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漆黒の姫。



クアロルプス視点。



 漂う香りに目が覚めて目を開く。


 嗅ぎ慣れたそれに安堵を覚えてる。

 漆黒の髪の美女の寝顔を見た。

 だが押し寄せてくるのは、苛立ち。


「何故毎朝カーテンを開けているのだ!」


 オレ様は、陽の光に弱い。ヴァンパイアが、だが。

 白いカーテン越しなら、まだ火傷を負わない。

 異世界に留まり続けて、四日目の朝。

 部屋の東北側に設置された窓のカーテンは、いつも開けてあって朝を迎えれば陽が射し込む。朝陽で起きることが、遊陽の習慣らしい。

 この美女と酒を飲んでこのベッドで眠れば戻れると踏んでいたが、どうやら違うようでオレ様はまたこの部屋で起きた。

 一緒に酒を飲んだ美女がいつまでも起きなかったため、見てみるとまだ目を閉じていた。

 隣で騒いでいるのに、まだ寝ているのか? と顔を覗いてみれば、眉間に皺を寄せている。


「おい、遊陽? どうした? 二日酔いか?」

「……二日酔いプラス片頭痛」

「片頭痛だ?」

「あなたの声が響く……黙って」

「……」


 枕に顔を埋める遊陽に頼まれた通り、黙ることにした。

 確実にオレ様に付き合って、二日連続酒を飲んだせいだろう。片頭痛とは、頭痛の一種らしい。

 声音からして、痛みは相当みたいだ。


「……薬はないのか?」

「二日酔いの薬はない、頭痛薬は……食べてから」

「……とりあえず朝飯食うか?」


 響かないように声量に気を付けて聞くと、のそっと起き上がった。

 乱れた髪も直さずに、ぽけーとしてやがる。


「朝飯作ってやろう」

「え。クアロの手作り!? ううっ、わ……」


 バッと顔を上げる遊陽は、痛みにでも襲われたのか、グラついてオレ様の胸に落ちた。誘惑する甘い香り。目を細める。芳しいそれを吸い込んで、静かに息を吐く。


「……横になっていろ」

「うーん」


 子犬のような情けない呻きを溢す遊陽を、ベッドに横たわらせた。カーテンを閉めておく。

 キッチンに立ち、冷蔵庫を開いて適当に朝飯を作る。

 卵焼きにウインナーを並べただけ。十分だろう。いつもこれくらいだった。


「出来たぞ、陽だまり」

「……キングが庶民の朝飯を作ってくれた」

「食べて薬を飲むがいい」


 またのそりっと起き上がった遊陽は、目を見開いた。しかし、すぐにしかめっ面をする。こめかみをさすりつつも「いただきます」と口に入れ始めた。


「美味しい」

「……そんな顔ではないな」

「美味しいよ。でも……ちょっと吐き気も感じる」

「早く食べて薬を飲め」


 ベッドに腰を下ろして、遊陽の頭を撫でて急かす。

 遊陽はコクリと頷いた。従順なのがおかしくて、密かに笑ってしまう。


「んー……ごちそうさま」


 ちゃんと食べ切った遊陽は、薬を飲んだ。それからベッドに戻す。タオルケットをかけてやれば、寝苦しそうに丸くなった

 この美女は、優しすぎる。

 いきなり現れたオレ様をここに居させてはくれるし、酒も顔色一つ変えずに寄越す。血の方は、多少躊躇していたが。美味かったものだ。帰る手伝いをするために、酒も一緒に飲んでくれた。

 迷惑かけてる分、してやれることはやる。

 このオレ様が恩返ししているのだから、感謝と感動をしろ。


「……片頭痛とやらは、どんな痛みなのだ?」

「……剃刀がまき散らされた脳味噌が膨張してる感じ」

「それはそれは面白い表現だな」


 くつくつと笑ってしまう。

 頬杖をついて、オレ様は遊陽を眺めた。

 この世界の成人は二十歳。顔立ちは大人しい美人だが、目が大きく頬も柔らかくふっくらしてるせいか若々しい。童顔というやつだろう。


「……」


 長い睫毛の下の瞳が、オレ様を見上げた。

 黒く見えていた瞳はブラウンで、真っ直ぐ突き刺すようだ。

 いい瞳をしている。それでオレ様を映しているのは、いい気分だ。


「何だ……?」

「何見ているの?」

「お前」

「そう……」


 オレ様を見ることをやめて、瞼を閉じた。なんだ、つまらぬ。

 オレ様は隣に横たわって、寝苦しそうな寝顔を眺めた。


「……眠れないわよ」

「何を今更」

「視線」


 目を開かないまま、オレ様の目を塞ぐ。柔らかな手。

 それを摘んで退かす。


「……陽だまり……」


 三日三晩ベッドで眠っていたのに、口付けさえも交わしてもいない。不思議な関係。

 初めて会った日、遠慮なく顔を近付けては、オレ様を子ども見たいに目を輝かせた。

 無邪気な輝きの瞳も、酔いの回った熱い瞳も、どれもいい瞳だ。

 頬を指先なぞって、弄ぶ。遊陽は鬱陶しそうに振り払った。


「はっ! 今日出勤日だった!」

「……仕事なら休むべきだろう」

「無理! 急にシフト代われなんて言えない!」


 優しすぎる女。

 休めばいいものの、遊陽はオレ様を超えてベッドから這い出ると、寝巻きを脱ぎ始めた。オレ様の目の前で。

 頭痛で頭が回っていないのか、遅刻の心配のせいで回っていないらしい。

 下着姿となって、着替えを始める。紺のズボンを履いて、白いブラウスを着た。ウルフヘアーの長い髪をブラシで整えて、カバンを掴んだ。


「おい。頭は大丈夫なのか」

「聞き方酷い。薬が効けば大丈夫。大人しくしててね」


 じゃあ、と遊陽は、陽射しの強い外に出て行った。

 眩しい陽射しを嫌がり顔を歪めたオレ様は、壁に凭れて待つことにする。動かずにいるのは苦でない。

 一緒に寝ておいて、手を出さなかった女。

 しかし、信用してオレ様の隣で眠っている。その信用を裏切ることは、したくはない。だが、手を出さないでいるのも、男としてどうなのだろう。すでにヴァンパイアとしては味わったが、男としても味わいたいものだ。

 このまま、不思議な関係を保つつもりはない。


「……このまま、か……」


 いつまでオレ様は、この世界に留まるんだろうな。

 アッシュ達は、オレ様を捜して疲れ切っている頃だろうか。

 このまま帰れなくなったら、どうなることやら。

 だが、このまま帰ってしまったら、遊陽はどうなる。

 オレ様が居なければ、遊陽は独り。陰気臭い顔をするだろう。

 遊陽は笑った顔が一番だ。陽だまりのように眩しく、温かく、手が届かないと感じる。

 しかし、手が届く陽だまり。

 手に入れたい。

 ……オレ様が帰れないのは、この気持ちのせいかもしれない。

 この現象の原因は、オレ様達の気持ちかとも思った。

 オレ様が遊陽の前に現れる理由。

 遊陽がオレの運命の相手だから。

 なんて本当に柄じゃない。


 一番最初の現象で帰った朝。

 長い夢を見たのかと思った。

 だが間違いなくオレは一日行方不明で、すぐに現実だとわかった。一週間して酒を飲んでから、思い出した。楽しかったものだ。

 美人が隣にいたからな、いや……遊陽だからこそ、楽しかったのか。

 理解しているように聞いてくれるし、なにより遊陽の笑う顔には癒されて、遊陽が隣にいるってだけで落ち着く。

 もう一度一緒に飲みたい、とぼやいては眠った。そうすれば、遊陽の元で目を覚ました。

 それからオレ様は帰れず、みすぼらしい部屋に居候状態。

 せめて、オレ様の元に遊陽が現れればいい。そうすれば、居候の借りを返して、オレ様のものとして丁重に城に置きたい。


 そう都合良く、現象は起きないか。

 オレ様は、遊陽が欲しくて堪らない。

 遊陽はこの現象を、神の悪戯と言う。

 神の悪戯でも、出会った遊陽と別れさせるつもりならば、オレ様は容赦はしない。オレ様は、遊陽を手放す気はない。


「……どうやって連れ帰ろうか」


 ニヤリと笑う。遊陽を手に入れたい。

 絶対に引き裂かれない。

 そのためには、遊陽を如何なる時も離さないようにしたい。

 だが仕事を辞めろと言っても、今のオレ様には養うことすら出来ない。

 だからこそ、連れ去りたいものだ。

 オレ様は、考えた。どうすれば連れ去れるか。


「さっさと帰ってこないだろうか……」


 今無性に、触れたい。

 目にしたい。

 帰ってくるまで、そのまま立っていた。

 ガラスの窓がついて眩しいドアの前だと、眩しくて目障りだ。

 遊陽の笑顔は、こんな眩しさとは違う。

 手を伸ばしたい。

 今夜はどうしてやろうか。

 すると、窓から射し込む陽が傾き、薄暗くなったら遊陽がやっと帰ってきた。


「たっだいまぁ! クアロ」

「……おかえり」


 今朝とは違い、元気溌剌の笑み。

 それを見て、自然と唇が緩む。


「頭痛治ったか。元気だな」

「うん! それに今日はね、イケメンに話しかけられた!」

「……ほう?」


 機嫌が良いのは、別の男にあると知り、何かを壊したい気持ちになった。


「オレ様よりイケメンなのか?」

「……クアロが世界で一番イケメンです」


 グッと親指を立てた遊陽。


「ならば、喜べ」


 遊陽の頭を鷲掴みにする。頭一つ分ほど小さな遊陽は、ちょうどいい位置に頭があった。


「え? 喜んでいるよ。朝飯もありがとう、超貴重だもん、キングの朝飯なんて。写真撮っておきたかったな。むしろビデオ撮影したかった」

「……喜び方が違うな」

「違う? 何が?」


 サンダルを脱いだ。遊陽は首を傾げるが、さっさと部屋の奥に移った。漆黒の髪を揺らして。それについていく。

 電気をつけて、みすぼらしい部屋に入った。

 ベッドに腰を下ろして、足を組んだ。


「で? 貴様が喜ぶほどのイケメンはどんなやつだ? どんな匂いだ? 何処にいる? 殺しても良いか?」

「何故物騒なことを言っているの?」

「冗談だ」

「普通のイケメン」


 何故普通のイケメンに話しかけられただけで喜ぶんだ。

 今、現在、オレ様と話していても喜ばないじゃないか。

 その男に、オレ様と初めて会った時のように、目を輝かせていたのだろうか。殺しても良いだろうか。

 この上なく、苛立ちを覚える。


「夕ご飯食べたら、お酒飲みましょう。今夜は帰れるといいね、王様」

「……ああ」


 今夜はお前を連れ帰るといい。


「え、何、不敵に笑っているの?」

「さぁな」


 遊陽の食べている姿を眺めながら、オレ様は先にバーボンを飲ませてもらう。

 ただ咀嚼して終わらせるだけで、食事を楽しんでいるような様子には見えない。ご馳走を与えたいものだ。


「……」

「さて、乾杯!」

「乾杯」


 食事を終えた遊陽は、酒を手にした。

 酒を手にした遊陽は、どうせ一杯飲んだだけで終わらせるだろう。それだけで酔いが回るようだ。

 じっくりと眺めていれば、一杯が終わる。


「さぁ眠るぞー」

「その前に水を飲め。二日酔いになるぞ」

「キングが気遣ってくれた!」


 冷蔵庫から、オレ様は炭酸水とやらを取り出す。そして遊陽に手渡した。一口、ゴクリ。二口、ゴクリ。

 満足したのか、遊陽はその炭酸水をベッド脇の棚に置いた。


「ふー」


 そして、先にベッドに横たわる。そんな遊陽に、水色のタオルケットを掛けてやった。その上から抱き締める。


「やだぁ……なぁに?」


 笑みを溢す遊陽。ほう。じゃれているとでも思っているようだ。信用を裏切って、口付けを交わしてしまいたい。

 左手の人差し指で顔を隠す髪を退けて、頬をなぞった。

 反応してもぞっと動いたが、目を開かない。

「ん…」と可愛い声を漏らしやがるから、笑いそうになった。

顎をそってなぞれば閉じていた唇が開く。その唇に触れば、頬より柔らかかった。

 ふっくらした下唇をなぞっていれば、ぱくりと指が食われた

食われたといっても、遊陽の唇に挟まれただけ。

 ……ほう。

 遊陽が、目を開いた。

 カリッと歯を立てて噛まれたため、指を引き抜く。


「……何なの?」


 確かに、遊陽はそう聞いた。コイツは天然なのか。


「今日はなにしてたの?」

「あ? お前の帰りをただ待っていた」

「……忠犬か」


 それだけを呟くと、遊陽はまた目を閉じる。

 無防備な顔。奪ってしまおうか。そうすれば、どんな顔をするだろうか。見てみたい気持ちが、胸をくすぐる。

 こう考えると納得だ。

 オレ様が、遊陽に引き寄せられている。だから遊陽の元に、オレ様が現れる。

 それこそ、運命の糸が結びつけるように。

 神の悪戯は鼻で笑い退けたいが、運命の糸は興味深い。

 その糸を手繰り寄せて、オレ様の居場所に置きたい。

 不可能? 可能にしてみる。

 居場所がないのなら、オレ様の隣をくれてやろう。


「ありがたく思えよ」

「んんっ」


 囁けば、身をよじらせた。

 頭を撫でてやる。


「ねぇ……ありがとう、クアロ」

「何故また礼を言う?」

「今日みたいに看病されるのは……初めてだから」

「……」


 唇で笑みを作って呟く声は、嬉しげに聞こえた。


「……嬉しいな……」


 安堵したような息が、オレ様の唇に吹きかかる。

 その唇に、口付けをしてやりたかった。

 今夜だけは、我慢してやろう。

 瞼を閉じると、芳醇の香りで満ちる。

 この匂いだけで、オレ様の安堵した。

 惹かれている。


 遊陽が運命の女なら、このまま居てもいいと思った。


 それも悪くないと思ってしまった。それが、そう思ってしまったのが、原因なのかもしれない。

 なら連れ去ってしまおう。

 この運命の女を、オレ様の居場所に連れってやる。

 そう願って、そっと目を閉じた。

 連れ帰った暁には、抱いてやろう。

 手始めに、その唇からもらってやる。



 しかし、目を覚ませばみすぼらしい部屋。そして、腕には遊陽がいた。


「チィ……糸を手繰り寄せることは、思ったより難しいようだ」

「んっ……何朝から舌打ちしているの? 王様」

「おはよう、陽だまり」


 それから一ヶ月。オレ様は、この部屋で、この女の隣で目覚めた。



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