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白銀の一夜。



ハロハロハロー。

ヴァンパイアものです。

ハロウィンまでに完結したいです!

ハッピーハロウィン!←



 銀色が穏やかな光を放ち、緩やかに眠りから起こす。

 覚えのない甘い香りに包みまれていた。



 目を開けば、眉間に皺を寄せて眠る男の顔が、一番に飛び込んだ。

 彼も目を覚ましたらしく、瞼を開いた。

 彼の白銀の瞳に、私が映る。


「誰だ、貴様」


 低い声が、私に向けられる。


「……クアロルプス?」


 私は、彼の名前を口にした。

 彼を知っているけれど、知り合いではない。


「……なんだこのみすぼらしい部屋は」

「みすぼらしい部屋とは失礼な」


 普通の1LDKの部屋だ。私は思わず、ベッドから突き落とした。

 落ちた彼を、身を乗り出して見つめる。

 不機嫌にシワを寄せた眉間と、鋭い白銀の瞳。長い銀の長い髪。そして形のいい唇が開くと、二つの尖った牙が露わになった。


「小娘……噛み付くぞ?」

「やっぱりあなた……クアロルプス?」


 白いワイシャツと黒いズボンの姿。白銀のヴァンパイア。


「貴様は誰だ。そしてここは何処だ」

「私は遊ぶ陽だまりって書いて遊陽ゆうひ。ここは私の部屋でーー…異世界です」


 床に座り込んだ彼は、小首を傾げる。


「……は?」


 私はベッドのそばにある本棚の方から、漫画を一冊取り出して渡す。


「あなたは、この世界では、この漫画の登場人物です」


 漫画『ダンピール』。

 最近、私が熱を上げて読み込んでいる漫画だった。昨夜だって、私はお酒を飲みつつ読み返していたものだ。ヴァンパイアハンターでヴァンパイアのハーフこと”ダンピール”の主人公がバトる漫画だけれど、ヴァンパイア側がそれはそれは美形揃いで、私はメロメロだ。

 中でもヴァンパイアの親玉であるクアロルプスは、白銀の長い髪と白銀の瞳と美貌の持ち主。最強のヴァンパイア王的存在。

 カラー絵は、もう素敵だなんのって。

 ”ツブヤキ”であげられているイラストや、コスプレの写真を、いつも見漁っている。

 とにかく大人気のヴァンパイアなのだ。


「私、コーヒー淹れてくる」

「……」


 返事はなかったけれど、私は彼が頭の整理がつくまで放っておくことにして、コーヒーを淹れにいった。とは言っても、インスタントコーヒーだけれど。

 頭のいい人だから、理解も早いだろう。


「どう? 理解した」

「理解した」


 ワイシャツ姿のクアロルプスは、あっさりと答えた。ベッドに漫画を放り投げる。ちょっと私の大切な漫画を雑に扱わないでよ。


「が、オレ様がこの世界に来ている理由はわからねぇな。夢じゃないしな……」

「私の頬をつねらないでください」


 痛い。ほっぺたが千切れる。おかげで私も夢じゃないと理解出来た。

 黒猫の顔をしたマグカップを、差し出す。


「悪戯じゃないですか?」

「あ? 誰の悪戯だ」

「神様の悪戯」


 それしか思い付かない。

 私は笑って見せる。


「神だと……戯言だな」


 フッとクアロルプスは嘲るように笑って返した。

 それがまた美しいものだから、見惚れたのは内緒。


「昨夜は何をしていました? 私はこの漫画を読んでお酒を飲んでそのまま眠ってしまったのですが」

「オレ様も酒を飲んで、自分のベッドに眠っただけだ」

「共通点はお酒ですか?」


 むーと唸る。クアロルプスは、コーヒーを啜る。すぐさま険しい顔をした。「まずいな」と一言。容赦ない。すみませんね。庶民のコーヒーなもので。

 ベッドに座って、頬杖をついて考えた。

 もちろん、クアロルプスの顔を見つめながら。

 私のようにクアロルプスクラスタは山のようにいるのに、どうして私の元に現れたのだろう。運命だったりして。なーんて。それこそ戯言だと、笑われてしまいかねない。私だって笑ってしまう。


「とりあえず、今夜もお酒を飲んで眠ってみます?」

「……そうだな。試す価値はある」


 クアロルプスは、賛成してくれた。


「改めて、オレ様はクアロルプス・リュコデンスだ。よろしく頼むとしよう。遊ぶ陽だまりよ」

「遊陽です。よろしく頼まれます、クアロルプス様」


 手が差し出される。だから、それを取って握った。

 冷たくて、大きな手だ。


「カーテンを閉めてくれ。陽は苦手だ」

「りょーかいしました」


 いつも開けているカーテンを閉めれば、小さな部屋が暗くなった。


「そして眠る」

「ああ、そしてどうぞ」


 この人、夜行性だ。朝眠るヴァンパイアだ。

 遠慮なくベッドに横たわるクアロルプスを一瞥したあと、私はテレビをつけてニュースを見る。何か怪奇現象的なニュースがないかと思ったけれど、世間はいつも通りのようだった。皆既日食とか、空が割れたとか、そんな類いの現象もないみたいだ。

 私は浴室で着替えて、仕事に出掛ける。メモを残した。

 ”仕事に出掛けてくる。遊陽”

 私の仕事は本屋さんの店員だ。八時間勤務でこなす。

 帰りは、スーパーでお酒を買った。流石にヴァンパイア王に合いそうな高そうなワインを買っておけない。ごめん、クアロ様ぁ。安酒で我慢して。


「ただいまぁ」


 クアロルプスに向かって声をかけて、家に入る。

 真っ暗だった。まだ眠っているのだろうか。


「クアロルプス様? もう夜ですよー」


 部屋の電気をつけたけれど、真っ暗のままだ。

 目を塞がれている。いつの間にか背後に回られた。流石ヴァンパイア。


「そんな遊び心もあるんですね」

「少しは驚いたらどうだ。つまらないな、遊ぶ陽だまり」

「気に入ったの、それ。遊陽です」


 大きな手が離れる。ちょっと名残り惜しい。


「安酒ですが、買ってきました。飲みましょう」

「安酒で我慢してやろう」

「生意気ですね」


 そこがかっこいいのだけれど。


「こんな安酒では酔えぬな……」

「じゃあバーボンならどうですか?」


 肩を並べて飲んでいたら、早速文句が出る。お気に入りのお酒であるバーボンを、棚から取り出しては、コポコポと注いでロックで渡す。


「……幾分はマシになった」

「それはどうも」


 私もロックでバーボンを飲んだ。カッと熱くなる喉。ほんわかと酔いが回ってくる。


「私のお気に入りのお酒なんです」

「そうか。オレ様の城なら、もっと上質なワインを振舞ってやるのだがな」

「庶民にわかりませんよ、きっと」


 笑って見せる。クアロルプスは、私にコップを差し出してお代わりを要求した。はいはい。注ぎます。


「……いい笑みをしているな、お前」

「そう? 笑顔がチャームポイントとは言われる」


 クアロルプスに褒めてもらえるなんて、光栄だ。

 ちょっと得意げに笑ってしまう。


「陽だまりという名に相応しい笑みだ」


 人差し指が私の顎に添えられたかと思えば、クイッと向き合わせられた。不敵な笑みが、また美しい。


「ヴァンパイアに似合わない口説きね」


 私は笑ってしまった。酔っているから、ついつい緩んでしまう。

 そして、手を伸ばして髪に触れる。綺麗な白銀の長い髪。しなやかで、一つ一つ銀に光って綺麗だ。

 クアロルプスは、おかしそうに口角を上げた。


「しかし、お前。このままオレ様と同じベッドに寝るつもりなのか? 男と二人きりで狭いベッドに入って何も起きないと思っているのか?」

「狭いは余計ですよ、普通のシングルベッドなのに。てか、ヴァンパイア王であるお方が、私ごときに欲情ですか?」


 ニヤッと笑い返す。


「そう自分を無下にするな。さてはお前、自分に自信がないな?」

「彼氏がいないので、そう自信が持てるわけないじゃないですか」


 言い当てられてしまい、私はニヤリ顔からむっすり顔に変える。


「恋人がいないだけで、価値が下がるわけだはないだろう。相応しい男と出会えていないだけで、お前は美味しそうで美しい女だ」


 一度振り払った指先がまた、私の顎に添えられた。

 そして、これまた極上の口説き文句。


「褒め言葉だと受け取ります、ヴァンパイア陛下」


 大袈裟ぶって会釈して見せる。


「真に受けていないな。それとも……照れ隠しか?」


 またもや、指先で顎をクイッとされた。


「あなたに言われては、照れるに決まっているじゃない」

「認めたか。ククッ。可愛いじゃねーか。陽だまり」

「遊陽ですってば。ヴァンパイア陛下」

「クアロでいい。そもそも王だなんて祭り上げられても、オレ様は王族でもなんでもない」

「知ってますけど、ファンとっては王様ですよ」


 ただ王的存在にされているけれど、王族でもなんでもない。でもファンの間では、名称はヴァンパイアキング。王様と呼ばれている。

 そんなクアロルプスに集ったヴァンパイア達は、敬意と忠誠を尽くしていた。漫画で見ていても、ヴァンパイアなりに誇り高く生きている彼がかっこいいと思っていたものだ。

 最初は最強の敵キャラ。でも主人公に敗れて、支配下のヴァンパイアに人間を襲わない約束をした。そして最強の味方キャラとなる。


「心配? お城のヴァンパイア達のこと」

「心配? するわけなかろう。だがきっと大騒ぎになって、いるだろうな。ククッ、特にアッシュがな」

「アッシュなら大騒ぎでしょうねぇ」


 一緒になって笑ってしまう。

 アッシュ。クアロルプスの忠実な側近。これまた美形のヴァンパイア。個性的なヴァンパイア達をまとめ上げる苦労人ポジション。

 急にクアロルプスが消えて、さぞかし心配しているだろう。想像すると、悪いけれど笑ってしまう。


「でもいいなぁ。クアロにはアッシュみたいな友がいて」

「友? 違うな。オレ様の手足にすぎぬ」

「そう言いながら、大切に思っているくせに」

「当たり前だろう。手足は大事だ」


 カラン、と氷をコップの中で揺らす。

 本当は仲間想いのヴァンパイア王。


「私も欲しいな……」

「友がいないのか」

「いますよ、友だちくらい!」

「昨夜は、寂しく飲んでいたのではないか?」

「気軽に家に訪ねて来てくれる距離にいる友だちがいなかっただけ! 休みの前の日に一人で飲みたくなるの」

「そうか。一人で楽しむのもいいが……こうして飲むのもいいな」


 コツン、と肩をぶつけてみた。

 フッとクアロルプスはただ笑う。


「……私、クアロに出会えて良かった」


 これが神様の悪戯でも、泡沫の一時でも、出会えて良かった。

 すると今度は、私の長い黒髪を一房とった。


「お前、オレ様に抱かれておくか?」


 抱かれたい。なんて思ったのは、秘密。


「クアロ。余計なことをしたら、帰れなくなるかもしれないわよ」


 酔った勢いで言ってしまう。王様に向かって、私ってば何様だ。でもクアロルプスは、気にしない。千歳のヴァンパイア様なのだけれど。


「……ふむ。それもそうだな。残念だ」


 とりあえず、昨日と同じ行動をしておいた方がいい。お酒を飲んで、ベッドで眠る。こっちも残念だけれども。

 クアロルプスは、手を離してバーボンを飲んだ。ゴクン、と喉を鳴らして見せた彼が、またもや美しい。

 私もバーボンの香りを楽しんでは、コクンと飲んだ。


「それにしても、何故遊陽なのだろうか。話によれば、お前のようなファンが山程いるのだろう?」

「まぁね。私もそこ疑問だわ」


 でも、魔法が存在する世界でもない。異世界に移動する魔法で来たわけでもないから、私の元に来た理由さえもわかるはずないだろう。

 それでも、この奇跡に乾杯。

 好きなクアロルプスに、口説かれて抱きたいとまで言われた。

 最高な一夜だ。


「おやすみなさい、クアロ」


 酔いがすっかり回ってしまった私は、クアロルプスの後ろにあるベッドに潜り込む。


「おやすみ。遊陽」


 クアロルプスは笑みを含めた声で告げる。

 彼の白いワイシャツを握った。

 本当はいなくなってほしくないから。


「……おい、陽だまり」

「ん……なぁに、王様」

「目が覚めても戻っていなかったら……」

「戻っていなかったら?」

「ここに居させろ」

「……うん」


 ここに居てもいい。

 私は先に眠りに落ちた。やがて、すぐに隣に横たわった気配がする。


「変な感じだな。……美人とただ添い寝するなんてな」

「変な感じだな。……イケメンと添い寝するなんてね」


 眠気いっぱいに零して、息をつく。

 そうすれば、頭を撫でられた。

 冷たいはずなのに、温かさを感じる。

 甘い香りがした。



 目を覚ました時、銀色はなかった。

 本当に帰っちゃったのか。

 確信なんてなかったけれど、本当に帰っちゃった。

 起き上がってテーブルを見れば、昨日飲んだ缶とコップがコタツテーブルの上にある。

 ぽすんと横たわる。

 いつもと違う香りに気付く。

 クアロルプスの匂いだ。


 確かに君はここに、

 居たらしい。





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