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「あ、くそ。時間切れだ。

 りん、また夜にでも続きの話をしよう」

 勝手にそう言い終わると、次の瞬間、その人の姿は消えてしまった。

 そうして同じ場所にはタイガがぼんやりと座っていた。

「…いまの何。あ、これって白昼夢?」

「ちがうぞ、りん」「現実ですね」

 即座に、ケルヴィン殿下とクロティルド先生からツッコミが入る。

 なによ2人して。もっと優しく教えてくれたっていいじゃん。

「ガーランド様、昼間は公務中だって仰ってましたから。

 どなたかに呼び出されたかしたのでしょう」

 エリゼ様がさらりと説明してくれた。というかですね。

「…エリゼ様、タイガが使い魔だって知ってましたよね?

 さっきからいろいろと詳しすぎませんか?」

 じとーっと睨みつけてみるけど、「うふ♡ りんたんの視線独り占め」って返された。

 ぐぬぬ。つよい。

「りんたんは、1日だけれど一緒に暮らしてみて、タイガと違うなって思ったりはしなかったの?」

 …思った。

「前の、ずっと一緒にいたタイガと違ってすっごい食べるなって思ってました。

 それと、やたらお喋りさんになったなとも思ってました」

 そうなのだ。違和感あるなーってずっと思っていたのだ、これについては。

「かなり主となる皇太子様と離れた場所までお遣いにきてるからね。

 食べることで魔力の浪費分を抑えていたんだろう。

 急にお喋りになったのは、前回は呪いで猫になっていたとはいえ本人だった、

 そして今回は、お喋りな猫と使い魔の契約をしたってことかな」

 リンク・スー学園長が推論だけどね、と教えてくれた。

 そういえば友好的使い魔だと意識が残って自発的に行動するって教えて貰ったな。

「それでなんですね。なにか違う気がするなって思ってはいたんですけどね」

 でも、私のところに来て、私にご飯を強請ってくれたのに。

 タイガは、やっぱりもういないんだなぁ。

 つい目元に何かが溜まっていってしまう。やだな。泣きたくなんかないのに。

 しかも、こんな皆がいる場所でこんな気持ちになってしまうなんて。

「そういえば、りんたんのその魔法服。

 それを着ているということは、もうかぼちゃブルマーイベ終わっちゃったのね」

 残念、見たかったのにぃと、いきなりド変態が騒ぎ出した。

 おい。なんだ、その変態イベントは。そんな乙女ゲームがあるかっ!

「ムーア様、クロティルド先生、どうでした?

 りんたんのかぼちゃ姿、きっと素晴らしく可愛らしかったのでしょうね!」

 ド変態公爵令嬢がくねくねしながら嫌な想像の翼を広げていた。

「やめてください、エリゼ様」ムーアさんは真っ赤になってその変態発言を止めようとし、

「…エリゼリア・ゴードンはこんな変た…こほん、こんなご令嬢だったとは知らなかったな」クロティルド先生は、そのド変態ぶりにドン引いていた。

 私としてはもう真顔になるしかない。ほんとにもう。これさえなければ最高の令嬢なのに。

「あら。可愛いでしょ、かぼちゃブルマー。

 ホントは赤ちゃんが着る服なのよ、あれ」

 その言葉に、ケルヴィン殿下が大喜びで私を指さして笑い転げ、ムーアさんにウメボシをされてのたうち回っていた。

「本当は魔法ステッキとか、お星さまのついたカチューシャもして欲しかったんだけど。

 さすがにそこまでは、りんたんも着けてくれないものね。

 残念だわぁ。でも、いつかフル装備で見せてね」

 エリゼ様は、そうくねくねしながら言い切っていた。

 なにこれ、ここまでが定番になってるの? お約束なの?

 涙、引っ込んじゃったよ。もう。


「まぁまぁ。せっかく用意して貰ったんです。

 仲良くランチを食べましょう」

 一連のやりとりを見ていた学園長が、くすくす笑いながら取り直してくれた。

 むぅ。仕方がないな。美味しいものは美味しい内に食べないとだよね。

 綺麗に詰め込まれたランチボックスの中は、フルーツソースの掛かった鴨肉の冷製、豆のサラダ、一口サイズで作られた野菜のキッシュ、桃と生ハムのピンチョス、チーズが巻き込んであるクレープ、野菜とハムが巻き込んであるガレットなどが所狭しに整然と詰め込まれていた。

「すごい。どれから食べていいのか判らない」

 目移りしまくりだ。どれも綺麗すぎて食べてしまうのが勿体ないほどだ。

 ちなみに、タイガはテーブルの下に置きなおして貰ったそれに、頭を突っ込んでがっついていた。

 まぁ、そうだよね。今のタイガは使い魔ではあっても普通に猫なんだもん。

 さっきまでそこにいた人の姿が浮かんでくる。

 ガーランド様の使い魔だったなんて。道理でなんか変だと思ってたんだよ。

 まぁいいか。せっかくのご馳走だ、美味しいに集中せねば。

「この桃、美味しいですね。こんな歯ごたえがあるのにすっごく甘い桃なんて初めて食べました」

 こんなの、私の知ってる桃と違う。私の知っているのはどこまでも柔らかくて蕩けるように甘い桃だけだ。

 でも、齧るとカリッと小気味のいい音を立てるこの桃の美味しさも格別だ。

 生ハムの塩気との相性も最高だと思う。

「でしょう。走りの、旬のものを食べるのはいいわよね」

 そっか。もう夏を迎えるんだもんね。

 夏においしい食べ物を想像して、つい頬が緩んだ。

 スイカもとうもろこしも大好物だ。どちらもこっちの世界でもとても美味しいと思う。

「編入してきてすぐだけど、夏休みも近いのよね。

 りんたんは、なにか考えてるの?」

「一応、月の灯り亭に戻ってまた下働きでもさせて貰おうかなって考えてます」

 なんて、女将さんに相談すらまだしてないけどね。

 でも、また一緒に暮らしたいな。

「そういえば、夏休みの前に、テストってないんですか?」

 日本では当たり前のことだけど、こっちってどうなってるんだろう。

 編入したてでなにも判んないし、そもそも今の私にテストを受けさせる意味があるのだろうか。

「テストはあるけど、1年を通して前期と後期の2度だけだな。

 だから夏休みに入る前にはない」

 クロティルド先生が教えてくれた。そうなんだ。良かったぁ。

「ふむ。どうやら私たちは、りんちゃんにこの学園の基本的なところの説明を忘れていたようだね」

 ごめんね、と学園長があんまり申し訳ないと思ってなさそうに謝りながら、学園の年間スケジュール表を手渡してくれた。

 こんなのあるんじゃん。初日に下さいよ。

 今が6月末で、7月中旬で夏休み突入、9月一杯がお休みで、10月から授業再開するんだ。

 11月に学園祭と前期テストがあって、12月~1月が冬休み。でも1月中に新年大舞踏会があるんだ。この日だけ出てくるのかな。

 あ、2月に修学旅行に行くんだ。どこに行くんだろう。

 3月に後期テストと魔法競技会ってあるな。魔法競技会って一体どんなことをやるんだろう、ちょっとワクワクしてきた。参加は無理でも見学できるのかな。観たいなー。楽しみになってきた。

 そうして、何気なく貰ったリーフレットをひっくり返してみると、この学園の理念とかだけでなく授業の時間割とかまで書いてあった。おいぃぃっ!

  これ、ホントになんで初日に渡してくれなかったの、ねえ?!

「実は校内の案内もまだ済んでないんですよね」

 ムーアさんが申し訳なさそうに付け加えた。そうなんだよねぇ。

 ほんと、この学園内での私の扱いってかなり雑だよね。まあいいんだけどさ。

「でも、昨日と今日でちょろちょろと校内とうろついたので、結構覚えました」

 教室棟、魔法学教練室、魔法学実践棟、ダンス室、更衣室、職員室、学園長室、保健室…あと行ったことないのはどこになるんだろう。

「あ、でも図書室には行ったことないので後で行ってみたいです」

 それだけ知ればあとは大丈夫そうな気がする。多分だけど。

「そうね。午後のマナーの授業は図書室の横にある自習室でしましょうか。

 貴族年鑑を暗記して貰わないとね」

 にっこりと、エリゼ様が笑顔で無情な宣告をした。

 貴族年鑑。私に必要な知識のように思えないんですけど。しかも暗記は苦手なのに。

 私はおもいっきり嫌そうな顔をしてしまったのだろう。

 前方に座っていたケルヴィン殿下に訳知り顔で頷かれて励まされた。

 なんとなく悔しかった。くっ。


「ご馳走様でした。美味しかったです。ありがとうございました」

 満腹だ~。毎日こんなご馳走ばかり食べていたらいけない気がする。

 食後のお茶と共にプラリネアイスクリームが配られたけれど、さすがにそこまで食べられなかったので、それはタイガに上げてしまった。

「でも、明日からは自分で作ったお弁当を食べますね」

 体重的なことよりも、人として。これに慣れてしまう訳にはいかないのだ。自分の身の丈に合っていない気がして仕方がない。

「駄目だ」

 なんと! ケルヴィン殿下からまさかの駄目だしが。

「なんででしょうか」

 太れって言われてたからからかな。ならお弁当の量を増やせばいいのかなぁ。

 対処方法を考えている内に、思いもしなかった理由を言われた。ぐぬぬ。

「人間、食べなれないものを急に食べるとストレスで腹を壊しやすい。

 お前はこの学園を卒業したら王立魔法研究所所属になるんだ。

 遠征に出ることもあるんだ。ここで出される食事に慣れておけ」

 むう。一理あるような、なんか横暴といいたくなるような。

「大体、ミルクなしのオートミールなんか食べているからそんなに痩せるんだ。もっと太れ」

 ぬおっ。なんでその事を?!

 いやん、クロティルド先生とか学園長様が、可哀想な子を見るような目で私を見るぅぅ。そんな目で私を見るのは止めてくださいっ。

「…だって、あの頃の私の収入だと、タイガと2人、それが精一杯だったんですもん」

 でも、とりあえず食べるものはあったし。

 いえば女将さんも料理長さんも賄いを大盛りにしてくれるとか、残り物をわざと出して持たせてくれるとかしそうだったけど。

 でも、なんとなく、それを受け入れるのは嫌だったんだもん。

 それにタイガ…皇太子様を付き合わせたのは悪かったなって思うけど。

 その時は普通に私が飼ってた猫だとしか思ってなかったんだから仕方がないのだ。

「これからは、あの猫の分と一緒に食費はこちらで持つのだし、ちゃんとしたものを喰うんだぞ。りん」

 いいなと駄目押しされて、私には頷くしかなかった。


「それと、今日からタイガはりんと同じ部屋では暮らさないことになった」

 ケルヴィン殿下が突然言い出した。

「え?!」

 思ったより大きな声が出てしまった。でもそれくらい衝撃を受けたんだもん。

「…お前、自分が先ほどアーリエル皇国の皇太子から求婚を受けたことを忘れたのか?」

 う。あれってやっぱりそういう意味だったのか。でも、なんというかこう…その。

「そんな意味じゃなかったんじゃないかなーって」

 えへ。思わず笑ってその話題を誤魔化してみる。

「阿呆か。解呪できた時にも言われてただろうが。

 我が王国には、友木りんが隣国へ出国することを禁止することはできないが、だからといって快く送り出すこともしない。むしろ阻止するつもりだ」

 食後に配られた紅茶を口に運びながら、ケルヴィン殿下がまた王太子様の顔をしてそう告げる。

 突然、ケルヴィン殿下は、親し気なクラスメイトではなく国の為政者としての顔になってしまった。この顔の時の殿下のことは嫌いじゃないというかどちらかというと好ましいと思うし尊敬してるけど、今はちょっと嫌だなって思ってしまった。

「私は元々、誰の嫁になるつもりもないです」

「え?!」

 何故かムーアさんが真っ青な顔になった。でも今はスルーで。

 睨みあったままの私とケルヴィン殿下を横に、学園長が更なる爆弾を投下した。

「そうそう。ガーランド皇太子は、いまこの場からこの学園の特別聴講生になったからね」

 吃驚しすぎると悲鳴どころか声が一切でなくなることを、私はその時身をもって知ったのだった。



21時限目で、かぼちゃブルマの説明が抜けていたので

あっちにも入れておきましたん。


失礼しましたです。

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