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「待っていましたよ、友木りん。この私を待たせるなんて、ねぇ。

 さすが、平民の癖に光魔法を使えるだけありますね」


 職員室でりん達一行を迎えてくれたのは、くすんだ緑色の瞳を、どんなに小さな粗も見逃さないぞ、といいたげに意地悪そうに光らせてこちらを睨みつけている、古めかしいテールコートを着た痩身中背の人だった。そうか、教師も全員お貴族様なのか。

 それにしても、この王国のお貴族様は期待を外さないよね。このイヤミ臭い驕傲っぷり。さすがだよね。

 まぁ仕方がない。あと2年はお付き合いしなければならない相手だ。

 ここはきちんと丁寧に対応せねば。

「名前も知らない先生、おはようございます。お約束の時間丁度でしか職員室にたどり着けなくて申し訳ありませんでした。

 王太子殿下とゴードン公爵令嬢様にこの学園について色々と教えて戴いていて遅くなりました」

 素直に頭を下げる。…素直じゃないか、我ながらイヤミ返し満載だもん。

 しかも、私の後ろには、その2人が立ってるんだもんね。先生の頬がぴくぴくしてる。

 それでも、気丈にも私の後ろに視線を向けて

「王太子殿下、ゴードン公爵令嬢、おはようございます。

 この平民には私から今後についてきちんと指導致します。

 お2人共、授業に遅れますぞ。早く教室へ、どうぞ」

 そう手で廊下へと続く扉を指し示し、退出を促した。自分より身分が上の者を追い払おうと必死だな。

 それを受けて、王太子が一歩前にでてきて胸を張ったままいった。

「友木りんは、この王国で現在確認されている唯一の光魔法所持者だ。

 この学園にて魔法の取り扱いを覚えた後は、王立魔法院への所属も決まっている。

 なので、”単なる平民”という扱いをされるのは困るのだ。判るな、ハンタース教頭」

 王太子殿下が王太子っぽい声で、王太子っぽい発言をした。

 …て。え、なにそれ。王立魔法院とか知らないよ。

「…日当を支給する旨の契約書に書いてあったでしょう?」

 こっそりとムーアさんが教えてくれた。気がつかなかったよ。説明あったかなぁ。ないなら、それって詐欺なんじゃないの?

「詐欺扱いするなんて酷いな。魔法の暴発を抑えるために学園で学ぶのは、りんのためでもあり、それ自体が報酬ともいえるだろ。授業料もそれに伴う教材費や制服代などの実費も負担するんだし。

 そして、それ以上を求めたのは、りん、お前だろう?」

 王太子めぇ。正論を吐きおって。正論すぎて言い返せなかった。ぐぬぬ。

 まぁ、日本でも学費無料でお給金まで出る某大学は、その後6年だっけ? そのまま各種危険手当のでる国家公務員になることに決まってたもんね。妥当なのかな。

「…学園長がお待ちだ。ついてくるように」

 苦虫を噛みつぶしたような顔をして、ハンタース教頭は先を歩き出した。




「失礼します。友木りんをお連れしました」

 促されるまま入室した学園長室は、思った以上に広かった。

 壁の両脇に並ぶ本棚。柔らかそうなレザーのソファーと応接セット。どっしりとした執務机。家具はすべてマホガニーだ。艶やかな光沢がどれも美しい。足元にある蜂蜜色をしたクムシルクの絨毯はきめ細やかでどこまでも滑らかで、正面にある大きなガラス窓を覆っているのはビクトリアンチンツの萌黄色のカーテンだった。暗くなりがちなこの部屋に明るさをもたらすアクセントになっている。

 しかし、りん本人にはその名前も価値も正直不明だった。しかしそれでも、

 金掛かってんなー。

 そう思った。そんな部屋の一番奥、どっしりとした大きな執務机の上に、大きな白い毛玉が丸まって寝ていた。


「…猫?」



 長い毛をした大きな猫だった。基本白だが、耳や手足、尻尾に金色の縞がうっすらと浮かび上がっているのが判る。

 寝ていたその猫が、ゆっくりと大きく身体を伸ばし、あくびをしながら起き上がった。

 こちらをまっすぐに向いて見えたのは、鼻を中心に金色をした神秘的な顔。黄金色をした瞳には小さな赤い星がとんでいる。その不思議な色をした瞳の周りには白いラインが縁どるように引かれ大きな瞳がより大きくくっきりと見えた。まるでクレオパトラの目のようだ。金色のメダルがついた首輪をしてた。飼い猫なのか。 

 神々しい。なんたる美形猫なのか。


「友木りんちゃんだね。僕が学園長のリンク・スー。よろしくね」


 猫が、笑った。いや、喋った。

 いや、ついひと月前まで、元人間の猫と暮らしていた私が動揺するのもおかしいけれど、それでも奴は猫型の時は人語は喋らなかった。人に戻ったら酷かったが。

「友木りん、学園長に挨拶を」

 ごほん、と咳ばらいをしてハンタース教頭に促された。あわわ。

「友木りんです。今日からこちらでお世話になります。よろしくお願いします」

 慌てて深々とお辞儀をする。なんでみんなフツーに対応しているのか。意味が分からない。

「りん、学園長はお忙しい身なのでね。いまご本人はここにはこれないんだよ。

 だからね、この子は使い魔なんだよ」

 王太子が教えてくれる。なるほど。使い魔かぁ。それは魔法学園っぽいねぇ。

 ふさふさの、金色の縞しま尻尾を自慢げに振る学園長(の使い魔)

 うう。抱っこしたい。せめて撫でさせて欲しいぃぃ。猫不足なんじゃぁぁ。

 なんて、ここで欲望丸出しにしたりしたら、どこかの公爵令嬢を笑えなくなるので我慢する。


「さて。挨拶も済んだし、まずは魔力量の測定と、一応、属性検査もしておこうか」

 てきぱきと仕切る猫にソファーを勧められる。すごい違和感だ。でも慣れないとね。

 大人しく指示に従う。応接セットのテーブルの上には、丸い水晶玉と平らな石板が並んでいた。

「丸い水晶玉が属性判定用で、目盛が付いている平らな石板が魔力量測定用だよ。

 どちらも両手で触ってくれればいいだけだ。どうぞ、触ってみて」

 簡単に言われても、ちょっとドキドキする。まぁいいか。噛まれる訳じゃないし。

 そっと、まずは近くにあった水晶玉に触れてみることにする。両手で挟み込むように触ってみると、ふんわりとした白い光がそこから溢れた。

「おぉ。本当に光属性なんだねぇ。いや、別に疑っていたわけじゃないんだけどさ」

 ちなみに、ここでの魔法は火、風、水、土、光、闇の6属性ある。

 火は水に弱く、水は土に弱く、土は風に弱く、風は火に弱い。そして光と闇は同じ強さでお互いにダメージを与え、他の4属性より強いと言われているそうだ。

 ただし、光と闇の属性持ちは極めて稀少なために実際に直接戦った記録も少ない。なので、属性自体のものなのか個体的な魔力の強さに拠るものなのかまでは判っていないそうだ。


「では、次は魔力量を測ってみようか」

 水晶玉が教頭によって避けられ、平らな石板が前に出される。

「すっごい数値が出たりして。測定不能なレベルで石板割れるとか期待」

 不謹慎な公爵令嬢がなにか後ろでプレッシャーを掛けてくる。転生チートは黙っていて欲しい。

 緊張しながら、そこに、そっと両手をそろえて置いた。

「「「「「………」」」」」

 ……これは?

 石板上部にある目盛の、最低基準に満たない場所までしか、そこは光らなかった。

 最低基準のメモリが100だから、えーっと7…80位?

「壊れているんじゃないかな」

 王太子が場所を変われというので、素直に立ち上がる。

「…780。うん、正常だ」

 大体、平民で200前後、貴族が500前後がいわゆる”普通”なのだそうだ。

 …100以下ってどんだけだよ。

 次にエリゼ様が変わって測定する。

「950。そうね、いつもの数値だわ」

「では私も一応測ってみますね。650。私も前回と同じですね」

 後ろで黙って立っていたムーアさんまで測ってみて、正常という事は、だ。

「測定器は壊れていないってことだね」

 猫(学園長)がさらっと総括する。

「……」

 えーっと。ということは、私の数値は、測定最低値以下、ということで確定かな?

「ぶわーーっはっはっはー。やっぱり所詮は平民ですな。

 どんなに稀少な属性であったとしても、こんな微小な魔力量ではな。

 役には立ちませんな。意味がありません」

 この部屋に入ってからは大人しくしていた教頭が、溜飲が下がったとばかりに馬鹿にしてきた。ぐぬぬ。…はっ。思いついた!


「ねぇ。この低い魔力量なら、別に魔法の取り扱い方を教わらなくても暴発とかしないんじゃないかな」

 そしたら学園に通わなくてもいいんじゃない?!

 ナイス、私。

 その提案に、王太子は眉根を顰め、公爵令嬢はこの世の終わりのような愕然とした顔をし(美少女台無しやで)、教頭はこの日一番の嬉しそうな顔をしていた。

 ちなみに、私も冴えてる自分を褒めてやりたい気持ちだった。

「…しかし、りんは前に、強力な呪いを解いているぞ?」

「私が解いたと決まったわけじゃないですよ。

『私がオマジナイを唱えた翌日解けてた』だけで、単に時間経過によるものだったかもしれませんし」

「そんな偶然があるのか?」

 しらんがな。大体、あの時の私には解呪しようという考えすらなかったんだもん。

「あるんじゃないですか。では、今日はこれで一旦解散ということに…」

 えへえへ。我が鬼門、変態共の巣窟である魔法学園から解放されたよ、やっほー!


「そうはいかないですね。というか、光属性なら当然の数値です」

 がちゃり、と重厚な扉を押し開けて入ってきたのは、ローブを着た背の低い少年だった。

「クロティルド先生、遅いですよ」

 猫(学園長)が嗜める。

 クロティルドと呼ばれた少年先生は、それに片手で応えて続ける。

「光属性の魔法は、起動のみ行うんだ。発動にはその場にいた者の力を使う。

 主に手を繋いでいるなど接触している者を優先するが、上位の使い手になると地面に触るだけで半径10メートルの中に存在している魔法力をもつ者から強引に発動させた記録も残っているんだ」

 うわぁ。なにそれ、エゲツナさすぎる。怖っ。

「もし、そんな力が暴発したら、大惨事となるだろう。

 お前には魔法の勉強が必要だ。わかったか?」

 こくこくと首を高速で上下して了承した。うはっ。知らないという事は罪悪だね。

 少年先生は、私が蒼い顔をして頷いているのを確認してから、ゆっくりともう1人の青い顔をした人に向き合った。

「教頭先生。教師たるもの、適当なことを生徒に吹き込むのは頂けないですね。

 あぁ、それとも勉強不足すぎてご存じなかったとか?」

 ぐはっ。この少年先生もなかなか言うなぁ。怖いけど、ちょっと好きかも。

 長い翠の髪を後ろで一つの三つ編みにしている。深い知性を感じさせる瞳は透き通った湖のような碧色。文句なしの美少年だけど、一体何歳なんだろう。まったく判らん。100歳超えてるっていわれても、逆に納得しちゃいそうだ。

「ふふっ。そこまでにしてあげて? 教頭には後で僕から話をしておくからさ。

 ハンタース教頭、お疲れ様でした。

 続きはクロティルド先生と一緒に話をするから、君はもう下がっていなさい」

 悔しそうにしながらも、黙って頭を下げて教頭は部屋から出て行った。


「じゃあ、まずはお茶でもしようか。皆で」 にゃあ、と猫(学園長)が笑って言った。




 


 優美なラインを描く透き通るような白いその器に注がれているのは、甘い香りがする花弁の浮かんだ紅茶だった。

「おいしいです」

 口に含むと、ふわりと砂糖の甘さとはまったく違う、ほのかでやわらかな甘さが広がった。

 一緒に出された小さなクッキーとの相性も抜群だ。真っ白いちいさなそれは、口に入れた途端、ほろほろと崩れてしまった。まるで重さを感じない、とても繊細な味がした。

 肩に入っていた力がすっと抜けていく。

 気が付いていなかったけど、結構緊張してたみたいだ。


「落ち着いたかな。測定おつかれさま、りんちゃん。朝早くからご苦労だったね」

「いえ、その…。朝っぱらからお騒がせをしました」

 お茶とクッキーのおいしさに意識を持っていかれていたせいか、不意打ちを喰らってもごもごと返答をした。

 それにしても、いくら美形でも猫に労わられるというのはとても不思議な気分がするね。はは。


「それで、りんちゃんのクラスについてなんだけどね。

 よく考えてみたんだけど、同じ歳だからといきなり2年生のクラスに編入というのは無理があると思うんだよ」

 そりゃそうだ。一学年何クラスあるのか判らないけど、王太子やエリゼ様と一緒になれるとも限らない。

 そうしたらすでにある程度関係の出来上がっている場所に、味方ゼロのお貴族様だらけのクラスにいきなり放り込まれるとか…怖っ。


「だからね、とりあえず1年生のクラスに編入してもらおうかと思ったんだけど、どうかな」

 こてん、と頭を傾げる姿が可愛すぎる。似合いすぎですね、猫学園長様。

「ダメです。反対です。断固として反対します!!」

 あー…。ポンコツ令嬢ったら、いきなり仮面外しちゃったよ。

「りんたんは、私が責任をもって面倒を見ます。大丈夫です。

 手取り足取り腰取り写真撮り。誠心誠意をもって完璧に見守り続けますわ」

 …王太子も頭抱えちゃったよ。そうだよね、あなたの婚約者さまだもんね、このポンコツ。

「そうですね、私も反対です」

 おや。少年先生までそっちですか。でも私にいきなり2学年の授業はハードル高すぎるんじゃないですかねぇ。

「クロティルド先生は、りんちゃんなら2学年への編入で大丈夫だと思うんですね?」

 私は無理だと思います。全力で無理だと主張したい。

「いえ。よろしければ、個人授業とさせていただきたいのです。

 光魔法は特殊です。同じ授業は他の生徒も混乱させるでしょう。

 魔法学だけ。しばらくの間だけでもいいのですが、如何でしょう」

 なるほど…、そういって猫学園長が考え込んだ。うう。その後頭部。撫でくり廻したいわぁ。

「うーん。マナーの授業とか他の授業はどうしようか。

 王立所属の魔法師になるんだし、マナーは覚えないとだよね。

 やはり基本的には1年生クラスに編入が一番かなぁ」

 しゅばっ。勢いよく手を挙げた人がいる。うん、モチロンこの人だ。

「私が、公爵令嬢としての意地と矜持を掛けて、

 りんたんにマナーの基礎をお教えしたいと思いますわ」

 恰好いいこといってるけど、また鼻血でてるよ、エリゼ様や。

 ため息を吐いて、今朝もその鼻血をふき取る大役を務めたハンカチ(湿ってる)で押さえる。

 そういえば、前は鼻血がでたら仰向けになって止まるまで待てっていってたけど、最近の医学では、バケツを抱えて俯けになって出るだけ鼻血を出して出し切るのが一番だってことになったんだね。 

 あ。でも私にとっての最近の医学って一年以上前の常識だった。てへ。今はどうなんだろ。

「では、私がダンスを見てやろう。王宮勤めをするなら出来ない訳にはいかないからな」

 うげっ。なんということだ。王太子と2人でダンスの練習とか拷問か。

「なるほど。りんちゃんはお友達に恵まれているみたいだね。

 うん。2人共わが校の誇る優秀な生徒だ。

 どちらも今更その授業の出席を必要としないほどだし、他人に教えるということは、より深く理解していないとできないことだ。復習になるし。いいかもしれないね。

 ダンスとマナーについてはケルヴィン殿下とエリゼリア嬢の2人から教わってほしい。

 講師役が1人の生徒だと不備がでるといけないから、この2つの授業の時は2人で一緒に講師役を務めて欲しい」

 変態王太子と変態公爵令嬢が大きく頷く。おいぃいぃぃ。やめてください。死んでしまいます。変態に埋もれて死ぬとか。最悪だ。

「魔法学についてはクロティルド先生が受け持ってくれるんだし、

 やっぱり2学年への編入でいいね」

 魂が抜けかかった私以外の3人が頷いて、それは了承されたのだった。




「では、今日はこれで終わりにする。

 私もりんの為の授業の用意をして、いろいろと段取りを取らねばなければならないからな。

 明日は今朝と同じ時間に職員室へ来てくれ。クラスに挨拶してから授業に入ろう」

 学園長室から出た後、少年教師はそれだけ言うと颯爽と歩いていってしまった。


「仕方がない。私たちは授業にでなければな。

 りん、また明日だ」

「仕方がありませんね。りんちゃん、お写真の撮影は明日にしましょうね」

 また明日会いましょうね、そういって手を振り、にこやかに華やかな2人が教室に向かって去っていく。

 その後ろを、名残惜し気に振り向いて頭を下げたムーアさんが追った。



 急に1人残された私は、ちょっと寂しくなってしまった。


 

リンク・スー学園長びいきなのを認めるのはやぶさかではない。

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