。そして綺麗だった。くっ。

 テーブルの上に積み重ねられた貴族年鑑の厚みに尻込みしたくなる。

 でも、頑張るって言ったのは私だし。

 私は一番新しい年号を確かめて、それを手に取った。



 トントン、ガチャ。

「悪い。遅くなった」

 ノックの音に誰何する間もないままに、ケルヴィン達が自習室に入ってきた。

「ノックはできても、中にいる者が誰何する前に開けてしまうとは、なんとマナーのなっていない王子様だろうな。嘆かわしい」

 小さな寝息を立てているりんを、高い詰襟になった濃紺の軍服を着た男が膝枕して、その顔に掛かる髪を指でそっと玩んでいる。

 その黒く見える青い瞳は、せっかくの幸福な時間を邪魔されては困るとばかりに、嫌味を口にしている間も目を閉じたままのちいさな顔から外されないままだった。

「ガーランド。戻っていたのか」

 先ほど帰っていったばかりで、ここにいる筈のない人間がいたにも拘わらず、ケルヴィンはそれを気にした様子もなかった。

「りんは寝ているのか。まぁ仕方がないな。貴族年鑑はそこらの睡眠薬よりずっと強力だろうからな」

 くくくと哂って対面に座り、そこに積み上げられていた分厚い本を手に取った。

 捲っても捲っても、馴染みのない人間の顔と名前が羅列されているだけの本など、興味をもたない人間にとっては苦行のひと言でしかない。それを判っていて指示を出す程度には、ケルヴィンも人が悪いのだ。

「失礼します」

 後ろから入ってきたムーアの眉が目の前に広げられたその光景に盛大に顰められたが、さすがに誰何することもできない。そのままケルヴィンの後ろに立った。

「ずっとこうしていたいところだが邪魔も入ってしまったことだし、実は公務から帰城する途中で馬車の中なのだ。残念だがここまでにしよう。

 夜には話し合いの時間が取れる。そちらの城に向かえばいいか?」

「りん嬢の家にお迎えに上がります。私が参りますのでよろしくお願いいたします」

 ムーアが胸に手を当て頭を下げた。

「判った。よろしく頼む」

 そう言って、もう一度自らの膝の上で眠る少女の頬を愛しげに撫でると、その身体をそっと椅子の背に直して、その人の姿はブチ模様の猫に戻った。


「はぁ。いまのをムービーで残せたら何度でも見返すのに。

 でも残すならアングルをちゃんと考慮しないといけないわね。難しいわ。

 誰の表情をメインに撮るべきかしら」

 公爵令嬢は、とても幸せな悩みにその身をくねらせていたが大きく頷いた。

「そうね、やっぱりメインはりんたんよね」

 ──幸せな悩みでなによりだ。

 残っていた男性陣2人の意見は1つだけだった。



「りん、いい加減に起きろ」

 がばっと起き上がる。そこにいたのはもちろん声の主だ。

「ケルヴィン殿下…えと、お、おはようございます?」…

 一瞬、どこにいるのか判らなかったけど、目の前に仁王立ちしている人の顔をみて思い出した。

「おはよう、りん。もう午後の授業が終わる時間だが、いまお目覚めか」

 ぐはっ。やっちゃった。

「す、すみません。貴族年鑑読んでた筈だったんですけど…いつの間に寝ちゃったんですかね。おかしいなぁ」

 手には取ったけど、ほんの数ページ読んだ記憶があるだけで、それ以降はすっかり眠ってしまっていたらしい。

「ふっ。お前、よだれ出てるぞ」

「うそっ」

 本に涎ついてたらどうしよう。

 自分の前に置いたままになっていた本を確認したけど、それっぽい水分はついてなかった。良かった。

「お前。普通、自分の顔を先に確認しないか?」

 ケルヴィン殿下がご自分のハンカチで私の口元をそっと拭いてくれた。

「…。ありがとうございます」

 恥ずか死ぬ。きっと私は今すぐ死ぬ。勿論死因は恥ずか死。最低な死因だ。

 エリゼ様がその菫色の瞳をキラキラさせてこちらを見ているのにも気が付いて、本当にいたたまれない気持ちになった。

 あれ、絶対に『涎イベント回収完了☆』とか考えてる顔だ。間違いない。

「もう午後の授業も終わりだな。ここの鍵を返して帰ろうか」

 午後の授業をお昼寝に費やしてしまった自分が恥ずかしくて本当に二重の意味で恥ずか死しそうだった。



「では、りん。明日は今日の続きをしよう。またな」

「…ありがとうございました」

「りんたん、気を付けて帰ってね。睡眠不足は美容の大敵よ。今日は早く眠ってね」

「……はい。気を付けます」

 元凶がなにをいうのかと思わなくもないけど素直に従っておく。

「では、殿下、エリゼ様お気を付けてお帰り下さい」

「ムーア、りんとガーランドをよろしく頼むぞ」

 ん?

「はい、お任せください」

「では、また明日な」

 殿下とエリゼ様が今日も同じ馬車に乗り込む。そこに慌てて声を掛けた。

「あのっ。タイガは一緒に帰らないんですか?」

 私の引き留めに怪訝な顔をしていた殿下は、そう言えば伝えてなかったなと、

「あれはなかった事になった。世話を頼む」

 それだけいうと馬車を出した。

 阿呆ずらを晒してそれを見送る。

「りんさん、それでは校内の案内をしましょうか」

「それなんですけど、図書室に向かう途中デビットさんに大体教えて貰ったので大丈夫です」

 今日も、ほんとに疲れた。これからこの広い校内を歩いて回るのはちょっと辛い。

「そうですか。では、私たちも帰りましょう」

 なぜかその言葉に違和感を覚えたものの、疲れもあって素直に家路につくことにした。


「りんさん、今日も何か買って帰りますか?」

 そうだった。

「その前に、お金下ろさないとお財布が空っぽなんです」

 昨日、散財しまくっちゃったからね。

「私が出しますよ」

「駄目です」

 最初に自分で決めたことが色々となし崩しになってきているだけでも納得できないでいるのに、日々の買い物まで誰かに頼るなんてとんでもないことだ。

「ムーアさんのお気持ちは嬉しいんですけど自分の事は自分でやりたいんです」

 ちょっとだけ待っててください、そう声を掛けて学園から一番近い銀行で当面の資金を下ろす手続きを窓口でお願いする。

「手続きが済みましたらお呼びしますね。番号札を持ってお待ちください」

 受付のおねえさんにそう言って札を渡されたその札を一瞬早く持ち上げた人がいる。

「返してください」

 見覚えのあるチョビ髭の男がそこにいた。

「お客様、お止めください」

 受付のおねえさんも制止してくれたけど、その人は小馬鹿にした表情のまま番号札を玩んでいた。

「平民が、わざわざ貴族エリアの銀行に来るんじゃない」

 こんなシケた額を下ろす為ごときで、そう続けられて頭にきた。

「学園からの帰りで営業時間内に下ろせるのはここだけです」

 歩いて帰るんだもん、商業エリアの店舗では間に合わないのだ。

「ふん。馬車も使えない貧乏平民が、なぜ学園の制服など着ているのだ」

 その時、ぐいっとその男の身体が持ち上げられた。あ、これ知ってる。

「カルヴァン・ニールズ伯爵。私の友木りん嬢に何か御用でしたか?」

 ひゅっと、ムーアさんの手で掴み上げられたその人の喉元から変な音が漏れた。

「む、ムーア・ロッド子爵。無礼であろう。こ、この手を放せ」

「そう言われましても、ある意味金券ともいえる銀行の番号札を不正に取得しようとした犯罪者を捕らえている所です。手を放すことはできませんね」

 そう言いながら、傍に来ていた銀行員に目配せをする。

 いきなり起こった騒動に、どう対処していいのか判らず動揺していたその人達が慌てて銀行に駐在している警ら隊に連絡しに動いた。

 それに動揺したのか、チョビ髭が私に向かって番号札を投げつけた。

「ほ、ほら。その平民には返してやったぞ。だから放…ぐぎゃっ」

 ムーアさんが、掴んでいた手に一層強く力を込めたようだ。苦痛に呻く声が響く。

「盗んだ金を返しても、盗んだ罪は消えないんですよ?」

 貴方も騎士の端くれならご存じでしょう、そう囁く声は優し気なのが一層怖い。

「連行される前に伝えておきます。友木りん嬢は、陛下と王太子殿下、そしてエリゼリア・ゴードン公爵令嬢のお声掛かりによりここにいます。

 それがどういうことか、お分かりですね?」

 ムーアさんはその説明を、チョビ髭だけでなくこの銀行にいる人達もしくはそれに連なる人達全員に言い聞かせようとしているかのように、妙に説明的できっぱりとした物言いをした。

 その説明に、騒めいていた周辺が黙り込み、警ら隊が数人の銀行員と一緒にチョビ髭を連行していってもそこは静かなままだった。


「変なのに絡まれて大変でしたね。お怪我はありませんでしたか?」

 怪我をしたとしたら、あのチョビ髭だけじゃないかな。うん。

「大丈夫です。あの、ありがとうございました。

 でも大丈夫なんですか? あの人、伯爵様なんですよね」

 あのニールズってチョビ髭。私のタイガを殺し掛けたヤツだよね。私も殴っておけば良かったかな。

「大丈夫です。元々、素行が悪く評判も悪い男ですが、りんさんを迎えに行ったときにガーランド様を殺し掛けたのはあの男の配下でしたよね。

 それも含めて処罰を検討されていたのです。これで確定したでしょうし、上の者も判断が楽になったんじゃないでしょうか」

 そ、そうなんだ。ならいいけど、無闇に恨みを買う必要もないかなって思ってしまうのは日本人的考え方なのかな。

「貴族間では舐められたら負けという部分も大きいですからね。

 叩き潰すチャンスを見定めたら即決行しないといけません。後手に回るのは悪手です」

 しっかりと確たる信念があってやったみたいだし、いいのか。

 日本語を喋る国だけど、日本と全く違う理念のもとで暮らしている人達。

「そんなものですか」

「そんなものです」



チョビ髭が判らない方は、前作を確認してやってください。

奴になにも制裁を加えられなかったのだけが

前作の心残りだったのです(ざまぁ万歳☆


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