表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/5

誓いの口付け。




 帰れない苛立ちからなのか、毎朝舌打ちをするヴァンパイア王様。それで、私は目が覚める。

 うん。いくら魅力的な声でも、舌打ちで起こされるのは、あまりよろしくない。


「ああもう……上手くいかないな」

「まぁまぁ」


 一ヶ月と二日が経つ。

 もうあの世界では一ヶ月と二日は行方不明状態のクアロルプスは、流石に余裕を失ったみたいだ。ベッドに座ったまま俯くクアロルプスの顔が、不機嫌一色に染まっていた。

 そんなクアロルプスの背中をさすって慰めるのだけれど、効果はイマイチないようだ。

 今日は休みだから、クアロルプスの髪をブラシでとかして、一つに束ねた。クアロルプスの腰まで届く長い髪をいじれるのは、この世界で私だけ。ふふん。今日は三つ編みをさせてもらおう。

 この一ヶ月、夢みたいだった。

 夕暮れになると仕事場まで迎えに来てくれるのだ。もう派手な恋人だと、職場の人に認識されてしまっている。

 夕ご飯も必ず作ってくれるようになったし、これがまた絶品。

 休みの日は、映画鑑賞。もちろん家の中でだ。ちゃんと付き合ってくれた。

 もうクアロルプス王様と同棲生活を満喫してしまっている。恋人になってください。なんちゃって。

 私は黒のベビードール一枚でいる。暑いからしょうがない。クアロルプスも慣れて、じろじろ見ることもなくなった。


「そう言えば、最後の吸血から一週間経つけれど、吸血しないの?」

「……ああ。喉が渇いた」


 私からクアロルプスに提案した。

 頷いたかと思えば、クアロルプスは私を振り返る。

 そして、私を押し倒した。


「ちょ、三つ編みまだ終わって……」

「言っている場合か」


 クアロルプスが私の両手を掴み、固定する。

 なんだろう。この状況。


「血とは命だ。その命……オレ様に少し寄越せ」


 肩から垂れ下がる白銀の長い髪が、私の顔の横をかすめる。

 まだ不機嫌の色が残っている顔。それが近付いて、鼻先が交わる。


「どうぞ、王様」


 私は自らを差し出す。

 クアロルプスの白銀の瞳が、ご機嫌に細められた。


「いただこう」


 ベリッと剥がされた絆創膏。そこに再び牙がくる。私はキュッと目を閉じた。チクリとする。ちょっと前より痛い。気のせいかしら。

 ゴクリ。一口、飲まれた。

 すると、クアロルプスの身体がのし掛かってくる。重い。

 彼の食事の余韻を味わっているのだろう。

 ヴァンパイア王様も、その瞬間が弱点ね。


「……傷が残るな」

「そうね。美味しかった?」

「ああ、美味だった」


 起き上がるクアロルプスが、首の噛み跡を気にする。


「王様ってば、そんな小さなことを気するの?」


 笑ってしまう。


「小さなことだと?」

「うん」

「フッ……オレ様の印が小さなこととは……ムカつくな」


 クアロルプスはムカつくと言っておきながら、ニヤリと不敵に笑ってまた顔を近付いた。私の首に、顔を埋める。

 カプリ。甘噛みされる。


「ちょっと、くすぐったい」

「あむ」

「あむって、かわいっ、ちょ、王様」

「あむあむ」

「やめてぇっ!」


 可愛いから。可愛い過ぎるから、やめてほしい。

 そして、くすぐったい。

 私の首をがむがむとするクアロルプスの手が、脇の下に滑り込んだ。


「ええ!? ちょっと、王様それは反則っ」


 脇までくすぐられる。私はじたばたと暴れたのだけれど、クアロルプスには何一つ通じない。

 れーろっと、首を舐め上げられた。私はビクリと震える。


「ひぃ、や、やめてってば、クアロ!」

「……」


 クアロルプスが、ピタリと止まった。

 パッと放してもらえる。


「このまま食べてしまいたい」


 私の上にいるクアロルプスは、そう声を落とす。


「今食べたばかりじゃん」


 ごちそうさまと言ってよ。


「陽だまり」

「何、王様」

「抱きたい」

「おお直球」


 私も抱かれたいけれど、落ち着こう王様。


「落ち着こう、クアロルプス」

「落ち着いているが?」

「じゃあ退こう」

「抱きたいと言っているのだが?」

「王様、欲求不満?」


 一ヶ月と二日で溜まりに溜まっているみたい。


「夜と昼が逆転しちゃったせいで、爆発?」

「茶化すな、陽だまり」


 一つ、自分のワイシャツのボタンを取った。


「欲しい。遊陽、お前が欲しい」


 かぁあ、と顔が熱くなる。

 その直球な口説き文句。顔を隠したいけれど、片手でしっかり握られて放してもらえない。


「答えは? オレ様の陽だまり」

「オレ様の陽だまりって……ヴァンパイアの王様らしくない」


「ああ、陽だまりを欲するヴァンパイアなど、おかしなものだよな。ふふ、だが、お前が欲しい」


 指先が、私の顎をなぞる。


「遊陽。お前はオレ様が欲しくないのか?」

「……」

「欲しいと言え」

「……」

「言わないのか」


 私の顎を鷲掴みにした。

 欲しい、その言葉を待つクアロルプス。


「……答えたら、何か起きるの?」


 私は直感した。

 何が起きる。


「……」


 クアロルプスは答えなかった。肯定だ。

 帰る方法を見付けた。


「……最後になるの?」

「何故そう思う」

「……最後の気がする」


 そんな気がしてしまう。

 三度目は、ない。

 私は笑う。すると、クアロルプスは顔を歪めた。


「そんな顔をするな」

「笑顔なのに?」

「何もかも諦めたような薄い笑みだ、やめろ」


 クアロルプスが、怒る。


「でも、しょうがないでしょう。遅かれ早かれ……んんっ」

「言うな、やめろ」


 口を手で塞がれた。またもや暴れても、ビクともしない。


「いいか、よく聞くんだ。遊陽。オレ様が例え目の前から消えようとも、再び現れてお前を迎えに来てやる。誓ってやろうオレ様の陽だまり」


 ちゅ、と額に口付けを一つされた。


「お前の居場所は、このオレ様の隣だ」


 白銀の瞳が、間近で見つめる。


「放してはやらぬ。覚悟が出来ているなら、言え」


 声が、言葉が、唇に触れた。

 近い。とても近い。

 これに触れたら、後戻りが出来なる。


「怖がるな。オレ様がそばにいてやる」


 彼は見抜く。離れてしまうことが怖い。

 ぐんと近付いておいて、遥か遠くになってしまうことが怖い。私は怖くて堪らない。

 私は希薄だったのだ。離れてしまうことが怖くて、消えてしまうことが怖くて、必要以上に親しくなろうとしなかった。

 クアロルプスとも一線を超えないようにしていた。

 クアロルプスと絆が切れるほど、離れたら嫌だ。


「本当に……誓える?」

「誓おう」

「そばにいてくれる?」

「お前がそばにいろ」

「何それ何様」

「王様だ」


 漫画の登場人物に、本気で恋してもいいのだろうか。

 涙が込み上がってきた。でもオレ様のクアロルプスの発言に笑ってしまう。

 手を解放してくれたクアロルプスに、腕を回して抱き締めた。


「好きだ。遊陽」


 私よりも、先にそれを告げる。


「私も好きだよ、好き」


 口にすると、胸の中が熱くなった。


「やっと認めたな。寄越せ、唇」


 私の顎を掴み、向き合わせる。間近にある美しい顔。

 見惚れてしまう。そんな私に御構いなしで、唇を奪う。

 クアロルプスの唇が、私の唇を味わうように、動く。

 唇を甘く噛み、吸い付いて、ついばむ。

 私は目を閉じて、それを許した。

 とすん、と押し倒される。クアロルプスの右手が私の髪を弄びながら、頭を撫でた。口付けは、深くなる。


「あっ……」


 唇をこじ開けて、舌を滑り込ませてきた。

 ベッドの上で、たじろいてしまう。

 そんな私のくびれに手を回して、クアロルプスは腰を引き寄せた。


「はっ……あっ……」

「放してやらない」


 目を開けば、白銀の瞳。涙が一つ、落ちた。

 私はクアロルプスの髪を握り締める。

 目を閉じて、身を任せようとしたけれど、また開く。

 天井が黒い。私の部屋の天井は白だったはず。何故黒に染まっているんだろう。それに、ベッドの感触も違うと気が付く。包むように沈む。ふっかふかのベッドだ。


「クアロ?」

「あ?」


 髪を引っ張って、口付けをやめさせる。

 またクアロルプスの顔が、不機嫌の色に染まった。


「……ここって、まさか……」


 私のみすぼらしい部屋なんかじゃない。面影なんて微塵も残っていなかった。

 まるでお城の豪華な一室みたいな部屋。黒の天蓋付きベッドはキングサイズが、ドンッと部屋の中心にある。黒くて厚いカーテンが、窓を塞いでいた。それでも、少し陽射しが溢れていて、薄暗い部屋が見えた。


「……ああ……成功したようだな」


 私の上にいるクアロルプスは、ご機嫌な笑みになる。

 成功? クアロルプスが起こしたかった現象?

 ササーッと血の気が引いた。思わず、クアロルプスのワイシャツを掴んだ。

 すると、バタバタと廊下をかける音が近付いてきた。クアロルプスは私の上から退いて、横に腰を下ろして、頬杖をつく。そして視線を大きな扉に向けた。


「クアロルプス様!!」


 乱暴に開かれる扉に、数人の男達が彼を呼ぶ。


「オレ様の世界にようこそ。遊陽よ」


 そんな男達を一瞥するだけで、私を見下ろしたクアロルプスは不敵に笑って見せた。

 絶句してしまう。私は異世界トリップをしてしまったようだ。



20170827

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ