17時限目
すぷらったー表現があります(コント状態
ギャグだったとしても、お嫌いだという方は
ラスト100行(って、どんな表現だよ)辺りまで
飛んで下さい。
「いってぇぇっぇ」
更に追撃とばかりに、ばりばりと爪も立てて攻撃していた。
ぶしゅっとばかりに血が噴き出す。うぎゃーーー。
「た、タイガさん、止めてあげてぇぇ」
止めて差し上げて。いくら嫌な人でも、この歳でいきなり脳天禿げ作るとか人生がハードモードになっちゃうからっ。
周囲がおたおたと対応に手こずっている間に、タイガは両手で頭を押さえ、両足で蹴りまくり攻撃まで繰り出して、デビット(の毛根)を文字通りの血祭りにしていく。
「知ってるかしら、りんたん。
頭部には筋肉がないのでちょっとした怪我でも大量に出血するのよ」
そのあまりの血まみれ具合にエリゼ様まで動揺したのか、関連するようなしないような微妙な雑学を披露する始末だった。
「タイガ、もうおしまい!」
なんとか胴を掴んで強引に引き剥がす。
だらーーーっっ
顔面が真っ赤になるほどの出血に、眩暈がする。
当のタイガと言えば、口の中に蛍光グリーンの毛が入ってしまったのか、「ぺっぺっ」と顰めっ面をして吐き出すという、なんとも薄情な態度を取っていた。
しかも若干自慢げである。
先ほどのエリゼ様の雑学で聞いてはいたけれど、その出血量に慌てた私は、思わずデビットの手を握りしめ「いたいのいたいのとんでいけ」と叫んでいた。
ふわりと広がる淡い光。
その光が引いた時、デビットの頭の傷はすっかり治っていた。
でも、顔と服と手についた血は残ったままだったからスプラッター状態ではあるんだけど。
「禿げにならなくて済んだことを、りんたんに感謝するのね」
そこは怪我が治ったことじゃないんですか、エリゼ様。
私は濡らした雑巾とフィル草パウダーを持ってきて床や壁に飛び散った赤い飛沫を掃除する作業に入ろうとしたけれど、その前に、突っ立ったままの脳筋血塗れ男に声を掛けた。
「キッチン横にある洗面所で顔と手を洗ってきてくださいね」
血塗れの手でそこら中を触られてなるものか。
それと。
「タイガも、その手足についたそれを洗い流すわよ」
懸命に手や足を振りまくっても綺麗に落ちたりしないからね?
私は怒っているのだと表明するためにも普段より手荒にタイガの柔らかな身体を抱き上げて、まだ突っ立っていたデビットの横をすり抜けて洗面所へと駆け込んだ。
嫌がるタイガを蛇口の下に押さえつけてジャバジャバと洗う。
強引に顔も洗った時、耳の穴に水が入ってしまったタイガにブルブルと水分を振り払われ、私の顔まで水浸しになっていた。
流れ落ちていく水に色がついて見えなかった事に少しホッとする。
洗い終わったタイガをタオルで包んで拭いていると、後ろから声が掛かった。
「なぜだ?」
「…可愛いタイガに貴方の血が付いたままとか怖いじゃない」
洗うに決まっている。猫は…猫は自分の身体を舐めて綺麗にするんだよ?!
そのままにしたら、すっごく怖いことになっちゃうかもしれないじゃないですか!!
「違う」
「? 手を洗えと言ったのは、血塗れのまま部屋の物に触ってほしくなかったからです」
それ以外のなにがあるっていうのだ。
「…お前、結構ひどいぶっちゃけ方するな。
そうではなくてだな、なんで俺の怪我を治した」
びしょ濡れタイガがしっとり湿ったタイガ程度まできたので、タオルを交換してもう少し拭く。
「治さない方が良かったですか?
でも残念ですね。タイガが人を害して怪我をさせた、なんていうことを私は放置したりしません」
それを理由に、タイガが害されたりしたら困る。
それに、今回の事はなんとなくだけれど私に原因がありそうなそんな気がしたのもある。
「別に貴方の為にやったことではないので、私に感謝する必要はないです」
そうだ。私はタイガの為にそれをしたのだ。それだけだ。
決して、禿げの脅威から守ってあげた訳じゃないんだからね。
「…その猫からは人の意志のようなものを感じる。そして力も。
この俺が、その猫を自分からまったく剥がせなかった。それなのにお前はいとも簡単に引き剥がしてみせた。
ようやくそれが普通の猫ではないことが俺にも納得できた。
そして、お前…友木りんが、光魔法の使い手であり、特別な存在だということも。
先ほどまでの態度を謝罪する。俺の態度は失礼極まりなかった。申し訳なかった」
ガバッと深く頭を下げられた。
やだ。やめてよぅ。血塗れのまま激しく動いたりしたから、こっちまで赤い飛沫塗れになったじゃないのよぅ。
私は泣きたい気分で自分の顔を洗い、今度は断固たる態度で、脳筋男に手と顔を洗うように指示を出したのだった。
その、私に怒られて素直に指示に従うデビットの姿を、タイガはじっと見つめていた。
部屋に戻ると、ムーアさんが魔法で部屋に飛び散った赤い点を一カ所に集めてくれているところだった。
ほえーっ、と、阿呆っぽく口を開けてその様子を見つめている私の前で、それは球のように丸くなりながらゆっくりと回転しつつ壁から浮き上がり、最後はムーアさんが指先で示した場所、トイレの中に吸い込まれていった。なんと!
「綺麗にしておきましたよ」
にっこりと報告するムーアさんに、ぎこちないお礼を告げる。
「ありがとうございます。そんな掃除方法、想像もつきませんでした」
なるほど。これが魔法は想像力って事なんだねぇ。
血液も水分だもんね。水属性ならではの掃除方法だなぁ。
「すみません、ムーアさん。洗面所もお願いできるでしょうか」
思い出した光景に、若干鬱が入りながらもそうお願いした。
「洗面所は私が片を付けておいたわ」
ドヤ顔の美人さんが高らかに宣言した。おぉ。エリゼ様の魔法も見たかったなぁ。
「ちゃんとあいつに全部返しておいたから安心してね」
きゅるんと効果音が聞こえてきそうなウインク付きだった。可愛いぃ。
「エリゼ様って、ほんと美人で可愛いですねぇ」
あ。本音が駄々洩れしちゃった。
「あら、嬉しい。でもね、私に任せてくれさえしたら、りんたんなら私よりずっと綺麗で可愛くなれるわよ。保証するわ」
いや、無理だから。盛りすぎですよ、エリゼ様。
「だから、一緒に暮らしましょう? 大丈夫、優しくするから!」
なんか鼻息荒くて嫌だ。美人の鼻息。なんて残念なんだろう。
この人、見た目と中身との差が大きすぎるでしょ! ポンコツ過ぎる。
「絶対に幸せにするから! 約束するから。ね? 一緒に暮らしましょう?」
エリゼ様の目が本気すぎてなんだか怖い。怖すぎるよぅ。
私は思わず壁に縋りついてしまった。
そこに、エリゼ様が壁に手をついて覆いかぶさってきた。
これは、まさに壁ドンというものではないか。
ただし、迫ってくるのは神の作りし天女のごときポンコツ美人だけどな!
やだ、いい匂いするぅ。じゃねーよ、自分。
「いい加減にしろ、エリゼ。りんが涙目になってる」
ぐいっ、と王太子様がエリゼ様の首根っこを掴んで引き離してくれた。
「王太子様、ありがとうございましたぁ」
へなへなと足から力が抜けてその場にへたりこむ。
そこへ、今度は仁王立ちの王太子が立ちふさがった。なんで?!
「私のことは、ケルと呼ぶがいい」
えー。そこなの?
「王太し…」
「私の事は、ケルと呼ぶがいい、と言っている」
「…ケル、ヴィン殿下。愛称は無理です」
「…仕方がない。それで許してやろう」
なんでそんなに偉そうなんだろう。あ、この国の王太子様だった。てへ。
「デビットは謝ってきたか?」
こくりと肯く。
「その謝罪を、りんは受け入れたのか?」
しばらくどうしようか考えて、もう一度頷いておいた。
あの瞳に嘘はなかった。きっともう大丈夫。
「…よし。ではデビットを外すのはもう少し様子を見てからにしよう。
そして、さすがに今夜はもう遅い。続きはまた明日だな」
そういって立ちあがるのに手を貸してくれた。
それは想像よりずっと大きくて分厚くて硬い手だった。
この国を守るために、戦う人の手なんだと思った。
「帰る前に、この部屋を元に戻してください!」
施しなんていらんのです。
私の部屋は私が設えるんだい。
「…そうか。残念だ、りん。
では、私と暮らすか、エリゼと暮らすか。今すぐどちらにするか選べ」
「えぇ? どういうことですか」
「残念ながら元の状態に戻すのは無理だ。
この部屋の調度品には、防御魔法を組み込んである。
昼に猫の事を知って、慌ててここへのセキュリティを上げる為に準備をしたので、王宮にある在庫で組み上げたものだ」
だから、1つ目か2つ目かを選べ、と言われてもですね。
でも、このラブリーな部屋にそんな効果があるなんて想像もつかないよ。
…タイガ。
そっと、足元に擦り寄る小さな身体を見下ろす。
あの日、私を助けようとして死にかけていた身体を抱き上げた時のことが頭に浮かぶ。
「…コノ部屋デ、イイデス」
くっ。苦渋の決断、断腸の思いとはこのことなのか。
フリフリはしてないけど、ふわふわピンクと白の乙女チックお姫様バージョンに生まれ変わってしまった自分の部屋に、愛着が持てるかよく判らなかったけど。
「よし。ではまた明日。学園で会おう、りん」
「また明日ね、りんたん」
建物の外まで見送りにいこうとした私を、ケルビン殿下とエリゼ様が「4階分無駄に往復する必要はない」と止めてくれたので、玄関先でお別れする。
「はい。今日はたくさん、ごちそうさまでした」
教えて戴いたカーテシーもどきでお別れを告げると、エリゼ様が戻ってきて私に抱き着いたので、お別れがまた少し遅れた。
「ふぅ。疲れたー」
「お疲れさまでした。今日はいろんなことがありましたからね」
「ほんとですよねー」
…じゃないよ!
「なんでムーアさんが残ってるの?!」
にこにこと笑って立ってるけど、ここ、私の独り暮らししてる部屋だからね?!
「買ってきた食材を、ストッカーに入れるお手伝いをと思いましたが、必要ありませんでしたか?」
う。ちらりと視線をキッチンに移す。
腐りそうな食材は私が着替えている内に冷蔵庫に移してくれたようだったけど、確かに部屋の隅にはまだ袋に入ったままの粉類が山になって積み上げてあった。
でも。粉類なら明日でも大丈夫のはず。
「…明日やりますので」
そうですか、とちょっと残念そうにしながらムーアさんも帰ることになった。
疲れた。
「りんさん、ではくれぐれも、気を付けてくださいね」
「はい、タイガのことは任せてください」
ちゃんと守るよ。今の私になにができるのかわからないけど。
「いえ、タイガから、りんさんの身を、です」
?
「あぁ、さっきのみたいな攻撃を私に向かってしたことはないから大丈夫ですよ」
たしかに、あの流血をみたら心配しちゃうよね。
私の回復は私ひとりじゃ発動できないんだし。
「いえ、そういうことではないのですが」
もごもごと何かいってたけど、どういう意味かよく判らなかった。
「おやすみなさいです、りんさん。また明日」
「はい、ムーアさん、おやすみなさい。また明日です」
今度こそ本当に、シャワーを浴びて寝よう。
でも、こんな日はゆっくり湯舟に浸かりたいな、なんて思ってしまった。
「うにゃん」
するりとタイガがなにかを主張していた。
目をやると、ついてこいと尻尾を立てて移動していく。
着いた先はキッチンだった。
「そうだった。タイガはさっきの御馳走食べてなかったんだっけ」
私は苦笑いで、一番早くできそうなチーズ入りのマッシュポテトを深皿にたっぷり盛りつけた。
「さっきはありがとね。ちょっとだけ、嬉しかった。
でも流血沙汰はもうごめんだからね?
…あと、解呪できなかったね。ごめんね」
クロティルド先生が言ってたっけ。
『それだけ真剣な思いがそこにあったんじゃないか』
つまり、前回、一応でも解呪が成功したのは、そこに私の真剣な思いがあったから。
そして、今回のオマジナイには、それがなかった。
だって、帰ってきてくれて嬉しかったんだもん。いなくなって、寂しかった。
とっても寂しかったんだよ、タイガ。
「週末にでもやり直そうね。
今度はちゃんと心を込めてオマジナイするからね」
私がそう言うのを聞いてるのか聞いてないのか判らないけれど、タイガは山盛りのポテトを貪るように食べ切って、満足そうに毛繕いをした。
1階へシャワーを降りた時も、部屋に戻る時も、誰かに殿下たちのことを訊かれたらどうしようとびくびくしていたけれど、誰にも会わないで部屋に戻れてほっとした。
戸締りをもう1度確認してベッドの中に入る。
疲れすぎていたのか、枕に頭を付けた途端、私は眠りの中にいた。
寝ている筈なのに、私の部屋に誰かがいることに気が付いた。
戸締りは、ちゃんと確認した。
殿下は防御魔法を組み込んでくれたって言ってたし、このまま寝ていても大丈夫、そんな気がする。
あぁ、そうだ。今夜はタイガもいるんだっけ。
エリゼ様が用意して下さったふかふかクッション付きのバスケットは、ベッドサイドに設置されたサイドテーブルの上に、あのめざまし時計と一緒に置いてあった。
そこから降りて、部屋の中を歩き回っているのかも。
猫って夜行性だっていうしね。
瞼を開けることもできないままに、つらつらと頭の中で思考が流れていく。
そっと、ベットの横に気配が移動してきた。
それは、確かにそういったように聞こえた。
「やっと戻ってこれた。ただいまだ、りん」
ふわっと温かいものが私の額に触れた気がした。
そこで、私の思考は途絶えた。
ここまで、2月22日に上げたかったんや。
1日遅れ無念。




