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21時間目


 

「あの、実践棟ってどこになるんでしょう」

 なんということだ。いまだ学内案内受けてないって今気が付いた。

 ムーアさんもそれに思い至ったのだろう。へにょっと苦笑して答える。

「更衣室を挟んで、右にいくとダンス室でしたでしょう? 

 あれを反対側、左に進むと魔法学実践棟へと続く通路があるんですよ。

 それと、今日のお昼休みか放課後にでも、かならず校内を案内しますね」

 昨日はいろいろと忙しかったですもんね。

 でもなんだろう。今日も忙しそうな気がする。


 という訳で、

「女子更衣室の前でお待ちするのは、ちょっと勇気が足りないので

 先にあちらに行って待ってますね」

 というムーアさんとは更衣室の前で分かれて、後から一人で実践棟へ移動することになった訳ですが。

 ばさり。またしても上着を被せられた。

「りんさん…、それは、…それも、だめです」

 やっぱり、またエリゼ様に騙されたのか!

 体操服がかぼちゃブルマーなんてあり得ないって思ったんだよ!

 思ったのに…、思ってたのに。何で着ちゃったんだ、私の馬鹿っ。

 昨日の更衣室での会話を思い出して、自分の馬鹿さに眩暈がした。


『そういえば、制服と一緒に届いた体操服なんですけど、これって…、これもエリゼ様の悪戯なんじゃないですか?』

 この学園の更衣室は個人ロッカーになっている。魔石ロックつきで本人の魔力による個人認証をパスしないと開かない仕様だ。

 今日の授業で使うかもしれないと思ったので一応持ってきたのだが、持ち帰って明日も抱えてくるとか面倒だなと、ここに置いておこうとした時に、バレエレオタードの二の舞になるのではないかとようやく思いついたのだ。

 そんな、かぼちゃブルマーの体操服を片手に迫る私にエリゼ様は悠然と笑って言い切ったのだ。

『あら、りんたん知らないの? かぼちゃブルマーは古式正しい女性用運動服なのよ』

 そうして自分の名前のついたロッカーを開けて、同じものを手に持って見せてくれたのだ。

『ぴったりしたブルマーはね、あれは下品よね。うんうん。私もそう思うわ。けれど、これはそれと違って可愛いでしょう?』

 エリゼ様用だというそれは、少し使用感があるものの、私の手にあるものと同じかぼちゃブルマーだった。

 たしかに、可愛いといわれてみれば、オレンジ色でもこもこしたそれは、ハロウィンの衣装みたいにも見えてきたのだ。

 上着も厚手で小さいえりが付いていてそこにオレンジのラインが入っている。

 可愛いと言われれば、可愛いのかも。ついそう思ってしまったのだ。


 それを見せられて、そう説明されたからって。

 たかだかそれだけで、なんであんなド変態のいうことを信じたりしたんだ、私。

 というかあれって一体誰に使わせてたんだろう。

 そんな仕込みまでする変態の言うことを真に受けるなんて、私の馬鹿馬鹿ド阿呆。ううう。

「あの…クロティルド先生、授業は制服のままでもいいでしょうか」

 萎れた葉っぱになったような気分で後ろを振り返ってそう聞くと、先生はすたすたと実践棟内から出て行ってしまっていた。あぁぁ。

 その場に両手をついて項垂れる。

 こんな阿呆な理由で、授業放棄されてしまうなんて。なんということだ。

「りんさん、すみません。さすがに魔法服については想定外でした」

 ムーアさんが謝るようなことではない気がするけど、なんというかあんまりな展開に立ち直れない。

 ぼすっ。

 そんな私になにか柔らかいものが投げつけられた。

「今すぐそれに着替えてこい」

「ハイ!」

 なんだかわからないけれど、いつの間にか戻ってきたクロティルド先生に渡された(?)それを抱えて、私は更衣室へと走って戻った。


「お待たせしました」

 ちょっとサイズが大きい気もするけど、このラップキュロットのワンピースに上着が付いている2ピーススーツには見覚えがある。

 昨夜突如として寝室に現れたクローゼットの中にあったあの服と同じものだった。

 乗馬服だとばかり思っていたけど、実は魔法服と呼ばれる魔法学実技用のものらしい。

 防御魔法が組み込まれていて、ある程度の衝撃にも耐えられるようになっているんだって。

 制服と逆の配色。上着とワンピの身頃はパールホワイトで、丸襟とリボンタイが明るめのグレーになっている。

 襟には、制服とは違って小さな魔石が止められていた。これで防御魔法が作動するんだね。

 身頃が白いのは相手の魔法が当たるとその属性の色がつく仕様になっているかららしい。なるほど。

「りんさん、少々お待ちください」

 そういって、ムーアさんは簡単に後ろで縛っただけだった私の髪をはらりと解いた。

 胸ポケットに入れていたらしい櫛でさらさらと髪を梳かれる。

 こんなことして貰うの、初めてかも。

 いつもより、すこし高い位置で髪が纏められた。

「慌てて着替えてきたからでしょう。

 後ろの髪が少し乱れていたので直しておきました。

 それと…はい、できました」

 先ほどの海宝玉の飾りボタンに銀色の鎖が通されて、私の首元に掛けられた。

「一応、この鎖には1~7までの暗号を刻んでおきました。

 急遽用意したので飾り気のない単なる鎖ですけど、使用には問題ないかと」

 え、もうさっきの暗号もこの鎖に刻まれているの?

「すごい。どうやって」

 首元に掛けられているそれを引っ張っると、確かに鎖の裏に小さい文字で刻印がされていた。

 おぉ。本当だー。ちゃんと読めるようになってる。

「ふふ、秘密です。全部の暗号決まったら、ちゃんと作り直しましょうね」

 元々タレた目元を更に下げて、ムーアさんが笑っていった。

「…ありがとうございます」

 そっとそこにある石に触れると、それは硬くて冷たい石の筈なのに、陽だまり中にいるようなぽわぽわとした暖かさがそこにある気がした。

「そこ。いい加減にして、こっちに来い」

 げんなりした様子でクロティルド先生が声をあげた。

 わわっ。

「すみません、お待たせしまくりました」

 敬礼をして先生の前に立つ。勿論、TVとか漫画で見たことがあるだけの似非敬礼だ。

「明日はちゃんと魔法服を持ってこい。あと指定のブーツもな」

 なんと。ブーツも指定の物があるのだそうだ。ロングブーツで脛を守ってくれるらしい。そういえばクローゼットの中に置いてあった気がする。

「はい。気を付けます」

 似非敬礼のまま返答する。

「それと、その服は実技の際に破く生徒がたまにいるので予備としておいてあるものだ。

 クリーニングは要らない。

 今日の授業が終わったら更衣室の入り口横にあるランドリーボックスにいれておけ」

 さすがお貴族様仕様の学園だ。

 カフェテリアのメイドさんといい、ランドリーボックスまであるとか。

 ほんと至れり尽くせりだね。


「では、始めよう」

 魔法学実践棟は、3階建てで、1階には小さめの実習室が6室と教官室が、2階には中規模の実習室が3部屋と保健室が、そして3階には模擬対戦ができる実習室が2つと記録室がある。

 今いるここは1階にある一番ちいさな実習室だ。

 部屋に入ると半透明の球状のバリアみたいなものがあった。

 言われるままに、そのバリアの中に足を踏み入れたが、特になにかを通り抜けた気はせず、抵抗も何も感じなかった。

 ただ中に入って外を見ると、光の屈折するような感覚だけがそこにはあった。

 このバリアが魔法が暴発した時に吸収してくれるらしい。この部屋は、初めて使う魔法の練習用になっているのだそうだ。

 中央に立った私は呼吸を落ちつけてムーアさんから首に掛けて貰った、飾りボタンを握りしめた。

 クロティルド先生の声に集中する。

「友木りん、お前が一番頼りになると思う相手を思い浮かべるといい」

 …女将さん。

 は、駄目だ。いきなり目の前が光るとか駄目すぎる。

「…一番目は駄目っぽいです」

「誰を想定した」

「この世界にきてから1年お世話になっていたお店の女将さんです」

「……すまない。私かムーアで頼む。

 暗号の事が判らなければ意味がないからな」

 なんだろう、クロティルド先生が、私を通り越して後ろに憐れむような視線を向けた気がするんだけど? 気のせいかな。

「そうでした。…はい、思い浮かべました」

 ムーアさん。

 私に初めて魔法を見せてくれた人。

 あの魔法の美しさに、私の心は奪われたままだ。 

「では、その者に伝えたいと思う言葉を思い浮かべて」

 とりあえず、1番目にしておこう。

 えーっと、でも1番目の内容ってなんだっけ?

 そうだ、『連れ去られた』だ。そうだそうだ。

 これが1番。これを送るのだ。

「はい。思い浮かべました」

 1番目の連れ去られた。1番目の連れ去られた。1番目の連れ去られた…

「では、石を触りながら、伝えてほしいと、君の中の光に、願うんだ」

 光に、願う。

 あ。そうだった。校内は魔法で守られていても校外に間違えて発動したら大変なんだっけ。それだけは間違えないようにしなくちゃね。

 そう思った時だった。

 魔法学実践棟に突如として大きな光が生まれた。


 ── 大きく光るそれは、校内にいる全ての人に見えた。


『1番目』と。

 


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