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19時限目

 


 勿体ないけれど喋り難いので、ばりばりと飴を噛み砕いて飲み込んでしまうことにする。

 もっと味わって食べたいところだけど、傍観している訳にもいかない。そろそろHRも始まるしどちらにしろ仕方がないのだ。

「お留守番していてってお願いしたのに。なんで着いてきたの?」

 昨日はお昼ご飯を用意しておかなかったから鞄の中に忍び込んだと思ったから、ちゃんとチーズサンドだって作って出てきたのに。

 買い置きしておいたパンは全部それで残してきたからこそ、自分のお弁当がなくなったのだ。なんということだ。持ってくればよかった。

 3日連続でお弁当のチーズサンドを食べ逃しているというこの事実。

 また家で食べるのか。虚しすぎる。

 まだタイガを摘まみ上げて睨みあっているムーアさんにタイガを渡してくれと手を差し出す。

「すみません。一旦タイガを連れて帰って家に置いてきます」

 そこに暴走令嬢が走り込んできた。

「りんたん、これ食べて!」

 ぼふっと口にサンドウィッチが突っ込まれた。

 ベーコンの脂とトマトの酸味とレタスのシャキシャキ感が絶妙のバランスのBLTサンド。

 しかも目玉焼きまで入っていてすっごく美味しい。

 パンがまた美味しい。小麦の味がちゃんとして、でも具材の邪魔はしない。最高だ。

 噛み締めるほどに口の中に美味しさが広がっていく感じがして、目の前がぱああっと明るくなった気がした。

「おいしい」

 朝起き抜けであれだけ食べてお昼ご飯用に用意したチーズサンドもあったのについてきてしまったのだからさすがにもう食べないかなと思ったけど、ついタイガにも声を掛けた。

「タイガも食べてみる? すっごく美味しいよ」

 しかし、ぷいっと横を向かれてしまった。やっぱりお腹はいっぱいなのか。ちぇっ。

 それなのに、なぜか私の指先についたマスタード入りマヨネーズソースに気が付いた途端、それを舐めとろうと藻掻きだした。なんでだ。

「しょっぱいし、お酢もマスタードも入ってるから駄目だよ?」

 そう止めたものの、なぜが摘まみ上げられたまま私の指を執拗に掴もうとしていたタイガを、エリゼ様がガシっと捕まえた。

「りんたん、私ちょっとこのにゃんこのお世話をしてきていいかしら。

 まだご飯が足りないみたいだし。沢山たべさせてくるわ」

「もうHR始まっちゃいますよ。すぐ授業も始まるし」

「大丈夫よ、先生には許可を取るから」

 暴れるタイガをものともせずエリゼ様が教室を出ていく。

 ケルヴィン殿下はその様子を心配そうに見ていたけれど、エリゼ様が殿下に向かって頷いてみせると、仕方がないとばかりにご自分の席に着かれた。

 そっか。あんな食いしん坊猫でも中身皇太子さまだもんね。ある意味国賓なのか。

 公爵令嬢さまが応対するのは正しいのかも。王太子であるケルヴィン様が授業サボって猫にご飯あげてるのもシュールな絵面だしね。

 置いて行かれて、ちょっと寂しいと思っちゃったのは内緒にしておこう。


 特に何事もなくHRが終わって今日もまた魔法学教練室へと移動しようと廊下へ出た時だった。

 ケルヴィン殿下に呼び止められて足を止める。

「りん、先ほどは話し損なってしまったが、今日からムーアがお前付きになる」

 え? なにそれ。

「な、なん…。いらないです。そんなの」

 ちょっと何をいわれているのか判んないです。なんで私に近衛兵様がお付きなんてする必要があるんだろうか。

「あの猫のこともあるからな。今のお前だけでは対処できない事も多いだろう?

 連絡係としてだけでも使え」

「よろしくお願いしますね、りん嬢」

 真面目な顔をしたムーアさんに、胸に左腕を当てる正式なお辞儀をされて慌てる。

 この国と騎士団の紋章を図案化した金の刺繍が施された、淡緑色掛かったグレーの騎士服。黒いロングブーツにズボンの裾をいれたその立ち姿はきりりとして麗々しい。

 なんて、見惚れている場合じゃなかった。

 無理だよ、こんなムーアさんと四六時中一緒にいるなんて。

 こんな人に揶揄われ続けたりしたらいろいろと保たない。きっと私は死んでしまうに違いない。

「でも、そうしたら殿下はどうされるんですか? 困るんじゃないですか」

「その為のデビット・グエンだったんだ」

 そっと目線でその人を指し示された。あ、廊下で待っていたんだ。気が付かなかった。

 視界の先で、その人が目礼をしてきたので、同じようにそっと目礼を返した。

 あぁ、それで急に昨日連れてきたんだと納得した。

 でも、そもそも近衛って王族の為のものでしょ? 私につけるとかやっぱりオカシイような気がするんだけどなぁ。

 でも、皇太子の為に融通するのは当たり前なのかな?

「私付きではなくて、実質的にはタイガ付きってことでしょうか」

 新しい配属先として猫付きって変だもんね。

 王太子付きから猫付きに異動って、左遷以外の何物でもなくなっちゃうだろうし。

 猫付きよりは、光属性でいつ暴発するか判らない平民の女付きの方が少しはマシに聞こえる気がするもんね。うん、名目上っていうのはありそう。

「そう考えて貰っても構わない」

 じっと、黙ったまま私たちの傍に立つその人を見上げる。優し気に垂れた目元も、黙ったまま目を伏せられている今の状態では何を考えているのか、感じているのかまったく判らない。

 けれど、この人のことを自分は信用している。

 よく揶揄ってくるのだけはいい加減にして欲しいって思うけど、それでも信用している人だという事、それだけは間違いない。

「…わかりました。場合が場合ですもんね」

 ここで対応に失敗してしまった時には、来年、戦争になるかもしれないのだ。

 命を失うような戦争など、起こしてはいけない。

「えっと、いろいろと御迷惑をお掛けすることになると思いますが、よろしくお願いします」

 スカートの裾を持って右足を引き、ちょこんとお辞儀をする。

 勿論、子供用なんちゃってカーテシーだ。多分、これで合ってた筈だ。

「ぶわっはっはっ。りん、お前それ似合いすぎだろ。

 子供用とか、最高だな」

 そういって腹を抱えて笑い出した。ムカつく王太子め。

 エリゼ様直伝なんだぞ、このカーテシー。

 さてはお前あのかわいいカーテシー見てないな? 天使みたいだったんだぞ。見れなくて残念だったな。ざまぁみろ。

 くっ。いつか華麗なカーテシーを決めて見せるからな。覚えてろっ。


「りん嬢、鞄をお持ちしましょう」

 そっと手を差し出されても、もう渡しませんよ。

 昨日はなんとなく渡しちゃったけど、これから毎日とか無理だから。

「いいえ、私が持っていたいので大丈夫です」

 日本語が不自由な人みたいなこと言っちゃったけど、自分でもどうにもできない。

 ちょっと面白がっているような顔をしているムーアさんに見られているのは判ったけど、それにも気が付かないふりをして、私達の他には誰もいない階段を昇っていく。

 窓の外を通り過ぎていく大きな影にふいに気を取られて見上げた。

「彼等がこんなに低空を飛ぶのは珍しいですね」

 ムーアさんも一緒に見上げて呟いた。

「あの竜は、どこからきて、どこまで行くんでしょうね」

 視界の先にある大きな影は力強く羽搏く度に、ぐんぐんと遠ざかっていく。

 自由に空の下を飛び回るのは、楽しいのだろうか。

 それとも自由すぎて怖いのだろうか。

「あの竜も、草食性なんですか? テイムで従わせられているのでしょうか」

 先ほどの問いとは違い、ちゃんと明確な答えのある質問を口にしてみる。

 心のうちにある鬱屈を見透かされる前に。

「竜は別です。あれは魔法生物ですからね。

 各属性を持っていて、自分の属性と同じ属性の竜と契約するんですよ。

 どこからきてどこにいくのかは、軍による王国内の巡回ですからぐるぐるしているとしかお教えできないですね。

 詳細については機密という程ではありませんが、軍に関することについてはお教えする訳にいかないのです」

 そうなんだ。あれって全部、軍が管理してたんだ。

 竜騎士様がいるのは知ってたけど、冒険者とかもいるんだと思ってた。

「さすがに全部ではないですよ。たしかに有名な冒険者にもいると聞いたことがありますね。

 竜と契約できる適性のある者はなかなかいないですし、たとえ適正があったとしても契約をしていない竜に出会えること自体が稀です。

 適性のある若者が軍に入隊してきた時は一個中隊を組んで無契約の竜を探しに行きます。それでも何年も竜に出会えず、諦める者も多いのです。

 個人で契約をとなるとなかなか難しいと思います」

 そうなんだ。夢がない感じだわ。

 いや、竜がいるだけでも十分夢があるといえるのかしら。

「では、授業が終わるまで、こちらでお待ちしておりますね」

 魔法科教練室の前でムーアさんは立ち止まり、ゆっくり頭を下げた。

 ムーアさんと一緒にいるだけなのに、さっきからこんなにも居心地悪く感じる理由がようやく判った。

「あのっ、その敬語と”嬢”っていう敬称止めて貰えませんか?」

 突然お付きになったといわれて混乱してたからスルーしちゃったけど、なんで急に態度が変わっちゃったんだろうか。

「そうは言われましても、りん嬢は私がお仕えすることになった方ですので」

 目を伏せた状態であっさりと言い切られた。その様子に胸がぎゅっと痛くなった。

 これからずっと、一緒にいる時はこんな風に一線を引かれた状態で、敬語を使われるのだろうか。

 一緒に買い出しに行ったとしても? 一緒に何か食べている時も?

「戻してください」

 絶対に引かないんだから。

「……」

 負けないとばかりに目に力を入れて睨み続けていると、はぁと息を吐きだしたムーアさんが折れてくれた。

「判りました。ではこれからはまた”りんさん”にしますね」

 にこっと笑ってくれた。嬉しい。

「はい。よろしくお願いしますね」

 ぺこりと頭を下げて、私は教練室のドアを開けた。


「遅い」

 う。デジャブ。



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