12時限目
「”くろてぃるど”って女性の名前なんですか?」
殿下とエリゼ様がパステルピンクとペパーミントグリーンの馬(ちなみに鬣は2頭とも金色だったよ!)が曳く馬車で工場へ向かっていくのを見送ってから、エリゼ様お勧めの靴屋さんへムーアさんと一緒に向かう。
その道すがら、私はムーアさんからクロティルド先生の名前について教えて貰っていた。
「そうなんです。
あぁ、異世界とこちらでは名前についての法則性とか違いますよね」
「異世界だからというか、この世界って、言葉は私が元いた国と同じなのに、それ以外の文化が欧州…、私がいた国は日本というんですけど、残念なことに文化的には日本から世界の端と端というくらい遠く離れた国々に近いんですよねぇ」
もう少し文化的にも似ていれば良かったのに。
そうしてくれたら…でも、より混乱してたかも。
懸命に自分の知っている土地、場所を探して回ろうとしたりして…もし見つかっても受け入れてくれる人は誰もいないのにね。
ぎゅっと、つい拳を握りしめた。なぜとかどうしてなんて、考えても仕方がないのにね。
「日本というのですね。私もりんさんの故郷に行ってみたいです」
行かない方がいいと思うよ。楽しいところではないと思う。少なくとも私にとっては。
そんなこと、誰にも教えないけど。
ムーアさんの説明は続く。
「なんで女性名が家名なのかというとですね、その昔、とても美しく魔力の高い婚約者を溺愛していた王太子様がいたのです」
まるで、おとぎ話の導入部分みたいだ。
「とても美しくて優しいその婚約者との結婚を待ち望んでいた王太子様は、ある年に流行したはやり病でその婚約者を失ってしまうんです。
王太子様はとても嘆き苦しみ、悲しみに暮れました。
やはりはやり病で倒れて以来体力が戻らない国王に代わって、ご自分が王位を継いでから何年経っても后を娶ることができない程に。
側近たちも困り果てどうしようと悩んでいた所に、隣国が攻め込んできたのです。
国王にはまだ子どころか后すらいない。
今ならこの国を滅ぼして手に入れることも簡単だと思われたのです。
でも、この国は頑張りました。国王も、婚約者の眠る場所を荒らされてなるものかと奮起したし、国民もその国王の決意を受けて団結して戦いました。
そうして、思った以上の抵抗にあった隣国は早々に引き上げて行き、この国はその戦争で勝利を手にしたのです。
この戦で名を挙げたのが、その婚約者の末の弟君でした。
そして褒賞を与える式典で、初めてその弟君の顔をみた国王は泣いてしまうのです。
成長した弟君が、あまりにも婚約者だったその姉にそっくりだと言ってね。
そうして、末の弟君は嫡男ではなく単なる一魔法師だったので褒賞として伯爵位を授爵することを国王は決めたのです。
ずっと愛していた婚約者の名前を家名とすることでね」
「婚約者様は国王様にとても愛されていたんですねぇ」
どんな気持ちだろう。そこまで愛した人に先に逝かれてしまうというのは。
そうして、そこまで自分を愛してくれている人を置いて先に逝かねばならない気持ちというのは、どんなものなのだろう。
そこまで誰かを愛する、誰かに愛される。
それはどんな気持ちなのだろうか。
そんなことを考えた時、胸の奥がぎゅっと冷たくなりとても痛くなった。
「以来、弟君を側近として重用し、それを婚約者との縁として慰めを得ることで落ち着きを取り戻した国王は、同盟国の姫君を后に迎える決心ができたといわれています。
これがクロティルド家、ティリー先生のご実家の成り立ちです」
「ほんとにおとぎ話みたいですね」
もしくは何かの教訓を含んだ寓話というべきかしら。
恋を無くしても、人の営みは続いていく。
それは自分のものだけではなく更なる大きな責任を背負っている人にとって、想像もつかないほど大きな試練なのではなかろうか。
三の郭門をくぐり抜けて、いつもならまっすぐ進む角を郭沿いに左に曲がる。
綺麗に手入れをされた並木道の道沿いには富裕層向けのお店が立ち並んでいた。
普段、足を踏み入れないその道をふらふらと看板を眺めつつムーアさんと一緒に歩いていく。
「ティリー先生はこの話を気に入っていないみたいですけどね」
「そうなんですか? 素敵なお話なのに。なんででしょうね」
「自分が女性名で呼ばれ続けなくちゃいけないからじゃないですかね。
女顔の上に背も伸びないままですし」
くすくすと笑って付け加えていた。
なるほど。男の子としてそれは嫌だろう。
「ティリー先生は、幼い私の家庭教師をしてくれていたんです。
その頃はほぼ同じ背の高さだったのですが、私が成長して追い越していく内に怒りっぽくなってきて」
んん? 同い年? で、家庭教師? おかしくない?
「ティリー先生が学園で魔法学の講師になるということで家庭教師をお辞めになったんですが、私が入学して学園で再会した頃にはもう顔を合せた時点で怒ってましたねぇ」
思い出し笑いをしているムーアさんに、恐る恐る疑問を口にしてみる。学生時代のクラスメイトではなかったのだろうか。
「ティリー先生って、お幾つなんですか?」
へにょっと悪い笑いをして「知りたいですか?」ムーアさんがそう訊き返してきた。
コクコクと首を縦に何度も振って答えを促す。
「ふふふ。あ、お店に着いたようですよ」
ナンダッテー! いじわるしないで教えてようっ。
声に出してそう叫びたかったけれど、ムーアさんはもうお店のドアを開けて招き入れるように待っていたので、追及するのは諦めるしかなかった。今はね!
「いらっしゃいませ。どなたからのご紹介でしょうか」
「こちらにエリゼリア・ゴードン公爵令嬢からの紹介状を戴いております」
ムーアさんがそっと懐から一通の書状を取り出して、店主へと差し出す。
そう。私がこの辺りのお店に縁がないのは、この制度というか一見さんお断りのシステムだからだ。まぁ、元々こんな高級なお店で買い物ができるほどの収入もなかったんだけど。
だから最初はもっと安いお店に行くつもりだった。
けれど、エリザ様に
『靴だけはいいものを買わないと駄目よ。
底の素材がよくないと転びやすいし、
履いていて痛いなんてことがあったら美しく動くなんて無理なのよ』
こう言われて納得することにした。それに一回買ったらそうそう買い替えられないもんね。
湿布2週間分と通院費、それが浮いた分も注ぎ込む価値がある、そう判断することにした。
「なるほど。ダンスシューズをお探しなのですね。
では失礼して足型を見せて戴けますかな?」
う。ここでこのミニスカ制服がアダになろうとは。どうしよう。オーバーニーソックスも脱ぐべきなのだろうか。
葛藤しているのが判ったのか、ムーアさんがまた上着を貸してくれた。
「これを膝掛けがわりに使ってください」
なんという高級な膝掛けなのか。近衛の制服は淡いグリーンがかったグレーの生地に金の刺繍がふんだんにされており、どっしりと重い。少し丈の長いそれはムーアさんの体温の温もりがまだ残っていた。
さっきダンス室でお借りした時は焦りすぎていて訳が分からなくなっていたけど、滅茶苦茶いい匂いがする。
「あの、靴下は脱いだ方がいいですか?」
ぽかんと店主とムーアさんが呆れたように黙り込んだ。
うっ。失敗した?
「…りんさん、す、素足は、結婚したら、その夫にだけ見せてあげてくださいね?」
うわっ。そうか、こんなに短いスカートの上に靴下脱ぐなんて、この世界じゃ変態なのか。露出狂になるところだった。
そうそう。あの制服って三つ折りソックスだけじゃなくてその下に薄い絹長靴下も履いてるんだって。気が付かなかった。でも膝丈スカートに素足で三つ折りソックスだけなんて貴族令嬢にしては露出多すぎもんね。道理ですね毛どころか毛穴も見えない筈だよね。
「し、失礼しました」
あれ? …もしかして私も、オーバーニーの下に絹靴下履くべきだった?? ぎゃーーっ。
今日、買って帰ろう。絶対に明日は履こう。家に帰るまでに、誰にも気が付かれませんようにっ。
「はい。いまウチの店にあるものでお嬢様にお勧めできるものはこの5足になりますね」
オーダーもできますよ、と付け加えられながら私の目の前に並べられたのは、子供用のダンスシューズだった。くっ。
とりあえず、お安いものから試し履きをさせて貰う。
どれも子供用なのでヒールの高さはほどほどで、ホールド感のいい大きめのバックルが付いているタイプのものだった。
大きなリボンやきらきらとした石が付いていてどれも可愛い。
デザイン的には、いかにも子供用という感じがする。ちょっと切ない。
色と素材でお値段がかなり変わる感じで、ピンク、ブルー、オレンジ、イエロー、赤、金の順番でお高くなっていくらしい。
でも、普段ヒールのあるものを履きなれてないせいか、新しい革の硬さに慣れていないせいなのか。そのお値段に緊張しながら足を入れた金色の靴もしっくりこない。
「立っているだけで危なっかしく見えますね」
ムーアさんにまで言われる始末だ。切なすぎる。
値段はともかく履き心地に妥協してまで無理に買わない方がいいとエリゼ様にも言われていたので今日はもう諦めようと思った時だった。
「そういえば。少々お待ちください」
そういって店主がまた奥へと消えていった。
倉庫から在庫を探し出してきたらしい。
「お待たせしました。こちらを履いてみてください」
差し出されたのは白いダンスシューズだった。手にしてみると吃驚するほど軽かった。
そっと足を滑り込ませてみても、やっぱり軽い。足全体を優しく包み込む感じでとても歩きやすかった。
「これ、すごいですね。他の靴と全然ちがう」
その私の言葉に店主は自慢そうに笑って
「そうでしょう。何年か前にキッド革のダンスシューズのオーダーを戴きまして、伝手を使ってようやく仕入れることができた時に出た、余り革で作った物なのです。
子供用1足がようやく作れる分だけ革が残ったので作ってみたのですが、シンプルすぎるのと正直に残り革で作ったといってしまった為に貴族様たちに不評を買いましてね」
店主は照れ臭そうにそう教えてくれたけど、また余り革だって言っちゃってますからね?
「如何でしょう。数年在庫として抱えておりましたし、かなり勉強させて戴きますよ」
そういって教えて貰ったお値段に、一瞬息が止まる。
「うっ」
「キッド革の靴がその価格。いいのか、店主?」
えぇー? この値段でムーアさんがそこまでいうほどのお値打ち物なの?!
キッド革というのは生後6か月未満の子山羊の革のことで、出荷量がとても少ない上に扱いが非常に難しくて職人としての腕も必要になるのだそう。
それは聞くだけで高級そうだ。
さすがエリゼ様御用達のお店ということなんだろう。
でもこのしっとりするような履き心地に、納得してしまう。
「このまま在庫にしておくのも靴が可哀想ですから」
眉を下げて店主が答える。でも…むむむ。
「とても素敵な靴ですけど、そしてとても良心的なお値段にして頂いたようですが、今の私には身の丈が合っていないようです」
合わない靴、それは足の形だけの事じゃない筈。自分の収入においても合わない靴に手を出すのはよくない気がした。
「たくさん見せて戴いてすみません。今日はありがとうございました」
ぺこりと頭を深く下げてお礼をいう。
店主さんをがっかりさせてしまったけれどこればっかりは仕方がない。
「では、私からプレゼントさせて戴けませんか?」
ムーアさんがすかさず申し出てくれたけれど、そういうのは駄目だと思う。
ふるふると首を横に振った。
「りんさんの入学のお祝いということでも駄目ですか?」
「駄目ですよ。そんなに簡単に、こんなに高価なものを女性に贈っていたらいろいろと誤解を招きますよ?」
くすくす笑ってお断りしておく。
「私としては誤解ではなく、そのままの意味で受け取って戴いて構わないのですが」
しょんぼりと眉尻を下げて見つめられても、受け入れるつもりはありませんからね?
「金銭的な意味で私を甘やかそうとするなら、ムーアさんのお傍にいる訳にはいかなくなっちゃいます。
私が誇れる私じゃなくなっちゃうじゃないですか」
私の目標は自立なのだから。できないことはできないと助けを求めることはあっても、身の丈にあったものなら自分で手に入れられる筈なのだ。施しを受けるつもりはない。
「そうですか」
しょぼんとした顔で、ムーアさんが黙り込んだ。うっ。そんな顔しても絆されないんだからねっ。
私たちの会話を聞いていた店主が微笑ましそうに笑っていった。
「そうですか。今回は残念ですが、いつか身の丈に合うようになられたとお嬢様自身が思われた時には、またこの店に来店して戴けたらと思います」
「是非。今日はありがとうございました」
お店の外まで見送りにきてくれた店主にもう一度頭を下げてお別れを告げて、来た道を戻った。




