24時限目
「アーリエルから正式に受け入れ要請が来てたんだけど、いま陛下の許可が下りたって報告がきたよ」
どうやらここにいる猫学園長様宛ではなく、どこかにいる本物の学園長様宛に連絡がきたようだ。
「使い魔が学園生って無理あるよねって却下するつもりだったんだけど、特別聴講生として陛下が受け入れるってご判断を下されたなら、僕には受け入れるしかないからね。
そろそろ時間なので私は一旦元に戻るよ。また会おうね、りんちゃん」
そう言うと、学園長様は、愛らしい長毛猫に戻ってしまった。
魔法って、解ける時はキラキラしたり煙が起こったりして瞬間は見えないんだと思ってたのに違うんだなぁ。
いや、結局は見えないんだけどさ。瞬間的過ぎて認識できないのね。
発動時はキラキラしたりするのに。なんでだろ。
「私が報告した時はそんな要請が来てるなんて教えてくれなかったくせに。ちっ。
しかし陛下がそうご判断されたなら仕方がないか。
まぁいい。これでその猫を王宮に連れて行き易くなった」
ケルヴィン殿下が悪い顔をして呟く。
でもまぁそうだよね。非公式でここにきてるだけならともかく、特別聴講生とはいっても正式な留学生扱いになるんだろうし、一平民の女の部屋に居候とかありえないもんね。
王宮に一室貰って学園に通う方が自然なことだろう。
でも、平民の飼い猫になって、ミルクなし蜂蜜もなしでオートミール食べさせられてたとかね、いつか皇帝様になったら黒歴史になるんだろうなぁ。ふふ。
なんて。今の皇太子さまにとってでも十分黒歴史か。
ご飯を食べ終わって毛繕いをする横にそっと跪いて、綺麗にしている最中の背中を勝手に撫でる。
そういえば、タイガの声って、聞いた事なかったかも。
起こされるのだって前足でぽふぽふ叩かれるばかりだったし。
怪我して死にかけてた時だって、鳴かなかったもんね。
「あなたのことはなんて呼べばいいのかしらね。
ガーランド様って呼ぶべきかしら。それとも皇太子殿下かしらね」
一番の友達にそっくりのその猫を、私はそっと撫で続けた。
「りん、私達は、少しやらなければならないことができたので遅れるが、お前は図書室で過去10年分の貴族年鑑を貸し出して貰い、自習室で遡るようにして読んでいるがいい。
デビット、お前はりんを図書室まで案内した後、貴族年鑑の貸し出しを手伝い、自習室まで案内するように。
その後は食事に行っていいぞ。14時半までに自習室前へ戻っているように」
お昼休み休憩もそろそろ終わりに近づいていた。午後の授業が始まる前にと、すっかり王太子殿下の顔になったままのケルヴィン殿下は、私たちにそう指示を出すと慌ただしくどこかに行ってしまった。
廊下に取り残された私とデビットさん(と擬タイガ)の返事は届いたのかどうかすら判らない。それほど急いで去って行ってしまった。
見送る私たちはぽかんとしていたに違いない。
「…では、りん嬢。一緒に図書室へ行こうか」
えーっとですね、その前にやらないといけないことがあるんですよね。
「あの、私は更衣室で魔法服から制服に着替えてきますね。
すみませんが、その間、タイガを見ていてくれませんか?」
女子更衣室にタイガを連れて入る訳にもいかないし、女子更衣室の前でデビットさんのような人に待たれてもちょっとあれなので、軽く頭を下げて一人更衣室へと向かうことにした。
「一緒にいく」
「え、でも…」
断ってみたけどデビットさんはそのまま先導していってしまった。
慌ててタイガを抱き上げて、その後ろを追いかけて小走りに追いかけた。
ゴミ一つどころか少しの汚れもない綺麗な廊下を午後の授業へと急ぐ生徒たちとすれ違う。生徒たちが授業を受けている間に、誰かが磨いて回っているのだろう。
それともこれも、魔法なのかな。
そう考えたら、なんだか急にこの綺麗な廊下が味気ないものに感じられてしまった。
「さっきの魔法」
考え事をしていて、デビットさんに話し掛けられていることになかなか気が付けなかった。
それどころかいつの間にかデビットさんよりかなり遅れてしまっていたらしい。
「すみません。私歩くの遅くて」
足のな…身長差も少しは考えて歩いてくれと思いつつ、慌てて走って追い付いた私を、デビットさんはじっと見下ろしていた。
「さっきの魔法、あれは友木りん嬢、あなたの魔法ですよね」
そういえばさっきの報告会の間、デビットさんだけ扉の外で警備に当たってたんだっけ。
「あはは。大失敗しちゃいましたね。
伝言魔法の練習だったんですけど、殿下に攻撃魔法と防御魔法を兼ねてるって言われちゃって」
ムーアさんみたいに美しい魔法には程遠い、大迷惑魔法になってしまった。
恰好よく決められたら良かったんだけどな。
「あれだけの威力の暴発を起こしたのに、こんなに普通に…」
? あぁ、そっか。デビットさんは知らないんだ。
「私は光属性ですからね。起動だけで、発動は他の方の魔力を使わせて貰うんですよ」
「そんなことが?! …それは、知りませんでした」
「ねー。私も学園に来るまで知りませんでした。
だから昨夜のデビットさんの回復も、実際にはデビットさんの魔力で治したんですよー」
ちょっと面白いですよね、そう笑ったところで更衣室の前に着いた。
「では、ぱぱっと着替えてきます。
タイガモドキ君、デビットさんと一緒によいこで待っててね」
そう1人と1匹に言葉を掛けて、私は制服に着替える為に更衣室に入った。
昨日も今日も、エリゼ様以外と更衣室で一緒になったことがなかったので、入った途端、沢山のクラスメイトがドレスに着替えている途中で緊張する。
「あの、先ほどはご迷惑をお掛けしました」
入り口でそう謝ってみたけれど、誰の反応も返ってこなかった。
まぁそんなものだよね。知ってた。
すれ違う度に頭を下げながら自分のロッカーの前まで来たけれど、誰も会釈すら返してくれなくて更に凹む。
とにかく早く着替えて図書室にいこう。
さくっと脱いで、さくっと制服に戻る。ワンピタイプの制服なので脱ぐのも着るのも楽々だ。
「あとは脱いだ服をランドリーボックスに入れて…あれ?」
私の後ろにあるソファの上へ、軽く袖だたみにして置いたはずの魔法服が見つからなかった。
「あれ? 確かに置いたはずなのに」
きょろきょろと見回すと、それっぽい服が少し離れた通路に落ちていた。
誰かのドレスにでも引っ掛かって、あんなところまで持っていかれちゃったのかな。
そう思って持ち上げたそれは、いろんな形とサイズの足跡だらけだった。
あー。そっちか。
「まぁいいか。ぽいっとね」
軽く振って埃を落とし、もう一度袖だたみにしてから壁脇に設置されていたランドリーボックスへそのまま入れた。
「洗濯する方、次にこれを借りる方、いっぱい汚れててごめんなさい。
私のせいかもしれないけど、やったのは私じゃないです」
ぱんぱん、合掌~。
こう、なにかを投入口にいれると、つい柏手を打ちたくなるのは日本人ならではだよね。
てへ。
私は後ろを振り返ることすらせずに、更衣室の外で手持ち無沙汰で待っているであろうデビットさんの所に向かった。
「お待たせしました」
あれ? デビットさんどこだろう。
入り口の前で待っていると思ったのに姿が見えない。きょろきょろと階段の辺りまで歩いていくと、後ろから声を掛けられた。
「おい、どこにいく」
あれ?
「更衣室を出たらそこにいると思ったんですけど、姿が見えなかったもので」
「俺はずっとそこにいた」
デビットさんはそう言うと、すたすたと階段を昇って行った。
むむっ。おかしいなぁ。
タイガを再び抱き上げて、首を傾げつつ後ろを着いていった。
「ここ1階が更衣室という名のロッカールーム、右に進むとダンス室へ続く連絡通路がある。ダンス室の上は講堂だ。更衣室から左に進むと魔法学実践棟への連絡通路がある。魔法学実践棟へはもう行ったんだよな。なら詳細は省く。
1階は学園長室、教職員室、事務職員室、応接室、保健室、生活指導面談室、カフェテリア、中庭へと続くカフェテラス、公爵以上の令息令嬢が使える特別室がある。使い方はその辺のメイドを捕まえて訊け。
2階は3年と2年の教室、3階は1年の教室と図書室、そして自習室がある。
4階は各資料室と魔法学教練室があるが、座学は教室で行うことが殆どだから使われていない事が多いな」
階段を昇りながらざざっと校内の説明をしてくれる。
おぉ。図書室って3階だったのか。
「ありがとうございます。助かります」
図書室まで来ると、デビットさんは司書の方に声を掛けて貴族年鑑の貸し出しや自習室を使用したいなどと伝え終えると「では。昼飯を食べてくる」そうあっさりと告げて出て行った。
おう。なんというかムーアさんの手厚いサポートに慣れてきてたから、デビットさんのあっさりサポートに面食らってしまった。
置いてきぼり感がすごい。でも、これが普通なのかも。
デビットさんだって貴族だもんね。近衛ってことはエリートなんだろうし。
平民相手に優しく相手をしてくれるムーアさんが特別なんだろうな。
「友木りんさん、こちらへどうぞ」
司書さんに声を掛けられて、私は図書室のカウンター前に移動した。
学生証を提出して貸し出し用データを作ってもらう。それと自習室を借りる手配もここでして貰うことができた。
「ケルヴィン殿下とエリゼリア公爵令嬢様もご一緒に午後の授業をここですることになっています。
遅れてくるそうなので、いらしたら案内をお願いできますか?」
そうお願いすると、司書さんは綺麗な笑顔で了承してくれた。
「ただいま貴族年鑑をお持ちしますね。
10年分ですし、かなり嵩張りますので自習室に運び終わったらお声がけさせて戴きます。
それまでご自由に図書室内を見て回ってください」
他に借りたい本があればそちらもここへお持ちくださいね、そう司書さんはいってカウンターを出て行った。
古いインクの香りと、少し埃っぽい匂い。
図書室は大好きだ。
綺麗に整頓された棚に並んでいた重厚な装丁が施された本を一冊手に取った。
金色の箔押しがされている本のタイトルを指でなぞる。
「『ラノーラ建国記』か」
少し古めかしい文体で書かれてはいるものの、挿絵も多くてまったく予備知識のない自分でも取っ付き易そうだ。
貸出って、家に持って帰ってもいいのかな。
借りて帰れれば、一人暮らしに戻った家の中でも寂しくなくなるかもしれない。
「その本、借りるの?」
聞き覚えのある声に振り向くと、そこにはあの時の少年が立っていた。




