公園の野良猫
ここでの僕の仕事はピッキングという作業だ。
カゴ台車というカートを引っ張って、ピッキングリストに従って棚の間を縫うように歩きながら商品を積んでいく。
スタートはペットボトル飲料のケースから始まり、カップ麺のケースへ移り、菓子類のケースで一店舗分が終わる。
店舗によってはカゴ台車1台では収まらずに2台3台と増える場合もある。
良く売れてる繁盛店なんだろう。
そんな店はあまりないけど。
大手の配送センターで働いていたという矢吹さんに言わせると、ここはそうとう遅れているということらしかった。
いまどき紙のピッキングリストにボールペンでいちいちチェックしていくなんて、どこでもやんねーよと矢吹さんは心底バカにしたように言う。
彼が働いていた大手では、一人一台ハンディ端末を持たされるのが当たり前なんだそうな。
それだと間違いは起こらないし、紙の無駄もないと矢吹さんは言うけど、だったら何故こんな遅れた職場で彼は働いているのだろうか。
そんな疑問を、もちろん僕は口に出したりはしない。
30才をとっくに過ぎているらしい矢吹さんとの会話は、口調がいちいち何か鼻にかけたようで、上から目線なのが気に入らなかった。
男ばかりのケースピッキング部門で孤立気味の矢吹さんの話し相手には、あまりなりたくはなかった。
一店舗分のピッキングが終わるとフロアの端っこにある緩いスロープを下って出荷口の定位置へカゴ台車を置いてくる。
そこで検品チェックに当たっているのがさっちゃんさんだった。
僕は作業に没頭しているさっちゃんさんの、眉間にちょっとしわを寄せた、思い詰めたような白い額がいつも眩しかった。
「お願いしまーす」と一声掛けるのが礼儀と教えられたのだが、「はーい」という返答が、もう一人の担当のおばちゃんからだと、僕はちょっとがっかりするのだった。
なぜならさっちゃんさんは返事をするときチラッと僕の方に視線を投げ掛けてくれるからだ。
口だけのおばちゃんとは、さっちゃんさんは違うのだ。
もっとも、それはスタートからしばらくの間だけで、忙しくなれば二人とも返答どころじゃなくなるのだが。
それで、ピッキングした商品に間違いがあった場合、ケースの間の目に付く高さに分かり易く挟んだリストの、上の余白に書き込んだ作業者の名前が呼ばれることになる。
ペットボトルの商品を間違えたら、その交換は面倒だ。いちばん下なんかにあったら最悪だった。
ピックフロアと出荷フロアの間は、高さ50センチほどの段差があるだけで壁はないので、マイクにスピーカーなど使うことなく声は届いた。
とくにさっちゃんさんの声は高く澄んで良く通るので、ラックと呼ばれる棚の後方の陰にいても充分聞こえた。
流れてしまったカラオケ会にさっちゃんさんが出るのなら、僕もしれっと参加していただろう。その歌声を聞いてみたかった。