22時限目
「りんたん、何があったの、大丈夫?!!」
その人は、誰より先にその部屋へと走り込んできた。
「そうですか。しかし怪我人がでなくてなによりでしたね」
目の前にいるのは金色の長毛猫さん、もといリンク・スー学園長だ。
私と一緒にその前に立たされているのは、クロティルド先生と、ムーアさんと、ケルヴィン殿下とエリゼ様、そしてなぜかタイガもその列に混じってお座りしていた。
ちなみに、デビットは学園長室の前に立っている筈だ。
「報告はここまででいいでしょう。もう楽にして構いませんよ。
皆さん、どうぞ席についてください」
鷹揚に学園長が促した。
あの時、どうやら私が伝言を送ろうとしたムーアさんだけでなく一緒にいたクロティルド先生と、なぜかケルヴィン殿下とエリゼ様、そしてタイガの前に『1番目』の文字が浮かび上がり、それが拡大さらに拡散して校内に光として降り注いだらしい。
らしい、というのは、私としてはまだオマジナイたる呪文を口にしていなかったし、なんと唱えようか悩んでいて、目を閉じたままだったからだ。
つまり何が言いたいかというと、「何も見てませんでした」この一言に尽きるということだ。
そして何か明るい? というか指示を出してくれていたクロティルド先生が静かになっちゃったなーと思って目を開けたら、2人と1匹が倒れ込んでいたのである。
そこに、エリゼ様が走り込んできたのだ。
『りんたん、何があったの、大丈夫?!!』
血相を変えて走り込んできたその人の姿が、妙に心に残っていた。
「それにしても、いくら初めての魔法だとはいえ見事な暴発だったなぁ」
メイドさんが配ってくれた紅茶を飲みながら、ケルヴィン殿下が呆れたようないっそ感心したような様子で感想を述べた。
「それにしても、あれですね。暗号を決めた意味はありませんでしたね」
苦笑してムーアさんが続ける。
「あれは…、緊張してて、自分で光のパターンを思い浮かべる前に発動しちゃったんですよっ」
ぐぬぬ。魔法の使い方なんて、よくわかんないんだもん。仕方がないじゃないか。
「ムーアが言っているのは少し意味が違うな。
光る文字がそのまま送れるなら、暗号など必要ない。
手紙のようにそのまま長文でも送れたな、という意味だぞ」
クロティルド先生がそう補足してくれてようやく分った。あぁ、そういうことか。
エリゼ様がくすくす笑って続ける。
「そうね、あの光る文字。確かにネオンサインみたいだったわ」
!! そっちイメージすれば良かったのか。全然思いつかなかった。
「長文送るなら、もう少し光量を落としてくれないと網膜が焼けるな」
ケルヴィン殿下が悪乗りしてるみたいに付け加えた。
でも、なるほど。それは確かにそうかも。
それに、伝言を送りたい相手以外まで読めるほどはっきりと送信する必要もないよね。てへ。
「それにしてもあれだな。りん、おめでとう。
お前は伝言魔法だけでなく、攻撃魔法と防御魔法も手に入れたようだな」
? なにそれ。どういうことだろう。
全く判らずに、首を傾げていると、苦笑した猫…じゃなかった学園長が教えてくれた。
「あの光量をぶつけられたらほとんどの人間はしばらくの間、視力を失います。
攻撃のつもりでもっと光量を上げれば意識を刈り取ることもできるでしょう。
つまりは敵の無力化ができるということですよ」
知らなかったけれど、今回かなりの人数が数分間目が眩んで視力を失ったり気を失ったりしていたらしい。うわぁ。
「…あとで倒れた方たちに謝罪しに回ります」
さすがに凹む。
「初心者の暴発事故は毎年何件かは起こることですからね。
校内での事で済んでますし、気にすることはありませんよ」
そう学園長は慰めてくれたけど、私はしょんぼりして肩を落とさずにはいられなかった。
「謝罪するなら、私の方だな。指導教官として不手際極まりない。
まさか自分が意識を失うとは思わなかった。申し訳ない」
がばりとクロティルド先生から頭を下げられて狼狽えてしまった。
「いえ、あの。私がいろいろと手順を間違えてしまったからで。
先生は悪くないと思います」
おろおろとフォローにもならないようなことをもごもごと伝えてみたけど、先生の眉は顰められたままだった。
「それをいうなら、私もです。
まさか私まで倒れてしまうとは。不覚もいいところです」
ムーアさんにまでそう頭を下げられてしまって、本当にどうしたらいいのか判らなくなって困ってしまった。
3人でどよーんとした空気を作りだして沈んでしまっていると、学園長がアドバイスをくれた。
「そうですね。しばらくの間、魔法学の実習は他の誰かになにか影響を与えるものではなく、自分に関するものに限定して練習を重ねてみるといいでしょう」
クロティルド先生とムーアさんも、なるほどと呟いている。
「自分に関するもの限定、ですか」
「そうです。まずは目の前を明るくする。
逆に光を奪って暗くする。
そんなところからにしてみてください」
確かにそれなら他への影響が少なそうだ。
「はい。やってみます」
私は学園長に向かって大きく頷いて見せた。
その時、コンコン、とドアをノックする音がした。
「誰でしょう?」
『お食事をお持ちしました』
「入って」
メイドさんがしずしずと入ってきて皆にランチボックスを配ってくれた。
「もうお昼休みの時間に入っているし、ここで皆で食べるのもいいかと思ってね」
学園長とタイガの分も同じものが用意されていてテーブルに並べられていたけれど、これ2人(匹?)で上に乗って頭突っ込んで食べるのかな、そんな阿呆なことをつい考える。
「では、食事の間だけでも姿を本体に似せておこうかな」
そう学園長がいった次の瞬間、背の高いがっしりとした騎士様がそこには立っていた。
燃えるような紅い髪を後ろで束ねて編み込んでいる。すらりと高い背。その身体はしっかりと鍛え上げられた筋肉に包まれており簡易な胴鎧を纏っているがその金属の重さをまったく感じさせない軽快な動きをしていた。
「この姿では、初めましてだね。友木りんちゃん。
王立セントベリー魔法学園長兼竜騎士団長のリンク・スーです」
いかつく見えるまっすぐな眉が笑うと柔和な弧を描く。
その下にある瞳は金赤で、本当の猫のような不思議な光を帯びていた。
「随分若作りにしましたね」
ケルヴィン殿下がにやりと笑いながら茶々を入れる。
それを受けてムーアさんとクロティルド先生まで突っ込みを入れた。
「そうですね。私が騎士となって初めてご挨拶をさせて頂いた時にも周りから同じことを言われていた程度には」
「あぁ。それを言うなら私が魔法師になった時にも同じことを側近に言われていたな」
みんな言いたい放題だ。
「皆冷たいなぁ。いいじゃないか、似せただけで同じだなんて言ってないんだから」
なるほど。一理あるね!
「それに、猫の姿のままじゃ皆と一緒に優雅にランチという訳にいかないだろう?」
「ですってよ、ガーランド様?」
え? エリゼ様、がーらんどって?
その場にいた5人計10個の瞳の視線の先には、タイガがじっと座っていた。
…そのはずだったんだけど。
「ふん。仕方がないな。私もそれに倣うことにするか」
そう言うその姿は、青く見えるような黒い髪と黒く見えるような青い瞳をしたその人だった。
「ガーランド様!!」
解呪成功してたんだ。そっか。そっかぁ。
「これでアーリエルに帰れますね」
ちょっと寂しいけれど、これで良かったんだよね。うん。
皇太子さまなんだもん。お国に帰ればその地位にふさわしい生活と、忙しい毎日が待っている筈で、皆がその帰りを待っている尊いお方なのだ。
私にとっては単なる食いしん坊猫だったけど。
「帰らねぇよ。なんでだよ、ようやくりんのところに戻ってきたのに」
ぶすっとした顔で言い放たれたその言葉の意味がよく判らない。
「は?」
かなり間抜けな顔をしていたのだろう。ケルヴィン殿下が指を指して笑っているのが視界の端で見えたが、ムーアさんに黙らされていた(物理)
「あのね、そもそも呪いが再発動した訳じゃないのよ、りんたん」
エリゼ様が説明してくれていたけど、その意味が判らない。
「え? 呪いを受けたんじゃないの? なんのために戻ってきたの?!」
周囲の反応が生ぬるい気がする。馬鹿にされているというか。
見回してみてもやっぱりそんな感じの薄ら笑いみたいな目で見られていた。
う。だって、猫の姿になっているのを見たら、呪いが再発したんだって思っちゃうじゃん! …だよね?
「俺は、りんを迎えにきたんだ。そのために使い魔を送っただけだ」
「は?」
意味が判らない。聞けば聞くほど判らない。
「却下です」
ムーアさんがひと言で拒否して、
「ラノーラ王国としてはその申し出を受け入れることはできないな」
ケルヴィン殿下が勝手に断っていた。いや、断るのはいいんだけどね。
「りんたんがお嫁に行くなら、私も付いていこっと」
そうして、エリゼ様はるんるんとしながらそう言い切った。
いや、エリゼ様それはまずいでしょ。貴女、王太子様の婚約者じゃないですか。阿呆ですか。
「別に、りんはラノーラの国民ではないだろう?」
しかし、そのどの言葉もガーランド様は気にも掛けなかった。




