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第六話

 「まったくうちの担任はどこまでずぼらなんだ?」


 僕らは答案ターゲットを回収するのに手こずっていた。


 当初は書類の山を上からどけていったのだがそれが非常に危険であった。

 積み上げられた書類の大きさが違うのはもちろんのこと、書類の間には挟まったボールペンや消しゴム、挙句の果ては潰れたコンビニのパンなどが出てくる。


 これを崩さずにどかすのはなかなかに神経のいる作業であった。


 ようやく数センチ山を減らしたところだが答案はまだまだ下にある。

 これではキリがない。


 「時間がない。ジェンガの要領で引っ張り出すぞ。北山、ジェンガは得意か?」


 「ジェンガですか? いいえ、すいません。家には無かったものでやったことがないです。」


 「そうか。じゃあ僕がやるしかないか。」


 こう見えて僕はジェンガは得意だった。

 特に終盤の精神攻撃ゆさぶりなんかには定評があったのだがそれは今回は役に立たなそうだ。


 僕は英語の封筒の端を掴んでみる。

 軽く引っ張っぱって見たがビクリとも動かない。

 上からの重さでしっかりと固定されているようだ。


 ジェンガであれば他のブロックに変えるべきだろうがそうもいかない。

 しかしこういうブロックにも抜き方というのはしっかりあるのである。

 僕は真横に向かうように力を入れ一息に引きぬいた。

 するとダルマ落としがごとく上の書類はその形状を保ったまま下に落ち書類の山は崩れない、完璧だった。


 そう、完璧なはずだった。


 ブブブッ…

 突如バイブ音が鳴った。

 慌てて北山を見るも首を振っている。


 ブブブッ…

 音の発生源は…………………書類の山の中だった。

 どこまで僕たちの邪魔をするんだ緒方ぁ…。

 大方スマホを書類の上に置きその上に書類を置いたせいで無くしたのだろう。


 振動と共に山が傾いていき、書類の山は呆気なく倒れた。

 雪崩のように倒れた書類は隣の机にまで広がった。


 ガラガラッ。

 「なんだ?誰かいるのか!?」


 どうやら雪崩の音で吉田が戻ってきてしまったらしい。

 幸いにも机同士の間には中背の棚があるため僕らは見つかってない。

 足音が近づいてきたので慌てて机の下に隠れた。


 とっさに隠れたせいで仰向けに足を抱えるような体制になる。

 だいぶ無理な体制をとっているため首が痛い。


 「で、なんで同じところに来たんだよ。」


 僕は小声で僕の上に入り込んできた北山に問う。

 北山は僕が横向きになり空いた机の天板との隙間に滑り込んできていた。


 「実は隣に入ろうとしたのですがあんな状態でして…。」


 同じく小声で指を刺した先には緒方の机、その下にはペットボトルが入ったコンビニ袋がいくつもあった。

 うちの担任ゴミ貯めすぎだろう…。

 あれじゃあ確かに人の入れる隙間は無い。


 吉田の足音が近くになってきたので息を殺す。

 にしても凄い状況だ。


 彼女は僕の足の間の床に膝を入れその折りたたんだ手を僕と彼女の間に入れることでバランスを取っている。

 一人でさえ狭い机の下に密着した二人、意識するなという方が無理だろう。


 以前落ちてきた北山を抱えたこともあったがやはり北山は軽い。

 女子特有の柔らかさだったり匂いだったりが僕の頭をクラクラさせる。

 落ち着け。僕は西原さん派だ、問題ない。


 じっとりと汗をかいた北山の頬には髪がべったりと張り付いている。

 それが分かるくらい至近距離に顔がある。


 お互いなんだか気まずくなり目を逸らす。

 彼女の吐いた息が耳にかかってくすぐったい。


 「また緒方先生のところか。あの人も懲りないなぁ。」


 などと言い吉田は床に広がった書類をまとめては乱雑に緒方の机においた。

 僕らの数センチ横で吉田が屈んだのだが、運が良いのか吉田が鈍感なのか気づかれなかった。


 やがて「せんせーい。まだですかー。」という高崎の声に呼ばれて吉田はドアに戻っていった。


 脅威が去り僕はホッと胸をなで下ろす。

 北山を見ると暑さで少し火照って居るようだ。

 顔がボーッとしている。


 「……ごめんなさい、我慢できないです。」


 「えっ?」


 熱に浮かされた顔を目の前にして何かを期待した僕なんていなかった、絶対に。


 「ヘクチっ。」


 彼女は両手で口を押さえて音を出さないように努力したようだ、がダメだったようだ。

 可愛いクシャミをしてしまった。


 さすがにこれには既にドア近くまで戻っていた吉田も気づいたようで「誰か、そこにいるだろう!」と言いこちらに向かったきた。


 僕は何とかしようと頭を働かせる。

 しょうがない、緊急時だ。


 そう僕は僕に言い聞かせて超能力を使う。

 今更だが僕のこの超能力『不自然引力アブノーマルバインド』は引っ張る力である。


 使うときには矢印で引っ張るようなイメージをするのだがこれがとても難しい。

 力の方向は矢印の向きで決まり、矢印の太さが力の量を、長さが力の持続時間を決めるのである。


 自分の方に向かって引っ張るのはイメージがつきやすく簡単なのだが、例えば物体を自分とは反対に引っ張る時などは相当な集中力がいるのである。

 なので空から落ちてきた北山を一瞬で上に引っ張れたことには僕自身が驚いたものだ。


 今回は職員室の僕らがいる反対側の方にコップを飛ばし壊すなりして吉田の注意を引き付け、その間に僕らは逃げてしまおう、そう考えていた。


 だから失敗したのはある意味仕方の無い事だったのかも知れない。

 その原因としては久しぶりに使う超能力のせいであったり、集中力が必要なのに北山の柔らかさがそれを乱したことだったり、普段吉田が僕の居眠りにチョークを投げてきた逆恨みだったりと様々であった。


 全てが噛み合った結果、僕の脳内イメージの矢印の起点は吉田の頭引っかかった。

 気づいた時には遅かった。


 パチンッ、とクリップが外れるような音がしたかと思うと吉田の髪の黒い集合体の一部が分離パージした。


 その人工物アーティファクトは吉田の後方に勢いよく飛行フライヤーし、綺麗な弧を描いて後方に飛んで行った。

 やがて重力に従いドア付近で中の様子を伺っていた高崎の腕にすっぽりと収まった。


 「えっ?何これ?」


 呆然と黒い物体ダークマターをつまみあげる高崎。


 吉田はゆっくりと背後のドアにいる高崎の方を振り向いた。

 漫画であればゴゴゴゴゴという擬音が出ていたに違いない。


 吉田からしてみると引っ張られたかのように違和感を感じた後頭部、手を当ててみるもいつもの相棒がいない。

 振り返るとそこには高崎が立っており、その手にはよく見た相棒の姿がある。


 容疑者は一人、その手には被害者の無惨な姿。

 吉田にしてみると相当簡単な推理であったことだろう。


 「たぁーかぁーさぁーきぃー?」


 「え?あっ…!えっ?俺っ!?」


 まだ状況を飲み込めていない高崎だが吉田の怒りを見て事態に気づいたようだ。

 やがて180°背を向けて全力で逃げ出す高崎、手にはしっかりと黒い物体を握りしめている。


 「待てやごらぁああああ!!」


 吉田は高崎を追いかけて行ってしまった。


 僕たちはゆっくりと机の下から出た。

 高崎が去った方向に右手と左手を前で合わせて合掌、南無阿弥陀仏っと。


 埃を払ってると北山がぼうっとこちらを見ているのに気づいた。


 「ん、なんだ?顔にゴミでもついてるか?」


 「え、いえいえ、なんでもないです。それよりどうして急に吉田先生は行ってしまったんでしょう?」


 どうやら北山のところからはよく見えていなかったらしい。


 「高崎の奴がイタズラでもして気を引いてくれたんだろう。あいつはたまに仲間のために身を削るときがあるからな。くそっ、カッコつけやがって。」


 僕は十年来の戦友が味方を庇って死んだ時の目をして言った。

 もちろん嘘だ、あいつは状況が悪くなると平気で味方を見捨てるやつだ。

 まぁしかしそれもまたお互い様ったやつだ。


 「そうですか…。高崎さんには感謝しないといけませんね。」


 「そうだな。奴の死を無駄にしない為にもここを立ち去るとするか。」


 僕らは誰もいなくなった職員室を悠々と去った。

 道中どこからか「なんで俺が〜」という悲鳴やら「くらえオラァァァ!!」なんて怒号が聞こえてきたがきっと気のせいである。


 B組の教室に戻ってきた僕らは机に伸びていた、木のひんやりとした触感が気持ちいいのう。


 「いやー危なかったなー。」


 「ええ。ギリギリでしたね。でも凄い、楽しかったです。」


 不意の笑顔に思わずドキリとしてしまう。


 「さて、追っ手がつかない内に燃やしてしまおうか。」


 「そうしましょう。英語だけしかないのは残念でしたが。」


 「…。」


 「…。」


 「さぁ、戦果を出してくれ。」


 「えっ?ミヤさんが持ってるんじゃないんですか?」


 「えっ?」


 こうして僕たちの作戦は失敗した。

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