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猫はもう飼わない  作者: タン吉
7/10

公園の野良猫

 あたふたと職場に到着し、ギリセーフでタイムカードを打刻して、一息つく間もなく作業に入るというパターンは僕は好きじゃない。

 僕はいつも始業の20分前には配送センターの入り口を通過していた。ほんとは10分前くらいで良かったのだが、それにはちゃんと理由がある。

 休憩室兼食堂は事務所の外階段を上がった2階にあった。

 入って奥の突き当りには手荷物用の小さなロッカー棚があり、あとはテーブルと椅子が並んでいるのみで、こういうのを殺風景というのだろう。広さは人が20人も入ればいっぱいって感じだった。 

 僕はいつも端っこに座っておとなしくしていた。

 デビュー当時はおばさんたちから、まずは年齢から始まり、何処に住んでいるのかとか、家族構成とか、浪人でアルバイトなんかしていいのかとか質問攻めにされたが、そのうち落ち着いた。

 さっちゃんさんの出勤時間は決まってだいたい15分前くらいだ。

 鉄製の階段を上がってくる足音が聞こえ、ドアが開いてさっちゃんさんが入ってくる。

 昼からの出勤なのに、ここでの挨拶は「おはようございます」なのだ。現場ではどこでもそういうものらしい。

 僕はスマホを見てるふりをしてうつむき加減に徹しているけど、上目の部分でしっかりさっちゃんさんのオーラをとらえている。

 でも顔を上げて目が合った瞬間に微笑みかけるなんて芸当は、僕には到底できない相談だ。

 暗いんだよな性格が。僕の場合。

 というか、普通は皆そうだろう。違うかな。

 ヘラヘラ笑ってやけに堂々と話しかける奴がたまにいたりするけど、あれはどういう心理形態なんだろうか。

 それで相手から軽く無視されたりすると逆ギレして「シカトかよ。このブス」などと思いっきり罵りまくるのが笑える。

 女子だってけっこう陰では男子にたいして冷酷非道なところがあるのを僕は知っているから、お互いさまな面はあるかなと思う。どちらも見ていて気持ちの良いものじゃないけど。

 さっちゃんさんは、休憩室に入ってくると、まず手提げバッグをロッカーへ預け、それからパートのおばさんたちのグループに加わってしまうので、僕のささやかなイベントは終了する。

  ケースピック部門のメンバーの半数は大学生やら専門学校生やらの学生で、残りの半数は社会人でフリーターとかいわれる人たちだ。

 休憩所では、ほとんどの人がスマホに依存していて会話は少ない。その中でもたまに社会人の人から掛けられる言葉は「福田君はいいなあ。これから大学生になるのか」とか「俺なんかもう終りだからなあ」とか「ボロボロになるまでの猶予期間だ」とかそんな内容ばかりだ。

 そんなことを言われても僕にはちっとも実感が湧かないし、返す言葉も浮かばない。なに言ってるんだろうこの人たちはって感じで黙るしかない。

 僕と同年代の学生やらフリーターの人たちは、見たところ言動一致というかまともだけど、30を過ぎた社会人の人たちはどこか取っつきにくく、話題も噛み合わない人たちだった。

 とくに有賀さんという40を越えたオヤジは最悪だった。彼はさっちゃんさんのことを「あのブス」と言い放つのだった。

「あのブス、俺を3回も呼び出しやがった」

 それはあんたが3回も間違えたからだろと言いたい言葉を僕は飲み込む。

 このオッサンは作業は遅いし、カゴ台車を通路の真ん中に、しかも斜めって停めて通行の障害になるし間違いは多いしで、とにかくイラつくオッサンだった。

 なんで馘首にならないかというと「休まないで毎日出てくるからじゃねえの」という理由らしい。

 突発休みの多いこの職場では、とりあえず使える戦力なのだろう。

 さっちゃんさんがあんたの言う通りブスなら、日本全国の大概の女子はすべてブスということになってしまう。

 自分が間違えたことは認めるが、あいつの言い方が気に入らないと有賀さんは一方的な理屈でもって、常識では通用しないような不満を僕にぶつけてくる。

 有賀さんのさっちゃんさんに対する屈折した感情はどうみても理不尽であり、世間にはホントにこんなオヤジが存在するんだという事実に僕は驚くのだった。

 僕はさっちゃんさんのことが心配でたまらない。有賀さんはいつか彼女になにかしでかすんじゃないかと不安だ。

 朝9時に出勤し、昼休みは休憩室で常食のカップ麺を食べた後、倉庫内のラック棚の最深部に椅子を持ち込んで定位置と決め込んでいる草馬ちゃんに、有賀さんのことを聞いてみた。

 事情通の草馬ちゃんはスマホから顔をあげ、いつもの照れたような笑いを浮かべながら「有賀さんは、さっちゃんに恋しちゃったんですよ」と僕の意表を突く答えを返してきた。

 話は単純なことだった。

 さっちゃんさんに勝手に熱をあげた有賀さんは、集荷したカゴ台車を検品場に持っていく度に、何かとさっちゃんさんとの会話を試みようとし、業務に支障をきたすのでさっちゃんさんがやんわり注意しても改めず、たまりかねて社員の黒崎さんから注意をしてもらったことが原因であるようだった。

 やれやれ、である。

 これって、古風な表現で言うところの「可愛いさ余って憎さ百倍」ってやつだったかな。

 愛憎は表裏一体とも言うな。

 実は、僕は読書好きなんだ。

 そういう草馬ちゃんも似たようなことはやるけど、彼はさっちゃんさんの言う事には素直に絶対服従だし、妙に明るいのでそれが救いになっている面はあるだろう。

 バイト仲間は、その辺のところは承知済みで「あのオヤジにそんな度胸はないよ」とか「福田君が愚痴を聞いてやればいいんじゃね」で終わりだった。

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