第五話
というわけで翌日の放課後、僕らは職員室に向かっていた。
高崎の集めた情報によるとどうやら今日に職員会議があるらしい。
先生方も夏休みを目前にいろいろ話すことがあるようだ。
先生方が会議室に移動したのを確認した僕らは職員室に急いで向かった。
高崎の話が確かなら職員室に今いるのは待機要員の先生一人のはずだ。
「いつも通りなら職員会議は三十分から一時間ほどで終わるはずだ。はやいに越したことはない、素早く終わらせるぞ。」
「おう。」
「それじゃあ景気づけに一丁。我ら三人、姓は違えども兄弟の契りを結びしからは、ってな。」
ふと高崎が呟いた。
「三国志の桃園の誓いですね。たしかに今の私たちにはぴったりですね。」
『桃園の誓い』は歴史が平均点ほどの僕でも知っている三国志の名シーンである。
意気投合した劉備、張飛、関羽の三人が宴会を開いて義兄弟の契りを交わすイベントだ。
私たち三人は名字こそ違いますが義兄弟の契りを結びます。
同じ日にこそ生まれませんでしたが同じ日に死ねるといいな。
とかそんな内容だったはずだ。
ちなみに当然のようにこの兄弟はバラバラに死んで行った。
やっぱりフラグって自分から立てちゃダメだよな。
「一蓮托生ってやつだな。」
ニヤリと笑う高崎。
「ワンフォーオール、オールフォーワンだな。」
カッコつけて英語で言い直す僕。
「死なば諸共ですね。」
ドヤ顔でサムズアップする北山。
「「いやそれは違うだろ。」」
高崎と僕の声がハモった。
死なば諸共は敵を道ずれにする時に使うやつだ。
仲間を道ずれにしてどうする。
道中そんなやりとりをして僕らは職員室の前についた。
いつもならドアについた窓から中の様子が分かるのだが今はテスト期間なだけあって中から紙で窓が塞がれている。
「さぁ、準備はいいか?」
「ああ、そっちも頼んだぞ。」
職員室は大部屋になっているため、接している廊下へと続くドアが二つある。
それぞれ二つのドアは互いに離れた位置にあるため、片方のドアに高崎が待機要員の先生を引き付け、その間に反対のドアから僕達が入る作戦であった。
高崎が一つ目のドアの前に待機した。
そして僕と北山は二つ目の奥のドアの横にある柱の裏に隠れる。
これで少なくとも一つ目のドアからは僕らは見えないはずだ。
コンコンッ。
高崎が職員室の入口をノックした。
しばらく待つとガラガラとドアが開き中からは中高年に差し掛かったくらいの年齢の神経質そうな眼鏡の男が出てきた。
数学の先生、吉田である。
吉田はその細い目を更に細めて言う。
「高崎か、どうした?今は生徒が職員室に来てはいけないと知っているだろう。」
「はい、すみません。実は今テストの復習をしていたのですが、どうしても分からない問題があったので教えて欲しいと思いまして。」
高崎はそう言って脇に抱えていたクリファイルから期末試験の問題を取りだした。
吉田は眉間に寄っていたシワを解くと
「しょうがないな、待ってろ。」と言って職員室の中に戻り彼は紙とペンを取ってきた。
吉田がこちらに背を向け高崎に問題の解説を始めたので僕らはゆっくりとドアを開けて職員室の中を伺った。
良かった。
想定通り待機していた職員は数学の吉田一人だけだったようだ。
無事に入り込むことができた僕らは静かに目的である答案を探すことにした。
吉田が問題を解説し終えて戻ってくる前に任務をこなさなければならない。
ここからは時間との勝負だ。
職員室は向かい合わせに机を並べたそれを横に伸ばしたような配置だ。
十個ほど横に伸びた机の列が二つある。
以前来た時の記憶が正しければ奥の列の左手側が僕ら三年を担当する先生方の机だったはずだ。
なので迷わずそこに向かう。
後ろを確認すると北山はしっかりとした足取りで着いてきている。
やがて三年を担当する先生方の机についた。
こうして見てみると机の上はその人の性格がよく現れていた。
一番端のきっちりと整頓された机はA組の担任の机だろう。
若手の真面目メガネがここで仕事をしていると思うとしっくりくる。
となるとその次の机が目的となる僕らの担任緒方のものだろう。
机の上に積み上げられた書類は今にも崩れそうな状態を保っておりもはや芸術品とも言える。
その横には食べ終えたのコンビニ弁当、筆記具、ペットボトルが数本乱雑に散らばっている。
おそらくは共用のごみ捨て場まで持っていくのが面倒臭くて溜め込んだのだろう。
彼女のだらしない性格が見て取れる。
「ありました。」
彼氏が出来ないアラサー先生に納得がいったところで北山がそれを見つけたようだ。
小声で指をさした先を見ると確かにそこにあった。
積み重なる書類の丁度真ん中のところには厚みを持ったA5サイズの紙封筒が七つ挟まっていた。
一番上の封筒の端には安物の水性マジックで書かれた「B組英語」の文字。
おそらくはB組の各教科ごとに答案が封筒に入っているのだろう。
僕達は目的のものをついに見つけた。