これチュートリアル的なやつなんですよ!? 指示通りやってくださいよ!
ピロロリッ
どこかで聞いたような電子音が鳴り、僕は自分がうつ伏せで枯れ草の上に横たわっているのに気が付いた。
ここはどこだろう。 少し肌寒い。
ピロロリッ ピロロリッ
電子音がうるさいので、少し上体を起こしポケットをまさぐって音の主を取り出す。
携帯……じゃないな。 スマホかとも思ったけども何か違う。 昔ちょっとだけ流行ったPDAという奴だ。
どれが通話ボタンだろう。 いや、これアラームか? それともメールの着信音か?
適当にボタンを押すと画面が点灯し、デフォルメされた女の子のアイコンが画面内に表示された。
「やっと起きましたか。 はじめまして、私は貴方のナビゲート役、超優秀で天才的な上位ウルトラヴァイオレット階層世界の第4級セレスティアル、Yuk@莉と申します。 ……あれ、今なんかバグりましたね。
まあそれはともかく、無事生成されたようですね。 たまーに何か正常にスポーンされない時がありますからね。
貴方達みたいなのは元々この世界より上位の世界の住人ですから、そのままこの世界の生物として正規の手段で出産させると色々不具合があるんで、こちらで肉体を構成して直接生成させました。
言っておきますが、再生成はありませんからね。
時々居るんですよ、元の上位世界で復活可能だったからって下位世界でも同様に復活できると勘違いしているような人が……そもそも世界ごとにできる事の幅に違いがあるっていうのをちゃんと理解……」
なんか喋った上に長々と語りはじめたそれを適当に聞き流して、ゆっくり立ち上がって辺りを見回す。
周囲の風景は、自然豊かで澄み渡った青い空と緑の木々、手付かずの大自然が……ということはなく、巨大なキノコが林立し、クラゲのような浮遊生物が蛍のように発光しながら幻想的な光景を……ということもなく……。
空は薄暗く、灰色の厚い雲に覆われており、地面は枯れ草か枯れ木が生え、アスファルトがひび割れて所々剥がれかけたボロボロの道路にスクラップ同然の錆びた車が乗り捨てられており、道路の先には半分倒壊しかけたビルや家屋が立ち並んでいるのが見える、という情景だった。
……ゲームみたいな、ってF○ll○utとかM○TR○とか7D○DとかL○st of ○sとかそっちの方かよ!
思わず突っ込んだそれに、PDAの中の女の子が反応する。
「え、バスティータ様から聞いて無かったんですか? ここは下位オレンジ階層の下位世界ですよ?
まあレッドやインフラレッドよりはマシですけど……。
もっとも、この世界も少し前まではここまで酷くは無かったし、だいたい貴方の世界と同じだったんですけどね。
上位世界からシフトして来た人たちが……いえ、貴方たちの世界からのシフトならそれほど影響与えたりはしないんですけど、もっと上の上位世界の人たちが……」
いや、よく判らない用語を交えてファルシのルシがコクーンでパージな解説されても困るし、バスティータ様って誰のことだだ。
あの猫の神様とかいう人のことなのか。
「あっはい、バスティータ様は、猫の神様をご自分では自称されてますけど、別に猫に由来や関わりがある存在とかじゃないし、そういう職分や権限があるわけでもないですね。
単に猫が好きなだけの上位ウルトラヴァイオレット階層世界の第1級ハイペリオンです。
ハイペリオンというのはですね……貴方達の世界から見た場合の神様という概念がちょうど近いですね。
もっとも下位世界から見た上位世界の住人はだいたい神様か何かのように解釈されるんですけど。
私も、セレスティアルと言って貴方達の概念で置き換えるなら天使のような存在なんですよ!
しかも超優秀で天才的でハイペリオンの方々の信頼も厚いですから、今回世界間の階層シフト初心者の貴方へのナビゲート役として任命されたのです!
もっと尊敬していいんですよ? 喩К@rI様って崇めてください」
なんかPDAの画面の中でドヤ顔で語り始めた、また名前がバグってる女の子を半分放置し、まずは自分の状態を確認する。
着ているものは、フード付きで厚めのパーカーの様な上着、下はシャツ。 下半身はジーンズに似たズボン、私物で持ってた半長靴に似たブーツ。
ポケットの中には、話の長い女の子が画面に表示されているPDAが入っていた他には、何もなし。
初期所持品はこれだけか。
せめてナイフがあれば良かったんだが、服を着ているだけマシという所だろうな。
「……で、とりあえず最初はあそこに見えてる廃墟に向かうべきなんだろうな。 道具なり食べ物なり見つけないと、三日で命に関わりそうな場所に放り込まれたというのは流石にわかるよ」
「ええ、そうですね。 この辺りにあるものはだいたい無人の町とか放棄された集落ですから、勝手に物を取っていっても誰にも咎められることは無いでしょうし、遠慮なく行きましょう」
……一時間後、いくつかの民家を家捜しし、缶詰を3個、包丁とナイフを1本ずつ、薪割りに使うような手斧、ホームセンターにあるような棒状や板状の木材数個、錆びたフライパンや鍋、中身が数本残っていたマッチの箱、麻で編んだロープ、半分くらい使われた形跡のあるダクトテープ、やたら粘着性と速乾性のある粘液の入ったチューブ(瞬間接着剤か?)、比較的清潔そうなシーツ、ハイキングに使いそうなリュックサックを見つけた。
案外に家具や生活雑貨が見当たらず、どの家もがらんとしている。
どうやら大分前に無人になって、そのまま放置しているような印象を受けた。
居間にはテレビもソファーの一つも無いし、寝室にベッドも置かれていない。
台所にも固定式のコンロやオーブンを除けば、他の家電製品や、食器、テーブルすら見つからない。
かろうじて一軒の家で古い木の椅子を見つけ、それに腰掛けて床に並べた収穫物を眺めながら、少し悩む。
「ビニールシートがあれば良かったなあ……ロープと木材はあるから、シートさえあれば簡易テント作れたんだよな。
それよりも缶詰だ。 パッケージに絵が何もないから中身がわからないし、文字は記載されてるけど……なんだこれ?
アルファベット? キリル? 何語で書いてるのかさっぱりだ。
いわゆる異世界って感じで理解してたけど、言語すら通じないパターンかよ」
ぐちって居ると、PDAからピロロリッという電子音が鳴り、画面にまたあの女の子が表示された。
「言葉は通じますよ? 普通に日本語で会話できるようになっているので大丈夫です。
その缶詰はですね……えーっと、そっちの一つが牛肉の煮込みで、残り二つが蕎麦のお粥ですね。
判らない文字とか見たこと無い物品とかは私が解説しますから、安心していいですよ。
そして褒め称えなさい、頼りなさい、超優秀で天才的なゆ嘉ЯⅠさんを!」
……なんか名前のところだけバグってるのか毎回ちゃんと認識できないからもうお前「ナビ子」でいいわ。
ていうか何でこういちいち微妙にウザいのだこいつは。
とりあえず、食料がドッグフードの類ではないと言うことだけは確認できたので、次に移るとする。
……水、かな。 飲用以外にも様々な事に水は必要だ。
飲料水かそれに類するものは見つからなかったし、どの家も蛇口を捻っても水は出なかった。
そうなると、別の手段で水を確保しなきゃならないんだけど、生水を飲むのは危なすぎるので、煮沸してから使うのが定石というのは僕でも知っている。
しかし、食器や調理器具の類は錆びた鍋と、同じく錆びたフライパンだけ。
金たわしか金ブラシでゴシゴシ擦って表面の錆を落とせばまあ何とか綺麗にならなくも無いだろうけど、あいにくそれも無いし、このままお湯を沸かすのに使うのは流石に抵抗がありすぎる。
…缶詰を食べてからその空き缶でチマチマと汲んだ水を沸かすしかないのか。
水を保管できる容器がもっと他にあれば良かったのになあ。
無い物はしょうがない。
そして、その次は燃料かな? これは木材と、今座ってる椅子があるから、斧で叩き壊して焚き火にしてしまおう。
外に生えてる枯れ木とか、落ちてる枯れ枝を集めてもいいな。
マッチだけで薪に火をつけるのは大変だから、新聞紙か何か燃やしていい紙くずでもあれば焚き付けに使えたんだけど、やはり細い枯れ枝を拾ってそれを束ねたのを使うとしよう。
最後になったけど、こういう政府とか警察とか統治機構が機能して無さそうな世界で大事になるのはやはり……。
「武器ですね! 武器を作りましょう! この辺には狼とか出ますからね!
なにか武器を持ってると安心ですよ、ちょうどお手軽に作れる武器が今ある材料で作れます!
例えば貴方がさっき見つけた木材の棒をナイフで先端を削った後に火を起こして先端を焼くと……って何で既に作り始めちゃってるんですかあああ!?」
棒の先端にナイフで切れ込みを入れてから斧でちょっと割り、そこに接着剤を塗った包丁の柄を差し込んで挟ませるようにし、さらにダクトテープでぐるぐると巻いて固定した即席の槍を製作していると、なんかナビ子が騒ぎ始めた。
「今私が解説してるところでしたよね!? なんでそれ聞き終わる前に作り始めてて、しかも私が説明したのより一段階上の武器を作っちゃってるんですか!
これチュートリアル的なやつなんですよ!? 段取り無視して先に行ったら超優秀で天才的な私がナビゲート役でついてきてる意味が全く無いじゃないですか!
だいたい貴方さっきからずっと私の話をほとんど聞き流してるじゃないですか! 私の役割って結構重要なポジションのはずでしょ!?
世界間シフトを何だと思ってるんですか!? もっと真面目に、指示通りやってくださいよ!」
……指示通りにとか言われても。
ちょうど今ある材料の中で作れる武器があるんだから、それ作るのが正解だろう。
なんでガチの本当に他に何も無い時の最低限の武器から作り始めないといけないんだ。
あと、お前はいちいち自分の接頭辞に「超優秀で天才的」をつけないと気がすまないのか? どういうキャラだよ。
デフォルメされた短い等身のアニメキャラみたいな女の子が萌え袖ぶんぶん振り回して憤慨してるのは可愛らしいけどさ。
チュートリアルって何なんだよゲームの世界かここは。
「こっちのセリフですよ! 貴方ゲームとかでもチュートリアルで操作覚えるためにアイテムとか合成するの無視したりすっ飛ばして、別のものを先に作ったりしてチュートリアルクエストとか放置しっぱなしにするタイプでしょう絶対!
ここは下位世界なんですよ!? 貴方の元いた世界に比べれば大分イージーモードな所はありますが、元の世界と勝手が違う部分も多いですし、普通に死ぬことだってある世界なんですからね!?
もっと真面目に私の話聞いて従ってくださいよ!」
何を言ってるんだ、僕は真面目だし、生半可な気持ちでこの世界に来ることを望んだわけじゃないぞ。
そりゃあ別の世界というからもうちょっとファンタジーな、ハイファンかヒロイックファンタジーな状態を少しは想像したけどさ。
こんな明日を生きられるかどうかも判らないポストアポカリプスな世界の何処かに彼女が居るのなら、なおさら一刻も早く見つけ出して……。
彼女。
彼女というのは、誰だ。 思い出せない。




