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(閑話)ある伯爵令嬢の恋

読まなくてもいいけど

読むと次からのお話が

判り易くなるかなーっていうお話です。

 


「お前の婚約が決まったよ」

 そうお父様に言われた時は、この世の終わりのような気がしたわ。

「いや。いやですっ。私はお父様とお母様のようなすてきな恋愛結婚をするのですわ」

 そうよ、私が3歳の時に亡くなったお母様を今でも最愛の人だと惚気るお父様のような素敵な方を見つけ燃えるような恋をして結婚するのがずっと私の夢だったのに。

 だから憤慨して言ったのよ。

「婚約なんて認めませんわっ」


 それなのに。

「ムーアヒース・アイゼル侯爵令息、こちらが我が娘のリディアーヌです。

 至らないことも多いかもしれませんが、それでも私の自慢の娘です。

 どうぞ仲良くしてやって下さい」

「よろしくね、リディアーヌ嬢」

 にっこりと笑って手を差し出してくれたその人は、抜けるような青空の色、スカイブルーの髪と瞳をした優しい笑顔をした、とても素敵な方でしたの。

 ──綺麗な瞳。

 しばし見惚れてしまって挨拶が遅れてしまったわ。

「申し訳ない、娘は照れているようですな」

 わははと笑って言われて、意味もなく反抗してしまったの。

「そんなことありませんわ。なんで私が…」

「リディア、失礼なことを言うのはやめなさい。

 失礼しました、ムーアヒース様。妻を亡くして以来つい甘やかしてしまいましたが、やはりもう少し厳しくするべきでしたな」

 お父様が私を庇ってそういっているのだとは判ったけれど、それにも口答えしてしまった自分が悔しくて仕方がなかったのです。

「っ。私は…、私はちゃんとした淑女ですわっ。

 そう、ちゃんと対応するべき人に対してはちゃんとしますっ」

 最悪だ。つい勢いでトンデモナイことを口走ってしまった。

 さっきまで優しそうに笑っていたお顔が蒼白になって固まっていて、私の頭の中は真っ白になってしまったの。

 お父様も真っ青だ。当然よね。

 自分のあまりの不作法さにどうしていいか判らなくなって、私はその場から逃げ出してしまったのよ。



「ねぇ、セレス。私はどうしたらいいと思う?」

「別に、お嬢様は無理などなさらず、そのままでよいと思いますよ」

 私は今日のお茶の時間も、自分の侍従と変わりばえのない同じ会話を繰り返してばかりいましたわ。

「そうかしら」

 ふぅっとため息を吐きながら、私はセレスが淹れてくれた紅茶を口に運びます。

 あれから3年、私はずっと最初の躓きから立ち直ることができていなかったのです。

 婚約して初めて迎えた誕生日に戴いた美しい髪飾りも、その次の年の誕生日に戴いた素晴らしいネックレスも、大切すぎて使えなかっただけなのに。

 先週開いた今年の誕生日会でのプレゼントは、ついに花束だけになってしまったのです。

『私には、リディアーヌ様のお気に召すようなものは選べないようですので』

 そんな言葉と一緒に豪華な花束を手渡されて、自分の行動が勘違いを生んでいることにようやく気が付いたのです。なんという不甲斐なさでしょう。

 あれからずっと、セレスの前で、同じような愚痴をぐちぐちというという不毛な会話しかできていないのです。本当になんというていたらくなのでしょうか。

 こんな時、お母様が生きていたらと思うけれど、5年前に流行ったはやり病で儚くなってしまっていて、こんな時に相談できる相手は、目の前にいる侍従だけ。

 このセレスも、同じ流行り病で家族をすべて失ってしまったのです。

 家族の中で生き残ったのはセレスだけだったそうで彼は天涯孤独になってしまったの。

 薄い茶色い髪に、黒糖色の瞳をした、同い年の男の子。

 我が家に出入りしていた商人の息子だったセレスを不憫に思ったお父様は我が家に引き取ってあげたのよ。

 以来ずっと、同じ境遇にあった私の傍には、このセレスがいてくれているわ。

「来月には、ムーアヒース様のお誕生日があるのに。私はどうしたらいいのかしら」

 黄色い薔薇の花のようなプチフールを口に運びながらもため息ばかり吐いてしまうのよ。

「しかし、お嬢様のような素晴らしい方に婿入りできるのです。

 あちらが気を遣うことはあっても、お嬢様が気に掛ける必要などないのではないですか?」

 そうなのかしら。後継者のこともあるので後添えをといくら周囲から言われても母以外を配偶者として迎え入れることをお父様は頑として受け入れなかったわ。

 だから私はこのブロイ伯爵家の跡取り。

 正しくは私が婿を取り、その方をこの伯爵家の後継者とすることになっていたのよ。

 そうして選ばれたのが、アイゼル侯爵家三男であるムーアヒース様。

 私より5歳年上のその人は、家柄がいいだけでなく武勲で誉れの高いアイゼル侯爵家の若い世代の中でも群を抜いてその才能に溢れ、未来の騎士団長とさえ言われていること位、私だって知っていたわ。

 少しタレた目が、整いすぎといわれそうな容姿を親しみやすいものに変えており、令嬢人気もひと際高い方。

 だからこの婚約が調ってからというもの、周囲からはよく羨ましがられてきたのだけれど。

 その度に私は同じようなことを口にしてきたわ。

『だって私と結婚すれば三男のあの方も伯爵を名乗れるのよ』

 愛されているからではないの。それくらい知っているもの。

 それどころか、もしかしたら嫌われているのかもしれないとさえ最近は思うようになってしまったわ。

「そうなのかしら」

 …それでいいのかしら。あの方が結婚するのは爵位のためだと判っているけれど、結婚してからのことを考えると憂鬱でしかないのに。

 ──だって、私はあの方を愛している。

 この胸の内はなかなか声に出せない。なんでも相談してきたセレスにだって認めたことはないのですもの。

「出せないのは、声だけじゃなくて態度にもなのが問題なのよねぇ」

 小さく呟いたこの胸の内に、セレスの返事は返ってこなかった。


 その時、ノックの音がしたので入室の許可を出したの。

「お嬢様、ムーアヒース様がご到着です」

 聞いてないわ。なんなの突然。こんな普通のだらしない恰好の時になんて酷いわ。

「す、すぐ行くわ。応接間でお待ちいただいて」

「いえ、もうこちらにいらしております」

 執事のエドワードが無情な宣言をして、頭を下げたのよ。

「なんてこと」

 思わず眉を顰める。着替える時間もないなんて。

「先触れは出しておいたのだが。なにか手違いがあったのだろうか。

 ゆっくりしていたところを申し訳なかったね。

 どうしても私から話しておきたいことがあったものだから」

 先触れ? 聞いてないわ。どういうことかしら。

「失礼しました。お迎えにも出れずに申し訳ありません。

 ようこそおいで下さいました、ムーアヒース様。どうぞこちらへ」

 なんとか立て直してお声をかけると、ムーアヒース様は私の不作法を気にしない様子で同じテーブルに着かれたわ。

 セレスが新しいカップに紅茶の用意をしてくれましたの。

 それに口をつける前に、ムーアヒース様が口を開かれた。

「来月迎える、私の15歳の誕生日に合わせて、お祖母さまが持っていた”ロッド子爵”を私に下さることになった」

「お、めでとうございます」

 それでは、この人は、私と結婚しなくても爵位を持つということになるのね。

 その考えは、とても衝撃的なものだったわ。

 どくんどくんと頭の中で激しく脈動が響き渡る。

 ──ムーアヒース様は、私に婿入りしなくとも、爵位を得られる。

 そんな馬鹿な。そんなの酷い。私との婚約の、結婚する意義が、なくなる?

「本当は兄上のどちらかが受けるのが筋だと私も思ったのだが、ブロイ伯爵家に婿入りするにあたって爵位なしのままでは立場がないだろうとお祖母さまがどうしてもいうのでね」

 ゆっくりと紅茶を口元に運ぶ。その姿さえ見惚れてしまうほど美しいものでしたわ。

「そうですか。でも…伯爵より下の爵位ですわね」

「っ。…そうだね。

 では、私からの要件はこれで。紅茶ごちそうさま」

 さっと席を立って、そのまま去っていく後ろ姿を追うことは、私にはできなかったの。

 どれくらいそのまま座っていたのでしょう。

 テラス席に差し込む陽射しはすっかり傾いて、その色をオレンジ色に変えてしまっていたわ。

 ようやく立ち上がったけれど、ついふらついてしまったのよ。

「…お嬢様、大丈夫ですか?」

 セレスの腕の中に、さっと支えられる。温かくて力強いその感触に、つい涙腺が緩んで、頬を涙が伝って。

「私…、わたし、どう、したら…」

 セレスは何も言わないで、私の涙が止まるまで傍で支えてくれていたの。



「…もう一度言ってくださるかしら? お父様」

 大きなため息を吐いたお父様は、諦めたように先ほどと同じ残酷な言葉を口にしたの。

「お前ももう13歳だ。そろそろ傍付きは侍従ではなく侍女にしなさい、そういったんだ」

「いやです。絶対にいやですわ。

 たとえお父様の命令であろうとも、私は絶対に拒否させて戴きますわっ」

 セレスが私の傍からいなくなる? そんなの嫌よ。絶対に無理だわ。

 私は抗いましたわ。全力で。

 朝のお見送りもしないし、お帰りになってもお迎えにでなかったわ。

 食事もお茶の時間もお父様とは絶対に取らなかったし。

 すれ違っても挨拶もしないでいるうちに、お父様はついに折れてくださったの。

「…私は、やはりお前に甘すぎるな」

 久しぶりに抱き着いたお父様は、やっぱり大好きなお父様で、私は我が儘を受け入れて貰えて嬉しくて全開の笑顔でお礼を言ったわ。

「私はお父様が大好きですわ」

 その言葉に、若干呆れつつも、それでも嬉しそうなため息を吐きながらお父様は私の頭を撫でてくれたの。

「あぁ、私も大好きだよ。私のリディアーヌ」

 お父様、ありがとう。本当にだいすきよ。

 そうして、お父様に、セレスと距離をおきなさいと言われてようやく気が付いた想いがあるのだけれど。

 誰にもいうつもりはないけれど。言わないって思ってたけど。


「セレス、お父様があなたとのことを許してくださったのよ」

 お父様の執務室を出てすぐにセレスに会いに行ったわ。

 嬉しかったから。すぐに報告したくって。

「お嬢様…それは本当ですか?」

 嬉しそうに輝いた黒糖色の瞳は、いつもよりずっと明るく見えたのよ。

「えぇ、私達、これからもずっと一緒よ」

 嬉しいわ、そう言ったのよ。そうしたら──

「伯爵さまにお許しが戴けるなんて、なんて俺は幸せ者なんだろう!!」

 そういったセレスに強く抱きしめられて、私は口づけられていたのよ。

 吃驚して固まった私から、そっと柔らかなそれが離れていく。

 拒否しなければいけないのに、どうしてももっと続けていたいと思ってしまったの。

「お嬢様、愛してます。ずっと貴女だけを見てきました」

 どうしよう。どうしたらいいの。でも、素直な気持ちが口をついで出て行ってしまったわ。

「…うれしい。どうしよう、私、嬉しいわ、セレス」

 もう一度重なった唇は、先ほどよりずっと深くて、熱くて甘いものだったのよ。

 でも、つよく抱きしめられて、正気に返ったの。

「っ。あの、セレス、あのね、その違うの。お父様のくれた許可っていうのは、貴方を私の侍従のままでいいというだけのものでね…」

 セレスの瞳が、衝撃で悲しみに染まっていって、私まで辛くなってしまったの。

「そんな…」

「あの、でもね」

 誰にも言わないと心に決めたばかりなのに。勘違いからとはいえ、告白も、口づけさえもしてしまったなんて。

 もう、心に嘘はつけないわ。

「でもね、私は貴方が好きよ、セレス。

 いつだって貴方が私を支えてくれたから、私は立っていられるの」

「…お嬢様」

「リディって呼んで。せめて、私達2人だけの時だけでも」

「…リディ、俺の最愛」



 誰にも言えない恋。

 でも誤解からでも両想いになれて私達は幸せだったわ。でも不幸でもあったの。

 私には、私が学園を卒業し次第、結婚する約束になっている婚約者がいたのだから。

 ムーアヒース・アイゼル公爵令息、ううん、ムーア・ロッド子爵。

 15歳の誕生日に子爵家を継いだムーアヒース様は、その日を境にムーアと名乗るようになったわ。

 本人曰く「ムーアヒース・ロッドなんて言い難い。いつもムーアかヒースだけでいいのにって思ってた」そうよ。子爵家当主となったからにはご自分のなさりたいようにすることにしたのですって。

 私に相談はなかったわ。されても困るし、了承するしかないのでしょうけれど。

 学園を卒業されて騎士団に入られたムーア様は、そのまま仲の良かった王太子殿下付きの近衛へとなられた。

 お忙しいご様子で、私との交流もほとんど無くなってしまっていた。

 それを寂しいと思わずにいる、そんな自分が少し怖くなることがあるわ。

 主要な舞踏会へはエスコートのみ、私の誕生日にはあいかわらず花束だけが届く、今の私たちはそんな関係でしかない。

 いつかははっきりさせなければならない、それは判っているのよ。

 このまま貴族家に生まれた令嬢としての義務を果たすのか。

 それとも最愛のセレスの手を取って駆け落ちするのか。

 ──でも、私に甘いお父様なら、駆け落ちしてしまえば、いつか許して受け入れてくれる、そんな気もしているのよ。




 最近、セレスが駆け落ちしようと持ち掛けてくることが増えてきている、それ悩みなの。でも当然よね。

 私はすでに2年生になっていて、学園を卒業したら即結婚の予定でいるので、来年にはその準備が始まってしまうのだから。

 それでも、私はどうすればいいのか決められないでいたの。

 そんな時。ムーア様から、ブロイ伯爵家とアイゼル侯爵家引き合わせての話し合いを申し入れされたのよ。


 衝撃だったわ。──セレスとのことがバレていたなんて。

 お父様は不甲斐なさに泣いてムーア様に謝って『やり直して欲しい』と何度も申し入れたけれど、ムーア様は笑って取り合ってくださらなかったわ。当然ね。

 そうして、更なる衝撃が走ったわ。──ムーア様が私達の恋を応援して下さったのだから。

「二人の間に、私が入る隙間などありません。

 けれどこの結婚は、ブロイ伯爵家の持つ鉱山と我がアイゼル侯爵家の持つ武器防具生産業における事業提携の意味をもつものです」

 全く知らなかったわ。爵位目当ての婿入りじゃなかったなんて。

 婚約について聞かれた時に私はいつも嘘をついていたことになるのね、なんて馬鹿なことが頭をよぎっていく。

「故に、侯爵家から伯爵家への婿入りは必須。

 ですから、一旦その侍従をロッド子爵家で養子に取ります。そして1年間教育を施し侯爵家から出す者として恥ずかしくない存在になれた時にはアイゼル侯爵家へと更に養子にだす、というのは如何でしょうか」

 そんな手間を掛けてまで、私たちの恋を応援して下さるなんて。

 婚約者であった時はまったく思わなかったけれど、ムーア様は初めてお会いした時の印象そのままに、本当はとてもお優しくて心の広いお方だったのだわ。

 その度量の広さに、私は心の底から感謝したのだった。


「ムーア様っ」

 席についた全員から一応の了承が出たところで、”あとは大人のお話だ”そうで、私とムーア様は退席することになった。

「やあ、リディアーヌ嬢。一段とお綺麗ですね」

 にこやかに言われる。

 心に持っていた重しを下ろしたといわんばかりの晴れやかなムーア様のお顔に、どう反応するのが正しいのか少し悩んでしまったわ。

 でも、素直に感謝を伝えるのが一番だと思えたの。

「ありがとうございました。

 この感謝の気持ちを、どうお伝えしたらいいのか。判らないほどですわ」

 ムーア様は苦笑した後、

「そうですか。私が貴女に贈ったもので初めて喜んでいただけたようですね。それはなによりです」

 そうだったかしら。いつだって、そうよ花束だけになってからだって、私はいつも喜んでいたのに。なんでそれが伝わっていなかったのだろう。

「後程、貴女の侍従と話を詰める必要があるので呼び出すことになります。

 そう伝えておいて下さい」

 ムーア様は最後に「どうぞ、お幸せに」そう笑っていった。





「ちゃんとした貴族になってきますね」

 セレスは悲壮感たっぷりの表情で、その日を迎えた。

「馬鹿ね。明日からはブロイ伯爵家に来て、家庭教師につくんでしょう?」

 毎日通ってくるのだ。さすがにロッド子爵家でセレスの教育までお願いできる筈もないのだから。

「うん。がんばるよ、リディの、お婿さんになるんだから」

 にっこりと笑って私の唇を掠め取ると、さっと身をひるがえした彼はロッド子爵家の馬車に乗り込んでいった。

 馬車が遠くなっていく。

 いつか、私は彼の花嫁のなれるのね。

 幸せな、幸せな花嫁。望まれてなるのよ。

 そんな幸せな日は夢ではなくなったのだと

 空を見上げて感謝した。



 

リディside。

ネット乙女SSということで許してください


乙女ゲームは私には無理やったんや



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