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猫はもう飼わない  作者: タン吉
3/10

公園の野良猫

 検品が終わったカゴ台車は配送ドライバーさんが各自、担当エリア分を探し出して引っ張っていくのだが、個別の積み込みよりも僕たちの集荷の方が早いので、やがて出荷待ち台車はどんどん滞留していく。そうなったときに出番がくるのが草馬ちゃんだ。

 彼は20代後半の年齢だそうだが、ちょっと遅れている。その代わり体格は良く力持ちだった。

 彼の仕事は出荷フロアから溢れそうになったカゴ台車をドライバーに変わって、それぞれのトラックまで引っ張っていく担当だ。

 ペットボトルのケースが多くて重いカゴ台車でも、両手に一台づつ支柱を掴んでグイグイと突き進んでいく。

 ピッキング作業ではミスが多くて解雇されそうになったところを社員の黒崎さんに抜擢されたんだそうな。

 それ以外にも、戻ってきたトラックが回収してきた空台車を一ヶ所に集めたり、折り畳みのコンテナ箱を積み上げたりとか、裏方の力仕事はほとんど草馬ちゃんが担っている。

 それだけなら頼もしい存在といえたかもしれないが、彼には悪い癖があった。

 それは暇さえあれば好奇心の赴くままにさっちゃんさんを質問攻めすることだった。パートのおばさんが見かねて「女の子にそんなこと聞いちゃだめでしょ」と叱るほどだったそうだが、その時は知らんぷりして離れても、また隙をみてさっちゃんさんに迫るらしい。

 僕が思うに、草馬ちゃんのその行動は、野生動物の雄の、繁殖期を迎えた季節の一途な求愛行動に近いと言えるんじゃなかろうか。

もっとも、草馬ちゃんは人間の雄だけど。

 あくまで純粋であり、その心情はストレートで、とても僕なんかの出来る芸当ではなかった。

 その結果、僕たちバイト仲間が知り得るさっちゃんさん情報の出どころは全てアホの草馬ちゃんを介してという事態であり、しかも彼は情報を小出しにすることで自らの存在価値を高めるという、とてもアホのやることとは思えない小狡い策略を巡らせ、僕をある意味感心させた。

 彼の職場でのアイデンティティの拠り所は心根の優しいさっちゃんさんその人なのだった。

 矢吹さんは「あいつは一途なだけに始末が悪い」というけど、そんな訳で僕は矢吹さんの見方はちょっと人間観察が甘いと思う。

 矢吹さんの上から目線の嫌味な物言いは、意外と短絡な思考からきていて、だからこの人は退屈な人なんだなと僕は納得した。

 ケースピック部門に従事しているのは男子ばかりで在籍人数は20人ばかりいるらしいけど、全員が揃うことはあまりなかった。

 始業時間は13時からだったが、途中から来る人もいた。終業時間は決まっていなくて、その日の物量によって早かったり遅くなったりで、いわゆる終りじまいという形態だった。

 大抵は19時とか20時くらいには終わっていたが22時近くまで延びることもあり、お金を稼ぎたい人は最後までいるけど、そうでない人は一人二人と抜けていった。僕は最後までの残り組の一員だった。

 それにしても、夜遅くまで仕事をするというのは僕にとって初めての経験で、それは高校3年生の文化祭の準備に追われて以来のことだった。

 明々と明かりの点いた夜の校舎のいつもと違った顔は新鮮で、なまめかしく火照ったような昂揚感と、男女の密かで暗黙の期待が交錯した教室には、日中の退屈な授業を受けている時のしらけた空間とは違った濃密な雰囲気が溢れていたっけ。

 そんなノリの延長でカゴ台車を引っ張っているのは僕一人だったろうけど、そうさせたのは、もちろんさっちゃんさんが残っているからだった。

 検品作業に追われる彼女をおいて先に帰るなんて、僕には許されないことだと勝手に自分で決めていた。

 それが空回りの、届くことのない想いだったとしても。

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